俺と幼女とエクスカリバー

鏡紫郎

文字の大きさ
上 下
79 / 526
第ニ章 堕ちた歌姫

第78話 絶体絶命

しおりを挟む
「……まだ……あきらめ――ひぁあん!」

 落下の衝撃で、少しばかり距離の離れてしまった剣を拾い直そうと、大きく手を伸ばすシャーリーだったが、背後から首筋を舐められ喘ぎ声をあげながら後ろへと引きずり倒される。

 その後はもう地獄絵図だった。腰をがっちりと抱きしめられ、抵抗できないシャーリーの華奢な肢体を狙って、次から次へと男達が襲い掛かかる。

「……っつう! ……はぁっ! ……ら、らめぇ!」

(シャーリー! シャーリー!! 諦めるな、諦めちゃだめだ!)

 体中をまさぐられ、恍惚の表情を見せるシャーリーの姿に、俺は叫ばずにいられなかった。少しでも勇気と希望を届けてやりたかったのだ。

「……とお……りゅ」

 俺の声援に鼓舞されたのか、シャーリーは体を捻り、後ろから羽交い締めにする細身の男の顔面に肘鉄を御見舞する。しかし、男の表情はけろっとしていてびくともしない。

 それならばと、自由な足を使って剣を引き寄せようとするが、力の入らない体ではそれすらもままならず、彼女の表情には焦りの色が濃く浮かび始めていた。

「なかなかいい感じに抗うじゃない。でもね、希望は全て叩き折る。それが私達悪魔のやり方」

 ゴモリーが嘲り笑うと、順番待ちをするように立ち尽くしていた数名の男たちが剣の元へと一斉に歩みを始る。それに気づいたシャーリーが死に物狂いで足を動かすも、剣は一向に引き寄せられない。

「やりなさい」

 悪魔の囁きと同時に、男たちは刀身へと向けて足を振り下ろした。一撃やそこらでは傷一つつかないが、大の大人が一心不乱に数人がかりで踏みつけ続けるのだ、ミスリルやオリハルコンと呼ばれるような希少金属でもなければ無傷とはいかないだろう。

 案の定、数十回目でヒビの入る小さな音が聞こえた。ヒビさえ入ってしまえば後は簡単、そこから連鎖的に割れ目は広がり、一分も経たぬうちに剣という名の希望は粉々に砕け散った。

 砕ける剣の姿に俺は複雑な心境を覚えるとともに、蒼白の表情のシャーリーを見つめながら唇を強く噛みしめる。正しく絶体絶命、万事休す。

「……やらぁ……とおるぅ……みにゃいで……みにゃいでぇ!」

 そしてシャーリーの口から漏れ出た言葉は、俺に対する羞恥心だった。それはたぶん彼女が辱めを受け入れたことの証、その中で俺だけには見られたくないというせめてもの抵抗なのだろう。悔しいがシャーリーはもう戦えない。今の俺に彼女の折れた心を戻してやれる術はない。受け入れたくはないが、現実は非常だ。

(……我は願う)

 涙を流し、身をよじる彼女の姿から目をそらしつつ、俺の意思は俺自身に詠唱を開始させていた。いちかばちかでも何でもない、ただの無謀。そうわかっていても感情は理性に逆らい行動を起こさせる。

「へぇ、武器の分際で本当に魔法まで使えるのね。でも、それでなんとか出来るなんて思ってないでしょうね? 来ること前提の目眩ましなんて論外だし、その貧弱な魔力程度じゃ私に傷をつけるどころか、王女様を辱め続けている男たちを退けるのに、どれだけかかるのかしらね。た・だ・し、私の邪魔をするって言うなら、折られる覚悟はできてるんだろうなぁ! 家畜以下の童貞猿もどきが! 乳房ちぶさに挟まれてるだけでそんなにガチガチに固まっちゃって、面白いったらありゃしない! オラッ、なんか言い返してみろよ? 王女様の痴態がエロすぎて声も出せないってか!」

 悔しいという感情は無かった。その代わり、怒りという感情が心の奥底から湧き上がっていた。殺したかった、何が何でもこいつだけはぶっ殺してやりたかった。体を包む天道の肉感すら忘れるほど、これほどまでに誰かを憎んだのは初めての経験。それもそうだ、大切な者をこれだけ辱められて怒るなという方が無理というものだ。

(……光の精霊ウィスプよ)

「これだけ言われてまだ続けるなんて、いい根性してるじゃない。それじゃあ……一発きついの刻み込んでやるから覚悟しな!!」

 ゴモリーの右手が光ると、その手のひらには地面へとだらしなく垂れる蛇腹剣が握られていた。そいつを躊躇なく振り上げると、抱きしめている天道ごと俺めがけて叩きつけようとする。その瞬間、声を絞り上げたのはシャーリーだった。

「らめ! とおりゅ! それいじょうはぁ! ……らめええぇぇぇぇぇ!」

 彼女は懇願するように声を荒げると、全身を痙攣させながら天に向かって全力で叫び、疲れ果てたように後ろの男へと体を預け、肩で息をし始める。虚ろな瞳で視線を彷徨わせ、半開いたままの緩んだ口元からは、壊れた蛇口のように唾液が流れ続けていた。

 そんなシャーリーを凝視しながらゴモリーはゆっくりと右手を下ろすと、武器を消し、ゆっくりと笑いだす。

「なに、なになに今の。ちょっと、最高すぎない! あんたが魔法なんて使おうとしたせいで、王女様、まるであなたにイかされたみたいな声上げて果てちゃったじゃないの! おかしい、マジおかしい。最高すぎてキュンキュンしちゃう!」

 バカみたいに大笑いするゴモリーの言葉なんて耳に入ってこなかった。俺の意識が集中していたのはシャーリーの口元、流れる唾液ではなく声すら出せずに紡がれた、ごめん、という言葉。その唇の動きに反射的に俺も声にならない叫びを上げてしまっていた。

 シャーリーの言葉、動き、息遣いに体温。女を感じさせる彼女の全てに対し、体は自然の摂理に伴って興奮しているというのに、心は冷静で思考は真っ白に塗りつぶされていく。怒りの感情すらも虚無へと消えていった。

「……!? だめ! 脱がし! ……いやだぁ」

 一度や二度果てたところで彼女の地獄は終わらないだろう。意思も体力も根こそぎ削り取られ、歩く人形となるまでは彼女への侮辱行為が止むことは無い。心から守りたいと思ったものが汚されていく姿を、これ以上見ていられない。俺のせいで蹂躙されていく彼女なんてもう見たくなかった。

 ケープを剥がされた瞬間の恐怖に歪んだシャーリーの表情に、自然と涙がこぼれ落ちる。もう嫌だ、もう沢山だ。何もできないと言うのなら、誰か頼む……今すぐ俺を殺してくれ。

「ダメ……だよ」

 ポツリと聞こえたその声に、俺は視線を上げる。気がつけば、天道は俺に対して体を擦り寄せる行為を止め、視線もシャーリーのことを見つめていた。

「みたく……ない。しゃーろっと……よごしちゃ……ダメ……たすけ……なきゃ」

 刀身をなぞる冷たい感触。そう、彼女は泣いている。シャーリーのあられもない姿に、俺と同じように心を痛めている。あらがっている……これが天道の本当の意思、彼女の本当の心。それならまだ俺にもできることがある。天道がシャーリーを助けたいと思ってくれているのなら、まだ可能性はある!

 よがり狂うシャーリーの姿に集中していて、ゴモリーはこっちを見ていない。しかもおあつらえ向きに距離もどんどん離れていってる。これなら……魔力はまだ完全に回復してないが、やるしか……ない!

全てのアレス現象をフェノメーン

 即座に俺はディアインハイトの詠唱を開始した。こいつの効力は解呪だったり、事象の改変だったりと、ある事柄を捻じ曲げる力のはずだ。

強固なるシュタルク封印をズィーゲン

 問題は、シャーリー以外の人間に効力があるのかどうかといったところだが、こればかりは試してみないとわからない。

円環の理すらゲゼッツ デス アヌルス

 魔力、効力、効果対象、全てにおいて完全な博打だが、これ以外に方法が無いのなら賭けてみるしかない。こういう時の分の悪い賭けは、案外嫌いじゃねえしな。

打ち砕きセルストゥガーン

 ここに来てゴモリーも俺の動きに気づいたようだが、もう遅い!

我らを栄光へと導き給えディ アインハイト ツア エーレ!!)

 光の柱が立ち昇り、俺と天道を包み込む。光に視界を奪われて、俺の意識はプツリと切れた。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫

むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。

スキルが【アイテムボックス】だけってどうなのよ?

山ノ内虎之助
ファンタジー
高校生宮原幸也は転生者である。 2度目の人生を目立たぬよう生きてきた幸也だが、ある日クラスメイト15人と一緒に異世界に転移されてしまう。 異世界で与えられたスキルは【アイテムボックス】のみ。 唯一のスキルを創意工夫しながら異世界を生き抜いていく。

異世界の貴族に転生できたのに、2歳で父親が殺されました。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリー:ファンタジー世界の仮想戦記です、試し読みとお気に入り登録お願いします。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

処理中です...