俺と幼女とエクスカリバー

鏡紫郎

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第ニ章 堕ちた歌姫

第76話 淫魔の誘惑

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(な……にっ!)

 この瞬間、俺の表情は狐につままれたようになっていたことだろう。あまりの驚きに思考が停止する。

(お前が彼女をこんなにしたんじゃないのか?)

 天道がサキュバスとしてこの世界に転生したなんて、俺には信じられなかった。いや、信じたくなかった。しかし続けざまに放たれたゴモリーの言葉が、戸惑う俺に対し更に追い打ちをかける。

「彼女、貴方を自分だけのものにしたいって想いがよっぽど強かったみたいね。魔力コードが歪な形で書き換えられてたのよ。誰かのために体の構成まで変えちゃうなんて娘そうはいないわ。貴方、本当に幸せものね」

 突きつけられた真実に、俺はただ愕然がくぜんとするしかなかった。それじゃ何か? 彼女が今こんな状態なのも、俺にしている行為も、全部俺がきっかけ、俺のせいってことなのか?

 心は酷く困惑していて考えがまとまらない。確かに俺は天道を救ったのかもしれない。だがしかし、そのせいで彼女はこんな醜悪な行為の共犯者にさせられている。あの時俺は彼女を救って良かったのか? そのまま殺してやったほうが幸せだったんじゃないか? そんな卑屈な想いにかられていく。 

「そんなに悩まなくていいのよ。体に別条はないし、他の娘よりほんの少し男の子を虜にしやすいだけなんだから。それに、操っていると言っても私の力を少しだけ譲渡して、誘惑テンプテーションの効力を男女兼用に拡大させることで、少しばかり協力してもらってるだけよ。危険なことなんて何一つないの」

(協力って……この醜いパーティーのことかよ)

 こぼれそうになる涙を押さえ込みながらゴモリーの自分勝手な言い草に向けて、己の不甲斐なさと腹立たしさをありったけ詰め込んだ、精一杯の皮肉を言ってみせる。だが、俺の言葉など気にも返さぬまま、奴は話を続けていく。

「でもね、これはあくまで私の趣味。本来の目的は……シャーロット王女殿下を籠絡し、堕落させることよ」

 ゴモリーの言葉に背筋が凍る。刀身が青ざめ血の気が一気に引いていくのがわかった。

(て、てめぇ! 一体どういう!)

「いいわその反応。私、そういうのも大好きよ。王女様の陥落式はやっぱり貴方の目の前でやってあげる。その時はアサミ、そこの坊やを存分に可愛がってあげなさい。大切な人が目の前で私だけのメス犬になっていく様を、指を加えるだけじゃなく、他の女の快楽に流されながら悔し紛れに喘ぐ姿とか、想像しただけでゾクゾクしちゃう」

(ふざ……けんなよ。例え俺がいなくたって、シャーリーがお前なんかに負けるはずねえだろ!)

 これが去勢だということは自分でもわかっている、それでも言わずにはいられなかった。

 確かにシャーリーは強い。俺無しでも並の魔物や悪魔程度の攻撃では傷一つつけられないだろう。しかし相手は魔神、ナベリウスと同等の力を持つ魔神なのだ。ディアインハイト無しではナベリウスに歯が立たなかったこと、それは否が応にも忘れられない記憶。だから、シャーリーだけではどうにもならないことは理解している……でも、それでも、彼女の言う卑劣な提案を受け入れ、認めることなんてできるはずがない。

「絶望的な状況でも諦めず、愛する者を信じ続けるその決意。貴方なかなかいい男じゃない。アサミが入れ込むのもわかる気がするわ。それなら尚更王女様には地べたを這いつくばってもらわないとね! そして貴方をアサミのものにしてあげる」

(盛り上がってる所悪いが、シャーロットが来るなんて保証どこにも無いんだぜ。俺みたいなただの剣のために、こんな危険な場所まで来るなんてありえないだろ)

 ここまで言われて黙っているなんてできない。しかし、俺単独の魔力量がたかが知れているのは周知の事実だし、何より天道の動きと感触が気持ちよすぎて意識なんて集中できそうにない。そんな俺に今できることなんて、ハッタリをかまし、奴の気力を削ぐ事ぐらいだった。

「私の気を削ごうって魂胆なんだろうけど、そんな安いハッタリなんて無意味よ。むしろ、あなたのためだから来るんじゃない。あなた達の関係はアサミを通じてよーく理解してるのよ」

(まさか、天道の視界を使ってこっちの状況を!?)

「ええ、この子本当にいい娘なのよ。名前ぐらい呼んであげてもいいんじゃないかしら?」

(そんなの俺の勝手だろ)

 俺達の状況や関係性については天道が聞いたこと全て、下手をすれば寝ていた時に行っていた会話諸々もこいつは理解しているのかもしれない。それじゃあブラフや小細工はまったく通用しないってことか。畜生。

「貴方がどれだけ王女様のことを信じていても構わないわ。でも貴方も知っているはずよ、殿下が今ここに来たら私たちには勝てないという絶対的な理由を」

(どういうことだよ?)

「だめ、ちから、はいらにゃあ!」

 その言葉には聞き覚えがあった。そして今俺の考えたことが正しいのなら、状況は最悪を通り越してまさしく絶望。シャーリーに勝ち目なんて一欠片も無い。

「ふふふ、その反応覚えてるみたいね。あれはねアサミが撒いた誘惑の力によるものなの。近くにいる男を興奮状態にさせて性的な行動に移らせ、逆に、女には一時的な筋萎縮を起こさせて逆らう気力を無くすとともに、快楽に流されやすい体、そして性格に変化させる。それがこの子の能力。処女の彼女じゃ一部効果を発揮できないけど、貴方が目の前にいれば王女様を廃人に堕とすぐらい、できると思わない?」

(そ、その程度でシャーリーが負けるって? バカも休み休み――)

「ここまで言われても信じ続けられるなんて、あなた、ほんとうにいい男だわ。でも現実を見なさい。あの時後ろからとはいえ、殿下はどんな状態だったと思う? ただの一般男性の腕すら振りほどけ無い程に筋肉は萎縮し、首筋を舐められ、屈辱的なのに感じてしまう。そんな姿を貴方に悟られまいと気丈に振る舞おうとするものの、体は言うことをきいてくれない。ここに来た彼女がそんな目に遭ったらどうなると思う? 見下ろした先にいる数百と言う男共にたかられて、無事でいられると思うのかしら? そんな痴態を貴方の目の前に晒したらきっと彼女、こ・わ・れ・ちゃ・う・わ・ね」

 複数の男たちに絡まれ頬を上気させるとともに、体をくねらせながら甘ったるい声で俺の名を呼ぶシャーリーを想像して、迂闊にも俺は吐息を漏らしてしまっていた。ゴモリーの艶やかな声音、そして天道の誘惑の相乗効果もあったのかもしれない。それでも、一瞬とはいえ悔しさよりもなまめかしさに負けた、そんな自分の心の弱さが恨めしかった。

「いいわ! いいわ!! 貴方最高よ。今汚されていく王女様の姿を想像して少し興奮したでしょ。大切な者を汚される姿に欲情する背徳感、それを押し殺そうとしてる気配がムンムンとしててもう最高! 理性と本能、愛と欲望の間を揺れ動く感じ、お姉さんまで濡れてきちゃったわ」

(最低だな、このくそ女が)

「お生憎様、悪魔にとってそれって最高の褒め言葉よ坊や。それに興奮したって部分を否定、しないのね?」

 ゴモリーの嘲るような視線、そして侮蔑の言葉に何も言い返せない悔しさを、俺は独り噛みしめる。

「ゴモリー様、それ以上先輩を虐めるのはやめて。それに、主役が来たみたい」

 天道が向けた視線の先を見る。すると部屋へと入る唯一の入口である巨大な扉が、鈍い音をたてながらゆっくりと押し開かれているところだった。そして扉の小さな隙間から現れたのは……

「……トオル……を……返し……て」

 シャーロット・リィンバースだった。
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