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第ニ章 堕ちた歌姫
第66話 愛の魔神と淫らな魔法
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「私の名前はゴモリー。近い事象を見通し、女性の愛をサポートする魔神、ってところかしら」
ゴモリー、グレモリーという名称のほうが馴染み深いと思われる七十二柱の悪魔の一人。俺達の世界の伝承では過去、現在、未来の事象と財宝を見通し、女性の愛を得る方法を知る悪魔だが、こちらの世界と向こうの世界では能力にある程度の差異があるようだ。
「それにしてもまさか悪魔を臭いで嗅ぎ分けるなんてね。おてんばが過ぎるただのお嬢様だと思っていたけど、卓越した戦闘センスに魔神を屠る光技術、もしかして貴方神聖使者?」
「貴方にそれを教えるメリットが私にあるのかしら?」
セイクリッドという単語に俺を握るシャーリーの右手が微かに動き、爪先が柄を軽く引っ掻いた。中二病患者としてはその響き気になるところではあるが、ゴモリーへの返答、そして彼女の反応から察するにあまり触れてほしくないのだろう。それに今は戦闘中、そんなこと気にしてる場合じゃない。もっと集中しないと。
「それもそうね。で、いつから気づいていたのかしら?」
「教会で最初に顔を合わせた時からなんとなく、ね。でもあの子達の前で、アサミの前でそんなこと言えるわけ無いじゃない」
(シャーリー……)
教会の子供達だけでなく、なんだかんだで天道のことを気にしてくれている彼女の心遣いに、危うく俺は涙をこぼしそうになっていた。仲良くしたいと言うわけでは無いのだろうが、それでも天道のことを気遣ってくれることが俺にとってはなぜだか嬉しかったのだ。
「流石は王女様、民に対するお優しい心遣い……ちっ、反吐が出るね」
ゴモリーは不快そうに鍔を吐き出すと、軽蔑の眼差しでシャーリーを睨みつけてくる。しかしシャーリーは彼女の視線など歯牙にもかけない様子で話を続ける。
「それとあの、メイドキッサ、だったかしら? あの店に置いてあったピンクの煙を出す置物、貴方の仕業でしょ」
「ああ、淫乱香のことね。淫乱になるお香と乱交とかけてるの、なかなかいいセンスだと思わない?」
趣味の悪い発言を楽しそうにするゴモリーの態度に、シャーリーの右手に力が入る。ミシッっと柄が軋むほど、俺の体は彼女の拳に強く強く握りしめられていた。
「そうね、悪魔らしい最低のセンスで良いんじゃないかしら。それで、べらべらと喋ってくれてる所悪いんだけど、トオルの前で無様な格好を散々晒させてくれた借りは、高く付くわよ」
シスター、もといゴモリーに対しシャーリーが初手から怒りを露わにしていた理由、それはあの置物を作った人物、もしくはそれに準じた催淫効果の発信源が彼女だと、検討を付けていたからってわけか。……それよりも、シャ、シャーリーさん、もう少しだけ力抜いてもらえませんかね? 怒る気持ちはわかりますがちょ、ちょっと、く、苦しい。
「ふぅ。私自身は戦闘向きじゃないんだけど、このまま黙って見逃してなんかくれないんでしょ? いいわ、少しだけ遊んであげる。来なさい」
「それじゃ遠慮なく」
ゴモリーの挑発に乗る形でシャーリーは右手を前へと突き出し、俺の刀身へと魔力を注ぎ込み光剣を形成する。そして光剣の状態をレイピアモードへと変化させ刺突の構えを取った。それと同時にベアハッグをされてるかのような圧迫感から解放された俺も、意識を強引に戦闘へと向ける。
「自幻流 一の太刀 八節 閃牙!」
腰を落とし地面を蹴ると、シャーリーは迷いなくゴモリーの心臓めがけて突きの一撃を繰り出した。単純明快であるが故に強烈、一筋の光を描く閃駆からの渾身の刺突、しかしゴモリーはそいつを半身ずらすことで綺麗に回避する。
「コソコソと、逃げるんじゃ、ない!」
だがシャーリーの攻撃はそこで終わらず、刺突の勢いのまま右足を軸に回転を行い、左足でゴモリーの足を払うと、光剣を瞬時にブレードモードへと切り替え大上段からの振り下ろし、月光を繰り出した。
「いいテンポね、だけどそれじゃまだ甘い!」
とっさに繰り出されたシャーリーの足払いをくらい、倒れそうになる体を必死に立て直し、なんとか踏みとどまったゴモリーは、正面に伸ばした左手を左後方へと振り抜くと、空気の膜のようなものを作り出し、月光の一撃を首元すれすれで見事にせき止めていた。
「バ・リ・ア・ぐらいでぇ!」
しかしシャーリーは、そんなものなど意に介さないと言わんばかりに力任せに俺を振り抜くと、見渡す限り最も太い木の幹へとバリアごとゴモリーの体を吹き飛ばした。轟音と共に木が揺れ、葉がひらひらと数枚舞い落ちる。
上がった息に血走った目つき、今回は冷静さこそ残してはいるが、怒りに身を任せている時のシャーリーだけは本当に怖い。
「いたた、情報じゃスピード重視って訊いてたけど、結構馬鹿力じゃないのよ」
凄まじい勢いで背骨を叩き付けられたにも関わらず、ゴモリーは平然とした態度を見せる。七十二柱の名を冠し、魔神と名乗るだけのことはある。並の打撃程度じゃ痛手にすらならないか。
「女の子はね、好きな人のためならどこまでも強く、凛々しく、可愛くなれるの」
シャーリーの突然の宣言、好きな人のためなら。戦闘中にも関わらず彼女のそんな言葉が嬉しくて、思わず俺は頬を緩ませてしまう。
「はぁ? 香の一息で誰かれ構わず喘ぎ散らす淫乱王女のぶんざいで、吠えるんじゃねえぞ!」
少々気取った言葉を誇らしげに話すシャーリーの態度が気に入らなかったのか、嘲笑いつつ放たれたゴモリーの侮蔑の言葉、それは今彼女が一番気にしているであろうことで……シャーリーの頭で何かがキレたような音がした。
「だ・れ・の・せ・い・だ、このクソビッチがあぁ!!」
ゴモリーの言葉に激昂したシャーリーは、怒りのままに吠えると奴との距離を一息で詰め、攻撃を繰り出した。シャーリーは剣撃を、ゴモリーは両手に纏わせた障壁を使い、怒声を上げながら攻防をを繰り返す。互角の打ち合いを見せるゴモリーの動きにしびれを切らしたシャーリーは、一瞬だけ距離を離すと俺の刀身を腰の左にあてがい、居合の様な構えを取りながら踏み込み、ゴモリーの懐に入り込んだ。
「自幻流 三の太刀 三節 三散華!」
シャーリーの攻撃宣言、それに合わせてゴモリーは障壁を前方広くに多重展開し強度を上げるが、シャーリーは神速の居合を全く同じ場所へと三連続で繰り出すことで強引に障壁を破壊するとともに、ゴモリーの体を宙へと浮かび上がらせる。そしてシャーリーは休むこと無く矢を引き絞るように右手を引き、光剣の先端に指を乗せ意識を集中させる。すると光剣の状態が再び変化し、俺の体をまるで鉱物の様な堅牢な聖気が包み込むと、それはドリルのような螺旋の渦を形成し、爆発的なエネルギーを生み出し始める。
「光へ還りなさい。リィンバース式剣術 弐ノ型裏式 撃突 轟大地!」
高速で回転する光の螺旋が火花を散らし始めたその瞬間、シャーリーは踏み込むとともに、回転する俺の切っ先をゴモリーの体めがけて槍のように突き出した! 地面が沈み込む程の踏み込みから繰り出された刺突の一撃が、空中へと放り出されていたゴモリーの体に突き刺さると共に、刀身に纏った光の螺旋がレーザーの如く空高くへと放出される。剣先から繰り出された魔力の渦は、掠めた木々を焼き尽くしながら天へと伸び、時とともに先細りし輝きを弱めていく。光剣を保持するための魔力を全て出し尽くし、俺の体が普通の剣へと戻った時には、切っ先にゴモリーの姿は既になかった。普通なら消し飛ばされたと考えるべきだろうが……
「くっ、トオル、手応えは?」
シャーリーは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていて、どうやら俺と似たようなことを感じていたらしい。
(あった……シャーリーは?)
切っ先を突き刺したインパクトの瞬間、確かにやつを捉えた感触があった。だがその直後、光剣を放出した時には奴の気配が希薄で……言葉では説明しづらいのだが、ずらされたような鈍い違和感を感じたのだ。
「私もあった。ただ、変な違和感を感じたから、もしかしたら逃したっ! か、もぉ!」
俺を握る右手が震え始めたかと思うと、シャーリーは突然可愛らしい喘ぎ声を上げながら頬を赤らめ、苦しそうにバランスを崩し座り込んでしまった。
「この状態でも、影響が、でりゅなんて、どんだけ強力なのよこれぇ!」
甘い悲鳴を何度も上げるシャーリーの姿にムラムラする気持ちを必死に押さえ込みながら、何か出来ることは無いかと必死に俺は頭を悩ませていた。
「はぁ、はぁ、ごめんにゃさいトオル。はぁ、こんな恥ずかしいところ、ばかり、見せてしまってぇ!」
(あ、謝るなよ! 気にしないって言ってるだろ。むしろ俺一人の前ならどんどん見せてくれて構わないぐらいなんだから)
焦りから早口になる言葉、そして冷静さを欠いた俺の口は、彼女の妖艶さを前に本音をボロボロとダダ漏らしにする。
「もぉ、バカぁ。くうぅ! はぁ、はぁ、もう限界みたい。戻る、わね」
恥ずかしそうに股下をすりつけるシャーリーの体は、光に包まれるとみるみるうちにしぼんでいき、光が爆ぜた時にはいつもの姿、幼女シャーリーのものへと戻っていた。
「……しゅこし……待っちぇ……落ちちゅく……から」
ろれつが上手く回らないのか舌っ足らずな口調で話す彼女は、全身から大量の汗を流し、女の子ずわりの体勢で苦しそうに肩で息を繰り返す。それから数分、何かに耐えるように何度も歯を噛み締めたり呼吸を繰り返していると、徐々にシャーリーの体から熱がひいていく。その間俺は俺で、様々な思いに耐えながら視線を彷徨わせ続けていた。
「……もう……大丈夫」
呼吸はまだ荒いものの、その発言の頃にはシャーリーの口調や体の状態は普段の彼女のものへと戻っていた。欲情に耐えきった俺も二つの意味で安堵のため息を漏らす。
(にしても、この町に来てからのシャーリーのい、いん、淫乱化は、やっぱりあいつが原因なのかな)
それ以外に適した言葉をすぐに思いつけなかったというのもあるが、冷静な状態で言ってみると淫乱という言葉はわりかし恥ずかしいもので、その部分だけ俺はつい口籠ってしまう。
「……わからない……でも……あいつが……噛んでるのは……確か」
(……なあ、ほんとにもう、大丈夫か?)
顔色こそ良くなってはいたが、未だに足をもぞもぞさせている彼女の体調がどうにも気になって仕方がない。
「……うん……さっきのは……魔眼の効果が……遅れて……来た……だけ……だから」
(ごめん。いつも大丈夫か? って言うぐらいしかできなくて)
そんな彼女に何もしてやれない自分が情けなくて、俺はつい弱気な言葉を吐いてしまった。自分をもっと攻めたい衝動に駆られたが、これ以上は彼女を困らせるだけだと気づき、その先の言葉を俺はぐっと心の奥へと飲み込んだ。
「……十分……トオルが心配……してくれる……トオルの声が……聞ける……それだけで……元気が出る……温かい」
(……シャーリーって結構恥ずかしいこと平然と言うよな)
逆に俺を心配してくれているのか、元気づけるような恥ずかしい台詞を真顔で言うシャーリーの姿に、俺はいつも通り視線を逸らしてしまう。
「……お互い様」
そんな俺にシャーリーはまるで勝ち誇るかのような微笑を見せた。いつもそうだが最後には必ず俺を困らせようとするシャーリーの態度に、彼女が負けず嫌いなことを思い知らされる。でも、今日の俺はなんだかそのまま引き下がれ無くて、つい彼女にちょっかいを出してしまう。
(にしても天道の差し出したクッキー、食べなかったことにちゃんとした理由があったんだな)
「……どういう」
意地の悪い口調に当然訝しげな視線を向けられるが、それでも俺は引き下がらない。
(てっきり俺は対抗心で食べなかったものだと)
「……そんな風に……見える?」
(普段のシャーリーなら絶対にないけど、俺のことが絡んだら有り得ると思ってる)
自信無さげに訪ねてくるシャーリーの姿に、普段なら絶対にしないような意地の悪い答えと笑みを俺は浮かべてしまっていた。
「……意地悪」
子供のように、って見た目は子供そのものなのだが、頬を少し膨らませるシャーリーがとてもかわいい。今日の一連の出来事でまた少し彼女の心に近づけたような気がして、そのせいで気が大きくなっているのかも。更に安心感のせいか、感情が暴発してどんなシャーリーを見ていても愛おしく感じてしまう。それはもうキモいと思われてもおかしくないレベルであった。
(いっつも俺は振り回される側なんだ、たまには言わせてくれたっていいだろ)
「……そんなこと……ないのに」
俺達は互いに小さな不満を漏らし合いながら、ちょっとした言い合いを重ねつつ、宿への帰路を歩いて行く。その瞬間はとても有意義で楽しい時間と思っていたが、後に冷静になった俺が、好きな子にちょっかいかける小学生かよと憂鬱な気持ちになったのは言うまでもない。
ゴモリー、グレモリーという名称のほうが馴染み深いと思われる七十二柱の悪魔の一人。俺達の世界の伝承では過去、現在、未来の事象と財宝を見通し、女性の愛を得る方法を知る悪魔だが、こちらの世界と向こうの世界では能力にある程度の差異があるようだ。
「それにしてもまさか悪魔を臭いで嗅ぎ分けるなんてね。おてんばが過ぎるただのお嬢様だと思っていたけど、卓越した戦闘センスに魔神を屠る光技術、もしかして貴方神聖使者?」
「貴方にそれを教えるメリットが私にあるのかしら?」
セイクリッドという単語に俺を握るシャーリーの右手が微かに動き、爪先が柄を軽く引っ掻いた。中二病患者としてはその響き気になるところではあるが、ゴモリーへの返答、そして彼女の反応から察するにあまり触れてほしくないのだろう。それに今は戦闘中、そんなこと気にしてる場合じゃない。もっと集中しないと。
「それもそうね。で、いつから気づいていたのかしら?」
「教会で最初に顔を合わせた時からなんとなく、ね。でもあの子達の前で、アサミの前でそんなこと言えるわけ無いじゃない」
(シャーリー……)
教会の子供達だけでなく、なんだかんだで天道のことを気にしてくれている彼女の心遣いに、危うく俺は涙をこぼしそうになっていた。仲良くしたいと言うわけでは無いのだろうが、それでも天道のことを気遣ってくれることが俺にとってはなぜだか嬉しかったのだ。
「流石は王女様、民に対するお優しい心遣い……ちっ、反吐が出るね」
ゴモリーは不快そうに鍔を吐き出すと、軽蔑の眼差しでシャーリーを睨みつけてくる。しかしシャーリーは彼女の視線など歯牙にもかけない様子で話を続ける。
「それとあの、メイドキッサ、だったかしら? あの店に置いてあったピンクの煙を出す置物、貴方の仕業でしょ」
「ああ、淫乱香のことね。淫乱になるお香と乱交とかけてるの、なかなかいいセンスだと思わない?」
趣味の悪い発言を楽しそうにするゴモリーの態度に、シャーリーの右手に力が入る。ミシッっと柄が軋むほど、俺の体は彼女の拳に強く強く握りしめられていた。
「そうね、悪魔らしい最低のセンスで良いんじゃないかしら。それで、べらべらと喋ってくれてる所悪いんだけど、トオルの前で無様な格好を散々晒させてくれた借りは、高く付くわよ」
シスター、もといゴモリーに対しシャーリーが初手から怒りを露わにしていた理由、それはあの置物を作った人物、もしくはそれに準じた催淫効果の発信源が彼女だと、検討を付けていたからってわけか。……それよりも、シャ、シャーリーさん、もう少しだけ力抜いてもらえませんかね? 怒る気持ちはわかりますがちょ、ちょっと、く、苦しい。
「ふぅ。私自身は戦闘向きじゃないんだけど、このまま黙って見逃してなんかくれないんでしょ? いいわ、少しだけ遊んであげる。来なさい」
「それじゃ遠慮なく」
ゴモリーの挑発に乗る形でシャーリーは右手を前へと突き出し、俺の刀身へと魔力を注ぎ込み光剣を形成する。そして光剣の状態をレイピアモードへと変化させ刺突の構えを取った。それと同時にベアハッグをされてるかのような圧迫感から解放された俺も、意識を強引に戦闘へと向ける。
「自幻流 一の太刀 八節 閃牙!」
腰を落とし地面を蹴ると、シャーリーは迷いなくゴモリーの心臓めがけて突きの一撃を繰り出した。単純明快であるが故に強烈、一筋の光を描く閃駆からの渾身の刺突、しかしゴモリーはそいつを半身ずらすことで綺麗に回避する。
「コソコソと、逃げるんじゃ、ない!」
だがシャーリーの攻撃はそこで終わらず、刺突の勢いのまま右足を軸に回転を行い、左足でゴモリーの足を払うと、光剣を瞬時にブレードモードへと切り替え大上段からの振り下ろし、月光を繰り出した。
「いいテンポね、だけどそれじゃまだ甘い!」
とっさに繰り出されたシャーリーの足払いをくらい、倒れそうになる体を必死に立て直し、なんとか踏みとどまったゴモリーは、正面に伸ばした左手を左後方へと振り抜くと、空気の膜のようなものを作り出し、月光の一撃を首元すれすれで見事にせき止めていた。
「バ・リ・ア・ぐらいでぇ!」
しかしシャーリーは、そんなものなど意に介さないと言わんばかりに力任せに俺を振り抜くと、見渡す限り最も太い木の幹へとバリアごとゴモリーの体を吹き飛ばした。轟音と共に木が揺れ、葉がひらひらと数枚舞い落ちる。
上がった息に血走った目つき、今回は冷静さこそ残してはいるが、怒りに身を任せている時のシャーリーだけは本当に怖い。
「いたた、情報じゃスピード重視って訊いてたけど、結構馬鹿力じゃないのよ」
凄まじい勢いで背骨を叩き付けられたにも関わらず、ゴモリーは平然とした態度を見せる。七十二柱の名を冠し、魔神と名乗るだけのことはある。並の打撃程度じゃ痛手にすらならないか。
「女の子はね、好きな人のためならどこまでも強く、凛々しく、可愛くなれるの」
シャーリーの突然の宣言、好きな人のためなら。戦闘中にも関わらず彼女のそんな言葉が嬉しくて、思わず俺は頬を緩ませてしまう。
「はぁ? 香の一息で誰かれ構わず喘ぎ散らす淫乱王女のぶんざいで、吠えるんじゃねえぞ!」
少々気取った言葉を誇らしげに話すシャーリーの態度が気に入らなかったのか、嘲笑いつつ放たれたゴモリーの侮蔑の言葉、それは今彼女が一番気にしているであろうことで……シャーリーの頭で何かがキレたような音がした。
「だ・れ・の・せ・い・だ、このクソビッチがあぁ!!」
ゴモリーの言葉に激昂したシャーリーは、怒りのままに吠えると奴との距離を一息で詰め、攻撃を繰り出した。シャーリーは剣撃を、ゴモリーは両手に纏わせた障壁を使い、怒声を上げながら攻防をを繰り返す。互角の打ち合いを見せるゴモリーの動きにしびれを切らしたシャーリーは、一瞬だけ距離を離すと俺の刀身を腰の左にあてがい、居合の様な構えを取りながら踏み込み、ゴモリーの懐に入り込んだ。
「自幻流 三の太刀 三節 三散華!」
シャーリーの攻撃宣言、それに合わせてゴモリーは障壁を前方広くに多重展開し強度を上げるが、シャーリーは神速の居合を全く同じ場所へと三連続で繰り出すことで強引に障壁を破壊するとともに、ゴモリーの体を宙へと浮かび上がらせる。そしてシャーリーは休むこと無く矢を引き絞るように右手を引き、光剣の先端に指を乗せ意識を集中させる。すると光剣の状態が再び変化し、俺の体をまるで鉱物の様な堅牢な聖気が包み込むと、それはドリルのような螺旋の渦を形成し、爆発的なエネルギーを生み出し始める。
「光へ還りなさい。リィンバース式剣術 弐ノ型裏式 撃突 轟大地!」
高速で回転する光の螺旋が火花を散らし始めたその瞬間、シャーリーは踏み込むとともに、回転する俺の切っ先をゴモリーの体めがけて槍のように突き出した! 地面が沈み込む程の踏み込みから繰り出された刺突の一撃が、空中へと放り出されていたゴモリーの体に突き刺さると共に、刀身に纏った光の螺旋がレーザーの如く空高くへと放出される。剣先から繰り出された魔力の渦は、掠めた木々を焼き尽くしながら天へと伸び、時とともに先細りし輝きを弱めていく。光剣を保持するための魔力を全て出し尽くし、俺の体が普通の剣へと戻った時には、切っ先にゴモリーの姿は既になかった。普通なら消し飛ばされたと考えるべきだろうが……
「くっ、トオル、手応えは?」
シャーリーは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていて、どうやら俺と似たようなことを感じていたらしい。
(あった……シャーリーは?)
切っ先を突き刺したインパクトの瞬間、確かにやつを捉えた感触があった。だがその直後、光剣を放出した時には奴の気配が希薄で……言葉では説明しづらいのだが、ずらされたような鈍い違和感を感じたのだ。
「私もあった。ただ、変な違和感を感じたから、もしかしたら逃したっ! か、もぉ!」
俺を握る右手が震え始めたかと思うと、シャーリーは突然可愛らしい喘ぎ声を上げながら頬を赤らめ、苦しそうにバランスを崩し座り込んでしまった。
「この状態でも、影響が、でりゅなんて、どんだけ強力なのよこれぇ!」
甘い悲鳴を何度も上げるシャーリーの姿にムラムラする気持ちを必死に押さえ込みながら、何か出来ることは無いかと必死に俺は頭を悩ませていた。
「はぁ、はぁ、ごめんにゃさいトオル。はぁ、こんな恥ずかしいところ、ばかり、見せてしまってぇ!」
(あ、謝るなよ! 気にしないって言ってるだろ。むしろ俺一人の前ならどんどん見せてくれて構わないぐらいなんだから)
焦りから早口になる言葉、そして冷静さを欠いた俺の口は、彼女の妖艶さを前に本音をボロボロとダダ漏らしにする。
「もぉ、バカぁ。くうぅ! はぁ、はぁ、もう限界みたい。戻る、わね」
恥ずかしそうに股下をすりつけるシャーリーの体は、光に包まれるとみるみるうちにしぼんでいき、光が爆ぜた時にはいつもの姿、幼女シャーリーのものへと戻っていた。
「……しゅこし……待っちぇ……落ちちゅく……から」
ろれつが上手く回らないのか舌っ足らずな口調で話す彼女は、全身から大量の汗を流し、女の子ずわりの体勢で苦しそうに肩で息を繰り返す。それから数分、何かに耐えるように何度も歯を噛み締めたり呼吸を繰り返していると、徐々にシャーリーの体から熱がひいていく。その間俺は俺で、様々な思いに耐えながら視線を彷徨わせ続けていた。
「……もう……大丈夫」
呼吸はまだ荒いものの、その発言の頃にはシャーリーの口調や体の状態は普段の彼女のものへと戻っていた。欲情に耐えきった俺も二つの意味で安堵のため息を漏らす。
(にしても、この町に来てからのシャーリーのい、いん、淫乱化は、やっぱりあいつが原因なのかな)
それ以外に適した言葉をすぐに思いつけなかったというのもあるが、冷静な状態で言ってみると淫乱という言葉はわりかし恥ずかしいもので、その部分だけ俺はつい口籠ってしまう。
「……わからない……でも……あいつが……噛んでるのは……確か」
(……なあ、ほんとにもう、大丈夫か?)
顔色こそ良くなってはいたが、未だに足をもぞもぞさせている彼女の体調がどうにも気になって仕方がない。
「……うん……さっきのは……魔眼の効果が……遅れて……来た……だけ……だから」
(ごめん。いつも大丈夫か? って言うぐらいしかできなくて)
そんな彼女に何もしてやれない自分が情けなくて、俺はつい弱気な言葉を吐いてしまった。自分をもっと攻めたい衝動に駆られたが、これ以上は彼女を困らせるだけだと気づき、その先の言葉を俺はぐっと心の奥へと飲み込んだ。
「……十分……トオルが心配……してくれる……トオルの声が……聞ける……それだけで……元気が出る……温かい」
(……シャーリーって結構恥ずかしいこと平然と言うよな)
逆に俺を心配してくれているのか、元気づけるような恥ずかしい台詞を真顔で言うシャーリーの姿に、俺はいつも通り視線を逸らしてしまう。
「……お互い様」
そんな俺にシャーリーはまるで勝ち誇るかのような微笑を見せた。いつもそうだが最後には必ず俺を困らせようとするシャーリーの態度に、彼女が負けず嫌いなことを思い知らされる。でも、今日の俺はなんだかそのまま引き下がれ無くて、つい彼女にちょっかいを出してしまう。
(にしても天道の差し出したクッキー、食べなかったことにちゃんとした理由があったんだな)
「……どういう」
意地の悪い口調に当然訝しげな視線を向けられるが、それでも俺は引き下がらない。
(てっきり俺は対抗心で食べなかったものだと)
「……そんな風に……見える?」
(普段のシャーリーなら絶対にないけど、俺のことが絡んだら有り得ると思ってる)
自信無さげに訪ねてくるシャーリーの姿に、普段なら絶対にしないような意地の悪い答えと笑みを俺は浮かべてしまっていた。
「……意地悪」
子供のように、って見た目は子供そのものなのだが、頬を少し膨らませるシャーリーがとてもかわいい。今日の一連の出来事でまた少し彼女の心に近づけたような気がして、そのせいで気が大きくなっているのかも。更に安心感のせいか、感情が暴発してどんなシャーリーを見ていても愛おしく感じてしまう。それはもうキモいと思われてもおかしくないレベルであった。
(いっつも俺は振り回される側なんだ、たまには言わせてくれたっていいだろ)
「……そんなこと……ないのに」
俺達は互いに小さな不満を漏らし合いながら、ちょっとした言い合いを重ねつつ、宿への帰路を歩いて行く。その瞬間はとても有意義で楽しい時間と思っていたが、後に冷静になった俺が、好きな子にちょっかいかける小学生かよと憂鬱な気持ちになったのは言うまでもない。
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------------------------------------------------------------------
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