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第ニ章 堕ちた歌姫
第62話 強くなりたい かっこよくなんて無い
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そんな子供達の中に栗毛色の髪が見あたらない、セリーヌさんとクロエちゃんの姿がないのだ。昨日の今日だし屋内で姉妹水入らず、仲睦まじくしてるのかな、なんて思っていると小さな影がちょこんと目の前に現れる。
「えっと、その、おねえちゃんはアサミおねえちゃんのおともだち、なの?」
聞こえてきたあどけない声、クロエちゃんは一人子供達の枠から離れ俺達のもとへとやってきていたのだ。
「……うん……お友達……だよ」
シスターからの質問の時には言い淀んだシャーリーだったが、小さな子供にそんな態度を見せられないのか天道のことを素直に友達と表現していた。
「おねえちゃんもいっしょに、おねえちゃんたすけてくれたんだよね?」
彼女の言っているお姉ちゃんが、どのお姉ちゃんとどのお姉ちゃんのことなのかわかることにはわかるが、お姉ちゃんが多すぎてお姉ちゃんがゲシュタルト崩壊しそうである。
「……私は何も……全部アサミが」
シャーリーはきっと何もできなかった自分のことを責めているのだろう、そんな彼女の表情は悲しそうな、それでいて悔しそうなものに見えた。
「ありがとう!」
「!?……どう……いたしまして」
クロエちゃんの全く邪気の感じられない澄みきった笑みに、シャーリーはたじろぎながらもお礼の言葉を返す。その光景を第三者の立場で微笑ましいと思いながらみていた俺だが、そんな俺も次のクロエちゃんの言葉には心の底から驚かされる事となる。
「つるぎさんもありがとう」
そう、クロエちゃんはただの剣であるはずの俺に声をかけたのだ。有り得るはずのない状況に俺は思わず息を呑む、しかし少女の眩しいほどの笑顔を見ていると総てがどうでもよく思えてきてしまった。シャーリーが押し切られたのも納得である。そんな俺の体から突然魔道布が解き放たれると、クロエちゃんの前へと力強く差し出された。銀色に輝く俺の刀身を見てクロエちゃんは感嘆の声を上げる。
「……トオル……ありがとうだって」
どうしたものかと思っている俺の背中を、シャーリーの優しい瞳と声が後押しした。
(お、おう。どういたしまして)
「……つるぎさんも……喜んでる」
クロエちゃんには聞こえないであろう俺からの感謝の言葉を、シャーリーは喜んでいるという表現で伝えた。けれどもシャーリーにすら褒められ慣れてない俺が、彼女よりも小さな女の子に褒められて恥ずかしく無いわけがなく、刀身の中心から広がるように俺の体は少しずつ赤みを帯びていく。
「そっかー、えへへ。なでなでしてあげるね」
その目立つ赤くなった部分をクロエちゃんは集中的に撫で回してくる。子供独特の柔らかな手のひらの感触はとてもくすぐったく、シャーリーに撫でられる時以上にこそばゆい気持ちを俺は感じていた。そして俺の刀身はますます赤く輝いていく。
「おねえちゃんはけんしさまなの?」
そんなこととは知らないクロエちゃんは、気恥ずかしさで爆発しそうな俺を尻目に、刀身を撫で続けながらシャーリーにそんな質問を投げかけていた。
「……うん……そうだよ」
「じゃあ、じゃあね、わたしつよくなりたい!」
つよくなりたい、クロエちゃんの口から飛び出したその言葉にシャーリーは困惑の色を浮かべてる。
「おねえちゃんまもるの!」
クロエちゃんの瞳にはうっすらと涙が浮かんでいた。この娘もシャーリーと同じで何もできなかったことを後悔しているんだ。そして世界に二人きりの家族を守りたいと思ってる。
「……クロエちゃんには……早い……かな」
それでもこんな小さな女の子に戦いなんかして欲しくないと、シャーリーの顔には困ったような笑みが浮かんでいた。
「わたしもたたかうの!」
俺を撫でることすら忘れるほどのクロエちゃんの真剣な眼差しに、シャーリーは目をつぶると俺の柄頭へとゆっくりとでこを乗っけ、……しょうがない……か、と俺だけがかろうじて聞こえるぐらいの小声で呟く。
「……じゃあ……剣舞……ぐらいなら」
「けん、ぶ?」
そうかその手があったか、俺はシャーリーの思いつきに感心していた。剣舞なら踊りの一種だし子供にも見ごたえがある、そして型の動きもしっかりと取り込まれていて、間接的ではあるが剣の指導にも成るってわけだ。
「……見てて」
そう言ってシャーリーはクロエちゃんから少し距離を取ると、俺を右手に掴み腕を肩の高さで水平に伸ばした状態で構えを取る。その時ちょうど天道の曲がスタートした。スローテンポの曲、そのリズムに合わせるようにシャーリーは俺を振り始める。
「貴方のそばに居たい、心のおくでぇー、つ・ぶ・やいた、この想いは~いつか~、叶うー時が来るのーかなー」
初めて聞く曲のはずなのに、シャーリーは天道の声に乗せて器用に動きを変えていく。
「貴方はそんなーこと、気づきはしないーでしょう、待ちぼうけてい~た~ってぇ、なにもー代わりはしなーいのー」
曲調がゆっくりなため激しい動きこそ無いのだが、逆に言えば激しく動くこともできない。それなのに振り下ろす動きには一寸のぶれがなく、回転するさまはワルツでも踊っているかのごとく優雅で、俺はまたシャーリーの舞に見惚れてしまっていた。そのぐらい彼女の剣舞は美しいのだ。
「勇気を出さなーくちゃ、わか~っているーけど、こんな弱い私を、だれかすくーってほーしいぃ~~~~~~」
サビに入ると今までとは一転、俺を回転させたりジャンプ斬りを取り入れるなど、静かな動きの中に熱を感じさせる技を見せ始める。
「舞い散る雪がー頬をー濡ーらす、心さえも、凍りつ・きーそうでぇ~、たいせ・つ・な人、名前ーすら、わすれてしまいそうーにーなるー」
そして天道のワンコーラスが終わるタイミングでクロエちゃんでも見える速度で五芒星を斬ると、背中へと俺を仕舞うポーズを取り剣舞を閉めくくった。軽く息を吐きながら俺を上へと軽く投げると、落ちてくる刀身を抱きしめる形で見事に掴み取る。
「……どう……かな?」
振り向くとクロエちゃんは両目を輝かせながらシャーリーのことを見つめていた。そして興奮したように両手を叩きながら嬉しそうに飛び跳ねる。
「すごい! すごーい! おねえちゃんかっこいい!」
クロエちゃんの反応にシャーリーは照れたような笑いを浮かべる。……それよりも重いな、天道の選曲があまりにも重すぎる! 俺らはともかく子供に聞かせるような内容の曲じゃねえだろと!
「クロエちゃん、おやつの時間ですよ~」
「あ、よばれてるからいくね。ばいばーい」
俺が天道の曲選択に憤る中、いつの間にかこの場に来ていたシスターがクロエちゃんの名前を呼んでいた。その声、特におやつの部分に反応すると、クロエちゃんは嬉しそうに天道達の元へと駆けていく。お姉ちゃんを守りたい、そんな大人びたことを言っていてもやっぱり子供なんだなと思わせる言動に、心が暖かくなっていく。
(それにしてもあの娘、俺のこと気づいてたよな)
「……うん……あの子……魔力高い……凄く……感がいい」
走り去るクロエちゃんの後ろ姿をシャーリーは真剣な眼差しで見つめていた。
(まあこう言うべきじゃないんだろうけど、将来有望かもなあの娘……うぉ!)
思ったことを口にした瞬間、俺の体を締め付けるシャーリーの腕に力がこもる。軽はずみな言葉に怒られたものだと思ったのだが、どうやらそういうことではないらしい。
「……慰め……られた」
クロエちゃんのありがとうという言葉、俺にはそんな風には聞こえなかったのだが、シャーリーは気を使われた
と思ったのだろう、昨日と同じように彼女は俺の体を力一杯抱きしめてくる。
「……私は……かっこよくなんて」
見上げるとシャーリーの瞳には涙が浮かんでいた。彼女が今何を思っているのかはわからないけど、苦しんでいることだけは俺にもわかった。だから俺は何も言わずにされるがままに体をそっと預けた。それで何が変わるわけじゃないけど、少しでも俺の心が彼女に届いて彼女の慰めに、彼女の光に慣れればいいなとそう思った。
しばらくそのままでいると体が揺れていることに気がつく。視線を右に向けると小さな手がシャーリーの袖を引っ張っている、皆の元へ戻ったはずのクロエちゃんの手だった。
(シャーリー)
「おねえちゃんだいじょうぶ?」
俺とクロエちゃん、二人の呼ぶ声にシャーリーは驚いたように我に返る。
「あっ……その……ごめん」
どちらに対しての言葉かわからないがどうやら少々混乱しているらしい。
「なみだ、どこかいたいの?」
クロエちゃんの言葉を聞いたシャーリーが右手をゆっくりと瞳へと持っていく。彼女の指がまぶたに触れた瞬間、雫が弾け飛び俺の鍔や刀身へと降り注ぐ。そこで始めて自分が泣いてることに気がついたのだろう、シャーリーはゴシゴシと力一杯涙を拭うと、赤く晴らした瞳で笑顔を作りクロエちゃんへと声をかけた。
「……クロエちゃんの……おかげで……治った」
「えっと、よくわからないけど、よかった!」
クロエちゃんには本当によくわからなかったのだと思う。でも自分のおかげで治ったと言われたことが子供心にとってはとても嬉しかったのだろう、クロエちゃんはシャーリーに対して太陽の様な眩しい笑みを見せてくれる。
「……何か……用?」
クロエちゃんと視線を合わせるようにシャーリーは少しだけ腰を屈めそう尋ねた。
「あっそうだ、おねえちゃんもいっしょにたべよ」
どうやらこの幼女はおやつのお誘いに来たようである。……幼女って形容するとどっちのことかわからなくなるな。
「……いいの?」
「うん! あさみおねえちゃんもいっしょだよ。えと、えと」
何かに悩む素振りを見せるクロエちゃんの姿にシャーリーは自分の名前を述べた。
「……シャーロット」
言われてみればここに来てからシャーリーが名前を教えたのはシスターだけだったことに、今更ながらに俺は気がついた。
「しゃーろ……えっと……ロッテおねえちゃん!」
クロエちゃんには少しばかり呼びづらかったのか、まるで相性のようにシャーロットの後ろ三文字だけを器用に呼ぶ。
「……ロッテ」
「うん、ロッテおねえちゃん」
驚き、面食らった様な表情を見せたシャーリーだったが、その表情はみるみるうちに笑顔へと変わっていく。普段から相性で呼ばれることが少ないであろうシャーリーにとって、分け隔てなく気さくに呼ばれたことがとても嬉しかったのだろう。
「……どこ……かな?」
シャーリーは左手で俺を抱え直すと、笑顔でクロエちゃんへと右手を伸ばす。クロエちゃんはシャーリーの右手を掴むと元気いっぱいに走り始めた。
「クロエあんないするね、こっちだよ」
こうしてシャーリーは、クロエちゃんに引っ張られ天道達の居る教会横のテーブルへと案内された。
「えっと、その、おねえちゃんはアサミおねえちゃんのおともだち、なの?」
聞こえてきたあどけない声、クロエちゃんは一人子供達の枠から離れ俺達のもとへとやってきていたのだ。
「……うん……お友達……だよ」
シスターからの質問の時には言い淀んだシャーリーだったが、小さな子供にそんな態度を見せられないのか天道のことを素直に友達と表現していた。
「おねえちゃんもいっしょに、おねえちゃんたすけてくれたんだよね?」
彼女の言っているお姉ちゃんが、どのお姉ちゃんとどのお姉ちゃんのことなのかわかることにはわかるが、お姉ちゃんが多すぎてお姉ちゃんがゲシュタルト崩壊しそうである。
「……私は何も……全部アサミが」
シャーリーはきっと何もできなかった自分のことを責めているのだろう、そんな彼女の表情は悲しそうな、それでいて悔しそうなものに見えた。
「ありがとう!」
「!?……どう……いたしまして」
クロエちゃんの全く邪気の感じられない澄みきった笑みに、シャーリーはたじろぎながらもお礼の言葉を返す。その光景を第三者の立場で微笑ましいと思いながらみていた俺だが、そんな俺も次のクロエちゃんの言葉には心の底から驚かされる事となる。
「つるぎさんもありがとう」
そう、クロエちゃんはただの剣であるはずの俺に声をかけたのだ。有り得るはずのない状況に俺は思わず息を呑む、しかし少女の眩しいほどの笑顔を見ていると総てがどうでもよく思えてきてしまった。シャーリーが押し切られたのも納得である。そんな俺の体から突然魔道布が解き放たれると、クロエちゃんの前へと力強く差し出された。銀色に輝く俺の刀身を見てクロエちゃんは感嘆の声を上げる。
「……トオル……ありがとうだって」
どうしたものかと思っている俺の背中を、シャーリーの優しい瞳と声が後押しした。
(お、おう。どういたしまして)
「……つるぎさんも……喜んでる」
クロエちゃんには聞こえないであろう俺からの感謝の言葉を、シャーリーは喜んでいるという表現で伝えた。けれどもシャーリーにすら褒められ慣れてない俺が、彼女よりも小さな女の子に褒められて恥ずかしく無いわけがなく、刀身の中心から広がるように俺の体は少しずつ赤みを帯びていく。
「そっかー、えへへ。なでなでしてあげるね」
その目立つ赤くなった部分をクロエちゃんは集中的に撫で回してくる。子供独特の柔らかな手のひらの感触はとてもくすぐったく、シャーリーに撫でられる時以上にこそばゆい気持ちを俺は感じていた。そして俺の刀身はますます赤く輝いていく。
「おねえちゃんはけんしさまなの?」
そんなこととは知らないクロエちゃんは、気恥ずかしさで爆発しそうな俺を尻目に、刀身を撫で続けながらシャーリーにそんな質問を投げかけていた。
「……うん……そうだよ」
「じゃあ、じゃあね、わたしつよくなりたい!」
つよくなりたい、クロエちゃんの口から飛び出したその言葉にシャーリーは困惑の色を浮かべてる。
「おねえちゃんまもるの!」
クロエちゃんの瞳にはうっすらと涙が浮かんでいた。この娘もシャーリーと同じで何もできなかったことを後悔しているんだ。そして世界に二人きりの家族を守りたいと思ってる。
「……クロエちゃんには……早い……かな」
それでもこんな小さな女の子に戦いなんかして欲しくないと、シャーリーの顔には困ったような笑みが浮かんでいた。
「わたしもたたかうの!」
俺を撫でることすら忘れるほどのクロエちゃんの真剣な眼差しに、シャーリーは目をつぶると俺の柄頭へとゆっくりとでこを乗っけ、……しょうがない……か、と俺だけがかろうじて聞こえるぐらいの小声で呟く。
「……じゃあ……剣舞……ぐらいなら」
「けん、ぶ?」
そうかその手があったか、俺はシャーリーの思いつきに感心していた。剣舞なら踊りの一種だし子供にも見ごたえがある、そして型の動きもしっかりと取り込まれていて、間接的ではあるが剣の指導にも成るってわけだ。
「……見てて」
そう言ってシャーリーはクロエちゃんから少し距離を取ると、俺を右手に掴み腕を肩の高さで水平に伸ばした状態で構えを取る。その時ちょうど天道の曲がスタートした。スローテンポの曲、そのリズムに合わせるようにシャーリーは俺を振り始める。
「貴方のそばに居たい、心のおくでぇー、つ・ぶ・やいた、この想いは~いつか~、叶うー時が来るのーかなー」
初めて聞く曲のはずなのに、シャーリーは天道の声に乗せて器用に動きを変えていく。
「貴方はそんなーこと、気づきはしないーでしょう、待ちぼうけてい~た~ってぇ、なにもー代わりはしなーいのー」
曲調がゆっくりなため激しい動きこそ無いのだが、逆に言えば激しく動くこともできない。それなのに振り下ろす動きには一寸のぶれがなく、回転するさまはワルツでも踊っているかのごとく優雅で、俺はまたシャーリーの舞に見惚れてしまっていた。そのぐらい彼女の剣舞は美しいのだ。
「勇気を出さなーくちゃ、わか~っているーけど、こんな弱い私を、だれかすくーってほーしいぃ~~~~~~」
サビに入ると今までとは一転、俺を回転させたりジャンプ斬りを取り入れるなど、静かな動きの中に熱を感じさせる技を見せ始める。
「舞い散る雪がー頬をー濡ーらす、心さえも、凍りつ・きーそうでぇ~、たいせ・つ・な人、名前ーすら、わすれてしまいそうーにーなるー」
そして天道のワンコーラスが終わるタイミングでクロエちゃんでも見える速度で五芒星を斬ると、背中へと俺を仕舞うポーズを取り剣舞を閉めくくった。軽く息を吐きながら俺を上へと軽く投げると、落ちてくる刀身を抱きしめる形で見事に掴み取る。
「……どう……かな?」
振り向くとクロエちゃんは両目を輝かせながらシャーリーのことを見つめていた。そして興奮したように両手を叩きながら嬉しそうに飛び跳ねる。
「すごい! すごーい! おねえちゃんかっこいい!」
クロエちゃんの反応にシャーリーは照れたような笑いを浮かべる。……それよりも重いな、天道の選曲があまりにも重すぎる! 俺らはともかく子供に聞かせるような内容の曲じゃねえだろと!
「クロエちゃん、おやつの時間ですよ~」
「あ、よばれてるからいくね。ばいばーい」
俺が天道の曲選択に憤る中、いつの間にかこの場に来ていたシスターがクロエちゃんの名前を呼んでいた。その声、特におやつの部分に反応すると、クロエちゃんは嬉しそうに天道達の元へと駆けていく。お姉ちゃんを守りたい、そんな大人びたことを言っていてもやっぱり子供なんだなと思わせる言動に、心が暖かくなっていく。
(それにしてもあの娘、俺のこと気づいてたよな)
「……うん……あの子……魔力高い……凄く……感がいい」
走り去るクロエちゃんの後ろ姿をシャーリーは真剣な眼差しで見つめていた。
(まあこう言うべきじゃないんだろうけど、将来有望かもなあの娘……うぉ!)
思ったことを口にした瞬間、俺の体を締め付けるシャーリーの腕に力がこもる。軽はずみな言葉に怒られたものだと思ったのだが、どうやらそういうことではないらしい。
「……慰め……られた」
クロエちゃんのありがとうという言葉、俺にはそんな風には聞こえなかったのだが、シャーリーは気を使われた
と思ったのだろう、昨日と同じように彼女は俺の体を力一杯抱きしめてくる。
「……私は……かっこよくなんて」
見上げるとシャーリーの瞳には涙が浮かんでいた。彼女が今何を思っているのかはわからないけど、苦しんでいることだけは俺にもわかった。だから俺は何も言わずにされるがままに体をそっと預けた。それで何が変わるわけじゃないけど、少しでも俺の心が彼女に届いて彼女の慰めに、彼女の光に慣れればいいなとそう思った。
しばらくそのままでいると体が揺れていることに気がつく。視線を右に向けると小さな手がシャーリーの袖を引っ張っている、皆の元へ戻ったはずのクロエちゃんの手だった。
(シャーリー)
「おねえちゃんだいじょうぶ?」
俺とクロエちゃん、二人の呼ぶ声にシャーリーは驚いたように我に返る。
「あっ……その……ごめん」
どちらに対しての言葉かわからないがどうやら少々混乱しているらしい。
「なみだ、どこかいたいの?」
クロエちゃんの言葉を聞いたシャーリーが右手をゆっくりと瞳へと持っていく。彼女の指がまぶたに触れた瞬間、雫が弾け飛び俺の鍔や刀身へと降り注ぐ。そこで始めて自分が泣いてることに気がついたのだろう、シャーリーはゴシゴシと力一杯涙を拭うと、赤く晴らした瞳で笑顔を作りクロエちゃんへと声をかけた。
「……クロエちゃんの……おかげで……治った」
「えっと、よくわからないけど、よかった!」
クロエちゃんには本当によくわからなかったのだと思う。でも自分のおかげで治ったと言われたことが子供心にとってはとても嬉しかったのだろう、クロエちゃんはシャーリーに対して太陽の様な眩しい笑みを見せてくれる。
「……何か……用?」
クロエちゃんと視線を合わせるようにシャーリーは少しだけ腰を屈めそう尋ねた。
「あっそうだ、おねえちゃんもいっしょにたべよ」
どうやらこの幼女はおやつのお誘いに来たようである。……幼女って形容するとどっちのことかわからなくなるな。
「……いいの?」
「うん! あさみおねえちゃんもいっしょだよ。えと、えと」
何かに悩む素振りを見せるクロエちゃんの姿にシャーリーは自分の名前を述べた。
「……シャーロット」
言われてみればここに来てからシャーリーが名前を教えたのはシスターだけだったことに、今更ながらに俺は気がついた。
「しゃーろ……えっと……ロッテおねえちゃん!」
クロエちゃんには少しばかり呼びづらかったのか、まるで相性のようにシャーロットの後ろ三文字だけを器用に呼ぶ。
「……ロッテ」
「うん、ロッテおねえちゃん」
驚き、面食らった様な表情を見せたシャーリーだったが、その表情はみるみるうちに笑顔へと変わっていく。普段から相性で呼ばれることが少ないであろうシャーリーにとって、分け隔てなく気さくに呼ばれたことがとても嬉しかったのだろう。
「……どこ……かな?」
シャーリーは左手で俺を抱え直すと、笑顔でクロエちゃんへと右手を伸ばす。クロエちゃんはシャーリーの右手を掴むと元気いっぱいに走り始めた。
「クロエあんないするね、こっちだよ」
こうしてシャーリーは、クロエちゃんに引っ張られ天道達の居る教会横のテーブルへと案内された。
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