俺と幼女とエクスカリバー

鏡紫郎

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第ニ章 堕ちた歌姫

第58話 理由

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 刀身から溢れ出した光は辺り一面を劇しく照らしだし、輝きを浴びた男達は眩しさに目を押さえ、混乱し、よろめきながら地面へと倒れ込む。これが一晩かけて編み出した今の俺にできる大切な人を守るための一つの方法だった。ただしこいつに殺傷能力はない、あくまでも目くらましだ。

 俺の魔力は聖剣の力を増幅させることに特化していて、情けないことに魔法を使うにはあまりにも不向きで貧弱、虫一匹葬るにも力不足だ。しかし力のベクトルを変えれば話は別、あくまでもできないのは相手を直接倒すことであり状態異常、すなわち何らかの障害を与えることに関してはその限りではない、という結論に辿り着いたのだ。そしてその目論見は見事に的中し、十分な効力を発揮した。

「先輩、ナイスです」

 俺を称賛する天道の声と共に何かが吹き飛ばされる音が聞こえ始める。音の発信源は店内を駆け巡り、打撃音を途切れること無く繰り出していく。そして俺の近く、シャーリーの尻を掴んでいた男を殴る音と共に足音も静止した。辺りが静かになったことを確認してから俺は魔力をゆっくりと弱めていく。

「魔法、いい感じでしたよ先輩」

 光の放出が完全に無くなると、目の前には衣服を叩きながらスカートの裾を直す天道の姿があった。放出していた光で確認することはできなかったが、店内の地面に倒れ伏した数十人の男達、これらを総て天道一人で捌いたらしい。体感シャーリーほどの速度ではなかったが、一介の元女子高生の動きとは到底思えない手腕だ。

「やっぱりちょっと動きにくいですね……あっ、先輩はシャーロットちゃんのこと見ててあげてください。後は私が片付けますんで」

 そう言いながら天道はスカートの右側面を勢い良く破りスリットを作ると、カーテンの奥、女の子達が消えていった先へと一人駆けていく。

(お、おい天道! 一人じゃ危な――)

 制止の言葉を言い終える前に、ドアが開く甲高い音が店内に鳴り響いた。天道の強さを疑っているわけじゃない、それでも俺は彼女のことが心配で思わず息を呑んでいた。

「へぇ、あんたら楽しそうなことしてるじゃん? 私も一緒に混ぜてよ、ねっ!」

 また何かになりきっているのだろうか、聞きなれない天道の喋り口調と共に奥から冷気が溢れ出し、それと同時に男達の悲鳴が聞こえたと思った数瞬後、店内は静寂に包まれた。

「……ごめん……いける」

(もう大丈夫なのか?)

 腰を抜かし座り込んでいたシャーリーが俺の問に軽く頷くと、テーブルを支えに立ち上がり、ゆっくりとした足取りで奥の部屋へと進んでいく。

 半開きになっているドアをゆっくりと開け放つと、そこには店長の眉間に氷刃を突きつける天道の姿と、壁に叩きつけられた格好の数人の男達、そして肩を震わせ合いながら怯えた表情を見せるメイド服の少女たちの姿があった。

「あ、先輩。ミッションコンプリートです。ちょうど電話も有りましたのでギルドに報告もしておきました」

 笑顔の天道の横にはおあつらえ向きのように壁掛け電話、こっちの世界だと念話機だな、が設置されていた。よく見れば壊れた職務用デスクが転がっているし、本来ここは事務室だったのだろう。これなら査察に入られても問題ないと言うわけだ。

「貴方ギルドの犬だったのね」

 店長のライアは表情に怯えの色を見せながらも、負けじと声を荒げ天道に食って掛かっている。

「そういう貴方は残飯を漁る野良犬以下のクソ野郎だと思いますけど。その自覚、あります?」

 しかしそんな行為に意味はなく、天道は笑顔、もとい作り笑いで罵詈雑言を浴びせかけていた。それと共に氷刃の切っ先を少しだけ押し込んでやると、ライアは絞り出すような悲鳴を上げながら額から大量の汗を流し始める。

「私もメイド喫茶は大好きです。皆に一時の夢や希望を与え対価を貰うっていう商売は素晴らしいと思うの。ある意味私も似たような仕事をしていたから。でもそれはもちろん度が過ぎなければの話で、あんたはその一線を飛び越え踏みにじった。私利私欲のために人の自由を奪い、私腹を肥やす事を選んだの。だから私は貴方を許さない。大好きだからこそ、それが汚されていくことに対しては凄く敏感なの」

 天道の声色が徐々に強く、鋭さを増していく。それだけで彼女の思いが本物なのだと俺には理解できた。

「そ、そんなの私の知ったこっちゃないわよ! 高い給金に釣られてやってくるそこの女達が悪いんじゃない!」

 震えるメイドの子たちを指差し責任転換しようとするライアの態度に、天道は額に青筋を浮かべる。

「じゃあなんで高い給金で女の子達を釣ろうとしたの?」

「そんなの、そうしないと従業員が集まらないからに決まってるでしょ! 従業員が集まらないと仕事にならないし、でも私より綺麗な顔で男達に愛想振りまく雌豚どもが、憎くて憎くてたまらなかったのよ」

 あまりに自分勝手なライアの発言に、天道のもつ氷刃の刃先は震え、怒りのボルテージが上がっていくのがわかる。

「……じゃあなんでメイド喫茶なんか始めたの?」

「それは……いい男がイッパイよってくるからに決まってるじゃない!!」

 ……なるほど、逆転の発想ってやつで女有るところに男有りというわけだ。ただまあ、メイド喫茶にいい男、イケメンが寄り付いてくるという発想自体が俺にはわからないところではあるが。

「……それならメイド喫茶じゃなくてキャバクラで良かったんじゃ」

「それじゃあダメなのよ! キャバクラは女を求めてくるものじゃない、メイド喫茶はあくまでもメイドを求めてくるの、女じゃなくてメイドを求めに来るの! それにこういう産業はお金持ちが多いし、金持ちはハンサムが多いじゃない!」

 そして男を集めるにしても一応彼なりの考えというものがあったってわけか。一つ言うことがあるとすれば、金持ちがハンサムという発想は正直どうかと思う。

「私はね、いい男が笑顔で楽しそうにしている姿を遠くから見ていられればそれで良かったの。でもやっぱり綺麗な娘達が許せなくて、そんな女の子達がチヤホヤされてるようにしか見えなくて、そんなことを考えていたら女達に屈辱を与えながらもっと儲かる方法があるってそそのかされて。だからね、つい出来心だったのよ」

 まあ当然だよな。いくらメイドさんとは言え、常連客なんてのは最終的に特定の誰かのために通い詰めるのだから、結局男の視線はその特定の誰かに向けられるわけで、ライアの考える綺麗なものにはならなかったのだろう。どちらにしろ彼にとっての結果は変わらない、骨折り損のくたびれ儲けってわけだ。

 にしてもなんだか俺達の世界とはオタという存在の価値が全く違うよな。まあこっちの世界だとオタクは古代遺産を買える金持ちっていう図式のようだし、仕方がないのか。とは言え顔も微妙、お金も無い、彼女の一人も作れなかった俺みたいなオタには全く縁の無い話なわけで……思い返すと悲しくなるだけだしこの話は止めよう。

「先輩……この女、いえ、この男ぶっ殺していいですか?」
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