俺と幼女とエクスカリバー

鏡紫郎

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第ニ章 堕ちた歌姫

第50話 ファンとして

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 二人が料理を頼んでから数分、テーブルの上には着々と料理が運ばれ始めていた。綺麗な装飾の施されたお皿に盛り付けられた、色とりどりの肉や魚や野菜達。それを一つ一つ美味しそうに食べる天道と、音も立てずに粛々と食べるシャーロット。俺はそんな二人を対照的だな、なんて思いながら見つめていた。

 釘を刺したおかげかシャーリーは大量注文こそしなかったものの肉料理を中心に頼み、なんだかんだで金貨二十枚ぐらいのお値段にはなっていたりする。

 彼女なりの天道に対する抵抗のつもりなのだろうが、そんなことする必要がどこにあるんだろうか? なんて俺は思うんだがね。天道も嫌そうな顔はしてないみたいだし、予想の範囲内と言ったところなのだろう。

「ごちそうさまでした」

 どうやら頼んだ量が少なかった天道が先に食べ終わったようである。シャーリーはまだ黙々と料理に手を付けているようだが、彼女が会話に介入しなくても問題はないだろう。とりあえず話を始めるとするか。

 天道がフォークとナイフを置き、一息ついたのを確認してから俺は話を切り出すことにした。

(それで天道、色々と聞きたいんだが……いいか?)

「はい! 生年月日からスリーサイズ、好きなものから感じる部位までなんでも答えますよ!」

(いや、そういう趣向の話題はいいから)

 シャーリーといい天道といい、俺が喜ぶだろうという配慮のもとエロトークを展開してくれているのだろうが……嬉しいよ、ああ、嬉しいさ! だからといってそれを素直に受け入れて、受け流してやれるほどの勇気や技量が俺にはまだ無いのだ。童貞舐めんなよである。

「もう、つれないですね先輩。それじゃあ何が聞きたいんですか?」

 その言い様だと、俺が天道を辱めるような質問をすること前提で話を始めたように聞こえて釈然としないのだが、まあいい。

(まずこれから確認したいんだが……天道は、本物の薙沙ちゃんなのか?)

「はい。私が天童薙沙ですよ」

 何のためらいもなく、そしてあっさりと帰ってきた答えに俺は軽く目眩を覚えていた。

(それってようするに薙沙ちゃんが死んだ、ってことでいいんだよな)

「あ~、向こうの世界のことを考えるとそうなるんですかねやっぱり」

 覚悟はしていたつもりだが、やはり俺にはあまりにも衝撃が大きすぎた。特に本人から目の前で、しかも笑顔で言われたこと、更には死んだということに対する軽さが余計に俺を苦しめていた。

(そうなるんですかね、じゃねえよ。はい死にました~てへっ、ってお前を応援してくれてたファンの皆はどうするんだよ)

 俺の想像通りなら向こうの世界のオタク事情は大パニックになっていることだろう。デビュー一年の売れっ子若手が突然の急死である。俺なんかはこっちの世界で、しかも本人から話を聞いてるからまだましとして、向こうの世界でただのファンを続けていたら一年以上寝込む自信がある。

「私はその、先輩が一番なんで」

(仕事はどうすんだよ。今季だってレギュラー三本あっただろ。准レギュも四作ぐらいあったし。次クールだってすでに五本決まって、ラジオ番組だってあるし)

「仕事よりも先輩第一なんで。でも先輩がそこまで私の事熱心に追いかけててくれたなんて、なんだか嬉しいです」

 俺が一番。彼女の口からその言葉が飛び出すたびに怒りと苦々しい感情が俺の体を駆け巡っていく。

(これでもデビュー作からの大ファンだからな)

 そう言ってやると一層嬉しそうに笑顔を浮かべることに更に苛立ちが募っていく。

(だからこそ言わせてもらうぞ……ふざけんな! 声優なめんのも大概にしろ!)

 彼女の声が好きだった、本当に大ファンだったんだ。このままうなぎ登りに知名度が上がって、色んな作品のヒロインを演じて、十七歳教に入って、少しずつファンが減ってきても彼女が頑張る間はずっと応援したい。たとえ俺が最後の一人になってもライブに行って彼女に声援を送ってやりたいって、そう思っていたんだ。だからこそ俺なんかのために色んな物を棒に振った彼女の行動が、俺には許せなかった。

「でも安心してください。今のレギュラーは全部収録終わってますので大丈夫です」

(いや、だからそういうことじゃなくてだな)

「それに私、次のレギュラー……全部降板させられるかもしれなかったんです」

(どういう……ことだよ)

 彼女のその言葉は俺にとって二度目の衝撃だった。天童薙沙がレギュラーから降ろされるなんてこと、俺にとってはありえないことなのだから。

「演技……できなくなっちゃったんです。それに、人前で歌も歌えなくなっちゃって」

 自嘲気味に笑いながらそんなことを言う彼女に俺は戸惑ってしまう。

(なんで、なんでだよ。無茶な事言われても頑張ってたじゃねえか……もしかして俺がいなくなってから何かあったのか! また変なファンに追っかけられたとか)

「そういう精神病的なことじゃなくて……いえ、もしかしたら病気だったのかもしれません。ポッカリと心に穴が空いて、また生きる意味を失くしちゃったんですよ……先輩が死んで」

 また生きる意味を失くした、その言葉に俺はひっかかりを覚えていた。確かに俺は人であった間に何人かのふさぎ込んだ雰囲気のある女子に声をかけたことがある。あるのだが、彼女が誰なのか俺は思い出せないだろう。何故なら、誰かを救ったなんて覚えは俺の中には無いのだから……

 ただ言えることがあるとするのなら、彼女にとって俺は唯一の救いだったのだろう。たとえ俺がそれに気がついていなかったとしても。

(その……悪い)

 かろうじて俺の口から出たのはその一言だけ。頭の中は混乱していて、彼女に何を言ったらいいのかわからなかったのだ。

「先輩が謝らないでください。自分でもわかってるんです、本当はいけないことだったんだって、先輩の思いに背いてるんだって。でも私、弱い子だから」

 沈黙が場を支配する。天道の悲しげな瞳と震える唇がやけに痛々しく俺には映った。どうしたら良いのか俺の中にはあまりにも材料がなさすぎて、口ごもることしかできないでいた。

「……すいません……ガーゴイル肉の野菜炒め……追加で」

 そんな俺達の空気などものともしないといわんばかりに、シャーリーが突然追加注文を始める。

「シャーロットちゃんってよく食べるんですね」

 この空気で頼むのかよ。なんて苦笑いを浮かべてはいるものの、内心では助かったと思う自分がいた。って、ガーゴイルって本来石像だよな……肉なんてあるのか?

「……これでも……抑えてる方」

 そう言ってシャーリーは追加で運ばれてきた見た目は普通の野菜炒めを、再び淡々と食べ始める。

「えっと、他には何か聞きたいことあります?」

 シャーリーのカットインはあったものの、まだ聞きたいことは終わっていないのだった。

(あ、ああ。その)

 そしてもう一つ、やはり個人的な内容ではあるが明らかにしておきたいこと。

(……なんで俺なんかストーカーしてたんだ?)

 彼女が俺に好意を持っているのは明らかだが、その理由を俺は知りたかったのだ。

「スト―……カー?」

 何故か天道はストーカーという言葉に対して何のことだかわからないと言わんばかりに首を傾げる。あ、もしかするとこの反応はまずい……この娘自覚のないタイプだ。

(俺の部屋監視したりしてたん……だろ?)

「あ、そのことですか。はい、してましたよ」

 先程もそうだがあまりにあっさりと答える天道に、俺は目眩を覚えずにはいられなかった。

「でも大好きな人のことを知りたいって普通のことだと思うんですけど……それもストーカーって言うんですか?」

 好きな人のことを知りたい。その気持はわかりますが、あなたの行動は百人に訊いても百人がストーカーと答えるでしょう。人の家を無断で覗き込むのは普通じゃありません。

(好きだの一番だの大好きだの、いったい俺のどこが良かったんだよそんなに)

 シャーリーといい天道といい、俺のどこがそんなにいいんだか。本当にわからん。

「それはまだ内緒です。本当の事を言えば先輩自身に思い出してほしいですし」

 正直なところ思い出せる自信なんてこれっぽっちもない。

 結局これだけ話をして彼女が俺を追って死んだ理由が、俺のことが好きだからという抽象的な理由のまま何一つはっきりとしなかったのである。最悪だ、対処も何もあったもんじゃない。

 俺がもっときっぱりと、お前なんてお呼びじゃねえんだよ! 俺が好きなのはこの女だけだ! みたいなことでも言えりゃいいんだろうけど……この優柔不断な性格を今回ばかりは恨むぞ、本気マジで。

(頭痛くなってきた)

「大丈夫ですか!? えっとそのえっと、回復魔法? それとも柔肌で温めたほうが――」

 俺の体調不良を聞き取り乱す天道だが、いちいちエロ方面の選択肢をいれんでよろしい。

「……アサミ……トオルは」

(シャーロット、いいから。大丈夫だから)

 食って掛かるようにテーブルから身を乗り出そうとするシャーリーを俺は言葉で制した。

 直接会話をしている俺がだいぶ苛ついているのだ、シャーリーが苛つく気持ちはよくわかる。しかも半分は自分のためだろうが、半分は俺のために……なんだろうなきっと。ただしそれ以上先を言わせるのはまずい。確実にこの場が戦場になる。

(それで、天道はこれからどうするんだ?)

 俺の言動一つが世界を左右するかのような緊張感に包まれながらも俺は話を進めようとする。心の中では滝のように汗が流れ穏やかな心境ではないのだが、ここが勝負の分かれ目だろう。

 たぶんこのまま彼女は宿に向かうはずだ、俺達はすでに宿を決めているとはったりをかまし、そのまま巻くことができれば今日は、いや、明日からもこの娘とは合わなくてすむかもしれないと考えたのだが……

「このまま宿に向かいますけど……先輩、それじゃここでお別れだな。なんて言わないですよね」

(う……そ、それは)

 完全に読まれていた。それも笑顔で返されるぐらいに。

「はぁ。先輩が私のこと避けているのはなんとなくわかりますけど、はっきりと行動に表されると流石の私もちょっと傷つきますよ」

(えっと、そのだな)

「なんて冗談です。私振り回されるのも嫌いじゃないです! むしろ萌えます!」

 邪険に扱われて萌えんでいい。それに俺から言わせてみればしょぼくれたり笑顔になったり、俺のほうが振り回されてるよ。

「でも先輩、この街の宿泊代を考えると厳しいんじゃないです?」

 天道の言うとおり確かに厳しい状況なのではあるが、この街に風呂無しの冒険者用宿が無いわけでもない。先程言ったようにシャーリーには悪いが当分そちらに厄介になろうと俺は考えていたのだ。

(いや、今日からは町外れの安宿に泊まろうかと――)

「わかりました! 今日から宿代は私が出しましょう。もちろんシャーロットちゃんの分も!」

 なんだろう、何を言おうと先回りされてる気がする……もう泣きたくなってきた。

 それにしても本当に強引な娘である。これで自信が無いとか嘘なんじゃないか? ……いや、自信が無いからこそ勢いで強引に押し切ろうとしているのかもしれないな。

(シャーロットは……どうする?)

 俺は怒られる覚悟前提でシャーリーに対し恐る恐る問いかけてみた。

「……お風呂が……あるなら」

 思いっきり嫌がるだろうと思っていたのだが、思いのほか乗り気だった。俺の想像以上に風呂無し宿に泊まることをシャーリーは嫌っているようである。

「そこは抜かりなく。それじゃ行きましょうか」

 シャーリーが食べ終わったのを確認してから天道は立ち上がり、お代を払った後彼女はシャーリーの手を引き、俺はシャーリーに引きずられる格好でこの店を後にするのだった。
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