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第一章 剣になった少年
第40話 「シャーリー」って呼んで
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それは、人間だった時には最後まで聞くことのなかった女性からのラブコール。すなわち愛の告白だった。
(あ、あれ?)
涙がこぼれていた。あまりの嬉しさに涙腺が崩壊し涙が止められない。
「もぉ、トオルったら、何泣いてるのよ」
(だって、だって、嬉しくて)
「フフ、でもこのままじゃあ話が進まないでしょ。後でいくらでも泣いていいから。今はほら、泣き止みなさい」
刀身から溢れ出る水滴が彼女の谷間を濡らす。冷たくて気持ち悪いはずなのに、それには一切触れず只々優しく俺のことを抱きしめる。そんな彼女の慈愛に満ちた温もりに包まれ、俺の心は落ち着きを取り戻していった。
(ありがとう。もう大丈夫)
「それじゃあもう一度言うわね。私はトオルのことが好き。でも貴方からは、貴方の本心からはその言葉を一度も聞いてない。だから、もしもこんな私でもよかったら……返事を聞かせてほしいの。私のことが好きか嫌いかって」
彼女の言葉に、俺は思わず息を呑んだ。この体になってまさか、私のこと好き? なんて言葉を聞くことになるなんて思いもしなかった。
ああ、そうか。今まで俺は彼女が俺を好いてくれていることを認めたくなかったんじゃない。俺自身が、彼女を好きになっていくことを否定し続けたかったんだ。今の自分にはそんな資格はないって思っていたから……ずっと隠してきた気持ち、ずっと騙してきた思い。でも、もしそれが許されるというのなら、俺は素直な気持ちを彼女に伝えたい。
君のことが大好きだって。
(その……いい……のか?)
「こら、質問に質問で返さない。私は貴方の心からの思いが聞きたいの」
少しだけ頬を膨らませ怒ったような素振りを見せる彼女の表情、そしてその後の微笑む姿を見て、俺は覚悟を決めた。それが彼女の意思だと言うのなら、俺の心の中に拒否という選択肢は無かった。
(俺は……シャーロットのことが好きだ。今の君も、小さな君もどっちも大好きだ。だからここでもう一度、今度は俺の本当の言葉で、君に思いを伝えたい。俺は生涯をかけて君の剣になる。病める時も、健やかなる時も、君のそばを一時も離れない。アカシトオルは、シャーロット・リィンバースをあ、あい、あい、あいして……愛してましゅ! ッツ!?)
そ・こ・で・噛・む・か、俺!
「はい。私シャーロット・リィンバースも、アカシトオルを心の底から愛しています」
肝心要な場面でやらかした俺を笑うこともなく、誠心誠意ある言葉で返事をくれるシャーロット。
(ごめん)
また彼女に助けられた、迷惑をかけてしまったなと、つい反射的に謝ってしまう。
「いいのよ。言ったでしょ、言葉なんてどうでもいいって。大切なのは気持ちだもの。それに、トオルのそういう可愛いところ、私は好きよ」
(男に可愛いって、それ褒め言葉になってないんじゃないのか?)
「あら、そんなことないわよ。可愛いなんて言葉、トオルにしか言わないんだから。もちろん男の人には、ってことだけどね」
フォローをしてくれるも、それに対してやはり不服そうな意思を向ける俺に対して、シャーロットは深くため息を吐いた。
「トオルはまず、他人の好意に素直になるところから始め無いとダメね。でも大丈夫。これからたっぷり私が教えてあ・げ・る・か・ら。なんてね」
妖艶な雰囲気を織り交ぜつつ、無邪気に笑う彼女のその変わり身の速さに、俺はただ狼狽えることしかできなかった。
「でもね、私を死ぬ気で守ってくれた時の貴方の姿、すごくカッコよかったわよ」
なんだかんだと最後には俺をたててくれるシャーロットに対して、ずるいなー、なんて思ってしまった。ほんと、彼女には勝てる気がしない。無いとは思うけどもし結婚なんて事になったら、尻にしかれるんだろうな。まあそれもいいか。なんて思った俺は、彼女に悟られないように小さく微笑んだ。
「それでねトオル。これからのことなんだけど」
突然真剣な口調と表情を見せるシャーロット。すでに何度か経験しているが、このギャップに慣れるにはまだ時間がかかりそうだ。それにしても、これからって言うと……
(復讐、のことか?)
そう尋ねると彼女は一瞬言い淀んだものの、慎重に言葉を選びながら俺の問へと答えてくれた。
「あの時はそんな風に言ったけど……ううん、そうね、きれいな言葉を並べても何も変わらないわよね。復讐、私はあいつらに仇討ちをしたいの」
彼女の瞳に宿った光、その強い意志を見ただけで、俺に何を問うているのかは容易に想像できた。
(それで、俺の覚悟を聞きたいって?)
「そういうことになるかしらね。……私の最終目的は王都の奪還。そして倒すべき敵は……正直なところ何人居るか私にもわからないのよ。集いし戦士は私と貴方だけ……無謀って言ってくれてかまわないわ。こんな戦況……いいえ、戦いにすらなっていない状況だけど、トオルは私に……付いて来てくれるかしら」
彼女が王女だと知った時から、なんとなくこうなることは予想できていた。王都が襲撃されたなんて話題はこの辺一帯には届いていない。しかし、呪いをかけられた王女様が身分を隠して国内を逃走、更に復讐のために自分の得物を探していた。この状況で王都が無事な訳がない。
きっと今も匠な情報操作によって状況は隠蔽されているのだろう。そんなことを安々と行う相手、きっとソロモン七十二柱クラスの相手が俺達の前に現るだろう。もしかしたら、本当に後七十一人と事を構えることになるかもしれない。そう考えるだけでも戦況は絶望的だ。それでも俺の心の中の選択肢は一つしか無かった。
(今更聞くなよ。さっきも言っただろ、どんな時だって君のそばを離れない。ってな)
俺の言葉を聞いたシャーロットの顔が、まるで花開くように笑顔へと変わっていく。
「ありがとうトオル」
そんな彼女の照れ笑いが、俺にはとても眩しかった。
こうして俺達は互いの同意の元、真の意味で一蓮托生になったのである。
「そういえば、病める時も、健やかなる時もっていうあの文言。あれってどういう意味なのかしら?」
(ああ、こっちではそういう言い回ししないのか。あれは病気の時も、健康な時も、いついかなる時でも二人は一緒にいますっていう、結婚式の時に交わし合う誓いのいっせ……つ)
そこまで彼女に説明をしたところで俺は気づいてしまった。
「それってつまり、あれは私達二人だけの小さな結婚式、って捉え方でいいのかしらね」
(あ、いや、その。ほ、ほら、言葉の綾って言うやつでさ、俺そういう言い回し詳しくないから、知ってるのをただ言っただけというか、なんというか。それにあれが全文じゃ――)
「シャーリー」
(……ほへ?)
またやらかしたと、只々慌てふためくだけの俺の言葉を遮った一言に、俺はつい間の抜けた声を上げてしまっていた。
「ほへって、何よその間抜けな返事は」
それがなんとも言えず可笑しかったのだろう、シャーロットは小さくクスクスと笑っている。
(いや、いきなり聞き慣れない単語が飛び出したから何事かと)
「そうね、ごめんなさい。シャーリーでいいわ」
もう一度言われても今ひとつピンとこなかったのだが、シャーリーという単語から察するに、こういうことなのではないだろうか。
(えっと、それはつまり……俺にそう呼んでほしい、ってことかい?)
「ええ、私の愛称。シャーリーって呼ぶことをあなたに許可するわ。……違うわね、シャーリーって呼んでほしいの。だめ、かしら?」
恥ずかしいからなのだろう、段々と小さくなっていく彼女の声を聞きながら、俺はそれをとても可愛いと思った。
(わかった。シャ、シャ……シャーリー)
彼女のことを恥ずかしがっていて可愛いい。なんて言ったものの、女の子をあだ名で呼んだことのない俺にとってもやっぱり勇気がいる行為なわけで。ぶっちゃけ俺も恥ずかしくて仕方がなかった。こんな状況見られたら、きっと初々しいとか言われて遊ばれるんだろうな……いないだろうなバルカイト。
そんな風に周りを気にしていられる状況は、次の彼女の行動によって一寸程もなくなってしまう。
咲き誇る向日葵のように満面の笑みを浮かべると、シャーリーは再び俺を力一杯抱きしめる。たぶん今日一の圧迫感ではないだろうか。
どれだけ肌に刃が食い込んだとしても、俺の意識がしっかりとしていれば彼女を傷つけることはないのだが、その……彼女が照れたり、喜んだりした後のせいなのか、食い込みの感触が、体温が、柔らかさが、匂いが、汗が、もう色々と最高潮でやばい。
「ありがとうトオル。大好きよトオル。これからもよろしくねトオル。トオル、トオル、トオルゥ」
まるで無邪気な子供のように俺の名前を絶え間なく呼び続けるシャーリー。あまりの恥ずかしさに、刀身が燃え尽きるんじゃないかという錯覚さえ覚え始めていた。
そして俺の限界も近づきつつあったその時、突然シャーリーの体が淡い光を放ち始めた。
「素敵な魔法の時間もそろそろ終わりみたいね」
(シャーリー、それって)
「うん、名残惜しいけど今はこれが限界みたい」
(そういえばナベリウスも一時的にって言ってたもんな……ごめん)
「こら、スグに自分のせいにして謝らない。そこはトオルの悪いところよ。貴方がいなかったら私はこの体にすら戻れなかったんだから。大丈夫、いつだってトオルが呪いを解いてくれるでしょ。だからまたすぐに会えるわ。それまでしばしのお別れ」
シャーリーは胸元から俺をどけると、倒れないように地面へとしっかりと突き刺した。
「小さな私にもよろしくね」
俺に向けて笑顔を見せたシャーリーの体は、一段と強烈な輝きを放ちながらまばゆい光へと包まれていく。そして次の瞬間には、女の子座りをする幼女シャ―ロットの姿へと戻っていた。
(えーっとその、おかえり……でいいのかな)
どんな風に声をかけたらいいかわからなかった俺は、無難な言葉を選んで彼女へと声をかけた。
「……ただいま」
(こっちの姿でもシャーリーって呼んでいいのか?)
普通に返事が帰って来たことに安堵しつつ、一言断りを入れる。これはあくまで俺の感なのだが、もし幼女のシャーロットと大人シャーリーが同一人物で無かったとしたら、いきなりあだ名で呼ばれたら戸惑うだろうし、彼女はきっと嫌がるだろうという、俺なりの配慮のつもりだった。
ほら、2次だとよくあるだろそういう設定。
「……うん、いいよ」
俺の問いかけに彼女は柔和な笑みを浮かべ了承してくれた。よかっ……なに?シャーリーが笑った……だと!?
待て待て、冷静になれよ俺。彼女は別に全く笑えなかったわけじゃないだろ。でも、こんなにはっきりと笑うことなんてそうそう無かったし……シャーリーって呼んで貰えたことがそんなに嬉しかったのだろうか?
「……トオル」
(ん? ど、どうした?)
今までに比べ彼女から名前で呼ばれることは多くなったが、突然呼ばれるとやはりまだまだ動揺してしまう。
「……あ、あの……ね」
頬を真っ赤に染め、口元に手を当てながら瞳を潤ませるという、大人の彼女が見せたものと寸分違わぬその仕草に、二人はやっぱり同一人物なんだなと俺は安心し、微笑ましいとさえ思ってしまっていた。
(ほら、そんなに照れてないで言ってみろよ)
両目の端に涙を浮かべる幼女を見つめ、少しだけ優位に立った気でいた俺だが、次の彼女の言葉によって、やはり狼狽えさせられる事となる。
「……ふつつか者……ですが……よろしく……お願い……します」
最終的に完敗するのは、結局俺の方なのだ。
(あ、あれ?)
涙がこぼれていた。あまりの嬉しさに涙腺が崩壊し涙が止められない。
「もぉ、トオルったら、何泣いてるのよ」
(だって、だって、嬉しくて)
「フフ、でもこのままじゃあ話が進まないでしょ。後でいくらでも泣いていいから。今はほら、泣き止みなさい」
刀身から溢れ出る水滴が彼女の谷間を濡らす。冷たくて気持ち悪いはずなのに、それには一切触れず只々優しく俺のことを抱きしめる。そんな彼女の慈愛に満ちた温もりに包まれ、俺の心は落ち着きを取り戻していった。
(ありがとう。もう大丈夫)
「それじゃあもう一度言うわね。私はトオルのことが好き。でも貴方からは、貴方の本心からはその言葉を一度も聞いてない。だから、もしもこんな私でもよかったら……返事を聞かせてほしいの。私のことが好きか嫌いかって」
彼女の言葉に、俺は思わず息を呑んだ。この体になってまさか、私のこと好き? なんて言葉を聞くことになるなんて思いもしなかった。
ああ、そうか。今まで俺は彼女が俺を好いてくれていることを認めたくなかったんじゃない。俺自身が、彼女を好きになっていくことを否定し続けたかったんだ。今の自分にはそんな資格はないって思っていたから……ずっと隠してきた気持ち、ずっと騙してきた思い。でも、もしそれが許されるというのなら、俺は素直な気持ちを彼女に伝えたい。
君のことが大好きだって。
(その……いい……のか?)
「こら、質問に質問で返さない。私は貴方の心からの思いが聞きたいの」
少しだけ頬を膨らませ怒ったような素振りを見せる彼女の表情、そしてその後の微笑む姿を見て、俺は覚悟を決めた。それが彼女の意思だと言うのなら、俺の心の中に拒否という選択肢は無かった。
(俺は……シャーロットのことが好きだ。今の君も、小さな君もどっちも大好きだ。だからここでもう一度、今度は俺の本当の言葉で、君に思いを伝えたい。俺は生涯をかけて君の剣になる。病める時も、健やかなる時も、君のそばを一時も離れない。アカシトオルは、シャーロット・リィンバースをあ、あい、あい、あいして……愛してましゅ! ッツ!?)
そ・こ・で・噛・む・か、俺!
「はい。私シャーロット・リィンバースも、アカシトオルを心の底から愛しています」
肝心要な場面でやらかした俺を笑うこともなく、誠心誠意ある言葉で返事をくれるシャーロット。
(ごめん)
また彼女に助けられた、迷惑をかけてしまったなと、つい反射的に謝ってしまう。
「いいのよ。言ったでしょ、言葉なんてどうでもいいって。大切なのは気持ちだもの。それに、トオルのそういう可愛いところ、私は好きよ」
(男に可愛いって、それ褒め言葉になってないんじゃないのか?)
「あら、そんなことないわよ。可愛いなんて言葉、トオルにしか言わないんだから。もちろん男の人には、ってことだけどね」
フォローをしてくれるも、それに対してやはり不服そうな意思を向ける俺に対して、シャーロットは深くため息を吐いた。
「トオルはまず、他人の好意に素直になるところから始め無いとダメね。でも大丈夫。これからたっぷり私が教えてあ・げ・る・か・ら。なんてね」
妖艶な雰囲気を織り交ぜつつ、無邪気に笑う彼女のその変わり身の速さに、俺はただ狼狽えることしかできなかった。
「でもね、私を死ぬ気で守ってくれた時の貴方の姿、すごくカッコよかったわよ」
なんだかんだと最後には俺をたててくれるシャーロットに対して、ずるいなー、なんて思ってしまった。ほんと、彼女には勝てる気がしない。無いとは思うけどもし結婚なんて事になったら、尻にしかれるんだろうな。まあそれもいいか。なんて思った俺は、彼女に悟られないように小さく微笑んだ。
「それでねトオル。これからのことなんだけど」
突然真剣な口調と表情を見せるシャーロット。すでに何度か経験しているが、このギャップに慣れるにはまだ時間がかかりそうだ。それにしても、これからって言うと……
(復讐、のことか?)
そう尋ねると彼女は一瞬言い淀んだものの、慎重に言葉を選びながら俺の問へと答えてくれた。
「あの時はそんな風に言ったけど……ううん、そうね、きれいな言葉を並べても何も変わらないわよね。復讐、私はあいつらに仇討ちをしたいの」
彼女の瞳に宿った光、その強い意志を見ただけで、俺に何を問うているのかは容易に想像できた。
(それで、俺の覚悟を聞きたいって?)
「そういうことになるかしらね。……私の最終目的は王都の奪還。そして倒すべき敵は……正直なところ何人居るか私にもわからないのよ。集いし戦士は私と貴方だけ……無謀って言ってくれてかまわないわ。こんな戦況……いいえ、戦いにすらなっていない状況だけど、トオルは私に……付いて来てくれるかしら」
彼女が王女だと知った時から、なんとなくこうなることは予想できていた。王都が襲撃されたなんて話題はこの辺一帯には届いていない。しかし、呪いをかけられた王女様が身分を隠して国内を逃走、更に復讐のために自分の得物を探していた。この状況で王都が無事な訳がない。
きっと今も匠な情報操作によって状況は隠蔽されているのだろう。そんなことを安々と行う相手、きっとソロモン七十二柱クラスの相手が俺達の前に現るだろう。もしかしたら、本当に後七十一人と事を構えることになるかもしれない。そう考えるだけでも戦況は絶望的だ。それでも俺の心の中の選択肢は一つしか無かった。
(今更聞くなよ。さっきも言っただろ、どんな時だって君のそばを離れない。ってな)
俺の言葉を聞いたシャーロットの顔が、まるで花開くように笑顔へと変わっていく。
「ありがとうトオル」
そんな彼女の照れ笑いが、俺にはとても眩しかった。
こうして俺達は互いの同意の元、真の意味で一蓮托生になったのである。
「そういえば、病める時も、健やかなる時もっていうあの文言。あれってどういう意味なのかしら?」
(ああ、こっちではそういう言い回ししないのか。あれは病気の時も、健康な時も、いついかなる時でも二人は一緒にいますっていう、結婚式の時に交わし合う誓いのいっせ……つ)
そこまで彼女に説明をしたところで俺は気づいてしまった。
「それってつまり、あれは私達二人だけの小さな結婚式、って捉え方でいいのかしらね」
(あ、いや、その。ほ、ほら、言葉の綾って言うやつでさ、俺そういう言い回し詳しくないから、知ってるのをただ言っただけというか、なんというか。それにあれが全文じゃ――)
「シャーリー」
(……ほへ?)
またやらかしたと、只々慌てふためくだけの俺の言葉を遮った一言に、俺はつい間の抜けた声を上げてしまっていた。
「ほへって、何よその間抜けな返事は」
それがなんとも言えず可笑しかったのだろう、シャーロットは小さくクスクスと笑っている。
(いや、いきなり聞き慣れない単語が飛び出したから何事かと)
「そうね、ごめんなさい。シャーリーでいいわ」
もう一度言われても今ひとつピンとこなかったのだが、シャーリーという単語から察するに、こういうことなのではないだろうか。
(えっと、それはつまり……俺にそう呼んでほしい、ってことかい?)
「ええ、私の愛称。シャーリーって呼ぶことをあなたに許可するわ。……違うわね、シャーリーって呼んでほしいの。だめ、かしら?」
恥ずかしいからなのだろう、段々と小さくなっていく彼女の声を聞きながら、俺はそれをとても可愛いと思った。
(わかった。シャ、シャ……シャーリー)
彼女のことを恥ずかしがっていて可愛いい。なんて言ったものの、女の子をあだ名で呼んだことのない俺にとってもやっぱり勇気がいる行為なわけで。ぶっちゃけ俺も恥ずかしくて仕方がなかった。こんな状況見られたら、きっと初々しいとか言われて遊ばれるんだろうな……いないだろうなバルカイト。
そんな風に周りを気にしていられる状況は、次の彼女の行動によって一寸程もなくなってしまう。
咲き誇る向日葵のように満面の笑みを浮かべると、シャーリーは再び俺を力一杯抱きしめる。たぶん今日一の圧迫感ではないだろうか。
どれだけ肌に刃が食い込んだとしても、俺の意識がしっかりとしていれば彼女を傷つけることはないのだが、その……彼女が照れたり、喜んだりした後のせいなのか、食い込みの感触が、体温が、柔らかさが、匂いが、汗が、もう色々と最高潮でやばい。
「ありがとうトオル。大好きよトオル。これからもよろしくねトオル。トオル、トオル、トオルゥ」
まるで無邪気な子供のように俺の名前を絶え間なく呼び続けるシャーリー。あまりの恥ずかしさに、刀身が燃え尽きるんじゃないかという錯覚さえ覚え始めていた。
そして俺の限界も近づきつつあったその時、突然シャーリーの体が淡い光を放ち始めた。
「素敵な魔法の時間もそろそろ終わりみたいね」
(シャーリー、それって)
「うん、名残惜しいけど今はこれが限界みたい」
(そういえばナベリウスも一時的にって言ってたもんな……ごめん)
「こら、スグに自分のせいにして謝らない。そこはトオルの悪いところよ。貴方がいなかったら私はこの体にすら戻れなかったんだから。大丈夫、いつだってトオルが呪いを解いてくれるでしょ。だからまたすぐに会えるわ。それまでしばしのお別れ」
シャーリーは胸元から俺をどけると、倒れないように地面へとしっかりと突き刺した。
「小さな私にもよろしくね」
俺に向けて笑顔を見せたシャーリーの体は、一段と強烈な輝きを放ちながらまばゆい光へと包まれていく。そして次の瞬間には、女の子座りをする幼女シャ―ロットの姿へと戻っていた。
(えーっとその、おかえり……でいいのかな)
どんな風に声をかけたらいいかわからなかった俺は、無難な言葉を選んで彼女へと声をかけた。
「……ただいま」
(こっちの姿でもシャーリーって呼んでいいのか?)
普通に返事が帰って来たことに安堵しつつ、一言断りを入れる。これはあくまで俺の感なのだが、もし幼女のシャーロットと大人シャーリーが同一人物で無かったとしたら、いきなりあだ名で呼ばれたら戸惑うだろうし、彼女はきっと嫌がるだろうという、俺なりの配慮のつもりだった。
ほら、2次だとよくあるだろそういう設定。
「……うん、いいよ」
俺の問いかけに彼女は柔和な笑みを浮かべ了承してくれた。よかっ……なに?シャーリーが笑った……だと!?
待て待て、冷静になれよ俺。彼女は別に全く笑えなかったわけじゃないだろ。でも、こんなにはっきりと笑うことなんてそうそう無かったし……シャーリーって呼んで貰えたことがそんなに嬉しかったのだろうか?
「……トオル」
(ん? ど、どうした?)
今までに比べ彼女から名前で呼ばれることは多くなったが、突然呼ばれるとやはりまだまだ動揺してしまう。
「……あ、あの……ね」
頬を真っ赤に染め、口元に手を当てながら瞳を潤ませるという、大人の彼女が見せたものと寸分違わぬその仕草に、二人はやっぱり同一人物なんだなと俺は安心し、微笑ましいとさえ思ってしまっていた。
(ほら、そんなに照れてないで言ってみろよ)
両目の端に涙を浮かべる幼女を見つめ、少しだけ優位に立った気でいた俺だが、次の彼女の言葉によって、やはり狼狽えさせられる事となる。
「……ふつつか者……ですが……よろしく……お願い……します」
最終的に完敗するのは、結局俺の方なのだ。
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