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第一章 剣になった少年
第34話 彼女のためにできること
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(シャーロット、無茶は承知で言う。少しだけ時間を稼いでくれないか)
「……勝算」
(確実とは言えないが、まだ一手逆転の策が残ってる。それまで――)
「……わかった」
これは分の悪い賭けだ。彼女の力が封じられているというのはあくまで俺の推測でしか無いし、それを確かめてる余裕もない。それに呪いが解け、彼女の力が完全になったとして、やつに勝てるという根拠は無いのだ。それでもこれが、俺の貧相な頭で考えうる唯一の可能性だった。
「……信じる」
これで二度目、彼女はこんな俺を頼ってくれている。だから頼む、彼女の信頼に報いさせてくれ。そう願い、俺は行動を開始した。
まず俺は、異世界転生をする直前に白紙に書いた内容を思い浮かべる。先に言っておくが決して自虐ネタではないぞ。あの時俺はスクルドに、希望する職業と唯一無二の特殊能力、もしくは相棒となる武器の要望をお書きください。そう言われたんだ。
そして現在俺が異世界転生を果たした暁に得た特典は、勇者ノエクスカリバーという職業だけということになる。もし後者を得る権利が俺にまだ残されているのだとしたら……俺はシンジがブリュンヒルデを呼んだ時のように、天に向けて意識を送る。
(スクルド様、聞こえるかスクルド様)
言葉遣いが変になっているが、そんなことを気にしている余裕は今の俺には残っていなかった。
「ふぁい、シュクルドだけど」
すると食べ物を含んだような腑抜けた感じの喋り声が俺の意識へと帰ってきた。もしや食事中だったのだろうか? それは悪いことをしたな。とは思いつつも、それで引き下がるわけにもいかないのだ。
「にぇんわってめじゅらしいでふゅね、どこにょかにょのものでしゅか?」
課って……やっぱり天界も組織制なのか。まあそうだよな、神にも階級ぐらいある……ってそんなことはどうでもいいんだ!
(アカシトオル、覚えてますか)
「あきゃし……」
この間延びした展開、俺の予想が正しいのなら明らかにコントフラグだ。無駄に時間がかかって徒労に終わり、俺が疲れるだけというそんな展開。しかも話も進みやしない。普段の俺ならそれはそれで楽しみとしてよしなのだが、今はそんな余裕は無い! シャーロットの命がかかっているんだ。
というわけで俺はそのフラグをへし折ることにした。
(あーめんどくせぇ!! しっかりしろ! そして聞け駄女神!!)
「ふ、ふぇ!? な、何!? ど、どうしたのですか?」
突然の俺の怒鳴り声に驚くと共に、ただならぬ何かを感じ取ったのか仕事口調へと戻るスクルド。これで話が進む。
(俺はアカシトオル。一週間ちょっと前にあんたが異世界に送った元高校生だ。覚えてるか)
「アカシトオル……ああ、剣になりたいっていう、なんとも珍しい要望をお書きになった方ですよね。よく覚えてますよ」
なんて、笑顔が思い浮かぶような声音で返事をするスクルドではあるが、彼女の脳内ではすでに記憶が改ざんされているようだ。あの時俺が書いた内容を、彼女は平凡的な内容って言ったのを俺はよーく覚えている。それなのに彼女は今それを、珍しい要望と言った。すなわち自分達の失態を認めたく無いのだろう。
お役所仕事はいつだってこうだ。自分たちのミスを認めず、自分達の都合のいいように改ざんする。どこの世界でも、それが例え神様でもそれは変わらないってことか? むしろ神様だからとも言えるのかもしれない。
とはいえ、不正を暴いて土下座させて慰謝料をもぎ取ろうとか、今はそんなことどうでもいいのだ。むしろこの奇抜な要望のおかげで、彼女にしっかりと覚えていてもらえたことを幸運だと思うべきだろう。ともかくまずは確認だ。権利が生きてなければ意味がない。
(スクルド、俺の特殊能力の権利ってまだ生きてるか?)
「え? ほえ?」
何をそんなに驚いてるのかわからないが、スクルドは焦りでいっぱいいっぱいになっているご様子。あ、今なんかこぼした。って冷静に音を聞いている場合でなく。もしかしてそういうデータを探すには時間がかかるのだろうか?くっ、こっちには時間が無いっていうのに。
(いいから答えろ! あるのか! 無いのか!!)
「は、はい! 結論から言うと残ってます。あなたに行使された権利は職業だけですから」
よし、まず第一関門突破だ。権利はまだ生きている。それなら後は、俺の考えている行為が可能であるかどうかだ。
(その能力でだな、呪いや魔法を消去できる力は使えないか。それも現象や理を捻じ曲げるぐらい強力なやつ)
彼女にかけられた呪いの種類がわからない以上強力なものに越したことはない。チートは許せないとか、そんな俺の安っぽいプライドなんて今はくそくらえだ。
「えっと、ディスペル系の魔法っ……て現象や理を捻じ曲げるレベルですか!?」
彼女の驚き様を聞く限り、俺の求めているものはやはり無茶苦茶な次元のレベルなのだろう。だがここで押し問答なんかしていられない。俺が聞きたいのは結論だけだ。
(できるのか、できないのかって俺は聞いてるんだ)
「で、できないことは無いですけど、それってすでに軽く神の領域ですし、ある程度の制限と負荷が」
(で・き・る・ん・だ・な)
「は、はい。できます。でも……」
(今は生死をわける一大事なんだ。それにこんなことを頼めるのはスクルド、お前しかいないんだ。頼む)
無茶苦茶なことを言っているのはわかっている。女神様への無礼も承知の上だ。それでも今はもう、なりふり構っていられないんだ。
「わ、わかりました。コホン、そ、そんな風に頼まれたら仕方が無いですね。なんとかしましょう」
スクルドの声の調子がなんだかとても高い気がするが……まあ良いだろ。
(時間はできるだけ早く)
「急ぎ、なんですよね。一分だけ待ってください。私の権限を全て使ってなんとかしますから」
(ああ、よろしく頼む)
スクルドは最後に笑顔の念を俺に送り、彼女との会話は途絶えた。
(シャーロット、後一分だけ!?)
「……っく」
スクルドとの会話の間、俺の意識が無かったことも含めて不利な状況だったのであろう。気がつけばシャーロットの体はすでにズタボロだった。
息を荒げ、汗を流し、全身傷だらけのその姿は、あの時を再び俺に連想させる見るに堪えないものだった。そして供給される魔力量もかなり弱まり、乱れ、光剣の状態を維持できるギリギリの状態まで来ていた。
「……まか……せて」
そんな状態でも俺に心配をかけまいと強気に振る舞うシャーロット。俺は俺のできることを、彼女は彼女のできることを精一杯頑張っている。それはわかっているつもりだ。バルカイトにも適材適所だって言われたし。それでも、それでも俺は彼女の代わりになってやれない悔しさに、心の中で歯を食いしばった。
「なかなか楽しめたが、これ以上やっても何も得られるものは無さそうだな。ガンザナイトを使うまでも無かったのが少々残念ではあるが」
今まで一向に脱ごうとしなかったマントを突然放り投げるナベリウス。ついに姿を表した腹部に隠されていたものは……三つ目の顔。その時俺は思い出していた。ナベリウスというのがソロモン七十二柱の悪魔の名で有り、そしてケルベロスとも呼ばれていることを。
この瞬間、俺はこいつの強さに納得した。初っ端から魔王、下手をすれば魔神級の相手と事を構えていたのだ、そりゃあこれだけ苦労させられるわけだ。まあそれが解ったところで怖気づくつもりはない。少なくとも今俺を力強く握る、この娘が諦めるまでは。
「さあ、我が紅蓮の業火によってその体、髪の毛一本残さぬよう焼き尽くされるが良い」
腹部、そして両腕、三箇所の口が開くと同時に地獄の業火が放たれた。
腹から放たれた炎はシャーロットを直接、そして両腕の炎は彼女の行動を封じるように周囲を囲み燃え続ける。逃げ場を失ったシャーロットは俺を盾代わりにし、荒れ狂う猛火をなんとか防ぎ、凌ぐものの、灼熱地獄のような暑さによって息がどんどん荒くなり、更には苦悶の声も漏れ出し始めた。
正直なところ俺自身もかなりやばい。光剣の上からでもサウナのように熱いのに、魔力の乱れによって時々できる隙間から直接炎を浴びてしまい、火傷、いや、刀身が溶け出しているのでは無いかとすら思えている。
「なかなか耐えるではないか。いいだろう、少し休憩させてやる」
慈悲なのか、楽しんでいるだけなのかはわからないが、腹部からの炎だけを止めるナベリウス。しかし依然として両腕からは炎が吐き出され続けており、その熱気はシャーロットの体力をどんどん奪っていく。
「……っあぁ」
小さな悲鳴を上げると、ついにシャーロットは崩れるように地面へと倒れ込んだ。反射的に俺を下に向け、杖代わりにすることで這いつくばることだけは回避できたが、足に力が入らないのだろう、片膝立ちの状態のまま動けずにいた。魔力の放出もほぼ止まり、鍔は収納され、光剣もすでに離散していた。
彼女の全身から流れる汗は止まらず、炎のせいで酸素が薄くなっているのか苦しそうに息を吐き、腕は大きく震えていた。
「……まぁ……だぁ」
言葉では強がるものの、瞳の色はすでに半分失われかけ、いつ意識がとんでもおかしくないように俺には見えた。もう一度ナベリウスが炎を吐いたら俺達は確実に終わる。焦りが募る。俺は、俺は今どうしたらいい、何ができる? 俺は、俺は!
「トオル様、準備できました。今あなたの体に新しい力を送ります」
絶望に打ちひしがれていた俺に届いたその言葉は、まさしく女神の祝福だった。
時間にして五十秒、スクルドが提示した一分よりも十秒早いその仕事ぶりに、俺は感謝した。何故か名前に様づけなのは気になったが、まあ良いだろう。
(スクルド助かった、ありがとう。シャーロット!)
スクルドに感謝の言葉を述べ、準備ができたとシャーロットに伝える。彼女はゆっくりと頷き、俺の柄頭に置いた両手で無理やりバランスをとると、震える両足でなんとか立ち上がる。
「……おね……がい」
(ああ)
シャーロットも極限状態で頑張ってくれているのだ、ここで失敗する訳にはいかない。意識を集中させると言葉が浮かび上がってきた。俺はそれをそのまま繰り返す。
(全ての現象を)
シャーロットの足元に魔法陣が描かれ光を放ち始める。
(強固なる封印を)
光は強くなり、彼女の体を優しく照らしていく。
(円環の理すら)
刀身から青白い小さな光が、ぽつり、ぽつりと生まれ始める。
(打ち砕き)
光は更に強く輝き、彼女の身長と同程度まで膨れ上がった。
(我らを栄光へと導き給え!)
詠唱を終えた次の瞬間、魔法陣の輝きが最高潮に達し、高く高く舞い上がると天井を貫き天まで昇る。それと同時に、刀身からもより強烈な青白い輝きが溢れ出し、まるで彼女を守るかのようにその傷だらけの体を優しく包み込んでいく。青白い光の中で見たことのない文字の羅列がシャーロットの体から飛び出し、一つ、また一つと砕けていく。
そして変化が起きた。彼女の体が光の衣を纏うと、みるみるうちに成長を始めたのだ。
足と手がすらっと伸び、ウエストが引き締まり、お尻と胸がふんわりと丸みを帯びる。幼く可愛らしかった顔立ちは、まるで見るものを射殺すかのような神秘性を孕んだ鋭利的かつ美しいものへと変わっていく。
そんな彼女の変化を見ていて、幼女大好きな方々にはとても残念な変化だろうな、などと冷静に思っていると、青白い光が弾け飛び、その衝撃によって炎はかき消された。
そしてそこに立っていたのは……長く美しい蒼のポニーテールをなびかせ、紺色のレオタードに荘厳な鎧を纏った、凛々しくそして美しい女騎士の姿であった。
「……勝算」
(確実とは言えないが、まだ一手逆転の策が残ってる。それまで――)
「……わかった」
これは分の悪い賭けだ。彼女の力が封じられているというのはあくまで俺の推測でしか無いし、それを確かめてる余裕もない。それに呪いが解け、彼女の力が完全になったとして、やつに勝てるという根拠は無いのだ。それでもこれが、俺の貧相な頭で考えうる唯一の可能性だった。
「……信じる」
これで二度目、彼女はこんな俺を頼ってくれている。だから頼む、彼女の信頼に報いさせてくれ。そう願い、俺は行動を開始した。
まず俺は、異世界転生をする直前に白紙に書いた内容を思い浮かべる。先に言っておくが決して自虐ネタではないぞ。あの時俺はスクルドに、希望する職業と唯一無二の特殊能力、もしくは相棒となる武器の要望をお書きください。そう言われたんだ。
そして現在俺が異世界転生を果たした暁に得た特典は、勇者ノエクスカリバーという職業だけということになる。もし後者を得る権利が俺にまだ残されているのだとしたら……俺はシンジがブリュンヒルデを呼んだ時のように、天に向けて意識を送る。
(スクルド様、聞こえるかスクルド様)
言葉遣いが変になっているが、そんなことを気にしている余裕は今の俺には残っていなかった。
「ふぁい、シュクルドだけど」
すると食べ物を含んだような腑抜けた感じの喋り声が俺の意識へと帰ってきた。もしや食事中だったのだろうか? それは悪いことをしたな。とは思いつつも、それで引き下がるわけにもいかないのだ。
「にぇんわってめじゅらしいでふゅね、どこにょかにょのものでしゅか?」
課って……やっぱり天界も組織制なのか。まあそうだよな、神にも階級ぐらいある……ってそんなことはどうでもいいんだ!
(アカシトオル、覚えてますか)
「あきゃし……」
この間延びした展開、俺の予想が正しいのなら明らかにコントフラグだ。無駄に時間がかかって徒労に終わり、俺が疲れるだけというそんな展開。しかも話も進みやしない。普段の俺ならそれはそれで楽しみとしてよしなのだが、今はそんな余裕は無い! シャーロットの命がかかっているんだ。
というわけで俺はそのフラグをへし折ることにした。
(あーめんどくせぇ!! しっかりしろ! そして聞け駄女神!!)
「ふ、ふぇ!? な、何!? ど、どうしたのですか?」
突然の俺の怒鳴り声に驚くと共に、ただならぬ何かを感じ取ったのか仕事口調へと戻るスクルド。これで話が進む。
(俺はアカシトオル。一週間ちょっと前にあんたが異世界に送った元高校生だ。覚えてるか)
「アカシトオル……ああ、剣になりたいっていう、なんとも珍しい要望をお書きになった方ですよね。よく覚えてますよ」
なんて、笑顔が思い浮かぶような声音で返事をするスクルドではあるが、彼女の脳内ではすでに記憶が改ざんされているようだ。あの時俺が書いた内容を、彼女は平凡的な内容って言ったのを俺はよーく覚えている。それなのに彼女は今それを、珍しい要望と言った。すなわち自分達の失態を認めたく無いのだろう。
お役所仕事はいつだってこうだ。自分たちのミスを認めず、自分達の都合のいいように改ざんする。どこの世界でも、それが例え神様でもそれは変わらないってことか? むしろ神様だからとも言えるのかもしれない。
とはいえ、不正を暴いて土下座させて慰謝料をもぎ取ろうとか、今はそんなことどうでもいいのだ。むしろこの奇抜な要望のおかげで、彼女にしっかりと覚えていてもらえたことを幸運だと思うべきだろう。ともかくまずは確認だ。権利が生きてなければ意味がない。
(スクルド、俺の特殊能力の権利ってまだ生きてるか?)
「え? ほえ?」
何をそんなに驚いてるのかわからないが、スクルドは焦りでいっぱいいっぱいになっているご様子。あ、今なんかこぼした。って冷静に音を聞いている場合でなく。もしかしてそういうデータを探すには時間がかかるのだろうか?くっ、こっちには時間が無いっていうのに。
(いいから答えろ! あるのか! 無いのか!!)
「は、はい! 結論から言うと残ってます。あなたに行使された権利は職業だけですから」
よし、まず第一関門突破だ。権利はまだ生きている。それなら後は、俺の考えている行為が可能であるかどうかだ。
(その能力でだな、呪いや魔法を消去できる力は使えないか。それも現象や理を捻じ曲げるぐらい強力なやつ)
彼女にかけられた呪いの種類がわからない以上強力なものに越したことはない。チートは許せないとか、そんな俺の安っぽいプライドなんて今はくそくらえだ。
「えっと、ディスペル系の魔法っ……て現象や理を捻じ曲げるレベルですか!?」
彼女の驚き様を聞く限り、俺の求めているものはやはり無茶苦茶な次元のレベルなのだろう。だがここで押し問答なんかしていられない。俺が聞きたいのは結論だけだ。
(できるのか、できないのかって俺は聞いてるんだ)
「で、できないことは無いですけど、それってすでに軽く神の領域ですし、ある程度の制限と負荷が」
(で・き・る・ん・だ・な)
「は、はい。できます。でも……」
(今は生死をわける一大事なんだ。それにこんなことを頼めるのはスクルド、お前しかいないんだ。頼む)
無茶苦茶なことを言っているのはわかっている。女神様への無礼も承知の上だ。それでも今はもう、なりふり構っていられないんだ。
「わ、わかりました。コホン、そ、そんな風に頼まれたら仕方が無いですね。なんとかしましょう」
スクルドの声の調子がなんだかとても高い気がするが……まあ良いだろ。
(時間はできるだけ早く)
「急ぎ、なんですよね。一分だけ待ってください。私の権限を全て使ってなんとかしますから」
(ああ、よろしく頼む)
スクルドは最後に笑顔の念を俺に送り、彼女との会話は途絶えた。
(シャーロット、後一分だけ!?)
「……っく」
スクルドとの会話の間、俺の意識が無かったことも含めて不利な状況だったのであろう。気がつけばシャーロットの体はすでにズタボロだった。
息を荒げ、汗を流し、全身傷だらけのその姿は、あの時を再び俺に連想させる見るに堪えないものだった。そして供給される魔力量もかなり弱まり、乱れ、光剣の状態を維持できるギリギリの状態まで来ていた。
「……まか……せて」
そんな状態でも俺に心配をかけまいと強気に振る舞うシャーロット。俺は俺のできることを、彼女は彼女のできることを精一杯頑張っている。それはわかっているつもりだ。バルカイトにも適材適所だって言われたし。それでも、それでも俺は彼女の代わりになってやれない悔しさに、心の中で歯を食いしばった。
「なかなか楽しめたが、これ以上やっても何も得られるものは無さそうだな。ガンザナイトを使うまでも無かったのが少々残念ではあるが」
今まで一向に脱ごうとしなかったマントを突然放り投げるナベリウス。ついに姿を表した腹部に隠されていたものは……三つ目の顔。その時俺は思い出していた。ナベリウスというのがソロモン七十二柱の悪魔の名で有り、そしてケルベロスとも呼ばれていることを。
この瞬間、俺はこいつの強さに納得した。初っ端から魔王、下手をすれば魔神級の相手と事を構えていたのだ、そりゃあこれだけ苦労させられるわけだ。まあそれが解ったところで怖気づくつもりはない。少なくとも今俺を力強く握る、この娘が諦めるまでは。
「さあ、我が紅蓮の業火によってその体、髪の毛一本残さぬよう焼き尽くされるが良い」
腹部、そして両腕、三箇所の口が開くと同時に地獄の業火が放たれた。
腹から放たれた炎はシャーロットを直接、そして両腕の炎は彼女の行動を封じるように周囲を囲み燃え続ける。逃げ場を失ったシャーロットは俺を盾代わりにし、荒れ狂う猛火をなんとか防ぎ、凌ぐものの、灼熱地獄のような暑さによって息がどんどん荒くなり、更には苦悶の声も漏れ出し始めた。
正直なところ俺自身もかなりやばい。光剣の上からでもサウナのように熱いのに、魔力の乱れによって時々できる隙間から直接炎を浴びてしまい、火傷、いや、刀身が溶け出しているのでは無いかとすら思えている。
「なかなか耐えるではないか。いいだろう、少し休憩させてやる」
慈悲なのか、楽しんでいるだけなのかはわからないが、腹部からの炎だけを止めるナベリウス。しかし依然として両腕からは炎が吐き出され続けており、その熱気はシャーロットの体力をどんどん奪っていく。
「……っあぁ」
小さな悲鳴を上げると、ついにシャーロットは崩れるように地面へと倒れ込んだ。反射的に俺を下に向け、杖代わりにすることで這いつくばることだけは回避できたが、足に力が入らないのだろう、片膝立ちの状態のまま動けずにいた。魔力の放出もほぼ止まり、鍔は収納され、光剣もすでに離散していた。
彼女の全身から流れる汗は止まらず、炎のせいで酸素が薄くなっているのか苦しそうに息を吐き、腕は大きく震えていた。
「……まぁ……だぁ」
言葉では強がるものの、瞳の色はすでに半分失われかけ、いつ意識がとんでもおかしくないように俺には見えた。もう一度ナベリウスが炎を吐いたら俺達は確実に終わる。焦りが募る。俺は、俺は今どうしたらいい、何ができる? 俺は、俺は!
「トオル様、準備できました。今あなたの体に新しい力を送ります」
絶望に打ちひしがれていた俺に届いたその言葉は、まさしく女神の祝福だった。
時間にして五十秒、スクルドが提示した一分よりも十秒早いその仕事ぶりに、俺は感謝した。何故か名前に様づけなのは気になったが、まあ良いだろう。
(スクルド助かった、ありがとう。シャーロット!)
スクルドに感謝の言葉を述べ、準備ができたとシャーロットに伝える。彼女はゆっくりと頷き、俺の柄頭に置いた両手で無理やりバランスをとると、震える両足でなんとか立ち上がる。
「……おね……がい」
(ああ)
シャーロットも極限状態で頑張ってくれているのだ、ここで失敗する訳にはいかない。意識を集中させると言葉が浮かび上がってきた。俺はそれをそのまま繰り返す。
(全ての現象を)
シャーロットの足元に魔法陣が描かれ光を放ち始める。
(強固なる封印を)
光は強くなり、彼女の体を優しく照らしていく。
(円環の理すら)
刀身から青白い小さな光が、ぽつり、ぽつりと生まれ始める。
(打ち砕き)
光は更に強く輝き、彼女の身長と同程度まで膨れ上がった。
(我らを栄光へと導き給え!)
詠唱を終えた次の瞬間、魔法陣の輝きが最高潮に達し、高く高く舞い上がると天井を貫き天まで昇る。それと同時に、刀身からもより強烈な青白い輝きが溢れ出し、まるで彼女を守るかのようにその傷だらけの体を優しく包み込んでいく。青白い光の中で見たことのない文字の羅列がシャーロットの体から飛び出し、一つ、また一つと砕けていく。
そして変化が起きた。彼女の体が光の衣を纏うと、みるみるうちに成長を始めたのだ。
足と手がすらっと伸び、ウエストが引き締まり、お尻と胸がふんわりと丸みを帯びる。幼く可愛らしかった顔立ちは、まるで見るものを射殺すかのような神秘性を孕んだ鋭利的かつ美しいものへと変わっていく。
そんな彼女の変化を見ていて、幼女大好きな方々にはとても残念な変化だろうな、などと冷静に思っていると、青白い光が弾け飛び、その衝撃によって炎はかき消された。
そしてそこに立っていたのは……長く美しい蒼のポニーテールをなびかせ、紺色のレオタードに荘厳な鎧を纏った、凛々しくそして美しい女騎士の姿であった。
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