俺と幼女とエクスカリバー

鏡紫郎

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第一章 剣になった少年

第26話 幼女筆談す

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 一分ほどたって戻ってきた彼女の両手にはペンとスケッチブックが握られていた。

 どうやら彼女は筆談をしようということらしい。手紙を見て思いついたのだろうか。シャーロットは背もたれの無い丸椅子を大変そうに運んでくると、俺の目の前に置きその上にちょこんと可愛らしく座る。そしてスケッチブックのページをめくると文字を書き始めた。

 ペンの動きが止まると、彼女はスケッチブックを一回転させ文字の書かれたページを俺の方へと向けた。最初に書かれていた文字はこれだった。

 私の私情にあなたを巻き込んでごめんなさい。

 彼女の優しさに心の奥が温かい気持ちで満たされていくのを感じた。

(最初の言葉がそれは無いだろ)

 でもそんな気持ちを悟られたくなくて、照れ隠しに軽口を叩いてしまう。

 シャーロットは俺の言葉を聞いて文字を書き足す。再び向けられたスケッチブックにはこんな文字が書かれていた。

 それでも謝っておきたかったから。

 この娘は本当に真面目で、なんて可愛いんだろうか。彼女の誠実さに心がキュン死しそうになる。

(い、いいんだよ、俺が自分で決めたことなんだから。それにこれでも感謝してるつもりなんだぜ。俺を拾ってくれてありがとう、ってな)

 次にスケッチブックに書かれた文字はこうだった。

 それはこっちの台詞、ありがとう。

 その後にはちょっとぎこちない感じの笑顔の顔文字が描かれていた。というかちょっと待て……顔文字……だと!?

 俺はまさかの文字の組み合わせの登場に驚愕していた。異世界に来て、現代科学の枠の一つを見せつけられるなんて思いもしなかったからだ。

 とりあえず動けるようになったらすぐにでも特訓始めよう。私傷の治りは早いから。

 文字とは言え、自分の言葉で会話ができることが嬉しいのか、どんどん文字を書き足していくシャーロット。どうやら顔文字に驚いている暇は無いらしい。今は彼女の会話に付き合うのが最優先事項か。

(傷の治りが早いって、そういう次元の怪我じゃないだろ)

 死にかけるほどの怪我をしたのに治りが早いとか、そんな突拍子もないことを言い出す彼女に流石の俺も苦笑いを浮かべた。そんな俺の態度にシャーロットの頬が一瞬ピクリと動くと、再び文字を書き足し始める。そして俺に向けられた文字は。

 本当だもん。

 だった。普段無口なせいかもっとクールな印象を抱いていたが、筆談になったとたん歳相応の女の子という感じになったシャーロットを見て、これが本来の彼女なのかなと思うと、微笑ましいと思うとともに胸の奥がわくわくとしていた。

(わかったよ。怪我が治ったら頑張ろうな)

 だいじょうぶ、次は絶対に勝つよ!

 その後にまたもや顔文字が描かれていた。今度は拳を握りしめてるやつである。もしやこの世界でも顔文字は流行っているのだろうか。

 バルカイトが異世界人は普通にいるって言ってたし、俺と似たような時代の人間が広めていてもおかしくは無いのだろうが、正直あんまり納得したくないというのが本音である。だってそうだろ、ここは剣と魔法のファンタジーの世界だ。そこに住む人間が現代的な要素を平然と使っていたら、雰囲気も何もあったもんじゃない。なんてことを心の中で愚痴っていると、

 一ついいかな。

 と、書かれたスケッチブックを、シャーロットが遠慮がちに向けてきていることに気がついた。まったく、俺たちの仲なんだから遠慮なんてしなくていいのに。

(気になることがあるんならなんでも言ってくれ。恥ずかしながら、女の子とあまり会話したこと無いから、シャーロットに不快な思いをさせてるかもしれないし、ここはバーンと正直に言って欲しい)

 その点についてはずっと気になっていた。シャーロットは感情をほとんど出せないわけだし、もしかしたら俺の言葉遣いや考えていることで、嫌な思いをさせているかもしれないって。文字でとはいえ、今は彼女の心の声を聞ける絶好の機会だ。思っていることは全部吐き出して欲しいと、俺はそう思ったのだ。

 俺の返事を聞いて文字を書き出すシャーロットだが、少しばかり頬が赤いような気がする。そんな彼女が書いた文字は、

 エッチなことは控えてくれると嬉しい。

 という内容だった。しかもその後ろにはスラッシュ三つで照れた様子が表現されている。だんだんとこの娘本当は異世界人なんじゃないだろうか、なんて錯覚に陥り始める始末だ。それはともかくエッチなことってことは。

(やっぱり俺のそういう感情って……ダダ漏れ?)

 その問いに

 ダダ漏れ

 という文字が即座に帰ってくる。更に彼女は、まるで照れ隠しのように瞬時に文字を書き足すと、スケッチブックには、

 そういうことを考える年頃だとは思うけど、今の私じゃあなたを満足させられないし。

 なんてことが書き記されていた。なんだかとても寛容な心で年頃の男子の心境を理解なされているようなのですが、それはそれですごく恥ずかしかった。

 それにそうだよな、彼女も小さいながら立派なレディだ。むしろ小さな女の子だからこそ、そんな邪な思考を送られたり、そんな視線で見られるのは嫌に決まっている。それじゃあ当然シャーロットも満足……まん……ぞく?

(えーっと、シャーロットさん、今なんておっしゃいました?)

 正確にはお書きになりました? なのだが、そこは置いといて。俺には彼女の言葉の意味がまったく理解できなかった。するとシャーロットは「ばか」という言葉をおまけに付けながら、スケッチブックを俺の近くまで突き出してくる。そこには確かに、今の私じゃあなたを満足させられない、という文字が書き記されていた。しかしもう一度見せられたところで、やはり彼女の真意を俺は理解することができなかったのだ。

 そもそも彼女が何故そういう発想に至るのだろうか? 今の彼女の文章を整理すると、悶々とされても今の私じゃそれを叶えてあげられないから私が困る。と書いてあるように見えるのだが。何故俺に対してそんな発言をするのかがまずわからん。

 普通なら、エロいこと考えるなキモいんだよこの変態キモヲタ。なんて言われるのが今までの傾向のはずなのだが。あっ、なんか古傷が痛む。過去を思い出しげんなりとした気分になっていると、次は、

 ほら、私貧相な体だし。この前の見たい?も、見たいって素直に返されたら本当はどうしようかと。

 なんて、まるでちょっと頑張りたいけど恥ずかしいと思っている恋する乙女、みたいな内容が綴られていた。前々から突拍子もない事を口走る娘だとは思っていましたが。まさかここまでとは。

(いやその、ワタシハ、イマノアナタサマデモ、ジュウブン、マンゾク、シテオリマスガ)

 あまりのこっ恥ずかしさに言葉がカタコトになってしまう。そもそも貧相な体って自身のことを卑下しているが、抱きしめとかふとももとかで、俺が十分慌てふためいてたのを知ってるはずじゃないか。という感情ももちろんダダ漏れなわけで……その後提示された、

 でももっと気持ちよくしてあげたいし、男の人はおっきいのとかむっちりしたのが好きって聞くし。

 なんていう文字の羅列に、ついに俺の思考回路は本格的に悲鳴を上げ始めたのだ。

 こんな年端もいかない娘が言ってるからという補正もあるのだろうが、なんつー破壊力だよほんと。しまいには、自分の顔をスケッチブックで完全に隠しながら、

 トオルはどうなの?

 なんていう文字まで見せつけてくるしまつ。しかもその両手は小刻みに震えていて、隠れた顔はきっと真っ赤になっていることなのだろう。もう本当に何がなんだかわからないが、何故か勇気を出してくれている彼女に、俺も正直に答えなければいけないと思ってしまった。

(そういうのが好きってやつもいるだろうし、俺だって別に嫌いじゃないけど。でも俺はそういうので判断したくないと思ってる。好きになった人がたまたま大きいとか小さかったとか、むっちりとかそうじゃないってだけで、その何ていうかな……シャーロットはシャーロットであって、そこに大きいとか小さいとかいう議論が入り込む余地はなくて、えーっとその、だから、俺は今の君で本当に満足してるから。べ、別に上から目線のつもりはないんだ。俺はただ、シャーロットがいいって。うんそうだ、俺はシャーロットだからいいんだ)

 なんて、知らない人が聞いたら、キモくて危ない人がいます。って警察を呼ばれそうな内容を俺は平然と口走っていた。ああ、こんなことを平然と口走れる自分が恨めしい。きっとシャーロットにも軽蔑されただろうなあ、なんてしょぼくれていると、目の前から堪えるような笑い声が聞こえてくることに気がついた。

 よく見るとシャーロットの肩が小刻みに上下しているのがわかる。ああ、やっぱりバカにされてるんだ、笑われてるんだ。

(やっぱり、俺、おかしいかな)

 とにかくどうしたらいいのかわからず、苦笑いを浮かべていると、シャーロットは首を横に振ってから顔を上げた。

「……ありがと」

 そして彼女は目尻に少量の涙を浮かべながら先程と同等か、それ以上にきらびやかな笑顔を俺に見せてくれた。しかしその笑顔もやはり一瞬で消え去り、いつもの無表情なシャーロットへと戻る。そこで俺は、彼女に一つ聞いておかなければいけないことを思いたった。

(そういえばその呪い? なのかな。シャーロットが苦しんでる、感情を殺されている状態って、実際どんな感じなんだ?)

 俺が聞いたところでどうにかなるものでも無いのはわかっていたが、少しでも彼女のことを知っておきたいと、そして、それを聞くチャンスは今しかないと思ったのだ。べ、別に、話題を逸らすのにちょうどいいとか思ったわけじゃないんだからね!

 少しためらってから、シャーロットはペンを走らせ始める。まず最初に、

 あれは呪いの一種、

 という文字が姿を表した。

 ナベリウスは感情を殺すという大仰おおぎょうな言い方をしていたが、やはり呪いだったようだ。シャーロットはページをめくり、再びペンを走らせる。

 思考はできる。でも言葉に出せない。一度口を開くと四文字も喋ると唇が動かしにくくなるの。

 更にページをめくり、文字を書き足していく。

 表情も筋肉が固まったみたいに動かなくて。怒りや苛立ちなんかの時は少し動くけど。

 そう言われてみると眉を引くつかせたり、ムスッとした感じなど、そういった怒りや負の感情に関しては、最初からわかりやすかったような気がする。

(怒りの感情だけは残したって、あいつも言ってたもんな)

 そうだ、ナベリウスはそう言っていたんだ。やつの口調やあの時の表情を思い出しただけで無性に腹立たしい。

「……でもね」

 言葉で断りをいれてから差し出されたスケッチブックには、

 最近はそれ以外の感情も少しだけど表情に出せるようになって、あなたのおかげかな。

 なんて文字が書かれていた。あなたのおかげかな、その文字があまりに嬉しくて、今スグに彼女を抱きしめたくて仕方がなかった。しかし剣という枷がそれを阻む。ちくちょー、こういう時にはこの体を本当に恨むぜ。なんて思っていると、

 私から抱きしめようか? 

 と書かれたページが目の前に晒されていた。

(いや、それじゃ意味が無いだろ)

 抱きしめられるのもそれはそれで悪くないが、やっぱりこうこちらから抱きしめ……ってちょっと待ちなされ、今のは私、完全に独り言のつもりだったのですが。その時俺の心の中は嫌な予感という名の細菌兵器に蝕まれていた。

(シャーロット、もしかして俺の思考って、興奮してる時以外も割りとダダ漏れ?)

 一瞬だけ思量するものの、シャーロットの右手首は無慈悲にペンを走らせ、そして俺の眼前に突き出されたのは、

 割りとダダ漏れ。

 という文字の羅列だった。ようするに、俺が考えたことは基本シャーロットにも伝わっていると。そう思ったほうがいいらしい。心の中で頭を抱えていると、

 それだけ二人の距離が近づいてるのかもね。

 なんて嬉しいことを彼女は書いてくれるのだが、こちらとしては非情に複雑な心境である。心と心をあなたと合体させたい。それはそれでロマンチックだと思うが、今の状況はあくまでこちら側の思考だけ筒抜けで、相手側の考えは全くわからないのだ。すなわち、主導権を完全に握られている状態である。

 まあ、剣である俺に主導権もくそも無いわけなのだが、それでも心の方まで握られていると思うと……複雑な心境である。そんな俺の心の中を察して書き出された文字が、

 顔に出てると思ってあきらメロン。

 という文字の後にすかさず笑顔の顔文字。という内容だった。あきらメロンに顔文字とか、完全に世界観をぶち壊すレベルで親近感のある文字の並びである。誰だか知らないが、シャーロットにこんなもんを教えたやつを恨むぞ俺は。なんて心の中で涙を流していると、シャーロットがため息を吐く音が聞こえてきた。

(疲れたか?)

 そう尋ねると、

 うん、思ったより書くの大変。

 という文章に、汗の顔文字が添えられていた。彼女も疲れたようだし今日はここまでにしよう。そう思ったのだが、最後にこれだけはどうしても聞いておきたかった。

(なあ、この世界で顔文字って、流行ってるのか?)
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