俺と幼女とエクスカリバー

鏡紫郎

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第一章 剣になった少年

第18話 そして二人は肝を冷やす

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「本当にナベリウスと戦うつもりかい?」

 突然拘束する布バインドクロスから俺を解き放つと、シャーロットはまるでバルカイトという存在を無視するかのように俺を振り回し始めた。

 察するにこれはウォーミングアップ、彼女はこれからナベリウスと戦うための準備運動をしているのだ。それと同時に、話し合うつもりは無い、邪魔をするな、という彼女なりのバルカイトへ向けた意思表示でもあるのだろう。

 そんな彼女の態度に対して、悲しそうな瞳を向けるバルカイト。その瞳の奥にあったのは、またしても全てを見透かしたような瞳の色。バルカイトのその瞳に、先程のジェミニさんのあれも、俺の勘違いというわけでは無かったのではないかと、そう思いはじめてきていた。

 一体彼らは何者で、何を知っているというのだろうか。二人が垣間見せる底のしれなさに俺は内心ゾッとしていた。

「やれやれ、それが君の答えってわけか。わかったよ、もうとめはしないさ。ただし救援隊の準備だけはしておく。夕方になっても君がこの町に戻ってこなければ、あの屋敷へ俺とソイルたちも向かう。それでいいな」

 彼の提案に答える素振りも、それどころか目線を合わせることすらなく、只々無心で俺を振り回し続けるシャーロット。もし俺がバルカイトの立場だったら、胃がキリキリして仕方がないだろうな。なんて思ってしまった。

「でもこれだけは信じてくれ。俺は君のことが本当に心配で忠告しているだけなんだ」

 無視を続けるシャーロットに、それでも語り続けるバルカイト。それは彼が本気で彼女を心配していることの現れなのかもしれない。

「昨日のあれも、君とやりあうつもりなんて本当はこれっぽっちも無かったんだ。もしあのまま君がその右腕を止めなかったとしたら、甘んじて受け止めるつもりだったんだぜ。このハンサムな顔でな」

 ウインク一つ、茶目っ気全開で締めくくるバルカイトに対して、ウォーミングアップを終えたシャーロットは、氷のような冷たい視線で彼を見つめるのだった。

 その狂気的な瞳に流石のバルカイトも一歩たじろいでしまう。

「やれやれ、完全に嫌われちまったかな」

 その恐怖を誤魔化すかのように、バルカイトは大げさにおどけてみせる。そんな彼から視線をそらし続けていたシャーロットが、何故だか突然俺のことを手持ち無沙汰に小刻みに振り回し始める。

「……違う」

 よく見ると彼女の頬が軽く上気していることに俺は気がついた。そして苛立ちとともに俺を振り回す動作が早くなっていく。徐々に早くなっていくそれに、俺は三半規管を揺さぶられているかのような錯覚を覚えていた。これはあれか、バルカイトにどんな風に接していいのかと悩んでいるのか。

 シャーロットには悪いが、できれば早く答えを出して欲しい。刀身から魔力を垂れ流しそうだ。

「違うってことは……なーんだ照れ隠しだったか」

 勝手にそんな結論にたどり着いたバルカイトは、両手を高く掲げ全身で喜びを表し、さらに満面の笑みを浮かべていた。

 無言で無視、そこからの違う、上気した頬に、もじもじしたサイン。たしかにこの要素、素直になれないヒロインが好きな男子に対して取る態度、そういう風に捉えられないことも無いかもしれないが、それにしてもあまりにポジティブすぎる結論のような気がする。

 まあその、それが彼のいいところなのかもしれないが、断言しよう。この手の思考の持ち主とは一生分かり合える気がしないなと、改めて俺は思ってしまった。

 シャーロットもそんな彼のあまりにぶっ飛んだ態度に死んだような目を向けている。

「そうかそうか、うんうん」

 なんだか一人で納得している彼を置いて、そのまま立ち去ってしまいたい気分だ。シャーロットの足がゆっくりと動いているのを見るに、彼にバレないようにこっそり離れたい、という気持ちは彼女も同じのようだ。

「それじゃあ仲直りのハグを」

 そんなこととはつゆ知らず、バルカイトの暴走はとどまるところを知らない。今度は熱い抱擁を求めてシャーロットへと突貫を開始したのだ。

「……嫌」

 暴走列車のごとく駆け込んでくるバルカイトの突進を、闘牛士のようにひらりと回避すると、なんと彼女はバルカイトの尻穴めがけて俺の剣先を突きつけたのだ。

「……刺す」

 バルカイトも冷や汗ものだろうが、ぶっちゃけ嫌なのは俺の方だ。何が悲しくて男の尻に頭を突きつけられにゃならんのだ。

「じょ、冗談だから、その剣を下ろしてもらえないかな?」

 肝が冷えると同時に頭も冷えたのだろう、苦笑いを浮かべながら懇願するバルカイトの態度を見て、シャーロットはゆっくりと彼の尻から俺を下ろしていく。

 バルカイトが安堵のため息をつくように、俺も心の中で安堵のため息をついていた。

「……行く」

 ため息一つつきながら俺を肩に背負い直すと、目的の屋敷を目指してシャーロットは歩き出す。

「無茶はするなよ。少なくとも俺と、俺達は、君が無事に帰ってくることを願ってる。それだけは忘れないでくれ」

 最後にそれだけを口にし、静かに彼女を見送るバルカイト。

 彼の姿が見えなくなる寸前、彼の唇がこう紡いだように俺には見えた。

 お嬢、お気をつけて……と。
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