俺と幼女とエクスカリバー

鏡紫郎

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第一章 剣になった少年

第13話 俺はロリコンなのかぁ!?

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 ロープには見たこともない文字のようなものが浮かび上がっている。象形文字に似たそれが、たぶんこの世界の魔術文字のようなものなのだろう。その力によってバズーは身動きがとれないでいるようだ。

「ソイルてめー、俺様をこのまま生かしておいて後で後悔するんじゃあねえぞ」

「おまえこそ、この心優しいお嬢さんの慈悲に免じて、少しは改心したほうがいいんじゃないのか?」

 シャーロットの姿をチラッと確認し舌打ちをするバズー。しかしその表情はみるみるうちに形を変え、下卑た笑いを浮かべるまでになっていた。

「何がおかしい?」

 ソイルのその一言が引き金になったのか、狂ったように笑い出すバズー。

「俺様を倒していい気になっているようだが、どっちにしろ、お前ら全員ナベリウス様の手によって血の海に沈むことになるんだからなぁ。せいぜい余生を――」

 それは一瞬のことだった。突然視点が一回転したかと思うと、俺の刀身はすでに地面へと突き刺さっていた。油断をしていたせいで何がおこったのか全く理解ができなかった。それは周りの皆も同じだったようで、唖然とした表情でこちらを見つめている。気がつけば真横には恐怖に歪んだバズーの顔があり、目の前にはそれを鬼のような形相で睨みつめるシャーロットの姿があった。

「……どこ?」

 ゾッとした。彼女の鬼のような形相と、地獄の底から響いてくるかのような声音に俺は恐怖していた。

「どこにそいつはいるのかって! 訊いてるのよぉ!!」

 こんなシャーロットを見たのは初めてだった。出会ってから数時間の俺が言えたことでは無いのだろうが、先程の戦いを通じて彼女の優しさや気高さ、包み込まれるような心の広さといったものを感じ、彼女のことを少しは理解したつもりだった。そんな彼女が視線だけで人を殺せそうな目つきでバズーを睨みつけ、怒号を上げている。脅しのために突き刺している俺の刀身は、絶えずカタカタと揺れ動き、今にも怒りに任せてこいつを殺してしまいそうだった。

「や、やめてくれぇ」

 羅刹のようなその形相に、しものバズーも涙で顔をぐちゃぐちゃに濡らしている。

「……答えろ」

 店の床を削り、バズーの喉元に刃先をピタリと当てる。その勢いで切れた首筋からは微かに血が流れ落ちた。

「あ、あそこだ、この町からも見える。イシュソワーズの森を抜けた先にあるつ、使い古された屋敷。そこが ナベリウス様の今の住処だぁ。こ、答えたぞ、答えたからぁ、頼むぅ、ころさないでくれぇ!」

 床から俺を引き抜き、赤ん坊のように泣きじゃくるバズーをゴミでも見るような目で一瞥すると、ゆらゆらと体を揺らしながらゆっくりとした足取りで歩き始めるシャーロット。

(なあ、シャーロ――)

 その瞳はただ一点を見据えていた。正面。だがそれは遠く、とても遠くに見える赤い屋根をした巨大な屋敷。そして俺の体は、まるで凍りついたかのような錯覚に陥っていた。流れ込んでくるのだ、彼女の怒りの念が、どす黒い感情が。ドロドロとした感情の渦に精神が飲み込まれ、触手に絡みつかれたかのように心が束縛されていく。このままではまずいと本能が警笛を鳴らす、俺自身もそうだが、このままいかせたらシャーロットはもう戻れなくなる。そんな気がしてならなかった。

(シャー……ロット)

 闇に飲み込まれまいと感情を絞り出す。しかし彼女には届いていないのか、歩く足が止まる気配は一向にない。

(シャーロット)

 気合を込めて再び呼びかけるが彼女に変化は訪れない。

(だめだ、こんなものじゃだめなんだ)

 意識が薄くなり、視界が真っ黒に塗りつぶされていく。だがしかし、ここで諦めるわけにはいかなかった。すでに彼女には借りがある。その借りを返さぬまま朽ち果てていくわけにはいかない。

 大きく深呼吸をする。これが最後のチャンスだと思った。そして俺は……

(シャアァァァァロットオォォォォォォっ)

 全身全霊を捧げるように心の奥底から精一杯の意思を彼女へと送り込んだ。これでダメならもう、そう諦めかけたその時だった。彼女の足がピタリと歩みを止めたのだ。

「……とお……る」

 継続的に俺の体に流れ込んできた闇の波動が収まると、そこにはいつもの無表情な瞳で俺を見つめるシャーロットの姿があった。

(ばか……やろう)

 疲れ果てた俺の心は、彼女に対して気の利いた言葉の一つも思い浮かべることができず、そう吐き捨てることしかできなかった。

「……ばっ……っつ!?」

 シャーロットの目が見開き息を呑んだ。俺の状態に気がついてしまったのだろう。シャーロットを安心させてやりたいが、生憎軽口を叩いて大丈夫アピールをするような余裕は、今の俺には残されていなかった。視界が歪み、意識が遠くなっていく。魔力が尽きかけ、今度は目の前が真っ白に染まり上がろうとした直前、それは起こった。

 シャーロットが突然、俺を胸元へと抱きかかえたのだ。その予想外の行動に、飛びかけていた俺の意識は一気に覚醒する。

(なっ、ななっ!?)

 生まれてこの方女の子とまともに話をしたことも無かった俺にとって、この行為はあまりにも刺激が強すぎた。
柔らかい感触と温もりが直接俺に伝わってくる。控えめとは言え無いほどでもない胸の感触、そして汗の匂いが俺の神経をとろけさせていく。抗う、ということさえ忘れさせてしまうほどの優しさが俺を堕落させていくのだ。

「……ごめん」

 その重く響く一言で我に返った。何を考えているんだ俺は、今なんとかしなくちゃいけないのは俺の方じゃなくてシャーロットの方じゃないか。それに、冷静に考えてみれば今の俺は剣だ。こんな体勢でいたら、彼女のことを傷つけてしまうのではないだろうか。

「……魔力……ない」

(え、えっと、それは、魔力をとぉしゃなければきれにゃいっていう)

 ば、バカヤロウ! だ、だめだ。どうしても動揺してうまく言葉が、カミカミに。

 我に返ったとは一体何だったのだろうか。どんなに頑張ったとしても、童貞にこの柔らかい感触は刺激が強すぎるのである。

 そして次の言葉がとどめとなった。

「……かわいい」

 相手はまだ10歳前後の年端もいかない幼女だ。それはわかっているつもりだ。それでもまるで年相応とは思えない妖艶さが、俺の理性を抗えなくしてくる。あえて言っておくぞ、俺はロリコンじゃないぞ、ロリコンじゃないぞ、ロリコンじゃぁ……無いと思う。

 わりとマジで自身がなくなってきた……俺はロリコンなのかぁ!?

「あのー、大丈夫ですかお客様?」

 背後から突然声をかけられ、俺を抱きしめる力を弱めるシャーロット。俺は彼女の甘い誘惑から見事に開放された形となった。渡りに船とはまさにこのことである。

 その声に答えるように彼女が後ろを振り向くと――

「よろしければもう一休みしていきませんか? お代はタダでよろしいので」

 そこに立っていたのは、先程の酒場のマスターだった。
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