俺と幼女とエクスカリバー

鏡紫郎

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第一章 剣になった少年

第11話 私を信じて

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「まさかあいつらを一瞬で片付けちまうとはな。てめぇ、ただの人間の女じゃあねえな」

 その質問には答えずに、バズーの顔を無表情で睨みつけるシャーロット。

「なるほどなあ、俺様なんかに答える義理は無いってそう言いたいわけか。いい度胸してるじゃあねえか。いいだろう、その無愛想なお顔を、人前に出せないぐらいめちゃくちゃのギッタンギッタンにして、恐怖とてめぇの垂れ流した汁でぐっちゃぐっちゃにしてやるぜぇ。覚悟しやがれぇ!!」

 バズーはシャーロットとはまるで真逆の力強い跳躍で飛び上がると、その勢いのまま彼女めがけて飛びかかってくる。振り下ろされた豪腕の一撃を体を半歩後ろに下げることで回避すると、シャーロットはその勢いのまま体を回転させ、横薙ぎに斬りつける。

 その斬撃はバズーが反応する暇も与えずに、やつの右腕を切り飛ばす、と思われたが、その強靭な肉体は刃を通すこと無く、俺の体を皮膚の表面で受け止めていた。

 それを確認したシャーロットは焦ること無く飛び退り、改めて距離を取る。

 バズーの方はと言うと、その一撃を受けて勝ち誇るかのような余裕の笑みを浮かべていた。

「速さはあるようだが、パワーは大した事なさそうだな」

 あまりにもゲスゲスしいその笑みに冷や汗が流れた。勝てないかもしれない。ほんの一瞬ではあったがそんなネガティブな感情を、俺は思い浮かべてしまっていたのだ。
 そんな俺の心配とは裏腹に、シャーロットはとても冷静だった。呼吸を乱さず、汗一つ流さない。剣士として理想的な精神状態で相手を見据えている。

「……集中」

 俺が再び精神を乱していることをそっとさとすシャーロット。

 わかっている、わかっているのだが、余裕の表情で呑気に近づいてくるバズーを見ていると、どうしても焦りがこみ上げてきてしまう。

「……大丈夫」

 その一言とともに攻勢に回るシャーロット。細い足は地面を蹴り、瞬く間に二人の距離を詰める。下からの斬り上げ、その勢いのまま振り下ろす二段斬り。薄く傷はつくが、やはりバズーの分厚い肉に遮られ致命傷には至らない。それでも引くことは無く、回転を交えながらの横薙ぎ、相手の攻撃を避けながらの斬り抜け、振り向きながらの袈裟斬り、高速での四連斬りなど、絶え間なく斬撃を繰り出していく。

「……合わせて」

 そうだ、頑張っているのは掴めば折れてしまいそうなか細い腕を懸命に振り回す、この小さな女の子なんだ。俺が先に諦めてどうする。

 そうやって自分を奮い立たせ再び集中力を高める。剣閃を重ねるごとに徐々にシンクロしていく二人の魔力。それでも足りない。まだ届かない。焦るなと心に言い聞かせる。それでも心の奥底にいる敗北という魔物は、俺の心を食い殺そうと虎視眈々と狙っている。シンジと一緒にオーガと戦った時の自分の非力さ、それを知っているからこそ自分に限界を感じてしまう。

「……忘れて」

 見透かされているようだった。いや、実際今の俺の心境は彼女にだだ漏れなのかもしれない。だからこそ感情を出せない彼女なりに俺に声をかけてくれている。そう、こんな俺なんかのために。

「なんだ? 独り言かぁ? そんなことでもしてないと冷静でいられないほど俺のことが怖いか!!」

 これだけの手数の差を見せつけながらもやつはまだ余裕だ。むしろ俺との会話を独り言と勘違いし、どんどん勢いづいていく。やっぱり俺は足を引っ張っているだけなんじゃないか? そんな負の感情が積み重なっていく。俺のせいで負けたら、その思いが更に俺の焦燥しょうそうを駆り立て集中力をかき乱していく。

「……自信を」

 わかっている、それでも、それでも俺の心の中にはそんなもの。他人から褒められることもなく、バカにされて生きてきただけの人生という過去がオレの心をきつく縛りあげる。

「……バカ」

 何を思ったのかシャーロットは、今まで回避していたバズーの剛拳を、突然俺の刀身で受けるという暴挙に出たのだ。豪快な音ともに始まる鍔迫り合い。しかし当然ながら押し込まれているのはシャーロットの方だ。

 ダメだこのままじゃ。最悪の自体を想像する。彼女がボロ雑巾のように捨てられる姿を俺は見たくなかった。守りたい、守らなきゃ、俺が、俺がやらないと!!

 その時だった。刀身が今までで最高の輝きを放ち出し力が溢れてくる。それを確認したシャーロットは勢い良く俺を振り抜き、バズーの拳を弾き飛ばした。そしてその反動を使い一旦距離をおいた。

 着地とともに俺を一回転させ地面へと突き刺す。

「……信じて」

 その姿はまるで俺の憧れた騎士のようで……荘厳そうごんな輝き、慈しみに溢れた眼差し、そしてこの人になら付いていきたいと思わせる溢れ出る高貴なオーラが、俺を惹きつけて離さない。

「……私……いる」

 まるで言葉足らずな短い言葉だけど、その言葉は確かにオレの心に染み込んできた。焦りと恐怖に縛られた心の鎖が、しっとりとした彼女の指と優しい言葉によってほどかれていく。

 そうだ今の俺は一人じゃない、一人で背負い込まなくていいんだ。足りないものは彼女が補ってくれる。そう信じていいんだ。彼女を、シャーロットを。

(すまん。任せる)

「……んっ」

 シャーロットは俺を軽く放り上げ、空中で掴み直し両手で構えると、一呼吸すると共に一陣の風のように駆け抜ける!

「俺様の体に傷をつけたのは褒めてやる。だがなぁ、この程度の力で俺様を倒そうなどと――」

 次の瞬間、奴が今まで崩すことのなかった余裕の表情が、目を疑うような光景によって恐怖で凍りついた。

 飛んだのだ――奴の右腕が!

 鮮血を撒き散らしながらバズーの右腕が空高く舞い上がった。そのありえない光景にバズーを応援していた野次馬たちも、目を丸くしたまま凍りついている。俺自身も驚いていた。なんて簡単なことだったのだろうと。

 魔力のコントロールの全てを彼女に委ね、斬りつける瞬間にだけ意識を集中させ魔力を開放する。ただそれだけのことでこれほどまでに爆発的な力が発揮できるなんて。

「ば、バカな!? お、俺様の腕――」

 そこまで言ったところでバズーの舌は再び動きを止めた。奴が発言を止めるまでのほんの一瞬の間に、シャーロットは背中を向け、まるで勝利したかのように俺を片手で空高く掲げていた。

 沈黙――その重圧に耐えかねた野次馬の一人がグラスを落とす。グラスの割れる派手な音を合図とするかのように、バズーの体に刻まれた五芒星型の傷口が開き、大量の鮮血を吹き出した。

 それは今までが遊びであったかのように思わせる、最速の四連撃を一手超える五連撃。そしてバズーは白目を向き、仰向けのまま地面へと倒れ込んだ。

 再び訪れる長い沈黙。それを破るように誰かが拍手を始めた。それは徐々に伝染し、数秒後には大歓声へと変わったのだった。
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