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第一章 剣になった少年
第1話 異世界転生
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「お気の毒ですが、あなたの人生は先程幕を閉じました」
夢を見ていた。迫りくる魔獣をバッサバッサと薙ぎ倒す、凛々しい女性騎士の夢。毎日のように見る、俺だけのおとぎ話。
けど、今日のはどこか違っていて、何だかとても苦しそうだった。そんな夢を見ていたせいか、俺はまた変な所に迷い込んだらしい。
ここは映画のセットだろうか? 気がつくと俺は、古代ギリシャ風の神殿の前に座っている。しかも、眼の前に佇む美しい女性が、唐突に俺の死を告げた。
どっきり? 夢? 何故か椅子だけ現代風という、まるで現実味のない状況のおかげで、もしかしたら本当に映画の撮影なのかも? なんて考えたりもしたけど、そんなチープなものでないことは、彼女の全身を覆う神々しい鎧が否が応にも物語っていた。
この空間の中で、その鎧だけが明らかに異質だったのである。
俺自身、人生の若輩者であり、世界を股にかけたこともない身。もしかすると、こんな材質の鉱石が世の中には存在しているのかもしれない。それでも、一目見ただけで理解してしまうほどに、その金属は異質な空気を放っている。
そんな鎧を纏う女性の、エメラルドのように綺麗な髪の隙間から、慈愛に満ちた切れ長の瞳が俺のことを見つめている。天使の微笑みとはこんな笑顔のことを言うのだろうか。けれども、そんな表情すら作り物のように見えてしまう俺は、ただのひねくれものなのか、それとも人間不信なのか……
それはともかく、目の前の絶世の美女の言葉が真実だとするなら、どうやら俺は死んだということらしい。死んだという言葉を聞いてそれをあっさりと受け入れてしまうほどに、生というものに執着しているつもりはなかった。それでも現代日本の、しかも並の家庭に産まれた以上、人並みの幸せってものぐらいは得てから死にたかったなと、そんな贅沢なことを思ってしまう。
「悲観的になることはありません。これからあなたにはいくつかの道が用意されています」
道……こんな俺にも、どうやらまだ希望はあるらしい。運動も勉強もできない。彼女もいない。道を歩けば電柱に当たり、折り畳み傘を忘れた日には必ず土砂降りにあう。そんな日々とはおさらばして、今までとは違う幸せな日常をおくれるのかもしれないと、そんな淡い期待が俺の心の中を満たしていた。
でもその前に、俺の最後の瞬間は一体どんなものだったのだろう。
人間はどうしようもできない痛みや苦しみを脳の奥底に封印してしまう事があるというが、俺の最後もそういう感じの死に様だったのだろうか。そう考えると少し怖くはあるが、どうしても思い出せない最後の記憶を、俺は知りたいと思っている。
「そうですね。自分の最後の瞬間ぐらいは知っておきたいものですよね。安心してください、あなたの死は恐怖や絶望に彩られたようなものではありませんから」
どうやらこの女性、人の心を読むことができるらしい。不思議と動揺はなかった。理由は? と聞かれても返答に困るのだが、この美女ならどんなことができてもおかしくないと、俺の直感がそう訴えかけているのである。
すると、女性はゆっくりと歩を進め、俺の方へと近づいてくる。
「それでは目を閉じてください」
言われたとおりに目を閉じると、柔らかく、それでいて力強い手のひらが俺の頭の上に優しく添えられた。
「リマインド」
呪文のような言葉とともに額が熱を帯びる。ノイズとともに記憶の奥底に眠った何かが掘り起こされていく。
そうだ……思い出した。
それはよくある不幸な事故。
いつもと変わらぬ学校の帰り道、何を思ったのかいつもと違う道を通った俺。そこでたまたま目の前を歩いていた女の子が、車に轢かれそうになっていたのだ。
同じ学校の制服を着ていたからというのもあってか、それを反射的に助けてしまったという、漫画とかラノベなんかによくある男子高校生の最後ってやつである。
ただまあ、俺の場合は好きな子を助けて、とかそういうドラマチックなものではなく、同じ高校の誰かっていう、たぶんそれだけの、面識すら無い女の子だったのだと思う。
それでも後悔はしてないさ。俺みたいな何の取り柄もない人間一人の命で、可愛い女子一人が助かったんだ、安いものさ。
なんてカッコつけてみたは良いものの、モテたことなんか無かったし、告白したいと思える誰かとも出会えず、ましてや女子とまともに会話したことすら無かったのに……こんなにもあっさりと死んでしまったことに後悔が無いわけじゃない。
恋が人生の全てというわけではないけど、その点においては俺の人生不幸だったよな、と愚痴るぐらいの権利はあるんじゃないだろうか。
そもそも、あの世界は無理ゲーすぎるんだよ。出生の時点で初期難易度がベリーイージーからアンノウンまでわかれてるし、更にダイスロールに失敗すれば、それこそ天と地ほどの差が生まれる初期パラメータ。与えられる時間は等しく、同じように頑張られたら埋まることのないこの差。むしろがんばる――
「そろそろよろしいでしょうか?」
どうやら目の前の見目麗しい女性は、俺の長い回想と愚痴にしびれを切らしたらしい。きれいに整った美しい笑顔には、数本の青筋が浮かび上がっているのが確認できる。
こっちも忙しいんだ、早くしやがれこの野郎。という切実な気持ちが聞こえてきそうである。どうやらこのお方もかなり多忙な境遇らしい。
どこにいってもブラック企業ってのはあるものなんだな。なんて高校生ながらに思ってしまった。
「すいません。もう大丈夫です」
まだ言い足りないことは山ほどあったけど、怒りに任せて暴言とか吐かれても困るので、渋々頷くことにする。慈愛に満ちたお姉さんには、慈愛に満ちたお姉さんのままでいてほしいからね。たとえそれが、虚像で塗り固められた仮面だとしても。
「では改めまして。私は主神オーディン様に仕えるヴァルキリー、名をスクルドと申します」
ヴァルキリーという言葉で、今の状況がどんなものなのかだいたいの察しがつく。
「スクルド様と言いますと、未来を司る運命の女神様ですよね」
「如何にもその通りです。なかなかに博識なのですねあなたは」
先程よりも柔和に笑う女神様。どうやら自分のことを知っていたことがとても嬉しかったらしい。ということはさっきまでのはやっぱり営業スマイルか……現実とは非常なものだ。
「それでですね」
「あ、大丈夫です。説明なんかいりませんよ」
俺は彼女、女神スクルドの説明をあえて遮った――かっこよさげなポーズを取りながら。説明を聞くまでもなくこのパターン、昨今のラノベやアニメにありがちないつものあれであろう。
若くして死んだ俺に元の世界で転生するか、別の世界で勇者、もしくはそれに近しい圧倒的力で世界を救う旅に出るかを選ぶチャンスを与えましょうとか、そんなことを言ってくるはずだ。
そう、俺は詳しいんだ。
先程彼女はいくつかの道が用意されていると言っていたしまず間違いないだろう。短い生涯の何割をアニメやゲーム、神話体系等の知識吸収に費やしたと思っているのだ。周りからドン引きされるほど中二病全開で覚えたこの知識は、これから始まるであろう俺の新たなる人生において大いに役に立ってくれるはずだ。
そう、俺の答えはもう決まっている。異世界転生して世界を救う勇者になるのだ。危険は多いかもしれない、だけどあんな無理ゲーかつクソゲーな世界でもう一回やり直すぐらいなら、多少の苦労があっても勇者になりたい、ってのが中二病男子の心意気ってもんよ。
「ええ、救ってみせますとも。魔王を倒して必ずや世界を平和にしてみせます」
(ついでにハーレムなんかも作ってみせますとも)
「えーと、アカシ様は異世界転生をお望みということでよろしいですね」
女神様は少々戸惑った顔を俺に向けているが、俺の察しはどうやら的中していたらしい。この察しの良さを元いた世界でももっと発揮できていれば……
まあ世の中にはびこる恋愛リア充たちの心の中を理解しろなんて土台無理な話か。あいつらと俺たちみたいな人種は、永遠にわかりあえないだろうからな。それこそハブとマングースぐらいのレベルで。
「はい、それで俺は何をしたらいいんですか!!」
勢い良く身を乗り出した俺に気圧されたのか、一歩後ろに下がる女神様。その顔には再び青筋が浮かび上がっていた。どうやら少し調子に乗り過ぎたらしい。
「すいません。こんなちっぽけな僕が世界を救えるのかと思うと、居ても立ってもいられなくて、つい興奮してしまいました」
「いえいえ、やる気のあることはとても良いことです。頼もしい戦士に出会えて私も、そして主神オーディン様もさぞ喜んでいることでしょう」
再び作り笑いの方の笑顔をみせてくれる女神様。どうやら、平常心に戻ってくれたようで何よりである。
何にせよ、やりすぎて怒らせてペナルティーをもらうようなことがあれば、百害あって一利なしだ。彼女が不機嫌にならないようにここからは穏便に事を進めることにしよう。それに、謙虚な姿勢は日本人の美徳だからな。
「それではこちらの書類に希望する職業と、あなたの冒険の助けとなる唯一無二の特殊能力、もしくは相棒となる武器の要望をお書きください」
そう言うと、女神様は俺の目の前に、一枚のまっさらな紙を差し出してくる。ついに来たこの瞬間に、オレの心は限界ドキドキマックスハートまで高鳴っていた。そう、ただの紙切れ一枚が黄金に輝いて見えるぐらいには、である。
それでは、現世で何度も考えた俺の理想の異世界プランを書き込むとしよう。
職業はもちろん勇者だ。肉弾戦も魔法も使える万能職。器用貧乏って言うやつもいるかもしれないが、対魔王への唯一無二の特殊スキルや魔法、伝説の装備を扱うことができるのは、世界広しと言えども勇者ってやつだけだと相場は決まっている。
そして世界に一つの俺のアイデンティティーであり、異世界を生き延びるための俺の相棒。時を止めるとか、服を破くとか、いっそ次元を断裂する力とか、そういうガチガチのチートレベルの能力も悪くない、が、やはりそこはファンタジー世界、最後には剣で魔王を貫くのがお約束かつ憧れってもんだろう。
そして魔を断つ聖なる剣、聖剣の代名詞と言ったらそう、あれしかない! アーサー王が使ったとされる伝説の聖剣、エ・ク・ス・カ・リ・バー!!
完璧だ。チートでラクラククリアするわけでもなく、それでいて絶対的な力と多少の苦労、それをカバーしあう仲間たちとの連携、友情、そして生まれる恋心。世界を救った暁にはヒロインとゴールイン。一部の隙もない完璧すぎるプランだ。
おっといけない、あまりの完璧さに自然と笑みがこみあげてきてしまった。これでは変なやつだと思われてしまう。平常心、平常心。
深呼吸をくり返し心を落ち着かせたところで、いざ参らん!!
俺はペンを勢い良く振り上げると、心の思うがままにペンを走らせこう綴った。
勇者/エクスカリバー
と。
因みに、若干かっこよさげに斜体にしてみました。
「これでお願いします」
女神様は俺の返した紙の内容を一瞥し、頷くと、ニコリと俺に笑顔を向けた。
「かしこまりました。平凡的な内容ですし、問題は無いと思います」
平凡的という言葉に、考えることは皆同じかと少しだけ鬱な気分になったが、裏を返せばそれは王道、王道だからこその良さも有り、何より王道ってのは中二病の憧れでもあるんだ。
そう、たとえスタート地点が同じでも、切り開く道は千差万別。これから始まるのは俺だけのストーリー!!
そんなこんなで俺が息巻いている間に、どうやら出発の準備ができたようだ。
「それでは、アカシトオル様。あなたの旅路に神々の祝福があらんことを」
スクルド様が胸の前で両手を組むと、天から俺に向かって青白い光が降り注ぎはじめる。ついに始まるんだ、俺が俺として何かを残せる新たな人生が。不幸をものともしない、ワクワクとドキドキに溢れた冒険の旅が!!
体が宙を舞う。光に導かれるように俺の体は高く、高く、舞い上がっていく。
大きな期待、大きな希望に胸膨らませながら、俺は光の終着点へと手を伸ばした。
夢を見ていた。迫りくる魔獣をバッサバッサと薙ぎ倒す、凛々しい女性騎士の夢。毎日のように見る、俺だけのおとぎ話。
けど、今日のはどこか違っていて、何だかとても苦しそうだった。そんな夢を見ていたせいか、俺はまた変な所に迷い込んだらしい。
ここは映画のセットだろうか? 気がつくと俺は、古代ギリシャ風の神殿の前に座っている。しかも、眼の前に佇む美しい女性が、唐突に俺の死を告げた。
どっきり? 夢? 何故か椅子だけ現代風という、まるで現実味のない状況のおかげで、もしかしたら本当に映画の撮影なのかも? なんて考えたりもしたけど、そんなチープなものでないことは、彼女の全身を覆う神々しい鎧が否が応にも物語っていた。
この空間の中で、その鎧だけが明らかに異質だったのである。
俺自身、人生の若輩者であり、世界を股にかけたこともない身。もしかすると、こんな材質の鉱石が世の中には存在しているのかもしれない。それでも、一目見ただけで理解してしまうほどに、その金属は異質な空気を放っている。
そんな鎧を纏う女性の、エメラルドのように綺麗な髪の隙間から、慈愛に満ちた切れ長の瞳が俺のことを見つめている。天使の微笑みとはこんな笑顔のことを言うのだろうか。けれども、そんな表情すら作り物のように見えてしまう俺は、ただのひねくれものなのか、それとも人間不信なのか……
それはともかく、目の前の絶世の美女の言葉が真実だとするなら、どうやら俺は死んだということらしい。死んだという言葉を聞いてそれをあっさりと受け入れてしまうほどに、生というものに執着しているつもりはなかった。それでも現代日本の、しかも並の家庭に産まれた以上、人並みの幸せってものぐらいは得てから死にたかったなと、そんな贅沢なことを思ってしまう。
「悲観的になることはありません。これからあなたにはいくつかの道が用意されています」
道……こんな俺にも、どうやらまだ希望はあるらしい。運動も勉強もできない。彼女もいない。道を歩けば電柱に当たり、折り畳み傘を忘れた日には必ず土砂降りにあう。そんな日々とはおさらばして、今までとは違う幸せな日常をおくれるのかもしれないと、そんな淡い期待が俺の心の中を満たしていた。
でもその前に、俺の最後の瞬間は一体どんなものだったのだろう。
人間はどうしようもできない痛みや苦しみを脳の奥底に封印してしまう事があるというが、俺の最後もそういう感じの死に様だったのだろうか。そう考えると少し怖くはあるが、どうしても思い出せない最後の記憶を、俺は知りたいと思っている。
「そうですね。自分の最後の瞬間ぐらいは知っておきたいものですよね。安心してください、あなたの死は恐怖や絶望に彩られたようなものではありませんから」
どうやらこの女性、人の心を読むことができるらしい。不思議と動揺はなかった。理由は? と聞かれても返答に困るのだが、この美女ならどんなことができてもおかしくないと、俺の直感がそう訴えかけているのである。
すると、女性はゆっくりと歩を進め、俺の方へと近づいてくる。
「それでは目を閉じてください」
言われたとおりに目を閉じると、柔らかく、それでいて力強い手のひらが俺の頭の上に優しく添えられた。
「リマインド」
呪文のような言葉とともに額が熱を帯びる。ノイズとともに記憶の奥底に眠った何かが掘り起こされていく。
そうだ……思い出した。
それはよくある不幸な事故。
いつもと変わらぬ学校の帰り道、何を思ったのかいつもと違う道を通った俺。そこでたまたま目の前を歩いていた女の子が、車に轢かれそうになっていたのだ。
同じ学校の制服を着ていたからというのもあってか、それを反射的に助けてしまったという、漫画とかラノベなんかによくある男子高校生の最後ってやつである。
ただまあ、俺の場合は好きな子を助けて、とかそういうドラマチックなものではなく、同じ高校の誰かっていう、たぶんそれだけの、面識すら無い女の子だったのだと思う。
それでも後悔はしてないさ。俺みたいな何の取り柄もない人間一人の命で、可愛い女子一人が助かったんだ、安いものさ。
なんてカッコつけてみたは良いものの、モテたことなんか無かったし、告白したいと思える誰かとも出会えず、ましてや女子とまともに会話したことすら無かったのに……こんなにもあっさりと死んでしまったことに後悔が無いわけじゃない。
恋が人生の全てというわけではないけど、その点においては俺の人生不幸だったよな、と愚痴るぐらいの権利はあるんじゃないだろうか。
そもそも、あの世界は無理ゲーすぎるんだよ。出生の時点で初期難易度がベリーイージーからアンノウンまでわかれてるし、更にダイスロールに失敗すれば、それこそ天と地ほどの差が生まれる初期パラメータ。与えられる時間は等しく、同じように頑張られたら埋まることのないこの差。むしろがんばる――
「そろそろよろしいでしょうか?」
どうやら目の前の見目麗しい女性は、俺の長い回想と愚痴にしびれを切らしたらしい。きれいに整った美しい笑顔には、数本の青筋が浮かび上がっているのが確認できる。
こっちも忙しいんだ、早くしやがれこの野郎。という切実な気持ちが聞こえてきそうである。どうやらこのお方もかなり多忙な境遇らしい。
どこにいってもブラック企業ってのはあるものなんだな。なんて高校生ながらに思ってしまった。
「すいません。もう大丈夫です」
まだ言い足りないことは山ほどあったけど、怒りに任せて暴言とか吐かれても困るので、渋々頷くことにする。慈愛に満ちたお姉さんには、慈愛に満ちたお姉さんのままでいてほしいからね。たとえそれが、虚像で塗り固められた仮面だとしても。
「では改めまして。私は主神オーディン様に仕えるヴァルキリー、名をスクルドと申します」
ヴァルキリーという言葉で、今の状況がどんなものなのかだいたいの察しがつく。
「スクルド様と言いますと、未来を司る運命の女神様ですよね」
「如何にもその通りです。なかなかに博識なのですねあなたは」
先程よりも柔和に笑う女神様。どうやら自分のことを知っていたことがとても嬉しかったらしい。ということはさっきまでのはやっぱり営業スマイルか……現実とは非常なものだ。
「それでですね」
「あ、大丈夫です。説明なんかいりませんよ」
俺は彼女、女神スクルドの説明をあえて遮った――かっこよさげなポーズを取りながら。説明を聞くまでもなくこのパターン、昨今のラノベやアニメにありがちないつものあれであろう。
若くして死んだ俺に元の世界で転生するか、別の世界で勇者、もしくはそれに近しい圧倒的力で世界を救う旅に出るかを選ぶチャンスを与えましょうとか、そんなことを言ってくるはずだ。
そう、俺は詳しいんだ。
先程彼女はいくつかの道が用意されていると言っていたしまず間違いないだろう。短い生涯の何割をアニメやゲーム、神話体系等の知識吸収に費やしたと思っているのだ。周りからドン引きされるほど中二病全開で覚えたこの知識は、これから始まるであろう俺の新たなる人生において大いに役に立ってくれるはずだ。
そう、俺の答えはもう決まっている。異世界転生して世界を救う勇者になるのだ。危険は多いかもしれない、だけどあんな無理ゲーかつクソゲーな世界でもう一回やり直すぐらいなら、多少の苦労があっても勇者になりたい、ってのが中二病男子の心意気ってもんよ。
「ええ、救ってみせますとも。魔王を倒して必ずや世界を平和にしてみせます」
(ついでにハーレムなんかも作ってみせますとも)
「えーと、アカシ様は異世界転生をお望みということでよろしいですね」
女神様は少々戸惑った顔を俺に向けているが、俺の察しはどうやら的中していたらしい。この察しの良さを元いた世界でももっと発揮できていれば……
まあ世の中にはびこる恋愛リア充たちの心の中を理解しろなんて土台無理な話か。あいつらと俺たちみたいな人種は、永遠にわかりあえないだろうからな。それこそハブとマングースぐらいのレベルで。
「はい、それで俺は何をしたらいいんですか!!」
勢い良く身を乗り出した俺に気圧されたのか、一歩後ろに下がる女神様。その顔には再び青筋が浮かび上がっていた。どうやら少し調子に乗り過ぎたらしい。
「すいません。こんなちっぽけな僕が世界を救えるのかと思うと、居ても立ってもいられなくて、つい興奮してしまいました」
「いえいえ、やる気のあることはとても良いことです。頼もしい戦士に出会えて私も、そして主神オーディン様もさぞ喜んでいることでしょう」
再び作り笑いの方の笑顔をみせてくれる女神様。どうやら、平常心に戻ってくれたようで何よりである。
何にせよ、やりすぎて怒らせてペナルティーをもらうようなことがあれば、百害あって一利なしだ。彼女が不機嫌にならないようにここからは穏便に事を進めることにしよう。それに、謙虚な姿勢は日本人の美徳だからな。
「それではこちらの書類に希望する職業と、あなたの冒険の助けとなる唯一無二の特殊能力、もしくは相棒となる武器の要望をお書きください」
そう言うと、女神様は俺の目の前に、一枚のまっさらな紙を差し出してくる。ついに来たこの瞬間に、オレの心は限界ドキドキマックスハートまで高鳴っていた。そう、ただの紙切れ一枚が黄金に輝いて見えるぐらいには、である。
それでは、現世で何度も考えた俺の理想の異世界プランを書き込むとしよう。
職業はもちろん勇者だ。肉弾戦も魔法も使える万能職。器用貧乏って言うやつもいるかもしれないが、対魔王への唯一無二の特殊スキルや魔法、伝説の装備を扱うことができるのは、世界広しと言えども勇者ってやつだけだと相場は決まっている。
そして世界に一つの俺のアイデンティティーであり、異世界を生き延びるための俺の相棒。時を止めるとか、服を破くとか、いっそ次元を断裂する力とか、そういうガチガチのチートレベルの能力も悪くない、が、やはりそこはファンタジー世界、最後には剣で魔王を貫くのがお約束かつ憧れってもんだろう。
そして魔を断つ聖なる剣、聖剣の代名詞と言ったらそう、あれしかない! アーサー王が使ったとされる伝説の聖剣、エ・ク・ス・カ・リ・バー!!
完璧だ。チートでラクラククリアするわけでもなく、それでいて絶対的な力と多少の苦労、それをカバーしあう仲間たちとの連携、友情、そして生まれる恋心。世界を救った暁にはヒロインとゴールイン。一部の隙もない完璧すぎるプランだ。
おっといけない、あまりの完璧さに自然と笑みがこみあげてきてしまった。これでは変なやつだと思われてしまう。平常心、平常心。
深呼吸をくり返し心を落ち着かせたところで、いざ参らん!!
俺はペンを勢い良く振り上げると、心の思うがままにペンを走らせこう綴った。
勇者/エクスカリバー
と。
因みに、若干かっこよさげに斜体にしてみました。
「これでお願いします」
女神様は俺の返した紙の内容を一瞥し、頷くと、ニコリと俺に笑顔を向けた。
「かしこまりました。平凡的な内容ですし、問題は無いと思います」
平凡的という言葉に、考えることは皆同じかと少しだけ鬱な気分になったが、裏を返せばそれは王道、王道だからこその良さも有り、何より王道ってのは中二病の憧れでもあるんだ。
そう、たとえスタート地点が同じでも、切り開く道は千差万別。これから始まるのは俺だけのストーリー!!
そんなこんなで俺が息巻いている間に、どうやら出発の準備ができたようだ。
「それでは、アカシトオル様。あなたの旅路に神々の祝福があらんことを」
スクルド様が胸の前で両手を組むと、天から俺に向かって青白い光が降り注ぎはじめる。ついに始まるんだ、俺が俺として何かを残せる新たな人生が。不幸をものともしない、ワクワクとドキドキに溢れた冒険の旅が!!
体が宙を舞う。光に導かれるように俺の体は高く、高く、舞い上がっていく。
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面倒な方は「暁の荒野」からどうぞ!
※「暁の草原」、「暁の荒野」共に残酷描写がございます。ご注意ください。
=====
この物語はフィクションであり、実在の人物、国、団体等とは関係ありません。
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