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第十一章 証と絆
第523話 紡がれ始める記憶の欠片
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「私がいる限り、お姉様に膝は、つかせない」
全ての力を出し切った朝美は背中から倒れ込み、メイベルと言う名のもう一人のシャーロットが二人の勝敗を分ける。
「バカ……それ、反則じゃんか」
「ごめんなさい。でもね、私とメイは、二人で一人のシャーロット・リィンバースなのよ」
傍から見れば彼女の行為は、間違いなく反則なのだろうけれど、俺が認めてしまったのだ。
彼女達は、二人で一人だと。
今更それを覆すことは、メイの存在を否定することに他ならない訳で……だから、ここはシャーリーの勝利と俺は認める。
「ありがとうメイ、助かったわ」
「うん。ただ、できればそろそろ力入れてくれないかなー、お姉さま。おもい……」
「重いは、失礼じゃないかしらね!」
小話を繰り広げるリィンバースの姉妹が傾いた華奢な体を起き上がらせると、大の字に倒れた朝美が深いため息を吐く。
「あーあ、勝てると思ったんだけどな。やっぱ素質と、くぐり抜けた場数が違いすぎたか」
清々しいほどに負けを認める言葉とは裏腹に、彼女の両頬が小さく歪む。
それも当然だろう。この勝負に負けたということは、大切な人の側には二度といられないという事なのだから……
「それで、約束はちゃんと守ってくれるんでしょうね?」
「うん、わかってる。約束通り身を引くよ」
彼女の乾いた笑いが胸に響く。認めているのは俺で、今の状況を作っているのも俺なのに、胸が苦しい。
(なあ、朝美? 考え、直さないか?)
「考えって、女と女の勝負に先輩は水を挟むつもりなの? それとも、シャーロットじゃなくて、私のこと選んでくれる?」
(いや、それは……)
「トオル! 今日ぐらいは、男らしくなさい。これは、私達の問題よ」
「そうそう。そんな風に先輩に言われちゃうと、私の決心が、鈍りそうになるし……」
シャーロットの言う通り、これはきっと俺のエゴなのだろう。彼女よりも私を選んでと朝美に言われた時、即答できなかったのが何よりの証拠だ。
ただ、それでも、胸の中にあるわだかまりは消えることはない。むしろ、二人の会話を聞けば聞くほど俺の中の不安は大きくなっていく。
朝美へのこの思いは何だ? 彼女が言っていた荒唐無稽な発言通り、二人の血が同じものだからなのか?
「そうよ。アサミの貴方への思いが、足りなかっただけなんだから」
「む、そういうシャーロットこそ卑怯な真似しちゃって……ま、それも含めて、私の気持ちが足りなかったのかな。そうだよね、昔のことも忘れちゃうこんな私に、最初から勝ち目なんてなかったんだ。ごめんね……オルちゃん」
そんな漠然とした彼女への思いは、悲しみに暮れた小さなつぶやきによって解き放たれる。
おるちゃん、おるちゃん、オるちゃん、オルちゃん……そうだ、俺は覚えている。あの夏、神社で出会った、掴みどころのない小さな女の子のことを。
(……あー……ちゃん?)
無意識に紡がれる少女の名前。
伝わる音色に肩を震わせた朝美の姿に、俺の記憶が加速していく。
(あーちゃん……そうだ、あーちゃんだ! 小さな頃、毎日のように遊んでた女の子の名前)
それは、少しばかり不思議な出会いだった。
何かに誘われるように登った長い階段、赤い鳥居の下に居たのは、俺と同じぐらいの年齢と思わしき七歳ぐらいの小さな女の子。彼女は突然俺の方へと走り出すと、遊ぼ遊ぼと俺の周りを飛び跳ねる。
正直なところおかしな子だと思ったが、どんな時でも笑顔を絶やさない彼女の明るさに俺は次第に惹かれていった。
「なんで、先輩がその名前をしってるの?」
そして、涙ぐむ彼女の瞳と声がその全てを語っていると俺には思えて……だから、最も記憶に残っている、普通の女の子ならしないであろうあの出来事の数々を俺は彼女に語ると決める。
(何でって……俺の、その、初恋の相手だったからに決まってるだろ? あれは何だったっけか、俺が神社の境内に入ると決まってあーちゃんがお姫様ごっこしようとか言ってきて指輪を渡すんだけど、それをはめる時の台詞が珍妙でさ……えっと、確か、未来永劫何があろうと私は貴方の側を離れない。例え二人を分かつものが現れようとも、この絆を、運命の糸を切り裂くこと叶わぬ……えーと、その先なんだっけか)
「……我この指輪に誓う、永久なる守護を、永遠なる愛を。ミドガルズオルムの名のもとに」
何か壮大な会話が行われているように聞こえるかもしれないが、俺達二人が過去の英雄の生まれ変わりだとかそういうわけではなく、所謂幼少期によく行われる子供のごっこ遊びだ。
しかし、このヘンテコな台詞に聞き覚えがあるということは、彼女は間違いなく……俺の知ってるあーちゃんだ。
(懐かしいな。こんな感じの台詞、毎日毎日言わされたっけ)
「え、えっと、やっぱりオルちゃんなの? オルちゃんなんだよね」
彼女の口から聞けた意味不明な言葉の羅列に俺が確証を得る中、当の本人は未だに俺のことを疑っている様子。
それも当然だろう。こんな偶然、奇跡みたいなものなのだから。
(だから、そのオルちゃんってのやめろって。どっかの犬に見せかけたタコの魔物っぽく感じるから。それに、確証持ててないのは俺の方だってーの。あーちゃんはあーちゃんだよ~、とか言いやがって。幼馴染も同然なのに本名教えてくれないから、記憶も何もありゃしねぇ)
たぶん朝美の方は、自分の知っている徹くんが、目の前に居る俺と同一人物なのかという意味で戸惑っているのだろうが、俺は違う。
何せ、あーちゃんからは名字も名前も聞いていない訳で、だから天道朝美という名前を聞いた時、あーちゃんのことを一切思い出せなかったわけだ。
「は、ははっ、やっぱりオルちゃんだ。徹くん、オルちゃんなんだ。良かった、あっててよか、よかっ」
(あっててって、もしかしてお前、そこまで思い出してて……いや、そこまで思い出したからこそ、こんな事を?)
「うん、うん! そう、だよ。オルちゃん、やっぱり、おるちゃんなんだ。う、うわぁぁぁぁん!」
彼女が思い出したのはこちらの世界に来てからの記憶だけでなく、封印されていた昔の思い出も呼び起こされていたらしい。
何かおかしいとは思っていたけど、今まで以上に積極的になった理由はこういう事だった訳か。
全く、そんなに俺があの時の男の子だったのが嬉しいのかねぇ? 恥ずかしげもなく皆の前で大泣きするほどにさ。
全ての力を出し切った朝美は背中から倒れ込み、メイベルと言う名のもう一人のシャーロットが二人の勝敗を分ける。
「バカ……それ、反則じゃんか」
「ごめんなさい。でもね、私とメイは、二人で一人のシャーロット・リィンバースなのよ」
傍から見れば彼女の行為は、間違いなく反則なのだろうけれど、俺が認めてしまったのだ。
彼女達は、二人で一人だと。
今更それを覆すことは、メイの存在を否定することに他ならない訳で……だから、ここはシャーリーの勝利と俺は認める。
「ありがとうメイ、助かったわ」
「うん。ただ、できればそろそろ力入れてくれないかなー、お姉さま。おもい……」
「重いは、失礼じゃないかしらね!」
小話を繰り広げるリィンバースの姉妹が傾いた華奢な体を起き上がらせると、大の字に倒れた朝美が深いため息を吐く。
「あーあ、勝てると思ったんだけどな。やっぱ素質と、くぐり抜けた場数が違いすぎたか」
清々しいほどに負けを認める言葉とは裏腹に、彼女の両頬が小さく歪む。
それも当然だろう。この勝負に負けたということは、大切な人の側には二度といられないという事なのだから……
「それで、約束はちゃんと守ってくれるんでしょうね?」
「うん、わかってる。約束通り身を引くよ」
彼女の乾いた笑いが胸に響く。認めているのは俺で、今の状況を作っているのも俺なのに、胸が苦しい。
(なあ、朝美? 考え、直さないか?)
「考えって、女と女の勝負に先輩は水を挟むつもりなの? それとも、シャーロットじゃなくて、私のこと選んでくれる?」
(いや、それは……)
「トオル! 今日ぐらいは、男らしくなさい。これは、私達の問題よ」
「そうそう。そんな風に先輩に言われちゃうと、私の決心が、鈍りそうになるし……」
シャーロットの言う通り、これはきっと俺のエゴなのだろう。彼女よりも私を選んでと朝美に言われた時、即答できなかったのが何よりの証拠だ。
ただ、それでも、胸の中にあるわだかまりは消えることはない。むしろ、二人の会話を聞けば聞くほど俺の中の不安は大きくなっていく。
朝美へのこの思いは何だ? 彼女が言っていた荒唐無稽な発言通り、二人の血が同じものだからなのか?
「そうよ。アサミの貴方への思いが、足りなかっただけなんだから」
「む、そういうシャーロットこそ卑怯な真似しちゃって……ま、それも含めて、私の気持ちが足りなかったのかな。そうだよね、昔のことも忘れちゃうこんな私に、最初から勝ち目なんてなかったんだ。ごめんね……オルちゃん」
そんな漠然とした彼女への思いは、悲しみに暮れた小さなつぶやきによって解き放たれる。
おるちゃん、おるちゃん、オるちゃん、オルちゃん……そうだ、俺は覚えている。あの夏、神社で出会った、掴みどころのない小さな女の子のことを。
(……あー……ちゃん?)
無意識に紡がれる少女の名前。
伝わる音色に肩を震わせた朝美の姿に、俺の記憶が加速していく。
(あーちゃん……そうだ、あーちゃんだ! 小さな頃、毎日のように遊んでた女の子の名前)
それは、少しばかり不思議な出会いだった。
何かに誘われるように登った長い階段、赤い鳥居の下に居たのは、俺と同じぐらいの年齢と思わしき七歳ぐらいの小さな女の子。彼女は突然俺の方へと走り出すと、遊ぼ遊ぼと俺の周りを飛び跳ねる。
正直なところおかしな子だと思ったが、どんな時でも笑顔を絶やさない彼女の明るさに俺は次第に惹かれていった。
「なんで、先輩がその名前をしってるの?」
そして、涙ぐむ彼女の瞳と声がその全てを語っていると俺には思えて……だから、最も記憶に残っている、普通の女の子ならしないであろうあの出来事の数々を俺は彼女に語ると決める。
(何でって……俺の、その、初恋の相手だったからに決まってるだろ? あれは何だったっけか、俺が神社の境内に入ると決まってあーちゃんがお姫様ごっこしようとか言ってきて指輪を渡すんだけど、それをはめる時の台詞が珍妙でさ……えっと、確か、未来永劫何があろうと私は貴方の側を離れない。例え二人を分かつものが現れようとも、この絆を、運命の糸を切り裂くこと叶わぬ……えーと、その先なんだっけか)
「……我この指輪に誓う、永久なる守護を、永遠なる愛を。ミドガルズオルムの名のもとに」
何か壮大な会話が行われているように聞こえるかもしれないが、俺達二人が過去の英雄の生まれ変わりだとかそういうわけではなく、所謂幼少期によく行われる子供のごっこ遊びだ。
しかし、このヘンテコな台詞に聞き覚えがあるということは、彼女は間違いなく……俺の知ってるあーちゃんだ。
(懐かしいな。こんな感じの台詞、毎日毎日言わされたっけ)
「え、えっと、やっぱりオルちゃんなの? オルちゃんなんだよね」
彼女の口から聞けた意味不明な言葉の羅列に俺が確証を得る中、当の本人は未だに俺のことを疑っている様子。
それも当然だろう。こんな偶然、奇跡みたいなものなのだから。
(だから、そのオルちゃんってのやめろって。どっかの犬に見せかけたタコの魔物っぽく感じるから。それに、確証持ててないのは俺の方だってーの。あーちゃんはあーちゃんだよ~、とか言いやがって。幼馴染も同然なのに本名教えてくれないから、記憶も何もありゃしねぇ)
たぶん朝美の方は、自分の知っている徹くんが、目の前に居る俺と同一人物なのかという意味で戸惑っているのだろうが、俺は違う。
何せ、あーちゃんからは名字も名前も聞いていない訳で、だから天道朝美という名前を聞いた時、あーちゃんのことを一切思い出せなかったわけだ。
「は、ははっ、やっぱりオルちゃんだ。徹くん、オルちゃんなんだ。良かった、あっててよか、よかっ」
(あっててって、もしかしてお前、そこまで思い出してて……いや、そこまで思い出したからこそ、こんな事を?)
「うん、うん! そう、だよ。オルちゃん、やっぱり、おるちゃんなんだ。う、うわぁぁぁぁん!」
彼女が思い出したのはこちらの世界に来てからの記憶だけでなく、封印されていた昔の思い出も呼び起こされていたらしい。
何かおかしいとは思っていたけど、今まで以上に積極的になった理由はこういう事だった訳か。
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