483 / 526
第十章 記憶を無くした少女
第482話 目には目を
しおりを挟む
「私の術が破られた、だと……バカな!」
「偽りの愛なんてのは、所詮こんなもんよ。冷める時は一瞬、ってね」
そんな二人のいつも通りな会話に安堵するのも束の間、発狂を始めたゼパルの姿に戦いが終わっていないことを俺は思い出す。
「ねぇ、トオル? あの人って……というより、今まで私、何を……」
かっこよくポーズを決める朝美の隣で、頭を抱え始めるシャーリー。どうやら彼女も朝美と同じで、今までの記憶を忘れているようだ。
「あー、そこの変態に操られて、その変態とイチャイチャしてたよ?」
「……は? どういう意味?」
死の危険を感じ取ったことによる一時的な意識遮断と、魔神の洗脳という細かな違いこそあったが、同じ境遇を共有した者同士、朝美は簡潔に今の状況をシャーリーに説明する。
しかし、あまりに簡素な内容に更なる疑問の声を上げた彼女は、俺の刀身を力強く抱きしめた。
「どういう意味って、そのまんまの意味。先輩のこと、そんな剣しらない。って言ったり、私はゼパル様のもの。とか言ってたけど」
「……殺す」
大まかにヤバい所だけを抽出した朝美の補足説明を耳にし、怒りを顕にしたシャーリーは物騒な言葉を呟きながら両腕の力を増していく。気持ちは理解できますが、おれのからだがきびしい……
「それにほら、あっちの皆も操られてるし。今んところ私の氷で拘束してるけど、まっ、長くは持たないだろうしね」
「……なら、皆の事も開放してあげないと。リィンバースの王女として」
八つ当たりにも聞こえる王女様の理屈ではあったが、静観していられる状況で無いこともまた事実。フィルやクルス姉の氷とか半分割れかけて来ているし、皆が自由になれば状況は悪い方向へとひっくり返る。それまでに何としても、ゼパルを倒さなければ。
「というわけで、こっからは二人がかりで行くけど、文句ないよね?」
三対一の優位性と予断を許さない現状に、ある事実を忘れていた事を俺は気付かされる。
「くっ、人を小馬鹿にするような態度を。だが、二人で来るならこちらとしても好都合。もう一度この私の魔眼で、その女の精神を支配してやる!」
ゼパルの魔眼に制限はなく、一度打ち破ったとはいえ二度と彼女がかからないという保証は無い。もしここで、もう一度シャーリーが操らるような事があったら、次こそはどうにもならないだろう。
朝美の傀儡にされるのはともかく、ここまで来てシャーリーを救えないのは悔やんでも悔やみきれない。
「そいつを、待ってた!」
ところが、稚拙な魔神の目論見は、天使に目覚めた悪魔によっていとも簡単に打ち砕かれる。
「!?」
狙いすましたかのように朝美が左腕を振り上げると、その軌跡を追うかのように薄い氷壁が目の前に描かれる。それはとても美しく輝き、鏡のように虚像を映し出しすと魔神の光を反射させた。
「がぁ! め、目があぁぁ、めがああああああああぁっ!!」
煌々と輝く真紅の光。男であるゼパル自身に奴の魔力は効果を成さなかったが、その煌めきの強さは奴の瞳に負荷を与えるには十分すぎる。
「くっ、私は、今まで何を」
そして、網膜を傷つけられた瞳は効力を失い、魔力への耐性が最も高いであろうフィルを筆頭に自由を奪われていた皆が正気に戻り始めた。
(クルス姉、フィル、カーラにリースにアイリ!)
「……パパ?」
「あれ? トオル様? 私は、何を……って、なんですか、この手と足は!?」
「おー、ようやく元に戻ったみたいですな。というわけで解除っと」
手足の異常な感覚に、真っ先に気が付くと同時に大声を上げたクルス姉をきっかけとし、自らの状況に驚き焦り始める面々。その中でもフィルだけが冷静を装ってはいたが、朝美の魔力の強度の凄さに首をひねらせる。そんな彼女たちの反応を見た朝美が指を一つ鳴らすと、氷の拘束具が甲高い音を立てつつ粉々に砕け散った。
「さてと、これで完全に形勢逆転だね。あんたの味方はもういない、それでもやるつもりなら相手になるけど?」
「ふふっ、ふはははは、ハーッハハッハハハ!! 私の何が悪い? どこが醜いというのだ! 俺を蔑み馬鹿にして、だから女は嫌いだ!! 女は敵、おんなはてき、おンなはテキ……ウボァー!!」
女性に対する執念、それが彼を魔神へと変えてしまったのだろう。俺だって向こうの世界じゃ良い思い出なんて無いに等しかったけれど、俺を見てくれている人は確かにいた。
だから、諦めるにはまだ早すぎる気がするのに、彼のプライドがそれを許さなかったのだろう。せっかちは損をするという典型と言うべきだろうか、ゼパルにとっては辛い人生だったのだろうな。
だからといって、それを認めるわけにはいかない。生きとし生けるものには自由があって、何人たりともそれを妨げる事は出来ないのだから……
「嫉妬と妬みでキレる男ほど醜いものは無いと思うな~。だから、モテないんだと私は思うけど」
「ダマレ、ダマレ、ダマレ―!!」
朝美の挑発に発狂を繰り返し、地面に巨大な穴を空けるゼパル。魔神としての本性を表した事により、邪悪な波動が一気に膨れ上がる。
「そういう所、本当に変わらないわね。朝美は」
「まーねー。って、この見た目で良くわかったよね?」
「その声にその口調、忘れるわけ無いでしょ? それに、トオルを横取りしようなんて考えるの、貴方ぐらいじゃない」
「流石は私の親友だ。それじゃ、手伝ってくれるよね」
「もちろん、それが私の役目ですもの」
俺を右手に構えたシャーリーは、他愛もない会話を金髪の天使と繰り広げる。互いに再会を噛み締め合い静かに笑った少女たちは、共通の敵へと立ち向かうのであった。
「偽りの愛なんてのは、所詮こんなもんよ。冷める時は一瞬、ってね」
そんな二人のいつも通りな会話に安堵するのも束の間、発狂を始めたゼパルの姿に戦いが終わっていないことを俺は思い出す。
「ねぇ、トオル? あの人って……というより、今まで私、何を……」
かっこよくポーズを決める朝美の隣で、頭を抱え始めるシャーリー。どうやら彼女も朝美と同じで、今までの記憶を忘れているようだ。
「あー、そこの変態に操られて、その変態とイチャイチャしてたよ?」
「……は? どういう意味?」
死の危険を感じ取ったことによる一時的な意識遮断と、魔神の洗脳という細かな違いこそあったが、同じ境遇を共有した者同士、朝美は簡潔に今の状況をシャーリーに説明する。
しかし、あまりに簡素な内容に更なる疑問の声を上げた彼女は、俺の刀身を力強く抱きしめた。
「どういう意味って、そのまんまの意味。先輩のこと、そんな剣しらない。って言ったり、私はゼパル様のもの。とか言ってたけど」
「……殺す」
大まかにヤバい所だけを抽出した朝美の補足説明を耳にし、怒りを顕にしたシャーリーは物騒な言葉を呟きながら両腕の力を増していく。気持ちは理解できますが、おれのからだがきびしい……
「それにほら、あっちの皆も操られてるし。今んところ私の氷で拘束してるけど、まっ、長くは持たないだろうしね」
「……なら、皆の事も開放してあげないと。リィンバースの王女として」
八つ当たりにも聞こえる王女様の理屈ではあったが、静観していられる状況で無いこともまた事実。フィルやクルス姉の氷とか半分割れかけて来ているし、皆が自由になれば状況は悪い方向へとひっくり返る。それまでに何としても、ゼパルを倒さなければ。
「というわけで、こっからは二人がかりで行くけど、文句ないよね?」
三対一の優位性と予断を許さない現状に、ある事実を忘れていた事を俺は気付かされる。
「くっ、人を小馬鹿にするような態度を。だが、二人で来るならこちらとしても好都合。もう一度この私の魔眼で、その女の精神を支配してやる!」
ゼパルの魔眼に制限はなく、一度打ち破ったとはいえ二度と彼女がかからないという保証は無い。もしここで、もう一度シャーリーが操らるような事があったら、次こそはどうにもならないだろう。
朝美の傀儡にされるのはともかく、ここまで来てシャーリーを救えないのは悔やんでも悔やみきれない。
「そいつを、待ってた!」
ところが、稚拙な魔神の目論見は、天使に目覚めた悪魔によっていとも簡単に打ち砕かれる。
「!?」
狙いすましたかのように朝美が左腕を振り上げると、その軌跡を追うかのように薄い氷壁が目の前に描かれる。それはとても美しく輝き、鏡のように虚像を映し出しすと魔神の光を反射させた。
「がぁ! め、目があぁぁ、めがああああああああぁっ!!」
煌々と輝く真紅の光。男であるゼパル自身に奴の魔力は効果を成さなかったが、その煌めきの強さは奴の瞳に負荷を与えるには十分すぎる。
「くっ、私は、今まで何を」
そして、網膜を傷つけられた瞳は効力を失い、魔力への耐性が最も高いであろうフィルを筆頭に自由を奪われていた皆が正気に戻り始めた。
(クルス姉、フィル、カーラにリースにアイリ!)
「……パパ?」
「あれ? トオル様? 私は、何を……って、なんですか、この手と足は!?」
「おー、ようやく元に戻ったみたいですな。というわけで解除っと」
手足の異常な感覚に、真っ先に気が付くと同時に大声を上げたクルス姉をきっかけとし、自らの状況に驚き焦り始める面々。その中でもフィルだけが冷静を装ってはいたが、朝美の魔力の強度の凄さに首をひねらせる。そんな彼女たちの反応を見た朝美が指を一つ鳴らすと、氷の拘束具が甲高い音を立てつつ粉々に砕け散った。
「さてと、これで完全に形勢逆転だね。あんたの味方はもういない、それでもやるつもりなら相手になるけど?」
「ふふっ、ふはははは、ハーッハハッハハハ!! 私の何が悪い? どこが醜いというのだ! 俺を蔑み馬鹿にして、だから女は嫌いだ!! 女は敵、おんなはてき、おンなはテキ……ウボァー!!」
女性に対する執念、それが彼を魔神へと変えてしまったのだろう。俺だって向こうの世界じゃ良い思い出なんて無いに等しかったけれど、俺を見てくれている人は確かにいた。
だから、諦めるにはまだ早すぎる気がするのに、彼のプライドがそれを許さなかったのだろう。せっかちは損をするという典型と言うべきだろうか、ゼパルにとっては辛い人生だったのだろうな。
だからといって、それを認めるわけにはいかない。生きとし生けるものには自由があって、何人たりともそれを妨げる事は出来ないのだから……
「嫉妬と妬みでキレる男ほど醜いものは無いと思うな~。だから、モテないんだと私は思うけど」
「ダマレ、ダマレ、ダマレ―!!」
朝美の挑発に発狂を繰り返し、地面に巨大な穴を空けるゼパル。魔神としての本性を表した事により、邪悪な波動が一気に膨れ上がる。
「そういう所、本当に変わらないわね。朝美は」
「まーねー。って、この見た目で良くわかったよね?」
「その声にその口調、忘れるわけ無いでしょ? それに、トオルを横取りしようなんて考えるの、貴方ぐらいじゃない」
「流石は私の親友だ。それじゃ、手伝ってくれるよね」
「もちろん、それが私の役目ですもの」
俺を右手に構えたシャーリーは、他愛もない会話を金髪の天使と繰り広げる。互いに再会を噛み締め合い静かに笑った少女たちは、共通の敵へと立ち向かうのであった。
0
お気に入りに追加
123
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です
葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。
王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。
孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。
王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。
働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。
何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。
隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。
そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。
※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。
※小説家になろう様でも掲載予定です。
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
父が死んだのでようやく邪魔な女とその息子を処分できる
兎屋亀吉
恋愛
伯爵家の当主だった父が亡くなりました。これでようやく、父の愛妾として我が物顔で屋敷内をうろつくばい菌のような女とその息子を処分することができます。父が死ねば息子が当主になれるとでも思ったのかもしれませんが、父がいなくなった今となっては思う通りになることなど何一つありませんよ。今まで父の威を借りてさんざんいびってくれた仕返しといきましょうか。根に持つタイプの陰険女主人公。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる