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第十章 記憶を無くした少女
第465話 五本首の蛇龍
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「やたらとこいつが反応するから付いてきてみれば、ただの人間がここまで入り込んでくるなど珍しい」
(でかい……)
忘れたくても忘れられない爽やかな男の声と共に、巨大な蛇の魔物が木の陰から姿を表す。
「ここまでたどり着いたという事は、あの群れを倒して来たというわけか。アガレスの爺の残り物では、ここらが限界というわけだな。私はただ、綺麗な女を横に並べておきたいだけなのだがね」
「何よあれ、ブラックバイパー?」
「それにしては、首の数が多くないか?」
(もしかしてあれ……ヒュドラか!?)
ゼパルの隣にそびえ立つのは、頭頂十五メートルはあると思われる巨大な蛇のバケモノ。漆黒の闇と見まごうその黒さに、ブラックバイパーとラナは予測したが、ただの蛇に大量の首が生え揃っているとは到底思えない。
だが、俺の予想したヒュドラも神話上では九つの頭を持つといわれていたが、目の前の蛇に備わっている頭の数は五つ。その差異から見て、完全に同一の個体とは言いきれないが、特性としては近いものを備えているはずだ。
それに、間違いなくあれはアガレスの実験作のうちの一つ。どれほどの力を秘めているかは未知数ではあったが、こちらの数を考えると今のあいつの頭の数で十分対処ができるのであろう。
それにもし、伝承通りの特性をあれが持つのだとすれば、下手に攻撃を加えるほど頭の数は増えていくはず。ここが踏ん張りどころではあるのだが、今までのパーティーとは違い俺の声はミレイにしか届かない。
情報を伝達するにしても一手間かかるわけだし、彼女がどこまで正確に伝えてくれるか……等と、悩んでいる暇はない。とにかく今は、俺に出来ることを精一杯やるだけだ。
(ミレイ、注意しろ。あいつの頭、下手に落とすと増えるかもしれない)
「増える、ですか?」
(あぁ、俺の知ってる凶悪な魔物と似てるんだよあいつ。だから、姿だけでなく特性も似ているかもしれないんだ)
「なるほど」
「君が、婦女連続失踪事件の犯人かな」
「失踪かは存じ上げぬが、私の側を離れたくないという女性なら、この奥にたくさんいらっしゃいますがね?」
俺の知りうる情報と可能性をミレイへと伝えていると、エドガーさんは一人前へと進みながらゼパルへと問いかける。その表情は険しく、射殺すような瞳で魔神を睨みつけてはいるものの、奴は気にする気配もなくおどけた態度で答えを返す。
ゼパルにとって俺達など、物の数にも数えられてはいないのだろう。特にこの、巨大な蛇のバケモノと同時に攻められでもしたら、こちらの壊滅は必至。各個撃破に持ち込みたい所ではあるが、正直難しいだろう。
「なんだかよくわからねぇが、お前がゼパルってやつなんだろう! だったら、やることは一つしかねぇ!」
「ほう? どうしてくれるのかな?」
「てめぇをぶん殴るんだよ!」
俺の考えがまとまる前に血気盛んな一番槍が飛び出すと、ヒュドラと思わしき魔物がゼパルを守るように動き出す。
「ぐあ!」
御主人様を襲うシンの前へと飛び出したヒュドラは、五つの内一本の首を豪快に振り回すと、彼の体を軽々と弾き飛ばし負傷させる。
「シン!」
「ヘヘッ、心配するなよ。この程度かすり傷だぜ」
尻餅をつきながらラナの前へと倒れ込むシンであったが、左手を軽く振り上げながらゆっくりその場へと立ち上がる。構えた獲物で攻撃の軸を無理やり外したようには見えたが、あの巨体の一撃を受けて無事なはずもなく、彼の体はフラフラと左右に揺れ動いていた。
「シンくん、下がりたまへ。私が相手をしよう」
「待ってくださいよ。俺だって、まだやれます」
そんな彼を庇うように戦線へと赴くエドガーさんであったが、倒れ込みそうになる体を押してシンも食い下がる。負けず嫌いの性格って、こういう時に損というか不便だよな。
「その威勢は買うが、力量も測れぬようでは動物以下だぞ?」
「生憎、若人を残して逃げるほど薄情ではないのでね。あなたがどういう人間か、目を見ればわかるつもりだ」
「人間、か。まぁいい、確かに逃がすつもりはないが、ローブの女を置いていくなら見逃してやろう」
「え?」
そして、遂に本性を表したゼパルは、このパーティー唯一の女性であるラナの体を要求してくる。もちろん、ミレイも女の子ではあるのだが、彼女を自由にできないことを奴は覚えているのだろう。
「な! ふざけんな!!」
「ラナくんを差し出すつもりはないが、君の本当の目的は何なのだね?」
「目的なんか無いさ。私はただ、沢山の女性、それも綺麗な女に囲まれていたいだけだよ」
それに、ゼパルとの力量差は明らかで、奴の目的が女性を侍らかす事なのは間違いない。もちろん、エドガーさんが怪しむようにその先に何か別の目的があるのかもしれないけれど、あくまでも必要なのは女性。ここでラナを失うのは、あいつにとっても小さな損失なのだろうな。
「ラナは渡さねぇ、ラナは、俺の……」
「シン……」
「俺の……だぁ! よくわかんねぇけど、いねぇと困るんだよ!」
そして、ゼパルに彼女を差し出すなどという選択肢もまた、俺達にはない。
「これだから品のない男は……自分の思いも満足に伝えられないとは、女性に対して失礼ではないのかね?」
「うるせ……ッツ!?」
「シン! もう、無理しない!」
「ラナ……俺は……」
「大丈夫、あんたの気持ちはわかってるつもりだから……ありがとう」
二人の思いは二人のもの。そんな純情を踏みにじろうとするあのゲスな男の事を、俺は心から許せそうになかった。
「交渉決裂のようだね」
「やれやれ。後は任せるぞ」
そして、巨大な蛇のバケモノに場を任せると、ゼパルは数歩後ろへと下がり傍観を決め込む。シンを治療するラナを除いた俺達四人と、ヒュドラとの戦いが始まろうとしていた。
(でかい……)
忘れたくても忘れられない爽やかな男の声と共に、巨大な蛇の魔物が木の陰から姿を表す。
「ここまでたどり着いたという事は、あの群れを倒して来たというわけか。アガレスの爺の残り物では、ここらが限界というわけだな。私はただ、綺麗な女を横に並べておきたいだけなのだがね」
「何よあれ、ブラックバイパー?」
「それにしては、首の数が多くないか?」
(もしかしてあれ……ヒュドラか!?)
ゼパルの隣にそびえ立つのは、頭頂十五メートルはあると思われる巨大な蛇のバケモノ。漆黒の闇と見まごうその黒さに、ブラックバイパーとラナは予測したが、ただの蛇に大量の首が生え揃っているとは到底思えない。
だが、俺の予想したヒュドラも神話上では九つの頭を持つといわれていたが、目の前の蛇に備わっている頭の数は五つ。その差異から見て、完全に同一の個体とは言いきれないが、特性としては近いものを備えているはずだ。
それに、間違いなくあれはアガレスの実験作のうちの一つ。どれほどの力を秘めているかは未知数ではあったが、こちらの数を考えると今のあいつの頭の数で十分対処ができるのであろう。
それにもし、伝承通りの特性をあれが持つのだとすれば、下手に攻撃を加えるほど頭の数は増えていくはず。ここが踏ん張りどころではあるのだが、今までのパーティーとは違い俺の声はミレイにしか届かない。
情報を伝達するにしても一手間かかるわけだし、彼女がどこまで正確に伝えてくれるか……等と、悩んでいる暇はない。とにかく今は、俺に出来ることを精一杯やるだけだ。
(ミレイ、注意しろ。あいつの頭、下手に落とすと増えるかもしれない)
「増える、ですか?」
(あぁ、俺の知ってる凶悪な魔物と似てるんだよあいつ。だから、姿だけでなく特性も似ているかもしれないんだ)
「なるほど」
「君が、婦女連続失踪事件の犯人かな」
「失踪かは存じ上げぬが、私の側を離れたくないという女性なら、この奥にたくさんいらっしゃいますがね?」
俺の知りうる情報と可能性をミレイへと伝えていると、エドガーさんは一人前へと進みながらゼパルへと問いかける。その表情は険しく、射殺すような瞳で魔神を睨みつけてはいるものの、奴は気にする気配もなくおどけた態度で答えを返す。
ゼパルにとって俺達など、物の数にも数えられてはいないのだろう。特にこの、巨大な蛇のバケモノと同時に攻められでもしたら、こちらの壊滅は必至。各個撃破に持ち込みたい所ではあるが、正直難しいだろう。
「なんだかよくわからねぇが、お前がゼパルってやつなんだろう! だったら、やることは一つしかねぇ!」
「ほう? どうしてくれるのかな?」
「てめぇをぶん殴るんだよ!」
俺の考えがまとまる前に血気盛んな一番槍が飛び出すと、ヒュドラと思わしき魔物がゼパルを守るように動き出す。
「ぐあ!」
御主人様を襲うシンの前へと飛び出したヒュドラは、五つの内一本の首を豪快に振り回すと、彼の体を軽々と弾き飛ばし負傷させる。
「シン!」
「ヘヘッ、心配するなよ。この程度かすり傷だぜ」
尻餅をつきながらラナの前へと倒れ込むシンであったが、左手を軽く振り上げながらゆっくりその場へと立ち上がる。構えた獲物で攻撃の軸を無理やり外したようには見えたが、あの巨体の一撃を受けて無事なはずもなく、彼の体はフラフラと左右に揺れ動いていた。
「シンくん、下がりたまへ。私が相手をしよう」
「待ってくださいよ。俺だって、まだやれます」
そんな彼を庇うように戦線へと赴くエドガーさんであったが、倒れ込みそうになる体を押してシンも食い下がる。負けず嫌いの性格って、こういう時に損というか不便だよな。
「その威勢は買うが、力量も測れぬようでは動物以下だぞ?」
「生憎、若人を残して逃げるほど薄情ではないのでね。あなたがどういう人間か、目を見ればわかるつもりだ」
「人間、か。まぁいい、確かに逃がすつもりはないが、ローブの女を置いていくなら見逃してやろう」
「え?」
そして、遂に本性を表したゼパルは、このパーティー唯一の女性であるラナの体を要求してくる。もちろん、ミレイも女の子ではあるのだが、彼女を自由にできないことを奴は覚えているのだろう。
「な! ふざけんな!!」
「ラナくんを差し出すつもりはないが、君の本当の目的は何なのだね?」
「目的なんか無いさ。私はただ、沢山の女性、それも綺麗な女に囲まれていたいだけだよ」
それに、ゼパルとの力量差は明らかで、奴の目的が女性を侍らかす事なのは間違いない。もちろん、エドガーさんが怪しむようにその先に何か別の目的があるのかもしれないけれど、あくまでも必要なのは女性。ここでラナを失うのは、あいつにとっても小さな損失なのだろうな。
「ラナは渡さねぇ、ラナは、俺の……」
「シン……」
「俺の……だぁ! よくわかんねぇけど、いねぇと困るんだよ!」
そして、ゼパルに彼女を差し出すなどという選択肢もまた、俺達にはない。
「これだから品のない男は……自分の思いも満足に伝えられないとは、女性に対して失礼ではないのかね?」
「うるせ……ッツ!?」
「シン! もう、無理しない!」
「ラナ……俺は……」
「大丈夫、あんたの気持ちはわかってるつもりだから……ありがとう」
二人の思いは二人のもの。そんな純情を踏みにじろうとするあのゲスな男の事を、俺は心から許せそうになかった。
「交渉決裂のようだね」
「やれやれ。後は任せるぞ」
そして、巨大な蛇のバケモノに場を任せると、ゼパルは数歩後ろへと下がり傍観を決め込む。シンを治療するラナを除いた俺達四人と、ヒュドラとの戦いが始まろうとしていた。
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