俺と幼女とエクスカリバー

鏡紫郎

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第十章 記憶を無くした少女

第456話 地獄絵図

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「それにしましても、ずいぶんと賑わってるみたいですね~」

(賑わってると言うより、阿鼻叫喚って感じがするけどな)

 ギルドの中へと足を踏み込むと、目の前に広がっていたのは受付嬢や冒険者に詰め寄る沢山の男達の姿。おそらくは、ここにいる全員ゼパルの被害者なのであろう。

 ヴァネッサさんとの信頼関係を結ぶことに執着し一度もギルドを訪れてはいなかったが、事前にこの状況を知っていれば今のような状態にはなっていなかったのかもしれない。

 そう考えると、自分たちのうかつな行動に頭を抱えたくなってしまうが、過去を悔やみ通しても仕方がないというもの。今の自分に何ができるのかを考え、これからを進んでいかなければ助けられるものも助けられないからな。

「まずは、聞き込みをするですよ! 何が起きているのか、確かめるです! すみません、何があったですか? お話を聞きたい――」

「あ、あんたも冒険者さんなのか! 頼む、女房を、俺の女房を助けてくれ!」

 俺を抱える両腕に力を込めたミレイが近場の男に声をかけると、ぐしゃぐしゃに泣きはらした顔を男は彼女に近づける。

「お、落ち着くですよ。 私、冒険者さんじゃないですけど、よかったら力になるです」

「そ、そうなのか。立派な剣に見えるけど、護身用なんだな」

 腕の中にある俺を見て、男は彼女を冒険者だと思いこんだようであったが、勘違いに気がつくとミレイの服から両手を離し男は深くうなだれる。

 戦う力のない一般の人達にとって、ギルドの冒険者さん達は自警団や警察のような存在。見知らぬ男に催眠術をかけられ最愛の人を奪われたともなれば、何が何でも取り戻したいと思うのが人間の情というもの。

 それに、自分ひとりで出来ることには限界があって、悔しかったら取り戻してみろよとは死んでも言えない。この世界に来てから俺が、それを一番痛感しているのだから……

「私の友達も被害にあったらしくてですね、ショックで何も言えないですよ。それで、情報が欲しいのですけど……」

「……お嬢さんは、やめておいたほうが良い。そんな事したら、あんたまで捕まっちまう」

「それでも! ですよ。私、皆さんのことを助けてあげたいです」

「お嬢さん……」

 ミレイが片膝をつき男に視線を合わせながら両手を握ると、彼は意を決してこの町で起こっている出来事を語りだす。

「あれは、二週間ほど前のこと。ふらりと現れた一人の男が、女性をさらって消えていった。彼女は独り身で、冒険者と駆け落ちでもしたのだろうと初めは誰も気にしていなかったのだけど、その男が現れる度に、女性が一人、また一人と消えていく。その異常な状況に、複数の男達が奴を見つけて問いただしたらしいのだけれど、半数が重症を負い悪魔を見たというものまで現れる始末でね。誰も手を出さないようになった結果、増長した男は自分の気に入った女性を見ると手当り次第連れて行くようになって、昨日遂に俺の女房も……それで、ギルドに助けを求めに来たわけなんだけど、やっぱり帰ってこないらしいんだ。彼を探しに行った、冒険者達がね。生死に関わる危険な依頼を受けようとする人間なんてそうはいなくて、こうしてみんな泣きついてるってわけなんだよ」

「なるほど、なるほど。それで、その男の人はどこに住んでいるのです?」

「それが、よくわからないんだ。始祖の霊脈とは、反対の方向にいつも消えていくらしいんだけど……って、本当に行くつもりなのかいお嬢さん!?」

「はい! 話を聞いているだけで、なんだかむしゃくしゃしてきましたし、何となくですが、大丈夫な気がするですよ。そんな女の敵、私の腕でチョチョイのちょいです~」

「む、むちゃくちゃだ! それにあの男、気に入った女の子なら見境なしに連れて行くんだぞ! きみ、その、かわいいし。絶対危ないに決まってる!」

「ありがとうです~。でも、今の私が消えたところで、悲しむ人なんていないですから」

「え……? それは、どういう」

「ではでは、捜査にご協力感謝するですよ~」

 男の心配もどこ吹く風で彼の話を聞き終えると、ミレイは一つ敬礼をしながらギルドの外へと消えていく。自然と突き動かされてしまう彼女の笑顔に優しさ、それと最後の一連の動作が俺にはやはり気にかかる。

 まるで朝美のように見えるが、この世界に呼ばれる異世界転生者って結構多いらしいからな。他人の空似って可能性のほうが高いし、記憶を失う前の彼女に異世界転生者の知り合いがいただけかもしれない……って、なんで俺はさっきから朝美をミレイに重ねてるんだ! これじゃまるであいつの事を……まぁ、好きだったけどさ……えぇい、駄目だ駄目だ! あいつの事は、今は忘れよう。

(なぁ、ミレイ? 本当に、行くのか?)

「はい! トールさんのために、ミレイが一肌脱ぐですよ!」

 俺のために頑張ってくれるのは正直嬉しいけど、彼女まで巻き込むなんてこと俺にはできそうにない。

「それとも、本当に一肌脱いだほうが、トールさんは嬉しいですかね?」

(いい! そういうのは遠慮しておく)

「そうですか、残念です~」

 とは言え、精神的にも物理的にも主導権はミレイの方にあり、彼女を止めることは難しそうである。

「あ……すみませんトールさん、何か食べても、大丈夫ですかね?」

 楽しそうに俺をいじるミレイであったが、彼女のお腹が一つ甲高い音を上げると苦笑いを浮かべながら恥ずかしそうに立ち止まる。

(あいにく、出せるお金は無いけどな)

「はい! それじゃあ、美味しいものを探しに行くですよ~」

 小さな皮肉も何のその、彼女は俺の刀身を自身のお腹に当てると適度に振動を与えながら町の中を歩き出す。空腹の音を直に感じるのは、とても不思議な体験だった。
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