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第十章 記憶を無くした少女
第453話 天の配剤
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(この状況、やっぱりきついな)
シャーリーの手から離れて丸一日、ヴァネッサさんからの連絡も無いまま森の片隅に俺の体は突き立てられている。あの人が簡単にゼパルの術にかかるとは思えないけど、俺達のことには気がついていたみたいだし先手を打たれたのかもしれないな。
それにしても、ここまで何も起こらないと寂しいものが込み上げてくる。今日一日誰も通らなかった訳でなし、少しぐらいは俺に興味を持ってくれてもおかしくないはずなのに、ほとんどの人が見向きもせず素通りで去って行ってしまった。
そんな中でも一度だけ盗賊らしき集団に目をつけられた訳なのだけれど、高値で売れそうにないし、気持ち悪いだけだと言われ結局その場に放置される。盗まれたかったわけではないけど、本音を言えば屈辱的であった。
洞窟でシンジに捨てられた時、真っ先にシャーリーに見つけてもらえたのは本当に奇跡的な事だったのかも。こうして無気力のまま、無駄に時間が経てば経つほど、無力さと悔しさが募っていく。俺はまたこんなところで何をしているのだろうなと、鬱屈した気持ちに苛まれていた。
(シャーリー……無事で、いてくれ)
あの時剣に戻らず、人間の姿のままでいれば違ったのではないかとも考えたが、人の形をしたところで俺に何ができるわけでもなく、あのままであればアガレスすら倒すことはできなかったであろう。
心に重くのしかかってくる、一生このまま一人ぼっちなのではないかという不安と喪失感。こればかりは、何度体験してもどうにも慣れない。
今はそこにシャーリー達は無事なのだろうかという心配が重なって、俺の気持ちは急激に追い詰められていた。
「こんなところに剣、ですか?」
閉塞感に包まれていく俺の耳を貫いたのは、どこか聞き覚えのある朗らかな女性の声。
(シャーリー?)
湧き上がる期待を一心に乗せ、地面へと項垂れ続けていた視線を上げながら俺の一番大切な人の名前を呼ぶも、目の前にいたのは見覚えのない金髪の女性で、俺はがっくりと肩を落とす。
「シャー……リー? ごめんなさい、私、その人じゃないですよ」
俺なんかに声をかけてくれた女性を困らせてしまったが、よくよく考えてみればシャーリーの声はそんなに高くないし、それにすら気づけないほど俺の気は動転しているのだろう。
俺と話のできる貴重な存在を……俺と、話せる?
(えっと……俺の声、聞こえてるのか?)
「あ、はい。何故だかよくわからないですけど、聞こえるみたいです」
あまりに自然な問答に気にもしていなかったが、念話のできる人間は貴重で、まるでシャーリーと出会った時のようだと俺は思う。聞き覚えのある声音ってだけでも驚きなのに、彼女はいったい……
「えっと、迷子さんですか? それとも、捨て子さんです?」
(捨て子ってのはともかく、迷子って……こんな俺が、歩いてここまで来れると思うか?)
「そうですね……ほら、刀身をバネのようにしてぴょんぴょんするとか」
(そんな伸縮性、俺には無い)
「それじゃあ、魔法でバビューンとひとっ飛びとか!」
(魔力は一応あるにはあるが、そんな高度な真似はできん)
「そうでしたか、それじゃあ捨て子さんですね」
(まあ、兼ね間違ってはいない)
二転三転と表情を変えながら、楽しそうに話しかけてくる目の前の少女に呆れと尊敬の念を抱くも、やはり何かが頭の隅に引っかかっている。見覚えは全く無く、それでいて聞き覚えのある声をしたこの少女の正体が、俺にはさっぱりわからない。
「それじゃあひとまず、私が拾うとしましょう」
(ひ、拾ってくれるのか!?)
そんな彼女でも、俺にとっては天の配剤。拾ってくれるというのなら、恥を捨ててでも飛びつくしかないと考えたのである。
「はい! ……そんなに、驚くことですかね?」
(その……昨日からほぼ一日ほとんど見向きもされなくて、自信が無くなってた)
「自信って、面白い剣さんですね」
彼女も俺を気に入ってくれているようだし、かわいい女の子に拾われるのであれば……なんて言ったら、シャーリーに怒られるか。
「それに、よいしょっと。なんだか、懐かしい感じがするです」
(それ、俺もだ! 俺も君の声に、なんだか懐かしいものを感じてた)
「それってナンパです?」
(ち、ちげーって!)
「冗談ですよ」
等と、大切な人への罪悪感すら忘れてしまうほどに、彼女との一時は俺にやすらぎをもたらしてくれる。
「でも、それが本当でしたら、私達以前に出会ってて運命の赤い糸で結ばれていたのかもですね~」
それに、はにかむ笑顔があいつに、俺のよく知るあいつに似ているように見えて、胸の中は高鳴りを覚えていた。
(あさ……み?)
そのせいなのか、死んだはずの朝美の名前を自然と俺は口にしてしまう。
「えっとその、ごめんなさい。私、アサミって人でも無いですよ」
声も顔も、本当にあいつそっくりに見えるのだが、そうだよな、あいつは俺達を助けて死んだんだもんな。髪の色だって金髪とかありえないし、どこまで追い詰められてるんだよ俺。
「とにかく、どこか安全な所に行くですよ。剣さんは、町の位置とか知らないですかね?」
(ああ、それならあの木を目印に進めば、少し先にリレメンテって町があるぞ)
「了解です、まずはそこに向かいましょう。善は急げ、ですよー!」
天真爛漫な彼女の問いに対し、リレメンテへの目印となる大きな一本の木を教えると、疑うことなくその方向へと彼女は歩き始めるのであった。
シャーリーの手から離れて丸一日、ヴァネッサさんからの連絡も無いまま森の片隅に俺の体は突き立てられている。あの人が簡単にゼパルの術にかかるとは思えないけど、俺達のことには気がついていたみたいだし先手を打たれたのかもしれないな。
それにしても、ここまで何も起こらないと寂しいものが込み上げてくる。今日一日誰も通らなかった訳でなし、少しぐらいは俺に興味を持ってくれてもおかしくないはずなのに、ほとんどの人が見向きもせず素通りで去って行ってしまった。
そんな中でも一度だけ盗賊らしき集団に目をつけられた訳なのだけれど、高値で売れそうにないし、気持ち悪いだけだと言われ結局その場に放置される。盗まれたかったわけではないけど、本音を言えば屈辱的であった。
洞窟でシンジに捨てられた時、真っ先にシャーリーに見つけてもらえたのは本当に奇跡的な事だったのかも。こうして無気力のまま、無駄に時間が経てば経つほど、無力さと悔しさが募っていく。俺はまたこんなところで何をしているのだろうなと、鬱屈した気持ちに苛まれていた。
(シャーリー……無事で、いてくれ)
あの時剣に戻らず、人間の姿のままでいれば違ったのではないかとも考えたが、人の形をしたところで俺に何ができるわけでもなく、あのままであればアガレスすら倒すことはできなかったであろう。
心に重くのしかかってくる、一生このまま一人ぼっちなのではないかという不安と喪失感。こればかりは、何度体験してもどうにも慣れない。
今はそこにシャーリー達は無事なのだろうかという心配が重なって、俺の気持ちは急激に追い詰められていた。
「こんなところに剣、ですか?」
閉塞感に包まれていく俺の耳を貫いたのは、どこか聞き覚えのある朗らかな女性の声。
(シャーリー?)
湧き上がる期待を一心に乗せ、地面へと項垂れ続けていた視線を上げながら俺の一番大切な人の名前を呼ぶも、目の前にいたのは見覚えのない金髪の女性で、俺はがっくりと肩を落とす。
「シャー……リー? ごめんなさい、私、その人じゃないですよ」
俺なんかに声をかけてくれた女性を困らせてしまったが、よくよく考えてみればシャーリーの声はそんなに高くないし、それにすら気づけないほど俺の気は動転しているのだろう。
俺と話のできる貴重な存在を……俺と、話せる?
(えっと……俺の声、聞こえてるのか?)
「あ、はい。何故だかよくわからないですけど、聞こえるみたいです」
あまりに自然な問答に気にもしていなかったが、念話のできる人間は貴重で、まるでシャーリーと出会った時のようだと俺は思う。聞き覚えのある声音ってだけでも驚きなのに、彼女はいったい……
「えっと、迷子さんですか? それとも、捨て子さんです?」
(捨て子ってのはともかく、迷子って……こんな俺が、歩いてここまで来れると思うか?)
「そうですね……ほら、刀身をバネのようにしてぴょんぴょんするとか」
(そんな伸縮性、俺には無い)
「それじゃあ、魔法でバビューンとひとっ飛びとか!」
(魔力は一応あるにはあるが、そんな高度な真似はできん)
「そうでしたか、それじゃあ捨て子さんですね」
(まあ、兼ね間違ってはいない)
二転三転と表情を変えながら、楽しそうに話しかけてくる目の前の少女に呆れと尊敬の念を抱くも、やはり何かが頭の隅に引っかかっている。見覚えは全く無く、それでいて聞き覚えのある声をしたこの少女の正体が、俺にはさっぱりわからない。
「それじゃあひとまず、私が拾うとしましょう」
(ひ、拾ってくれるのか!?)
そんな彼女でも、俺にとっては天の配剤。拾ってくれるというのなら、恥を捨ててでも飛びつくしかないと考えたのである。
「はい! ……そんなに、驚くことですかね?」
(その……昨日からほぼ一日ほとんど見向きもされなくて、自信が無くなってた)
「自信って、面白い剣さんですね」
彼女も俺を気に入ってくれているようだし、かわいい女の子に拾われるのであれば……なんて言ったら、シャーリーに怒られるか。
「それに、よいしょっと。なんだか、懐かしい感じがするです」
(それ、俺もだ! 俺も君の声に、なんだか懐かしいものを感じてた)
「それってナンパです?」
(ち、ちげーって!)
「冗談ですよ」
等と、大切な人への罪悪感すら忘れてしまうほどに、彼女との一時は俺にやすらぎをもたらしてくれる。
「でも、それが本当でしたら、私達以前に出会ってて運命の赤い糸で結ばれていたのかもですね~」
それに、はにかむ笑顔があいつに、俺のよく知るあいつに似ているように見えて、胸の中は高鳴りを覚えていた。
(あさ……み?)
そのせいなのか、死んだはずの朝美の名前を自然と俺は口にしてしまう。
「えっとその、ごめんなさい。私、アサミって人でも無いですよ」
声も顔も、本当にあいつそっくりに見えるのだが、そうだよな、あいつは俺達を助けて死んだんだもんな。髪の色だって金髪とかありえないし、どこまで追い詰められてるんだよ俺。
「とにかく、どこか安全な所に行くですよ。剣さんは、町の位置とか知らないですかね?」
(ああ、それならあの木を目印に進めば、少し先にリレメンテって町があるぞ)
「了解です、まずはそこに向かいましょう。善は急げ、ですよー!」
天真爛漫な彼女の問いに対し、リレメンテへの目印となる大きな一本の木を教えると、疑うことなくその方向へと彼女は歩き始めるのであった。
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