俺と幼女とエクスカリバー

鏡紫郎

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第十章 記憶を無くした少女

第452話 愛を操るもの

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(シャーロットちゃん、もう少しだけ私の声に耳を傾けて?)

「腕が、あがらない……」

 リレメンテの近くにある森の中で、今日もまたシャーリーはヴァネッサさんを使いこなす修行を続けている。とは言え、何か進展があるわけでもなく彼女は苦しそうに眉をひそめていた。

「おねえさま、ちから、はいりすぎ」

「わかってる、わかってるけど!」

 しかも、自分の中にいる妹にまで指摘され始め、突き刺さったまま見ていることしか出来ない自分がとても歯がゆい。彼女の腕の中で少しでも何かができれば……と思いながらも、彼女の気持ちを考えればここに居るのが正解なのだ。

 全く、すぐに女性に呑まれるとか、情けないにも程があるよな。

「ほーら! 頑張らないと、トオル取っちゃうわよー」

「……ヴァネッサ、出力落として」

(はいは~い)

 それでも、彼女に何かしてあげたいと心の中で焦っていると、俺の隣へと歩いてきたカーラが柄頭に手を乗せながらそんな言葉を口にする。彼女にしてみれば冗談半分の言い草なのだろうけれど、俺の彼女には効果てきめんで今までが嘘のようにヴァネッサさんを持ち上げていく。

 みんなの力を引き出すには結局俺の行動次第なわけだけど、その源が嫉妬の炎っていうのは正直どうかと思う。使えるものは使えと言う人もいるのはわかるけど、せめてこう愛の力でとか、ロマンチックな方向性で……って、ある意味嫉妬も愛の一部か。

 そういう意味では、女心をしっかりと理解してるよなカーラって。

「何よ、理解してちゃいけないわけ?」

(いや、そういう意味じゃないけど……)

「はいはい、どうせ私は女らしくないわよ! 殴り合いしか出来ない筋肉ゴリラで悪かったわね!」

(筋肉ゴリラって、そんな風には言ってないだろ?)

「じゃあ何だって言うのよ? はっきり言ったらどうなのよ」

(……お前はさ、俺の知ってる女の子の中で、一番女らしいよ)

「女らしいって……は? な、何言ってんのよ。嘘も大概にしないと怒るわよ?」

(えっと、嘘ついてるつもりは無いんだけどな)

 俺の体に触れていたせいか、思考を読み取ると同時に無愛想な態度を取るカーラだったけれど、俺が本音を伝えると彼女は慌てふためきながら恥じらいの表情を浮かべる。

 一般的に彼女の素行は荒くれ者のように見えるかもしれないけれど、皆を気遣うその優しさは紛れもない乙女だと俺は思う。だって、朝美以上に純粋に俺のことなんかを信じる女の子なんて、こいつぐらいしかいないじゃないか。

「……ヴァネッサ、出力上げて。私に合わせて」

(ええ、わかったわ~)

「……フン!!」

 等と、カーラと二人幸せな雰囲気を漂わせていると、意地になったシャーリーがヴァネッサさんの刀身を輝かせる。そのまま彼女を三度振り回すと、一回転させた後シャーリーは地面へと彼女の切っ先を突き刺した。

「これで、文句はないわよね。カーラさん?」

「簡単にできるなら、最初からやれっていうのよ」

 カーラを妬む二人の想いが新たな同調を生み、神聖使者セイクリッド最強の絆がここに完成する。正義の味方としては最低クラスの息の合わせ方ではあったが、この際贅沢は言わない事にしよう。それに、正義の味方を名乗れるほど、俺達は偉くも何ともないしな。

「トオル。大好きよ、トオル」

 それにほら、こんな風に私情を挟みっぱなしだし、いくら彼女が王女様と言えど奉仕の心で戦っているわけじゃないからさ。真の正義の味方ってのは、誰に理解されなくとも平和のために戦う孤独で寂しい存在なのだから。

(トオルくんもそうだけど、年頃の女の子って感じがしてシャーロットちゃんもかわいいわよ~。流石、私の子孫ね~)

「トオルが絡むと息が合うのも、流石は私のご先祖様と言った所かしらね」

 それにしてもこの二人、仲が良いのか悪いのか、見れば見るほどさっぱりわからん。でも、女の子って結構、喧嘩するほど仲が良いのかもしれないな。シャーリーと朝美もそうだったし……って、何で俺は昨日からあいつのことばっかり考えているのだろう? 皆に愛想つかされたわけでもなし、朝美の事をこんなにも恋しく思うのはいったい何故なのだろうか……

「おや、こんな所で出会うとは、奇遇ですね」

 俺達を守り天珠を全うした、かけがえのない少女の記憶。頭から離れない思い出に少しばかり苦しめられていると、聞き覚えのある男の声がどこからともなく聞こえてくる。

「またあんたなの? しつこい男は嫌われるわよ。ってか、私が嫌い」

「そう邪険にしないでください。本当にただの偶然ですから」

 リレメンテのある方角から現れたのは、昨晩酒場で知り合った翠眼茶髪のイケメン。偶然にしては奇妙な印象を受けるが、否定するだけの材料も今の俺達にはもたらされてはいない。

 しいて言うのであれば、あまりの美しさから皆の事をストーキングしていると考えられるぐらいだけど……実際、美人しかいないからなぁ、うちのパーティ。

「お姉、この人、怖い」

「ほら、妹も怖がってるじゃない。あんまり酷いと、ぶっ飛ばすわよ?」

「やれやれ、相当に嫌われてしまったようだ。ですが、それもここまでです」

 そんな中、突然怯えだすアイリの事を不思議に思っていると、男の両目が真っ赤に輝き始めた事に俺は気がつく。

「……ママ、私、なんだか頭がくらくらします」

 すると、リースを筆頭にアイリとカーラも膝をつき、抜け殻のような表情を浮かべ男の顔を仰ぎ見る。灰色に染まった三人の瞳からは生気を感じられないし、一体何が起こっていると言うのだろう。

「あなた、いったい何者なの?」

「我が名はゼパル。我を知るものが居れば、絶望に打ち震えていることでしょう」

 義娘の両肩を抱きしめながらシャーリーが男を問いただすと、豹変したシュバルツが不気味な表情で笑い出す。そして、彼の名前を聞いた俺は、あまりの衝撃に思わず息を呑んだ。

 魔神の気配など微塵も感じられなかったけれど、目の前にいるこいつはまさか……

「姫とは言え、我が能力は知らぬと見える。あぁ、なんと無知で愚かなのでしょう」

(みんな! 目をそらせ! あいつの顔を見るな!!)

 ソロモン七十二柱、その十六位に位置する魔神ゼパル。その能力とは……

「そう、私は人間の欲情、特に女性の愛情を自由にコントロールすることができる。そして、あなた方は既に私の術中にはまっているのですよ!」

「あれは……私の……ナイト様」

「お、お姉さま! ダメだよ、こんなのに流されちゃ、流され……あれ……ぼく何して……あの人カッコイイ」

(シャーリー!? メイ!)

 奴が説明した通り最も早くその術中にはまったのは、精神耐性の脆い俺の彼女。シャーリーに引っ張られるようにメイも堕とされ、俺を地面へ突き刺したままゼパルの下へと歩いていく。屈辱的なほどに女性との相性の悪い魔神ではあったが、ここまで簡単に最愛の女性を操られると心に来るのものがある。

「ぜぱる、ぜぱるさま……くっ!」

「……ゼパル兄」

「ぱぱ、ゼパルパパ」

 続いて、普通の人間であるカーラとアイリ、そして生まれたばかりのリースが支配され、カーラだけは抗いながらもゼパルの隣に寄り添ってしまう。

「ぜぱ……すまぬ、とおる。我も……」

「すみませんトオル様、お姉ちゃん、あらがえ、あらがえ」

「いくら女神であろうと、私の能力には逆らえませんよ」

 更には、クルス姉やフィルも奴の術中にはまってしまい、俺の大切な存在達は魔神の手によりあっさりと掠め取られてしまった。

「さて、こいつをどうするか……剣を愛でる趣味は、流石にありませんけど」

(あら? 察しが良いわね~。さすがは魔神、と言ったほうが良いのかしら~?)

「まっ、何であろうと美人だけは拾っていくのが私の主義でね。その方が、そこにいる彼の精神的苦痛も増すでしょうし」

 そして、いつから気づいていたのかは定かでないが、心の痛手を考慮した魔神はヴァネッサさんまでもを己の手の内に加えてしまう。

「それでは、皆さん行きましょう。君はたっぷりと、そこで苦しんでいてくださいね」

 数分とかからぬうちに俺の立場を奪った魔神は、ニヒルな笑みを浮かべながらこの場を去っていく。その姿はまるで、王女一行を率いる王子様のようであった。
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