俺と幼女とエクスカリバー

鏡紫郎

文字の大きさ
上 下
441 / 526
第九章 己の使命

第440話 突き立つ刃

しおりを挟む
(……大丈夫? トオルくん?)

「……すみません。カッコ悪いところ、見せちゃいましたね」

 エレベーターが下るような浮遊感を感じながら、俺は右手で頬を掻く。出会ったばかりの女性の前でいきなり取り乱すなんて、流石にこれは恥ずかしすぎる。

(誰かのために本気になれる、それってとても素晴らしいことだと思うわ。シャーロットちゃんが君を認めたのも、少し頷けるかも)

 けれども、ヴァネッサ様は好意的に受け止めてくれて、何だか不思議な気分がした。初対面の女の人から笑顔を向けられるなんて、産まれて初めてじゃないか? サービス業のスマイルは除くとして。

 等と、そんな悲しい記憶に思いを馳せていると、エレベーターらしき部屋の動きが止まり、目の前には何もない暗闇の空間が広がっていく。

(ここは、精神と肉体のはざまにある空間。器を失くした私が、長年保管されていた場所なの。ここで君の魂を、記憶に眠る剣の形へと定着させるわ)

 どうやらここで、俺の体は剣へと戻るらしい。朝美やシャーリーの時といい、どうにも俺は暗闇の部屋に縁があるようだ。半引きこもりだったとは言え、流石にこれは……なんて、ネタに走ってる場合じゃないな。

「それで、俺はここで何をすればいいんですかね?」

(それじゃあまずは、私を突き刺してもらおうかしら。トオル君のその胸にね)

 気合を入れ直した俺がヴァネッサ様に指示を仰ぐと、とんでもない指令に俺は度肝を抜かれる。

「いや、その、そんなことしたら俺死んじゃうんじゃ……」

(あら? 命の二度や三度投げ捨てるのに躊躇なんて無いんじゃなかったのかしら?)

 確かに、そんな事も言ってみたりはしたけど、いきなり死ねと言われたら話は別なわけで……特に自殺とか勘弁してもらいたい。

(それに、今の私を突き刺しても死にはしないわ。私の精神を、君の精神に直接同調させるために行う行為なんだから。それとも、シャーロットちゃんに頼んで、あの子にやってもらったほうがいいかしら? 愛する人に貫かれるなら、もし本当に死んじゃっても後悔は無いでしょ。むしろ、本望なんじゃな~い?)

 とは言え、それが条件であることに代わりはなく、シャーリーを引き合いに出されたら俺にはもうどうする事も出来ない。戻っている時間はないし、彼女に俺を傷つけさせるなんて事させる訳にはいかないから。

「わかりました。やります、やりますよ!」

(大切な人を引き合いに出すとまっすぐ向かってくるところ、男の子って感じがしてお姉さん好きよ~)

 こうも簡単に手玉に取られ情けない事この上ないが、今はプライドを脱ぎ捨てて前に進むしか無い。早くしないとバルカイトが、俺の大切な兄貴分がピンチに立たされているかも知れないのだ。これ以上誰も死なせない……そう、覚悟を決めた俺は、ヴァネッサ様の体を俺の体に向けたまま掲げると、その刀身を勢い良く左胸へと突き刺した。

 ヴァネッサ様の言う通り痛みこそ感じはしなかったものの、異物が流れ込んでくるかのような感覚に俺は吐き気を催しそうになる。

(は~い、我慢して~。吐き出しちゃダメよ~)

 俺がどういう状態なのか、彼女は全てを理解しているのだろう。まるで看護婦さんのような口調で、ヴァネッサ様は俺をなだめてくれる。それに、呪いを解こうとしているのだから、これもある意味治療行為になるわけか。

(もっとリラックスして~、力を抜いて~、私を受け入れて~)

 張り裂けそうに胸が痛くてすごく苦しいけど、彼女の言葉を信じて俺は力を抜いていく。すると、胸に突き立つ一本の剣が塵となって消えると同時に、一人の女性が俺の目の前に現れた。

「はい、よくできました~。それじゃあご褒美にキ・ス、してあげちゃいま~す」

 そして、彼女は有無を言わせず俺の唇を奪うと、そのまま深く俺の体を抱きしめる。フィルとシャーリー、そしてクルス姉、まるで皆に包まれているかのような感覚に、俺の頭はおかしくなりそうだ。

 この人は、いったい……

「ふふっ、結構鈍いのね。そういうところも、あの子が気に入ってる証拠かな。あの人も、もう少し鈍かったら、私をもっと愛してくれたのに」

 きれいな顔立ちに大きな胸元、それに、ふざけているようで凛としたこの声は……

「も、もしかして、ヴァネッサ様、ですか?」

 エメラルドブルーの髪に青色の双眸、それはシャーリーに良く似ていて、血の繋がりを感じさせたからこそ当たりをつけてみたのだが、間違っているだろうか?

「ヴァネッサ様なんて他人行儀、ヴァネッサで良いわよト・オ・ルくん」

 俺の直感は当たり、体の自由を奪う女性の正体がヴァネッサ様だと認識こそ出来たが、あまりの彼女の気さくな態度にどう反応するべきか戸惑いを感じてしまう。

 俺の周りにいる女神様たちを例に考えると、呼び捨てで呼んであげたほうが喜ばれるのだろうが、シャーリーのご先祖様とかあまりに雲の上過ぎて流石にそれははばかられる。

 ここは無難に、さん付けでいってみるか。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

Go to the Frontier(new)

鼓太朗
ファンタジー
「Go to the Frontier」改訂版 運命の渦に導かれて、さぁ行こう。 神秘の世界へ♪ 第一章~ アラベスク王国編 第三章~ ラプラドル島編

一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫

むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。

スキルが【アイテムボックス】だけってどうなのよ?

山ノ内虎之助
ファンタジー
高校生宮原幸也は転生者である。 2度目の人生を目立たぬよう生きてきた幸也だが、ある日クラスメイト15人と一緒に異世界に転移されてしまう。 異世界で与えられたスキルは【アイテムボックス】のみ。 唯一のスキルを創意工夫しながら異世界を生き抜いていく。

異世界の貴族に転生できたのに、2歳で父親が殺されました。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリー:ファンタジー世界の仮想戦記です、試し読みとお気に入り登録お願いします。

転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。

ファンタジー
〈あらすじ〉 信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。 目が覚めると、そこは異世界!? あぁ、よくあるやつか。 食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに…… 面倒ごとは御免なんだが。 魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。 誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。 やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

処理中です...