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第九章 己の使命
第440話 突き立つ刃
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(……大丈夫? トオルくん?)
「……すみません。カッコ悪いところ、見せちゃいましたね」
エレベーターが下るような浮遊感を感じながら、俺は右手で頬を掻く。出会ったばかりの女性の前でいきなり取り乱すなんて、流石にこれは恥ずかしすぎる。
(誰かのために本気になれる、それってとても素晴らしいことだと思うわ。シャーロットちゃんが君を認めたのも、少し頷けるかも)
けれども、ヴァネッサ様は好意的に受け止めてくれて、何だか不思議な気分がした。初対面の女の人から笑顔を向けられるなんて、産まれて初めてじゃないか? サービス業のスマイルは除くとして。
等と、そんな悲しい記憶に思いを馳せていると、エレベーターらしき部屋の動きが止まり、目の前には何もない暗闇の空間が広がっていく。
(ここは、精神と肉体の間にある空間。器を失くした私が、長年保管されていた場所なの。ここで君の魂を、記憶に眠る剣の形へと定着させるわ)
どうやらここで、俺の体は剣へと戻るらしい。朝美やシャーリーの時といい、どうにも俺は暗闇の部屋に縁があるようだ。半引きこもりだったとは言え、流石にこれは……なんて、ネタに走ってる場合じゃないな。
「それで、俺はここで何をすればいいんですかね?」
(それじゃあまずは、私を突き刺してもらおうかしら。トオル君のその胸にね)
気合を入れ直した俺がヴァネッサ様に指示を仰ぐと、とんでもない指令に俺は度肝を抜かれる。
「いや、その、そんなことしたら俺死んじゃうんじゃ……」
(あら? 命の二度や三度投げ捨てるのに躊躇なんて無いんじゃなかったのかしら?)
確かに、そんな事も言ってみたりはしたけど、いきなり死ねと言われたら話は別なわけで……特に自殺とか勘弁してもらいたい。
(それに、今の私を突き刺しても死にはしないわ。私の精神を、君の精神に直接同調させるために行う行為なんだから。それとも、シャーロットちゃんに頼んで、あの子にやってもらったほうがいいかしら? 愛する人に貫かれるなら、もし本当に死んじゃっても後悔は無いでしょ。むしろ、本望なんじゃな~い?)
とは言え、それが条件であることに代わりはなく、シャーリーを引き合いに出されたら俺にはもうどうする事も出来ない。戻っている時間はないし、彼女に俺を傷つけさせるなんて事させる訳にはいかないから。
「わかりました。やります、やりますよ!」
(大切な人を引き合いに出すとまっすぐ向かってくるところ、男の子って感じがしてお姉さん好きよ~)
こうも簡単に手玉に取られ情けない事この上ないが、今はプライドを脱ぎ捨てて前に進むしか無い。早くしないとバルカイトが、俺の大切な兄貴分がピンチに立たされているかも知れないのだ。これ以上誰も死なせない……そう、覚悟を決めた俺は、ヴァネッサ様の体を俺の体に向けたまま掲げると、その刀身を勢い良く左胸へと突き刺した。
ヴァネッサ様の言う通り痛みこそ感じはしなかったものの、異物が流れ込んでくるかのような感覚に俺は吐き気を催しそうになる。
(は~い、我慢して~。吐き出しちゃダメよ~)
俺がどういう状態なのか、彼女は全てを理解しているのだろう。まるで看護婦さんのような口調で、ヴァネッサ様は俺をなだめてくれる。それに、呪いを解こうとしているのだから、これもある意味治療行為になるわけか。
(もっとリラックスして~、力を抜いて~、私を受け入れて~)
張り裂けそうに胸が痛くてすごく苦しいけど、彼女の言葉を信じて俺は力を抜いていく。すると、胸に突き立つ一本の剣が塵となって消えると同時に、一人の女性が俺の目の前に現れた。
「はい、よくできました~。それじゃあご褒美にキ・ス、してあげちゃいま~す」
そして、彼女は有無を言わせず俺の唇を奪うと、そのまま深く俺の体を抱きしめる。フィルとシャーリー、そしてクルス姉、まるで皆に包まれているかのような感覚に、俺の頭はおかしくなりそうだ。
この人は、いったい……
「ふふっ、結構鈍いのね。そういうところも、あの子が気に入ってる証拠かな。あの人も、もう少し鈍かったら、私をもっと愛してくれたのに」
きれいな顔立ちに大きな胸元、それに、ふざけているようで凛としたこの声は……
「も、もしかして、ヴァネッサ様、ですか?」
エメラルドブルーの髪に青色の双眸、それはシャーリーに良く似ていて、血の繋がりを感じさせたからこそ当たりをつけてみたのだが、間違っているだろうか?
「ヴァネッサ様なんて他人行儀、ヴァネッサで良いわよト・オ・ルくん」
俺の直感は当たり、体の自由を奪う女性の正体がヴァネッサ様だと認識こそ出来たが、あまりの彼女の気さくな態度にどう反応するべきか戸惑いを感じてしまう。
俺の周りにいる女神様たちを例に考えると、呼び捨てで呼んであげたほうが喜ばれるのだろうが、シャーリーのご先祖様とかあまりに雲の上過ぎて流石にそれははばかられる。
ここは無難に、さん付けでいってみるか。
「……すみません。カッコ悪いところ、見せちゃいましたね」
エレベーターが下るような浮遊感を感じながら、俺は右手で頬を掻く。出会ったばかりの女性の前でいきなり取り乱すなんて、流石にこれは恥ずかしすぎる。
(誰かのために本気になれる、それってとても素晴らしいことだと思うわ。シャーロットちゃんが君を認めたのも、少し頷けるかも)
けれども、ヴァネッサ様は好意的に受け止めてくれて、何だか不思議な気分がした。初対面の女の人から笑顔を向けられるなんて、産まれて初めてじゃないか? サービス業のスマイルは除くとして。
等と、そんな悲しい記憶に思いを馳せていると、エレベーターらしき部屋の動きが止まり、目の前には何もない暗闇の空間が広がっていく。
(ここは、精神と肉体の間にある空間。器を失くした私が、長年保管されていた場所なの。ここで君の魂を、記憶に眠る剣の形へと定着させるわ)
どうやらここで、俺の体は剣へと戻るらしい。朝美やシャーリーの時といい、どうにも俺は暗闇の部屋に縁があるようだ。半引きこもりだったとは言え、流石にこれは……なんて、ネタに走ってる場合じゃないな。
「それで、俺はここで何をすればいいんですかね?」
(それじゃあまずは、私を突き刺してもらおうかしら。トオル君のその胸にね)
気合を入れ直した俺がヴァネッサ様に指示を仰ぐと、とんでもない指令に俺は度肝を抜かれる。
「いや、その、そんなことしたら俺死んじゃうんじゃ……」
(あら? 命の二度や三度投げ捨てるのに躊躇なんて無いんじゃなかったのかしら?)
確かに、そんな事も言ってみたりはしたけど、いきなり死ねと言われたら話は別なわけで……特に自殺とか勘弁してもらいたい。
(それに、今の私を突き刺しても死にはしないわ。私の精神を、君の精神に直接同調させるために行う行為なんだから。それとも、シャーロットちゃんに頼んで、あの子にやってもらったほうがいいかしら? 愛する人に貫かれるなら、もし本当に死んじゃっても後悔は無いでしょ。むしろ、本望なんじゃな~い?)
とは言え、それが条件であることに代わりはなく、シャーリーを引き合いに出されたら俺にはもうどうする事も出来ない。戻っている時間はないし、彼女に俺を傷つけさせるなんて事させる訳にはいかないから。
「わかりました。やります、やりますよ!」
(大切な人を引き合いに出すとまっすぐ向かってくるところ、男の子って感じがしてお姉さん好きよ~)
こうも簡単に手玉に取られ情けない事この上ないが、今はプライドを脱ぎ捨てて前に進むしか無い。早くしないとバルカイトが、俺の大切な兄貴分がピンチに立たされているかも知れないのだ。これ以上誰も死なせない……そう、覚悟を決めた俺は、ヴァネッサ様の体を俺の体に向けたまま掲げると、その刀身を勢い良く左胸へと突き刺した。
ヴァネッサ様の言う通り痛みこそ感じはしなかったものの、異物が流れ込んでくるかのような感覚に俺は吐き気を催しそうになる。
(は~い、我慢して~。吐き出しちゃダメよ~)
俺がどういう状態なのか、彼女は全てを理解しているのだろう。まるで看護婦さんのような口調で、ヴァネッサ様は俺をなだめてくれる。それに、呪いを解こうとしているのだから、これもある意味治療行為になるわけか。
(もっとリラックスして~、力を抜いて~、私を受け入れて~)
張り裂けそうに胸が痛くてすごく苦しいけど、彼女の言葉を信じて俺は力を抜いていく。すると、胸に突き立つ一本の剣が塵となって消えると同時に、一人の女性が俺の目の前に現れた。
「はい、よくできました~。それじゃあご褒美にキ・ス、してあげちゃいま~す」
そして、彼女は有無を言わせず俺の唇を奪うと、そのまま深く俺の体を抱きしめる。フィルとシャーリー、そしてクルス姉、まるで皆に包まれているかのような感覚に、俺の頭はおかしくなりそうだ。
この人は、いったい……
「ふふっ、結構鈍いのね。そういうところも、あの子が気に入ってる証拠かな。あの人も、もう少し鈍かったら、私をもっと愛してくれたのに」
きれいな顔立ちに大きな胸元、それに、ふざけているようで凛としたこの声は……
「も、もしかして、ヴァネッサ様、ですか?」
エメラルドブルーの髪に青色の双眸、それはシャーリーに良く似ていて、血の繋がりを感じさせたからこそ当たりをつけてみたのだが、間違っているだろうか?
「ヴァネッサ様なんて他人行儀、ヴァネッサで良いわよト・オ・ルくん」
俺の直感は当たり、体の自由を奪う女性の正体がヴァネッサ様だと認識こそ出来たが、あまりの彼女の気さくな態度にどう反応するべきか戸惑いを感じてしまう。
俺の周りにいる女神様たちを例に考えると、呼び捨てで呼んであげたほうが喜ばれるのだろうが、シャーリーのご先祖様とかあまりに雲の上過ぎて流石にそれははばかられる。
ここは無難に、さん付けでいってみるか。
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