俺と幼女とエクスカリバー

鏡紫郎

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第九章 己の使命

第439話 人としての覚悟

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「そういうことも大切ですけど、俺には……いえ、俺達には、もっと大切なものがあるんです。そのためには、俺の剣としての力が必要なんですよ」

(あなた、いい顔するわね~。その歳で人生投げ出すなんて、そうそうできることじゃないわよぉ)

「既に一回……いえ、正確には二回投げ出してるんで、二度も三度も変わらないんですよ。それに、剣っていうのも案外、悪くないんですよ? 羞恥心無く、いつでも谷間に挟んでもらえますから」

「……バカ」

「お兄ちゃんってば、もぅ」

(あらあら、まあまあ~)

 例えどんな体でも、互いに愛を育めることを彼女と出会って俺は知った。完全に下心丸出しだけど、あんなにも女の子達と自然と触れ合えるなんて事、人間だったらまず不可能。

 それに、俺は一回朝美を助けてシャーリーのために死にかけて、メイに助けられた。だから、これ以上を求めるのはわがままになってしまう。

「それともう一つ。そういう行為だけが、愛情じゃないですから。剣として彼女の力になれることが、俺が彼女に与えられる最大級の愛なんです。俺はシャーリーとメイ、二人と一緒にいられるだけで幸せですから」

「トオル、毎回思うけど、それ……卑怯」

「だよね、お姉さま」

「そうか? 俺は思ってることを、そのまま言ってるだけなんだけど」

「だから、余計になの。それ言われたら私、何も言えなくなっちゃうじゃない。そんなにいつも卑怯だと、本当に嫌いになっちゃうんだから」

「ああ、そうだな。だったら、いつでも嫌いになってくれよ」

「……じゃあ絶交……もう、口もきいてあげない」

「あ、え、ええ!? ちょ、ちょっと? シャ、シャーロットさん? じょ、冗談ですよね」

「…………」

 ところが、ここに来て何故かトラブルが発生し、俺はシャーリーに口も聞いてもらえなくなってしまう。いつもどおりに軽口を叩きあい、いい雰囲気になるはずだったのだが……本気で彼女に嫌われたら、俺の生きる意味が無くなってしまう。それだけは、どうにかして避けなくては!

「ごめんなさい! 俺が悪かったです! お遊びが過ぎました! もう調子乗りませんから! ですから、ですから何卒私めに、お言葉をお聞かせくださいませ!」

 そんな気持ちが心の底に肥大化し、反射的に俺はシャーリーに向かって土下座をしてしまっていた。

「……冗談」

「そういう冗談は勘弁してくれよぉ、本当に心臓に悪いんだからさぁ。シャーリーが居なくなったら俺、生きてく自信なんてないんだからよぉ」

「いつもは、私がそういう気持ちなの。だから、おあいこよおあいこ」

 お互いに不器用だと、こういう時に大変というか真意が見えなくて不安になる。それだけ俺が彼氏として不完全で、もっともっとシャーリーの事を信頼しなくちゃいけないんだよな。

「大丈夫だよお兄ちゃん。お姉さまが嫌いになってくれたら、ぼくがお兄ちゃんのこと独占して、たっぷりと愛してあげるから」

「ダメですよメイさん。その時は、トオル様のお姉ちゃんとして、私も参戦いたします」

「私も、立候補」

「アイリが参加するなら私も参加してあげる。な、何よ、あんたのこと独り占めにしたいとかじゃなくて、寂しいかなって、慰めてあげるだけなんだから。そこんところ、勘違いしないでよね!」

「では、僭越ながら我も参加しようかの。子の涙を拭ってやるのは、母親代わりとして当然の役割じゃからの」

「き、嫌いになんてならないわよ、嫌いになんてならないんだから! 皆はそんなこと気にしなくていいの!」

「だってさ、お兄ちゃん」

 しかし、俺の周りには俺を慕ってくれる女の子たちが沢山いて、熾烈な争いを繰り広げているのはシャーリーだったりする。それでも、俺が一番大切に思っているのはシャーリーで、なんて言ったら良いのかわからなかったけど、とりあえずこの言葉を彼女に贈りたい。

「ありがとな、シャーリー」

「う、うん」

(トオルちゃんは、見てるだけで胸焼けしてくるぐらい皆に愛されてるわね~。関係無いお姉さんまで、なんだか凄~く、焼けてきちゃったわ~)

「な、何言ってるんですか! ほんともう、俺のどこがそんなに良いのかわからないぐらいで」

(そんなに謙遜しなくてもいいのよ~。それに、そういう台詞は、貴方を好いてくれてる皆に失礼だと思うわ~)

 感謝の言葉を聞いただけで、恥ずかしそうにうつむいてしまうシャーリーを可愛いと思っていると、今度はヴァネッサ様にからかわれてしまう。

 本気じゃないとわかっていても、羞恥心から御託を並べごまかそうとしたのが災いし、俺を慕う女の子たち全員から本気の表情で睨みつけられてしまう。

「そ、その。悪い」

 自分は皆に愛されていると、それがわかっていながらも謙遜してしまうのは俺の悪い所だよな。

(フフ、わかったわぁ~。貴方の覚悟、しかと受け止めました。それじゃあ私も、それなりの対応をしないとね。初代王女、そしてリィンバースの宝剣としてね)

 そんな自分を猛省していると、おっとりしていたはずのヴァネッサ様の口調が突然変わり、台座の後ろから縦長の小さな箱がせり上がると正面の壁が左右に開く。どうやら俺を招き入れようというつもりらしいが、素直に進んで良いものなのだろうか? 

(大丈夫、安全は保証するわ。それとも、このまま皆と仲睦まじく、人間として暮らすのかしら?)

 それに、俺の気持ちは全部筒抜けだし、ヴァネッサ様の提案はとても魅力的に聞こえたけど、ここまで来て引き下がるわけにはいかない。

「わかりました。それで、俺はまず何をすれば?」

(私を抜いて、その箱に入ってちょうだい。もちろん、一人でね)

「トオル……」

「大丈夫だよシャーリー。行ってくる」

 一人という言葉に恐怖で足がすくみそうになるけれど、シャーリーの頭を軽く撫で俺は台座の前へと進む。そして、ヴァネッサ様の柄を握り力いっぱい引き抜くと、想像以上の彼女の軽さに俺は両目を見開いた。

(魔剣って言うのはね、重りにも紙にもなれるのよ? これは、私があなたを受け入れている証拠)

 模造刀よりも軽いヴァネッサ様の重さに、新たな真実を知った俺はシャーリーの顔を見つめ直す。彼女が俺を軽々と振り回せるのは、二人の信頼関係があってこそなのかも知れない。そう思うと、少しだけ嬉しかった。

(それじゃあ、行きましょうかトオルくん)

「はい!」

 愛する少女のために箱の中へと入ろうとした瞬間、建物が大きく揺れ動くと瓦礫のクズが天井から降り注ぐ。これってもしかして、誰かが墓標を破壊しようとしているのか? 

(……邪悪な気配が、あなた達を狙っているみたいね)

「それってまさか――」

「やっぱり来たわね。ラインバッハ」

 霊脈の入り口でシャーリーが口にした嫌な予感、それはやはり魔神の襲来を予見しての事らしい。いくらこの場所が魔力で守られているとは言え、魔神の攻撃を受け続けようものならそう長くは持たないだろう。こうなったら、何が何でも早く戻ってラインバッハを倒さなければ。

「しゃーねー、少し時間を稼ぐとするか」

 ヴァネッサ様の寝床を守るためにもと箱の中へと入った瞬間、バルカイトが背を向けると一人で歩いて来た道を戻り始める。いくら彼が強いと言っても、一対一で魔神の相手を務めるなんて無茶すぎる。

「であれば、我も行こうかの」

「いや、姉さん達はここに残ってくれ。トオルの事、心配だろ?」

 しかも、フィルの提案を断ってまで、一人を貫こうとする彼の態度に俺は疑問を禁じえない。まさか、死ぬ気で戦おうとか考えてるんじゃないだろうな? 

「お主……良からぬことを考えておるのではなかろうな?」

「死ぬ気はねぇさ。ただ、あの爺さんとは俺も、色々と話したいことがあってな」

「カッコつけおってからに……」

 シャーリーのお目付け役であるバルカイトが、ラインバッハとも知り合いであったことは深くうなずける。それでも、一対一で向き合おうとする意味が俺にはわからないし、男の意地にしたって命をかける場面とは到底思えなかった。

 これじゃあまるで、朝美の時のようで……

「惚れちまったか?」

「ありえん! じゃが、ますます一人にしてはおけんの。みなは、トオルとシャーロットを頼む。嫌とは言わせんぞ? バルカイトよ」

「……わかったわかった、好きにしてくれ」

「バルカイト! いや、バル兄! ……もっと、俺を鍛えてくれ。人間じゃなくなっても、絶対!」

 今生の別れと言う言葉が頭をよぎり、締まりゆく扉の隙間から俺は声を荒らげる。あの時の後悔を忘れまいと、精一杯の気持ちを込めながら俺はバルカイトへと声をかけた。
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