俺と幼女とエクスカリバー

鏡紫郎

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第九章 己の使命

第428話 喪失する力

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「研究の途中ではありましたが、試してみたいことが出来ましてな。自ら足を、運んだ所存にございます」

 魔神アガレスの力を持つ筋肉もりもり魔術師は、初めて出会った時と同じく薄汚れたコートを身に纏っている。今日もまた、あのコートの下には、何かしらの薬品が大量に備え付けられているのであろうが、今度はどんな方法でシャーリー達を苦しめようと言うのか油断できない。

「シャーリーには、指一本触れさせないからな」

「トオル……」

 そんな恐怖心からか、無駄だとわかっているにも関わらず皆の前へと俺は体を晒してしまう。一番弱いはずなのに、それでも俺は皆の彼氏で、彼女達を守りたいと体が自然と動いてしまったのだ。

「ホッホッホッ、威勢だけの騎士とは、泣かせてくれますのぅ。その様に振る舞われていては、姫様達を悲しませるだけですぞ?」

「そんな事、俺が一番よくわかってるよ」

「ですが、貴方様のその無謀な佇まいが、今の姫様を救ったのも事実。その点におきましては、賛辞の言葉を贈らせていただきましょうぞ」

 余裕の塊のような老人に挑発されつつも、俺は一歩も引かずその場に立ち続ける。恐怖で足が震え始めているのもあるけど、男として負けるわけにはいかないと思ったのだ。

「実験に失敗はつきものとは言え、イレギュラーとは全くもって厄介なものですな。本来であれば、昨日の神経改造ガスの効果でお嬢様方の意識を一つに纏め、あわよくば破壊にいたれればと思っていたのですがの……いやぁ、してやられましたですじゃ」

 自国の姫を破壊するなどと笑顔で言えるこの老人は、正に悪魔の所業。魔神の鏡とも呼べる存在相手に、どのように俺は立ち向かって行けば良いのだろうか。

「しかし、それもまた一興。姫様の切り札とも呼べる貴方を、この様な形で潰せたのですからな」

「……どういう意味だよ」

 そんな男から切り札と呼ばれ、褒められた現状は少しだけ嬉しかったが、潰せたとはどういう意味だろう?

「貴方様の力の大本、それは、聖剣としての加工がなされているからこそ発揮できるものでありましてな。今のその脆弱な人間もどきの体では、エクスカリバーと呼ばれる剣も、ミョルニルと呼ばれる槌の魔力も使えはしないのですじゃ。そして、貴方様自信の魔力の総量は、たかが知れてます。この意味が、わかりますかな? 今の貴方はただのお荷物、役立たずに過ぎないのですじゃ!」

 魔神の言い分を聞く限り、今の俺には魔力が使えないという話であるが、あいつの気配は察知できているし、体の中に得体のしれない力が流れているのもわかる。

「なら、試してやろうか?」

 だから、今のは全てラインバッハのハッタリであろうと考えた俺は、シャーリーの後ろへ下がると同時に彼女の両肩へと恐る恐る両手を乗せる。

「トオル、お願い」

 わずかな沈黙と震える両手から、俺が緊張していることを察した彼女は、振り返らずに優しく声をかけてくれる。背中から伝わる彼女の信頼を裏切れないと、いつものように魔力を集中させ、俺は始めてあの呪文を自らの口で唱えだす。

全てのアレス現象をフェノメーン強固なるシュタルク封印をズィーゲン円環の理すらゲゼッツ デス アヌルス打ち砕きセルストゥガーン我らを栄光へと導き給えディ アインハイト ツア エーレ!」

 全身から魔力が溢れ出し、俺達の足元で青色の魔法陣が展開すると、光が昇り二人の体を包み込む。後は呪いが中和され、シャーリーの体は本来の姿へと戻る……はずだったのだが、輝きの中から現れた彼女の姿は、先程までと同じ幼女の見た目そのままだった。

「な!? ……くそっ、もう一度!」

 ありえない結果に納得のいかなかった俺は、もう一度早口でディアインハイトを唱えるも、シャーロットの体に変化は訪れない。まさか本当に、今の俺の体には、シャーリーを助ける力が無いって言うのかよ……

「絶望に染まる人間の顔というものは、存外良いものですな。その術式も、影響を与えるのは、あくまで持ち手自身。人の体である今の貴方様では、姫様の体を元に戻すことはできないのですじゃ!」

 目の前で嘲り笑う老人の言葉通り、今の俺は木偶の坊で、大切な人に戦う力を与えてやることすら出来ずにいる。成すべき事すら成せない男が、どうしてこんな場所にいる? 俺の存在意義とはいったい……いったい、何だ? 

「それで、トオルの力を奪った程度で、勝ち誇ってるつもり?」

「そうだよ、お兄ちゃんの力がなくたって、お爺ちゃんなんかに負けないんだから!」

 現実に打ちのめされ、茫然自失と立ち尽くしていると、俺の右手を握りながら彼女は魔神に啖呵を切る。圧倒的不利である事はわかっているはずなのに、メイベルもまた怯えること無くラインバッハを睨みつけた。

「ホッホッホッ、勇ましくも嘆かわしいことですな。あちらの皆様方も、今頃どうなっているのかわからぬと言うのに」

「あちらの、って……まさか!? クルス姉やリースに何をした!!」

 しかし、状況は最悪の一途をたどり、アガレスの魔神は卑怯な策を二手三手と講じてくる。ピクニック気分で皆と別れた事がここに来て裏目に出るなんて……けれど、向こう側にはフィルにバルカイト、それにクルス姉がいるんだ。ジョナサン相手ならともかく、並の魔物との戦いで彼女達が遅れを取るとは思えない。

「今朝方完成した実験体と、少しばかり戯れて頂こうと思いましてな。運が悪ければ、既に――」

「ほう、見たことのない魔物が徒党を組んで現れたかと思えば、お主の差し金じゃったか、ラインバッハよ」

 大切な人達の無事を信じ、シャーリーの背中で身構えていると、落ち着き払った女性の声が林の横道から聞こえてくる。

「フィル。それに、クルス姉達も!」

 声に導かれるままに振り向くと、二人の女神を筆頭に俺の大切な仲間達が集まっていた。
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