俺と幼女とエクスカリバー

鏡紫郎

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第九章 己の使命

第426話 初めての手料理

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「お疲れ様、これ、余り物しか無かったけど」

 台所で手を洗い、ビクビクしながらテーブルの椅子に腰掛けていると、食器を持ったシャーリーが俺の前に現れる。丸いお皿の上には、こんがり焼かれた肉が置かれていて、赤みを帯びたタレがたっぷりとかけられていた。

 見た感じ、甘辛そうな印象を受けるが……激辛お仕置きコースって事は無いよな? 

「キラービーの巣から取れたみつに、香辛料を混ぜて甘辛くしてみたんだけど、どうかしら? その、私の作ったものを、食べてみたいって言ってたから……」

 修練場での挑発から悪い事ばかりが頭をよぎっていたのだが、どうやら俺の杞憂だったらしく彼女は昨日の約束を覚えてくれていたらしい。翌日の早朝からいきなり作ってもらえるなんて……サクラさんの嫉妬の視線がもの凄く痛い事を除けば、これほど嬉しい事はない。

 それはともかく、キラービーって事は、俺達の世界で言う所のはちみつと同種のものと思われるけど、少し困った表情を彼女が浮かべているのは何故だろう? もしかして、一般的には毒が入っているとか思われているんじゃないだろうか? 普通の人間からすれば魔物の毒とか百パーセント致死毒だろうし、疑ってかかるのも当然か。

 それでも、シャーリーが俺に危険なものを出すなんて万が一にもあり得ないと確信し、食器の上のフォークを突き刺すとそのまま勢いよくかぶりつく。

「トオル?」

 程よい硬さに溢れ出る肉汁、そこに絡みつく甘さと、後から効いてくる辛味が相まって……こ、これは!?

「う、うまい、うますぎるぅぅぅぅぅぅっ!」

 昨日ご馳走になったサクラさんの料理も大変美味しかったのではあるが、シャーリーの愛情というか、彼女の想いが詰まっているような気がして、思わず俺は涙を流してしまう。

「あんたねぇ、泣くことはないでしょ、泣くことは」

「らって、だれかのてりょうりとかぁ、おんなのこのつくってくれたものとかぁ、はじめてれぇ」

 当然、半分ぐらいは脳のでっち上げる感情論みたいなものだとわかってはいるのだけれど、シャーリーが作ってくれたというだけで高まる想いが止まらない。

 またもやカーラに呆れられてしまったけど、こればかりはもう仕方がなく、お前の作った料理でも泣いてやるからなと、カーラの腕も知らないままに心のなかで叫ぶ俺がいた。

「ほんとにもう、トオルは泣き虫ね」

「だって、ほんと、美味しいから」

 シャーリーに頭を撫でられて、何だか子供に戻ったみたいだけど、嬉しいからもう何でもいいや。

「そんな風に言ってもらえるのは嬉しいけど、何かある度に泣かれたら、私だって面倒見きれないわよ。昨日だって、ほんとはちょっとびっくりしたんだから」

「なになに、女の子と二人きりで男のあんたが泣いたわけ? 情けないを通り越して、あんたってほんと可愛いわよね、ト・オ・ル」

 食卓を囲む皆がこんな俺を見て笑ってしまうのは納得の行く事だけど、カーラが俺に噛みつきたがるのは何でだろう。もしかして、これが彼女なりの愛情表現というやつなのだろうか……

「カーラはさ、こんな俺のこと……嫌い、だよな?」

「はぁ!? き、嫌いだなんて私、一言も言ってないでしょ! 悔しかったら、もっと堂々としてみせろって言ってるの! 私が、ドキッとするぐらいの男前になったら、ちゃんと認めてあげる」

 今の返答を聞く限り、どうやらこれがカーラなりの照れ隠しなのだと俺は認識する。となると、少しぐらいは見返してやりたくなるのが男ってもんだ。

 食事の途中ながら椅子から立ち上がった俺は、テーブルを回り込み、斜め前方に座るカーラの前で立ち止まる。

「な、何よ」

 意味深な俺の行動に不快な表情を見せた彼女に向かって一度深呼吸をすると、意を決した俺は彼女の耳元へと唇を寄せる。

「カーラ、愛してるよ」

 そして、俺に出来る最大限甘い口調で愛を囁くと、彼女は顔を真っ赤にしながら椅子ごと壁まで後ずさった。

「お姉の、負け」

 その様子を冷静に判定したアイリの言葉に、俺は内心ガッツポーズを作ると喜びの気持ちに浸る。力比べでは無いにしろ、カーラに勝てたと言うことが何だかとても嬉しかった。

「にゃ、にゃに今の! あ、あんた、ふちゅう、しょういう事しゅる!?」

 しかも、心の底からあり得ないと思っていたらしく、ろれつの回らない可愛いカーラに思わず俺は笑みをこぼしてしまった。

「あんたねぇ……本当に、ぶっ飛ばされたい?」

 とは言え、勝ち誇った笑顔をいつまでも浮かべていると六時間ぐらい意識が飛ばされそうなので、慌てて詫びる算段を頭の中で整えようとする。

「お兄、わたしも」

 ところが、カーラよりも先に近づいてきたアイリが、俺の腰に抱きつきながらそんな言葉を口にした。

 シャーリーにとってのメイベルのように、アイリもカーラとセットのようで、姉のされていることが羨ましく見えるらしい。

 仲の良い姉妹ってこういうものなのかなと思いつつアイリの頭に右手を乗せると、彼女に目線を合わせるために俺はゆっくりと膝をつく。

「大好きだよ、アイリ」

 そして、頭を優しく撫で回すと蕩けたような表情をアイリは浮かべ……この後、どうすればいいのだろう? アイリは俺の前から全然動こうとしないし、そろそろいいよなと俺から突き放すのも気が引ける。こういう場合、相手が満足してくれるまで待つしか無いのだろうか……

「と、トオル様! 私にも、是非」

「もちろん、私にも聞かせてくれますよね。パパ」

 すると、周囲の椅子が音を立てながら一斉に動き出し、食事も終えていないというのに皆が俺の所へと集まってくる。まさしく天の配剤、と言ったらアイリに失礼だが、何とか俺は彼女のおねだりから解放されそうだ。

 とは言え、サクラさんの般若な笑顔が怖いので、なるべくぱぱっと済ませてしまおう。

 そんなこんなで数分ほどテーブルから離れた俺は、改めて椅子へと座り直し残った朝食へと手を付ける。冷めても美味しいシャーリーのご飯を口にするだけで、再び俺は泣き出してしまいそうだった。

「ところでトオル、これから私達、夕食の食材集めに行こうと思うのだけど、貴方も手伝ってくれないかしら?」

 一口一口味を噛み締め肉やパンをつまんでいると、隣に座るシャーリーからそんなお誘いをかけられる。

「それは、願ったり叶ったりだけど、俺が付いて行ったら逆に迷惑にならないか?」

 恋人から、おでかけに誘われるなんて嬉しいに決まっているけれど、アウトドア初心者な俺が付いていったら時間がかかって仕方がないのではと不安になる。体力が無いのもわかっているし、足を引っ張るだけなのでは無いだろうか……

「初めては、誰にでもある事だし、トオルも色々と学ぶ良い機会だと思うの。それに、戦いだけが生きていくってことじゃないでしょ?」

 けれど、そういう部分も加味して彼女は俺を誘ってくれたらしく、いわゆる実地訓練のようなものと認識すればいいらしい。

「わかった。それじゃあ頼むよ、シャーリー」

「えぇ、任せて頂戴」

 であれば、この誘いを断るというのは逆に失礼というもので、即座に返事をするとシャーリーは笑顔を浮かべてくれる。

「でしたら、トオル様の女神である私も、付いていかないわけには参りませんね」

「だったら、私もついていくわよ」

「お姉が行くなら、わたしも」

「私もいいですよね。パパ、ママ」

 当然、俺が付いていくとなれば、残りの皆も付いてこようとするわけで……にぎやかなハイキングが、始まろうとしていた。

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