俺と幼女とエクスカリバー

鏡紫郎

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第九章 己の使命

第418話 不幸中の幸い

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「あ……あぁ」

 意識が戻った瞬間、俺の体が感じたのは重さだった。

 全身に魔力を纏っている影響か、金属で出来ているはずのこの体は意外と軽く普段はかなり快適なのだが、何割か増しで今は重く感じる。まるで太ったかのような……やめよう、そういうのは想像したくない。

 それに、地面に寝そべっているはずなのにやけに視界も高く、その辺りも含めて頭がおかしくなりそうだった。たぶん、さっきの毒が何かしらの影響を与えているのだろうけど、一体全体どうなってるんだ、俺の体? 

「……とお……る?」

 混濁する意識と困惑する意識、二つの不可思議を抱えたまま思考の波に飲み込まれていると、どこからかか細い女の子の声が聞こえてくる。誰かが近くに居ると判断した俺は、声のした方向へとゆっくり顔を傾けると、そこには、頬を赤く染めたシャーリーが俺の事を見下ろしていた。

「……シャーリー、だいじょうぶ、か?」

 彼女の無事を確かめたくて、彼女の名前を真っ先に呼ぶと、幼女の体は驚きと共にその場で跳ね上がる。そしてまた違和感、普段思考を送る時も人間の頃の癖で口を動かす仕草を入れるのだが、はっきりと動いている感覚なんて無かったのに今はそれを感じる。

「どうしたんだよ? 何、緊張し、て……」

 いつもとは違う不気味な感覚を振り払うように、意味は無いとわかっていながらも伸ばしてしまう右腕が……右腕がある……だと? 

 この感覚、このデジャブ、ああ、そうだ。これはあの時の、メイに見せられた幻覚か。ってことは、俺はまた死にかけてるのかな? まったくもって情けない。

 そんな事を考えながら俺は体をゆっくりと起こし、まるでいつもの事のようにシャーリーの頬へと右手を伸ばす。彼女の頬がやけに暖かく感じるのは、彼女が照れているからだろうか? それにしても、夢の時とは結構違うな。柔らかいのは確かだけど、こんな風にぷにっとしてたっけ? 

「!?」

 俺の知ってる感覚との違いに珍しい物にでも触れるかの様に彼女の頬を何度もつまむと、両目を見開いた彼女の右手が天高く振り上げられる。はっきりとした意識であれば、これから何が起こるのかわかりそうなものではあるが、泡沫うたかたのような今の俺にそんな危機感があるはずもなく、王女様の繰り出すビンタを俺の頬はモロに受けてしまう。以前のメイならこれで喜んでくれそうなものだが、この前の夢とは何だかちょっと態度が違うな。

 それに、痛み以外にこんな熱も感じなかったし、俺の脳内がアップデートでもされたのかな? 

「トオル……なのよね?」

「……なんだよ、今回は顔も見たこともないって設定なのか? それに、いきなり引っぱたかなくても良いだろ? メイ」

「お兄ちゃんだ、本物のお兄ちゃんだ!」

 何だか話が噛み合っていないなと頭の先をひねらせていると、現実の方のメイの声で突然シャーリーに飛びつかれてしまう。

「本物ってなんだよ。だって、これもまた夢なんだろ?」

「違うよ、これはぼくの作った夢なんかじゃないよ。あぁ、お兄ちゃんの肌、凄い暖かい。それに、細いのにゴツゴツしてるよぉ」

 二週間前にも別の所でこんな状態だったなと、むせ返りそうになる肺を必死に抑え込んでいると、裸の俺に抱きついたメイがおかしなことを口にする。夢じゃないって、どういうことだ? 

「そっか……これが、トオルなんだ」

「うん、そうだよお姉さま。これが、お兄ちゃんなんだよ」

 目の前の姉妹だけが納得している状況に軽い不満を覚えていると、もう一つの違和感がある事に俺は気づき始める。いくら二人が一心同体であろうと、ここがメイの夢の中であるのなら別々の声が聞こえてくるはずがないわけで、一つの体から二人分の声を出せるって事は、もしかして本当に現実なのか? って事は、なんだ? この細くて頼りがいのなさそうな腕も本物で、俺の体は人間になっちまったって事なのかよ……

「えっと、その……そ、そうだ! ラインバッハは! アガレスは、どこに!?」

 荒唐無稽な状況に話半分程度の理解を示した瞬間、新たな疑問と不安が頭の中を駆け巡る。ここが現実で、俺が毒ガスを吸った後だとすると、俺達の目の前にはラインバッハと名乗る筋肉マッチョな爺さんがいるはずなのだ。なのに、俺達意外の人間の気配が全くしない。

 魔物というより、小動物が何匹か居る気配は感じるのだけど、敵対心みたいなものは無くて……というか、魔力探知の感覚だけはそのまま体に残ってるんだな。

「貴方が人間になったのを見て、面白いデータが取れそうだって、私の事を無視して帰っていったわ」

「そっか……なんとか、助かったか」

「なんとか……じゃないわよ、バカ!」

 体の感覚を確かめながら危機的状況を乗り切ったことに安堵していると、真下からシャーリーに暴言を吐かれてしまう。

「なんでいつもそうやって、いつもいつも無茶ばっかりするのよ、ばかばかばかぁ!」

 バカ扱いはいつもの事で慣れてしまったものだが、涙目で胸板を叩かれると流石に来るものがある。とは言え、あの状態で何もしなければ今頃二人がどうなっていたのかもわからないし、今でもあれが最善の方法だったと俺は考えている。大切な人を目の前にして見捨てる感覚、あんなものはもう二度と味わいたくないから。

「そう、言われてもなぁ。とっさに思いついたのが、あれしかなかったんだよ。二人に吸わせ続けたら、どんな影響が出るかわからないし、拒否したらしたで窒息で死んじまうだろ。そしたら後は、俺が吸い込むしか無いわけで、あれがやっぱり最善の方法だったんじゃないかな」

「そうかも、知れないけれど……私のために、苦しまないでよ」

「……苦しむ女の子を眺めながら、のうのうと生きていられるほど俺は人間が出来てないんだよ」

 自分のために苦しまないで欲しいという彼女の気持ちは嬉しかったけど、俺にとってのシャーリーは命そのもの。彼女が隣でうなされている姿を見ている方が、俺にとっては何百万倍も辛い。

「でも、それでも!」

「それに、俺達のやっている事が生易しいものじゃ無いって事もわかってる。いつ誰かが死ぬかもしれない、そういう戦いだって事も理解してるさ。だから、少なくとも俺にその時何かができるのなら、絶対に誰も死なせない。俺の目の前で死人は出させないって、そう決めたんだ」

 朝美がいなくなってから、ずっと考えていた事。たしかに俺は一人じゃ何も出来なくて、皆にいつも助けられてばかりいる。だからこそ、自分に出来ることは率先してやりたいし、足手まといにだけはなりたくない。

 二度といなくならないでと言った朝美の言葉は痛いけど、ジョナサンと戦った時も正直死んだと思ったし、どんな状況であろうと俺が死ぬ可能性もゼロじゃない。なればこそ、自分の命を賭してでも、大切なものを守りたいと思うのが男ってものだ。

「……でも、トオルの言うそれって、自分を含めないでってことよね」

「そりゃ、簡単に死ぬ気はないけどよ、それでもし、俺がまた死んじまったとしても後悔なんかは――」

「トオルはバカよ、この世界で一番の大バカよ! 私なんか比じゃないくらいの、超超超絶あんぽんたんなのよ、バカ!」

 けれど、人間でもないこんな俺を愛してしまったのが目の前にいる王女様で、あまりの俺の我儘っぷりに、俺の決意をバカだバカだと罵りまくる。

 あんぽんたんって言われたのは流石にちょっと驚いたけど、彼女の気持ちもわかるから強くも否定はできない。大切な人がいなくなる辛さは、俺だって何度も味わっているのだから。

「おいおい、何もそこまで――」

「トオルは、考えたこと無いんでしょ。残された人達が、どんな気持ちで生きていかなくちゃならないかなんて。あんな苦しい気持ち、二度も、ううん、もう二度と味わいたくない! いやだよ、トオルのいない世界なんて、私、いやだよぉ!」

 そして、あの時の朝美と同じ意味を持つ言葉が彼女の口から溢れ出し、俺の心を深く傷つける。二人にとって、俺という存在がどれほど大きいのかを再認識させられ、震える彼女を見下ろしながら俺は言葉を詰まらせた。

「ごめん。でも、やっぱり俺に、それはできない。楽な道を歩むド畜生だって罵ってくれて構わないけど、俺は君の盾で、君の未来を切り開く剣なんだよ。だから、ご主人様より後に死ぬなんてこと、できやしないんだ」

 それでも、俺にとっての彼女はかけがえのないお姫様で、とても大切なご主人様でもある。君主の一人すら守れない剣に意味はなく、お前が欲しいとまで言った女を守れなければ、やっぱり男がすたるってものなのだ。

 腕の中で震え続ける彼女の、今まで触れることさえ許されなかった臆病な瞳が愛おしすぎて、自然と右手が彼女の頭を撫でまわす。すると、荒くなっていたシャーリーの呼吸が少しずつ落ち着きを取り戻し、潤んだ瞳で切なげに小さな溜め息を吐いた。

 内心びくびくしていたけど、彼女が頭を触られるのが嫌いじゃなくて本当によかった。イラっとして殴られでもしたら、白目をむいて気絶する自信がある。そのぐらい俺は、貧弱だからなぁ……などと情けない事を考えていると、聞き覚えのある女の子の声が茂みの奥から聞こえてくる。

「シャーロットー! トオルー! どっちか聞こえてたら、返事しなさ―い!」

 なかなか帰ってこない俺達を心配してカーラが探しに来てくれたようで、これで本当に皆の所に帰れそうだ。

「シャーロットー! ……ッ! 大丈夫!? こっちから、強い魔力があったってアイリが言っ、て……」

「カーラか、シャ―リーも俺も無事……ん?」

 茂みを抜けたカーラが抱き合っている俺達の事を発見すると、何故か彼女は俺を見ながら全身を震わせ始める。何かおかしな所でも、と考えた瞬間、今の俺がどういう状態なのかを改めて思い出した。

「えっと……か、カーラさん?」

 この後訪れるであろう状況に、嫌な予感と冷や汗が止まらない。幼女を抱きしめる、裸の男を見つけた人間が取る行動は唯一つ。俺達の世界なら通報だが、こっちの世界ならそりゃ……実力行使だろうよ。

「……シャーロットから離れろ、このド変態!!」

 そんな俺の予想は当たり、駆け込んできたカーラ様の一撃をモロに顔面にくらった俺は、あっさりと意識を刈り取られるのであった。
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