俺と幼女とエクスカリバー

鏡紫郎

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第九章 己の使命

第417話 蝕む毒

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「トオルの力、少しずつ物に出来てるみたいね。これも、メイベルのおかげかしら」

「そ、そうかな? えへへ、ぼく、照れちゃうよ」

 目の前で起こったまさかの状況に、使われている俺自身驚いてしまったが、ピンチを脱せた事を喜ぶべきであろうと気持ちを切り替える。

 セイクリッドの力を百パーセント引き出せる今のシャーリーなら、筋肉もりもりマッチョマンなアガレスとも対等以上に戦えるはずだ。

「予想外。いえ、良いサンプルとして、更に成長しましたな姫様」

「あなたのモルモットになった覚えは無いって、さっきから私、言ってるわよね!!」

 先程のお返しと言わんが如く、全力でアガレスへと斬りかかるシャーリーであったが、彼女の剣閃は空を切り何度振ろうと魔神には当たらない。

 奴の反撃に対応し回避できている所を見るに、彼女の動くスピードは確実に上がっているはずなのだが、相手はそれだけの強者と言う事なのだろうか? 

「ホッホッホッ、メイベル様に体を乗っ取られ、動きが鈍っているのでは無いですかな?」

「くっ、うるさい!」

 あれだけジョナサンに痛めつけられ一週間以上もメイに自由を奪われた挙げ句、この二週間の間も、俺に付きっきりであった彼女が鍛錬をしていた時間はかなり少ない。そういう意味では、ラインバッハの言うことも的を得ているのかも。

「お姉さま、ぼく……」

「メイのせいじゃない、メイのせいだなんて言わせない! リィンバース式剣術、弐ノ型裏式 撃突マグナム轟大地インパクト!」

 魔神のかける小さな揺さぶりに、不安そうな表情を見せる妹を気にしたシャーリーは、姉としての思いを胸に渾身の一撃をアガレスへと叩き込む。しかし、レーザービームのように飛ぶ魔力も軽々と避けられてしまい、彼女の額に焦りの色が濃く浮かんだ。

「リィンバース式剣術、弐ノ型 大地のグラウンド針地獄ヘッジホッグ!」

 それでも、彼女は臆せず立ち向かい、新たな一撃を魔神へとお見舞いする。

 フィルがこの前使ってみせた迫り上がる壁に似ていたが、シャーリーの物は攻撃的で、盛り上がる土の上に数十本の鋭利な針が立ち並んでいる。その一本一本に土の魔力が溢れており、触れたもの全てを返り討ちにする仕掛けになっていたようだが、ラインバッハの筋肉は何一つ意に介さず、全てを砕きながら俺達目掛けて突き進んでくる。

「くっ! リィンバース式剣術、伍ノ型 荒狂ヴォルカニック爆炎火口ザッパー!!」

 圧倒的パワーで猛進するアガレスを止めるため、炎を纏わりつかせた俺を奴に向かって振り下ろすが、爆炎など物ともせず彼女の体ごと魔神は俺達を吹き飛ばす。

「かはっ!」

 シャーリーの背中が木の幹へと打ち付けられ、彼女が咳込んだ瞬間アガレスの姿が正面から掻き消えた。

「!? お姉さま! 左!」

 知覚すら許されない高速移動から繰り出される魔神の一撃は、彼女の中にいるメイベルのおかげですんでの所で回避に成功する。

「自幻流、二の太刀 二節、木ノ葉このは十文字じゅうもんじ!」

 その直後、上空から飛来する一枚の木の葉を四等分にする程の精密な斬撃で彼女は反撃したが、アガレスの姿は既になく余裕の表情で彼女を見下し笑っていた。

「メイベル、ありがとう」

「ぼく、あのお爺ちゃん嫌い」

 見た目以上の力強さに難色を示しているのか、アガレスへの苛立ちをメイベルは口にする。彼女の瞳には、孫に本気を出す意地の悪い老人とでも映っているのだろう、俺から見ても奴の戦い方はかなり趣味が悪いように感じた。

「いやはや、思いがけない事象もありましたが、やはり、万全では無いようですな姫様」

「付け焼き刃じゃ、爺には勝てそうにないわね」

 そして、溜め息を吐いたシャーリーの右腕は、俺にしかわからないぐらい小刻みに震えている。

「ごめんね、トオル。やっぱり、貴方がいないと私、ダメみたい」

 俺の呪文を介さずに行われた強引な変身は不完全だったようで、それがアガレスに太刀打ちできない原因らしい。求められるのは嬉しいけど、ヒーローやヒロインの変身を邪魔してはならないというルールはこの世界に無いわけで、その弱点が露呈した以上何とかしなければとも思ってしまう。

 しかし、俺達に必要なのは目の前の危機を乗り越える方法なわけで、このままだと本当に、筋肉魔神になぶり殺されるだけだ。

「トオル、私の無茶に、少しだけ付き合ってくれる?」

 加えて、こういう時の彼女の無茶が少しだけだった試しはないが、俺を正面に構える型から察するに、これから彼女は必殺技を使おうというのだろう。完全ではないシャーリーの魔力でレンビュンデルを使うのは些か不安が残るが、他に策が無い以上やるしかない。

 それに、ここで彼女を支えなければ、どこで彼女を支えるというのだ。そのために俺は、彼女の腕の中で戦う決意をしたのだから。

(あぁ、調整は任せてくれ!)

「お願い!」

 彼女が息を整えながら両目を閉じると、光の魔力が刀身へと集まるのと同時に、彼女の背中に黒と白の翼が一翼ずつ展開する。

 普段よりも明らかに定着の悪い魔力の粒を一つずつ丁寧に束ねると、黒い闇の力が混ざっていることに俺は気がつく。たぶん、これはメイベルの力で、二人が同時に魔力を引き出す感覚に慣れていない事も、不安定な状況に拍車をかけているのだろう。

 シャーリーの光とメイベルの闇、全てを取り込んだ時俺の体がどうなるのかはわからないが、黒く輝く力の渦を捨てるなんて選択肢、俺の中では百二十パーセントあり得ない。

 だってこれは、シャーリーの妹であるメイベルの輝きで、二人が合わさってこそのシャーロット・リィンバースなのだ。だから俺はこの体で、彼女達の全てを受け止めてみせる!!

「やはり、そう来ましたか姫。この瞬間を、爺は首を永くして待っておりましたぞ!」

 収束させた魔力が刀身へと馴染み始め、黒と白の火花が目の前で散り始めた頃、突然ラインバッハが腰の辺りの何かを掴み、拳の中にある物を俺達めがけて投げつける。

 投擲物を使った鋭い一撃と思いきや、勢いよく飛んできた何かは俺達へと直撃すること無く地面へと落下し、それこそがラインバッハの狙いだったようで、ガラスの割れる音と同時に大量の煙が俺達の視界を埋め尽くした。

「!? これ、は……!」

 すると、刀身に集まっていた魔力が一瞬の元に離散し、苦しみだしたシャーリーが地面へと膝をつく。桃色をしたこの煙が彼女を苦しませているようだが、彼女同様煙を吸い込んでいる俺には変化がなく、不快な感覚がするだけで痛みのようなものは感じない。まさか、この煙の効力って、セイクリッドを殺すための毒ガスなんじゃ……

「呪詛の解呪が成されたとはいえ、今の姫様はやはり不完全。昔に比べて、催淫系の耐性が落ちているようですな。時間はかかりましたが、見事に術中にはまっていただけたようで何よりですじゃ。その煙には、姫様を操るために使った呪詛毒と同じものが含まれておりましての。改良に改良を重ね、あの時とは比べ物にならない程の激痛が、すでに全身へと走っていることでしょう」

 この程度の神経ガスにシャーリーが屈するのはおかしいと思っていたが、俺の予想通りセイクリッドにだけ効果を発揮する猛毒らしい。

 しかも、ラインバッハの発言を聞く限りこの毒を使うのは二度目のようで、一度目というのは恐らく彼女の体が縮んだ時の事を言っているのだろう。

 孫同然の自国の姫をこんなにも苦しめて、こいつらの頭の中は一体全体どういう作りをしてるんだよ。こんなのに囲まれて、彼女が本当に可哀想過ぎる。

「おねえさま、ぼく、くるしい」

「この程度の、煙ぐらいで!」

 比較的余裕のある俺とは対照的に、苦悶の表情で俺を振るうシャーリーの体は既に弱りきっているようで、煙を全く払う事が出来ない。

「残念ながら無駄ですじゃ。その煙には、特殊な加工が施されておりましての、無理やり引きはがそうとすると、力を逆に吸収し増殖するようになっておりますのじゃ。対処方法は、吸い込む以外に無いのですじゃよ」

 加えて最悪な事に、物理的方策を封じ込められた俺達には、この監獄から逃れる術は残されていなかった。

 風が吹いても微動だにしないこの煙におかしな物を感じてはいたが、そんな仕掛けが施されていたなんて……流石はリィンバースの魔導顧問、お姫様の戦いぶりをよく知っている。なんて、敵を褒めている余裕は無いか。

 漂う全ての毒をこのまま彼女が吸い込んでしまったら、体だけでなく心まで壊されてしまうはず。それに、彼女の中にはメイベルがいて、シャーリーの意識が崩壊したら妹のメイもおかしくなってしまうだろう。そんな状況、俺には耐えられない。

 今の俺に出来ることがあるとすれば、彼女の代わりにこの魔香を全て吸い込むことぐらいだが、その時俺は、俺でいられるのだろうか? いくら害が無いとは言え、神具を持つという意味では、俺の体は人間よりもセイクリッドや女神に近い。少量では効果がなくとも、大量に摂取する事で死に至るようなケースは山のように存在するし、安易にこれを喰らって良いのか? 

 いつも以上にゆとりのあるおかげか、客観的に状況が見えすぎて心の中に恐怖が生まれる。自然と体が震えだし、動悸も早くなってきて……死ぬのが、こわい。大切な人達のピンチなはずなのに、俺は、俺は……

「そろそろ限界のようですな。おとなしく、我が主の元へと帰りましょう姫様。もちろん、悪魔の尖兵としてですがの」

 けれども、このまま魔香を放っておけば、セイクリッドとしてのシャーリーが殺されて、本当の悪魔にされてしまう。それだけは、それだけは……

「とおる……ごめんね」

「おにいちゃん……ぼくも……げん……かい」

 そんなこと……させてたまるかよ! 

(俺を……俺を舐めるなァァァァァ!!)

 柄を握るシャーリーの力が弱まっていくのを感じた瞬間、俺は恐怖を振り払うために大声を上げて虚勢を張る。勢いそのままに、辺りに漂う全ての魔素を一筋残さず吸い上げていくと、やはり毒は毒らしく、俺の視界は少しずつピンク色に染め上げられていった。

「と、ゴホッ……とおる!!」

「おにい、ちゃん!!」

 苦しそうに咳き込みながらも俺の名を呼ぶ姉妹の声が聞こえ始めた頃、徐々に世界の色が変わり全てが白に彩られていく。

 愛する人を守るために無我夢中で魔力を集め続けた結果、これは、ダメだったかな? などと、緊張感のない言葉を頭の中で浮かべながら、俺の意識はどこか遠くへと消えていった。
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