俺と幼女とエクスカリバー

鏡紫郎

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第九章 己の使命

第413話 夫婦みたいですよ

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「確かに、喜んでる時は、一度もメイなんて言わないわね。まっ、トオルのセンスがイマイチなのは、ともかくとして」

(悪かったな。どうせ俺には、女の子を口説く才能なんて無いよ)

 そんな事を考えていると、今まで黙って見ていたカーラが、皮肉のような言葉を俺に向かって投げかけてくる。どうやら俺の求愛は、彼女にとってはお気に召さなかったらしい。

「トオルは良いのよ、それで。今のバルカイトみたいに、ヘラヘラ女性を丸め込むようなら、こっちから願い下げよ」

 けれど、俺のいちばん大切な人がそんな自分を認めてくれているのだから、彼女いない歴年齢だった俺にとっては、それだけで十分なのである。

「そりゃ無いぜ、お嬢」

「あの頃の、カッコ良かったバル兄は、どこに行っちゃったのかしらね」

 それに、王女様に怒られるバルカイトを見るのは、男として少しだけ気分が良かったりする。まったくもって安っぽい、嫉妬根性だよ。

「お兄、わたしのこと、好き?」

(ん? あぁ、アイリもリースも、もちろん俺は大好きだよ)

「む、珍しくパパに先を越されてしまいましたが、リースはとても満足なので良しとしましょう」

 アイリもメイに触発されて俺におねだりをしてきたり、娘の行動も少しずつ理解できるようになってきて、こうして素直に喜んでもらえるのは、男冥利に尽きるってものだ。

 好意を持ってくれた女の子達には、いつも笑顔で居てほしい。これだけは譲れない俺のプライド、生きるためのポリシーと言っても過言ではないからな。

 カーラももっと、笑ってくれたら良いのに……そう言えば、質問に答えてくれた二人の姉妹にお礼を言ってなかったっけ。

(メイも、シャーリーも、ありがとな。おかげで凄く、納得できたよ)

「これぐらいお安い御用よ」

「これぐらいお安い御用だよ」

 一つの声帯から、二つの声を同時に出すなんて不可能だと思っていたけど、セイクリッドだからこそ出来る荒業なのだと考えれば、やっぱりシャーリーは凄いんだなって改めて尊敬する。

 ただ、正直な所を言わせてもらうと、可愛い彼女の声が二つも同時に聞けてラッキー。なんて、邪な喜び方をしているだけなんですけどね。

「でも、お兄ちゃんは幸せものだよね。ぼくとお姉様が一つの体にいるから、えーっとなんだっけ。しまいどん? ってやつを、合法的にできるんだからさ」

 そうだな。一つの体に二人の姉妹、しまいどんも……ん? しまいどん? んー、どこで聞いたかその単語……姉妹どん、姉妹丼……姉妹、丼、だと!?

(メイ! そんな言葉、誰から教わった!)

「メイ! そんな言葉、誰から教わったの!」

「え、えっと。クルスお姉様から」

(クルス、話があるから、後で顔貸せや)

「クルス、話があるから、後で顔貸しなさい?」

 幼女が使うにはあまりにも卑猥で下品な言葉に、俺達二人は正面に座るクルス姉の顔をキッっと睨みつける。反射的に言葉遣いが荒くなってしまったが、それだけメイが心配で、余計な単語を教える駄女神な義姉に怒りを覚えてしまったのだ。

「トオル様も男の子ですから、そういうのも好みかと思いまして。それに、まるで今のお二人、子供に害悪な言葉を教える大人達を叱る、夫婦みたいですよ」

「ふう……ふ」

(夫婦って……)

 だが、笑顔で答える天然女神の真っ白さに、俺達二人は声をつまらせる。クルス姉の事だから、嘘偽りのない本音と思いたい所だけど、軽くあしらわれたような気もしてなんとなく悔しい。

 シャーリーも頬を赤く染めて、恥じらいモードに入っているし、意識してもらえているのは、なんだかとても嬉しいかも。

「あー、お姉様ばっかりずるい。ぼくも、お兄ちゃんと夫婦したい!」

 そんな彼女がメイの怒りで、更に真っ赤になっていく様は、面白いを飛び越して、のぼせ上がらないか心配になるレベルだな。

「それにしても、どんどんと関係がややこしくなって、大変そうだな大将」

(他人事だと思いやがって)

「そりゃ、他人事だからな。でもな、本音を言えば羨ましいんだぜ。こんだけの美女に囲まれて、冒険者に憧れるような男なら一度は夢に見るもんだ。このままだと、俺の事たらしだとか不誠実だとか、遊び人だなんて言えなくなっちまうな?」

 しかも、先程の仕返しと言わんがばかりに、バルカイトからは嘲笑の言葉が飛んでくるし、引きこもり同然の非モテとして生きてきた俺には、まだまだ荷が重そうだ。

「あのね、さっきも言ったけど、不誠実さなら、今のバルカイトの方が断然上よ」

「お兄ちゃんは、みんなに言い寄られてるだけだもんね」

 それにしても、やたらと今日のシャーリーはバルカイトに対して厳しいように思える。守護騎士時代のバルカイトが、どれほどカッコよかったのかはわからないけれど、彼女が尊敬していた事だけは俺にも良く伝わって来た。

 ジェミニさんの所で出会った頃は、本当にただのナンパ野郎だったからな。

「いつにも増して、今日は厳しくねぇか? なあ、鉄壁姉さんもそう思うだろ?」

「すまぬが、我もシャーロットの意見に同意じゃ。何せ、お前は見境がないからのぅ。それに比べてトオルは、シャーロットとメイベル一筋じゃて。それを承知で、皆がアプローチをかけているのであって、圧倒的にお前の負けじゃと我も思うが?」

 とは言え、救いを求めたフィルにまであしらわれた挙げ句、周りのみんなに頷かれる肩身の狭い男の姿は、俺でさえ可哀想に思えてくる。

「姫の守り人とまで呼ばれたイグナイトも、今となっちゃ肩なしだな!」

 隣の部屋から戻ってきた亮太さんにまで笑われてしまい、バルカイトは完全に止めを刺されていた。

「ったく、あの頃の俺は、もういないってのにな……」

 孤立無援の中で呟く憂いのこもったバルカイトの言葉に、何故だか俺は寂しいものを感じてしまう。彼が何を抱えているのか俺は全く知らなくて、仲間として恥ずかしい事この上無いと俺は自分を戒める。

 バルカイトが率先して話すことは無いだろうけど、二人の過去について俺は興味を持ち始めていた。

「それはそれと致しまして、お嬢様は未だに、生娘のような反応をなさるのですね」

 場の空気が静まり返った瞬間、この場にいる誰のものでもない女性の声が、シャーロットの背中から響き渡る。淡々としながらも礼節をわきまえたこの感じ、どこかで……

「さ、サラ!? びっくりするから、気配を消したまま後ろに立たないでって、昔から言ってるわよね!」

 驚き振り返るシャーリーの後方を覗き見ると、そこに立っていたのはメイド服、密偵のサラさんだった。

 首都リィンバースへと乗り込む前日に一度だけ会話をした程度の仲ではあるが、この人も一度王城へと戻ったみたいだし、無事だったようで何よりである。

 知り合いが無残に死んでいく姿なんて、これ以上俺は見たくないからさ。

「存じております。ですが、王女たるもの、この程度の気配に気づけなければ、アサッシーンに後ろからブスリですよ」

「不意打ちで殺されるとか、そんなヘマしないわよ。それに、サラはこの国で一、二を争う密偵でしょ。貴方の気配を察知するのって、私でも骨が折れるのよ」

「油断した挙げ句、ボーゲンハルト様に後ろから刺されて、死の淵を彷徨ったのはどこの誰でしたっけね」

「……悪かったわよ。気をつけるから、それはもう言わないで」

 しかし、この人はこの人で現れる度に、シャーリーを弄くらないと気がすまないんだろうか? 顔を真っ赤にして反論する彼女は確かに可愛いけど、あんまり怒らせると俺への反発と依存度が……まさか、そこまで考えてないだろうな、この人。

「と言っては見ましたが、不意打ちでお嬢様が刺されるなんてことは、早々ございませんでしょうね。気配を消すことに関しましては、誰にも負けないと自負しておりますし、殺気を感じ取る訓練はお嬢様にみっちり叩き込んできたつもりです」

「……お願い、それも思い出したくないから、やめて」

 バルカイトといい、サラさんといい、どんな過去をシャーリーと歩んできたのか、本気で嫌がる彼女の姿に、果てしない興味が湧いてくる……って、これじゃ目の前にいる、彼女を辱めて喜ぶメイドと同じ思考だ。

 いらぬ記憶を掘り起こさせて、女性を辱めようとする行為は最低の男のすること、最低の男のすること、最低の男のすること……これでよし。

「ですが、それは油断をしていない事を前提とし、あくまでも殺気のみです。押し隠された眠れる獅子、ナニに対しては、意味が無いかもしれません」

「えっと、何?」

 ドS系メイドの静かな瘴気に当てられる自分自身を戒めていると、とんでもない発言がサラさんの口から飛び出してくる。言われた本人は、気がついていないようだけど、意味深な単語に俺は嫌な汗が止まらなくなった。

「はい、ナニです。殿方の内に秘められた、欲望の権化であり化身です。その小さな凶器は、お嬢様の背中から大切な穴へブスリと――」

 そこまで言われてやっと、彼女に何を言われているのか思い当たったようで、シャーリーの顔が沸騰したやかんのように真っ赤に染まっていく。

「ちょ、サ、サラ! 何いってんのよ! 刺されないわよ、そんな簡単に許さないわよ!」

「どうでしょうかね。そういうことを言う方に限って、あっさりと貫かれるものですよ」

 今までで最高に頭に血を上らせた彼女は、両目をぐるぐると回しながら全身を使って反論する。そんなシャーリーの事を、冷ややかな瞳で見下ろすメイドの言葉に、ひどく懐かしいデジャブを俺は覚えてしまっていた。
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