俺と幼女とエクスカリバー

鏡紫郎

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第九章 己の使命

第412話 彼女の一人称

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「トオル、どうかした?」

「お兄ちゃん、メイ、何かおかしかった?」

 どのタイミングで話を切り出そうかと彼女の事を見つめていると、二人は俺を見ながら怪訝そうに眉をひそめる。

 ちょうど俺に注意が向いたし、ここで訊ねてみるとするか。

(その、だな、メイは、僕っ娘だろ?)

「ぼくっ……こ?」

(あー、僕っ娘っていうのはだな、えーと)

「僕っ娘と言うのはですね。あのね、ボクね、っという感じに、男の人に多い一人称を使う女性につけられる、属性のことですね。最近では派生型として、オレを一人称とする俺っ娘、などと言うものもあります」

(お、おう。ありがとな、クルス)

 昔ながらの癖か、こちらの世界では馴染みの無い言葉を自然と使ってしまったが、それを説明する前に、自信満々に僕っ娘を語るクルス姉によって更に出鼻をくじかれる。

 まさかこいつに、僕っ娘の知識まであるとは……どんだけ、俺のオタク趣味について、念入りに調べたんですかね?  

「それで、メイが自分を僕って呼ぶことの、何がおかしいのかしら?」

(いや、おかしいってわけじゃないんだけど、ぼくねって呼んだり、メイねって呼んだり、統一性が無いのが少しばかり気になってさ。あ、別に他意はないんだ。ただ、ちょっとだけ疑問に思ったから)

 ここ数日、二人と会話する時間が長かったせいか、ころころ変わるメイの一人称が気になって仕方がなかったのだが、シャーリーの言う通りおかしな所は何もない。

 そもそも、統一性が無ければおかしいという発想自体が、他人を縛り付けるという俺の嫌いな行為そのものであって、個性として受け入れてやらなきゃいけないんだよな。

「ごめんね、お兄ちゃん。ぼくも、よくわからないんだ。そんなメイのこと、嫌いに……なっちゃう?」

(そんなこと無い! そんなこと無いから! 不安にさせて、ごめんな)

 それに、小さな子供にとって、誰かに疑われるという行為はそれだけで精神的負担になるわけで、あまりにも軽率だったと深く反省する。

 デリケートなシャーリーの体に、もっとデリケートなメイの精神が加わって、王女様姉妹のお相手は、苛烈を極めそうである。

「そのことについてなら、私の憶測になるけど……いいかしら?」

(シャーリーには、思い当たる節があるのか?)

 無遠慮な質問のお詫びに、何か出来ないかと考えあぐねていると、律儀にもシャーリーは自分の仮説を俺に伝えようとしてくれる。

 本来なら、妹を傷つけた俺の事をお姉ちゃんとして叱る立場のはずなのに、相手にまで慈悲を与えてくれるのが彼女の優しい所なんだよな。

 ちょっと大げさすぎるかも知れないけれど、そんな彼女が俺は大好きだ。

「えぇ。メイは元々、この世界に生まれ落ちていないのよ」

(あ……そっか、そういえばシャーリーとの双子で、死産……だったんだよな)

「そう。しかも未熟児で、性別すらまともに判別できない状況だったらしいの。だからだと思うのだけど、性別ってものが、この子には無いんだと思う」

 神妙な顔つきで語る彼女の言葉で思い出したけど、メイの境遇はかなり重い。

 彼女とシャーリーは双子の姉妹で、魔神であるジョナサンによって作られた実験体。しかも、一人分しか魔力が足らず、妹であるメイの方は体すら出来上がらずに捨てられ、魂だけをジョナサンに回収された。

 そして、不完全と認識されたシャーリーの代わりとして、無邪気な彼女をセイクリッドと魔族の混合体として、自分の思い通りに操ろうと奴はしていたのである。

 この話は、シャーリーの体の中でメイが話した内容を、彼女なりに補って俺へと伝えくれたものだけど、魂だけの存在として生まれた彼女にとって性別は無きに等しく、中性的になってしまったというシャーリーの推測も頷ける。

 わかっていないだけかも知れないけれど、メイも否定しない辺りシャーリーの説明は限りなく事実なのだと俺は思った。

 しかし、それならそれで、何故メイの声は可愛い女の子のものなのかと、新たな疑問も生まれてしまう。

(でも、喋る時は、シャーリーとは違う声音だし、女の子の声だよな)

「それは単純に、私の声帯を使ってるからじゃないかしら。流石にこの体で、男の人の声は出せないもの」

 確かに、シャーリーのおっさん声とか聞きたくないもんなあ。少年声ならともかく、そのまま成長したメイが魔王みたいな声で喋り始めたら、俺はもう生きて行けん。

「その辺りも加味して、私の第二人格として植え付けるために、女の子寄りにマナのバランスを整えたのだと私は思う」

(それで、声も性格も女の子っぽいと)

 ジョナサンみたいな声で俺を呼ぶ、メイの姿を想像しながら言葉を返すと、シャーリーは一つ頷き、げんなりとする俺を無視したまま話を続ける。

「でもね、私にかけられた呪いは不完全で、シャーロットとしての意志を消すことは出来ず、トオルのおかげもあって、メイはメイとしての独立した人格を持った。けれど、本来メイは両性みたいなものだから、男の子っぽい言動も出てしまうのだと思うのよ」

(なるほど、それで一人称が、ぼくなわけか)

「えぇ。それと、気の強いところなんかも、男の人の部分が影響してるんじゃないかしら」

 彼女の話した内容は、大方納得の行くものだったけど、一つだけ言わせて欲しい。気が強いのは、男とか関係なく遺伝だと思うぞ。現にシャーリーも、などと否定の異を唱えようとしたが、何を言われるかわからないのでやめておくことにした。

「お姉さま、それは言いすぎなんじゃないかな。ぼく、これでも結構乙女なんだよ」

「自分で乙女って言わない。それに、しおらしいのはトオルの前だけでしょ」

「そう言われちゃうと、否定出来ないけど」

 二人の会話を聞いていると、喉元まで出かける単語が山のように溢れてくるのだが、姉妹の仲の良さがわかっただけで良しとしよう。それに、命あっての物種だしな。

(そこまではわかったけど、一人称が不安定な理由が、俺にはまだピンときてないんだが)

「ぼくじゃなく、メイが一人称になるタイミング、トオルにはわかる?」

 メイの現状を理解した俺が、未だ解き明かされる事のない本題に足を踏み入れようとすると、突然シャーリーは塾の先生のような謎掛けを俺にけしかけて来る。

 しかし、考えてもわからない事だから質問をしているわけで、なぞなぞマンかよ! というツッコミを抑えつつ俺は素直に両手を上げた。

(いや、わからん。というか、わかっていれば、この疑問は解決してると思うんだが?)

「それもそうか。じゃあ、端的に説明するけど、あれは一種の防衛本能みたいなものだと私は思うの」

(防衛)

「本能?」

 最近、少しずつ俺が生意気に見えてきている弊害か、無意識のうちに年上の自分を演じる彼女の話は、どうにも要領を得ない。

 メイ本人も理解していないようだし、早々にネタバラシをして欲しいところなのだが、ここでせがむと生意気度が増してしまうのでおとなしく待つことにしよう。

「メイが自分のことを、メイって呼ぶ時はね、不安や恐怖、それに怒り。すなわち、負の感情が高まってる時なのよ。呪いが強かった頃の私が、突然饒舌になったりした時と一緒でね」

 そんな彼女の具体的な説明を聞いて、なんとなくではあったが俺の中での理解が深まる。となると、メイの一人称を引き出すためには、こうすれば良いのかな? 

(そっか、そんな露骨に防衛意識を出しちゃう子とは、一緒にいられないな)

「そ、そんな! メイ、嫌だよ! メイ、頑張るから! 頑張って、お兄ちゃんに嫌われない子になるから! だから! メイのこと、嫌いにならないでよ!」

(……なるほど、こういう事か)

「……ほえ?」

 物憂ものうげな雰囲気の俺がメイの存在を否定すると、彼女は必死に俺を掴みメイよメイよと自分の事を主張してくる。

 言われてみるまで気づかなかったが、気づいてしまえば簡単で、彼女はとても可愛いらしい、寂しがり屋の少女だったってわけだ。

「そういうこと。大丈夫だよメイ、トオルはそんなこと、本気で思ってなんていないから。それに、こんなことぐらいで私達のことを嫌いになるような人じゃないのは、メイもわかってるでしょ」

「えっと、えっと……それじゃあ、今のはぼくのこと、試してたってこと?」

(まあ、悪く言えば、そういう事になるかな)

「むー、お兄ちゃんのバカ! ぼく、本当に不安だったんだからね」

 仮説を実証するためとは言え、女の子を泣かせてしまった事は事実であり、それに対する罪悪感は拭いきれない。今も彼女は本気で怒っているし、メイの感情が昂ぶれば、同じ体を使っているシャーリーにも被害が及ぶ。ここは二人のために、男として詫びを入れなきゃな。

(悪かったって、許してくれよ。お詫びにさ、なんでも一つメイの言うこと聞くからさ)

「……なんでも? 本当に、なんでも?」

(おう! でも、俺のできる範囲で頼むな)

 だが、俺の体は剣であり、肩を揉めとか、家の周りを百週走れとか言われても出来ないわけで、情けないながらも及び腰になってしまう。まぁ、人間の体があった所で、十週も走ったら倒れる自信があるぐらい、人間だった頃の俺は貧弱なんだがな。

「じゃあ……好きって言って。ぼくのこと大好きだって、精一杯ぼくに伝えてよ」

 それに、メイは素直で純真だから、無駄に俺を困らせるようなことは言わないのである。

(わかった。それじゃあ、いくぞ)

 そんな彼女を心から安心させるため、俺に出来る精一杯でメイベルに愛をささやきかける。

(ごめんなメイ。本当は俺、お前のことが好きで好きで、お前がいないと生きていけないくらい大好きなんだ。さっきのことは、本気で悪いと思ってる。だから、俺のこと嫌いにならないでくれよ。なっ、頼むよ)

「生きていけないぐらい好きとか、そんな~。ぼくが、お兄ちゃんのこと嫌いになるわけ無いじゃないか。それに、そんなに情熱的に言われたら、嬉しいけどぼく……困っちゃうよ」

 好きって言うだけで何でも許されるのなら、俺としては楽だけど、メイの将来が正直心配になってくる。

 こういう女の子をかどわかして、操り人形のように手玉に取るのが悪い男のすることなら、やっぱり俺は真の悪男にはなれないらしい。
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