俺と幼女とエクスカリバー

鏡紫郎

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第八章 真実を知る者

第408話 光と影を抱きしめたくて

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「あーあ、ぼくの完敗か」

「メイベル」

 柔らかくもハリのある、愛しき少女の全身を余すことなく味わっていると、闇の奥からもう一人の彼女が姿を表す。

 見た目こそ、幼女の時のシャーリーそのものだが、瞳の色は琥珀色で口調は間違いなくメイベルのもの。全てが終わった事を確認した彼女は、敗北を認めに来たらしい。

「良かったね、お姉さま。ほんとに全部受け止めてもらえて」

「メイ」

 穏やかな口調で話すメイベルの事を愛称で呼ぶ辺り、二人の姉妹は心の中である程度の情報共有をしていた様子。体を乗っ取られていたとは言え、妹であるメイベルのことをシャーリーは受け入れていたのだろう。

 彼女がどこまで自分のことを姉に対して語ったのかは定かでないが、シャーリーがこの場所に引きこもる事を選んだ理由に、メイベルの出生が関わっていたのかも知れない。

 たった一人の妹のために全てを投げ出す姉……心優しいシャーリーならあり得ない話でもないな。

 それなら尚の事、姉妹揃って救えなければ、彼氏としての面子丸つぶれだ。

「それじゃあ、ぼくはここでお別れだね。お兄ちゃんと、お幸せに」

 だと言うのに、最初の約束も忘れて身勝手に消えようとするもう一人のシャーリーに、頭の中の血管が少しだけ切れそうになる。姉妹揃ってなんでこう、勝手に話を進めたがるかね。

「シャーリー、ごめん。ちょっとだけ」

 これはお仕置きが必要だなとシャーリーの体をそっと離すと、メイベルの元へと俺は近づき彼女の脳天へ空手チョップをお見舞いする。

「いった! な、何するのさ、お兄ちゃん!」

「何って、お前がバカなこと言ってるからだ」

 涙目で見上げてくる幼女の可愛さに魅せられて、上から目線で叱りつける優越感に浸りたくなるが、冷静に邪念を振り払い俺は落ち着きを取り戻す。どうせ俺の事だ、まともに何か反論されたら、ふんぞり返っている余裕なんて無いに決まってる。

「バカって、バカなのはお兄ちゃんのほうじゃないか!」

「それは、否定しないけど……って、そうじゃなく、お前も来るんだよ」

「……へっ?」

 案の定バカと言われて素直に認めてしまう俺だったが、彼女も彼女で意外そうに、面食らった表情を見せながら大いに戸惑っている様子。

 何かに向かって突っ走ると、周りが見えなくなる所まで姉妹揃って一緒だなんて、こりゃあ骨が折れるな。

「誰が誰を救うって言ったのか、もう忘れたのかよ?」

「だって、お姉さまと――」

「お前も救ってやるって、言っただろ」

「あっ」

 彼女の言い訳をさえぎるように頭の上に右手を乗せると、メイベルは両目を細めながら幸せそうに一つ頷く。

 彼女の惚けるその姿が、夢の中で演じていたシャーリーと重なり、心の奥から愛おしさが込み上げてくる。やっぱり彼女はシャーリーであり、彼女と血を分け合った妹なんだなと俺は確信した。

「正体現した時からずっと思ってたけど、勝手すぎるんだよお前は。勝ったほうが負けたほうを好きにして良いって約束、忘れたとは言わせないぞ」

「えっと、ぼく……お兄ちゃんに、食べられちゃうの?」

「……トオル? メイに変なことしたら、私、怒るからね」

 彼女を優しく諭しながら自然に引き込む算段を整えようとしていると、メイベルは突然小悪魔ぶりを発揮し、蔑むような眼差しでシャーリーも俺を睨みつけてくる。

 悪魔らしくメイベルの知識が偏っているのはともかく、シャーリーに批判される辺り俺って信用ないよな。まぁ、そういう事に興味津々なお年頃ですし、疑われても仕方ないか。

「あのなぁ、いくら俺が変態でも、女の子が嫌がるような鬼畜な所業はしませんって」

 とは言え、エッチな事はしませんと男の俺が明言した瞬間、残念そうに肩を落とすのはやめてくれませんかねご両人。

 女の子達との付き合いも大分長くなってきたけど、こういう時の気持ちだけは未だ持ってさっぱりわからん。

「それに、今まで俺に接してきたシャーリーの半分は、お前なんだろ? だったら、俺の好きなシャーリーには、お前も必要なんだ」

 そんな現実から目を背けるために話を戻してみたものの、メイベルが入るのはシャーリーの体なわけで、本人の承諾も得ずに勝手に話を進めるのは流石にまずいよな。

「……あー、ご本人様のご承諾も得ずに話を進めて参りましたが、シャーロット王女殿下は如何でしょうか?」

「私の体を乗っ取って、好き勝手にしないなら。それに、メイは私の双子の妹でしょ? 姉として、捨て置く訳にはいかないもの」

 小さな罪悪感が積み重なった結果、自然とへりくだってしまう小心者の提案を、王女様はすんなりと承諾してくれる。俺の思っていた通り、二人の間には小さな繋がりが育まれており、心の底から俺は安堵した。

 それに、妹を受け入れる覚悟が姉の中にあるのなら、後は彼女の一言だけ。それを確実にするためにも、温めてきた切り札を俺はここで使おうと思う。

 女の子全員が喜ぶわけでもないだろうし、ちょっとだけ汚いような気もするけど、出せる手は全部使っておかないとな。

「だ、そうだ。どうする? 来るか? いや、来てくれるか、メイ」

「お兄ちゃん……お兄ちゃん、だーいすき!!」

 敵である彼女と一線を引くために、頑なに言わないようにしてきた彼女の愛称。それでメイベルを呼んでやると、全ての心を許したかのように、俺の胸へと彼女は飛び込んでくる。

 大人のシャーリーとは違い、俺なんかでも受け止められる小さな衝撃を優しく抱きとめると、暖かな感情が体の奥から湧き上がって来た。

 本来であれば、出会う事すら無かった姉妹の絆を取り持てた奇跡に、良い知れない充足感を俺は覚える。この世界に来た理由をまた一つ噛み締め、二人のためになれたことに、心の底から俺は感動していた。

「全く、あんな態度とるぐらいなら、最初から私に相談してよね。まぁ、そういう無鉄砲な所に、私も救われてるんだけど」

「ごめんごめん。やっぱその、シャーリーに怒られるのは怖くてさ。お小言なら、あとで、きく……」

 照れ隠しに呆れるシャーリーも可愛いな、なんて思っていると、突然目の前が激しく歪み自力で立っていられなくなる。神具を宿した体とは言え、絶え間なく続く魔力の消耗に遂に限界が訪れたようだ。

「トオル?」

「お兄ちゃん?」

「……ごめん、まりょく、げんかい、みたい……だ」

 シャーリーのぬくもりをもう一度だけ。そんな小さな願いも叶わず、二人に名前を呼ばれながら俺は意識を失った。
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