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第八章 真実を知る者
第399話 始祖の霊脈
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「ちょうどいいタイミングだったかな、お兄ちゃん」
クルスの笑顔を眺めながら内心頭をうなだれさせた瞬間、無邪気な少女の笑い声が上階から響き渡る。
(……シャーリー)
どこから入ってきたのか、吹き抜け状になっている二階の手すりに腰を下ろした少女が、銀髪を揺らしながら俺達を見下ろしていた。
「ほう、そなたがトオルの言っておった偽物か」
昨日と同じく露出の多い衣装を纏うシャーリーの姿を見て、二本の黒槍をフィルは即座に顕現させる。
「もー、お兄ちゃんの周りって、本当に血の気が多いなぁ。今日は半分、お兄ちゃんと遊びに来ただけなのに。これ、約束の場所の地図だから、明後日ちゃんと来るように。じゃね~」
このまま二人小さな小競り合いへ発展するかと思いきや、一枚の紙を上から投げ捨てると、一目散に二階の窓から彼女は外へと飛び出す。それを見たフィルが玄関から追いかけようと踵を返すが、ドアを開けた所で立ち止まり、ため息を吐き出しながら引き返して来る。
「既に気配がないとは、逃げ足の速いやつじゃて」
セイクリッドの体に悪魔の力を備えたあの娘は、本気になれば女神からも逃げられる。クルス姉と一緒とは言え、かなりの強敵であることは間違いなく油断はできない。いくら見た目がシャーリーでも、気は抜けないな。
「それにしてもこれ……何?」
父親の面影に為す術なく敗北したシャーリーの姿を思い出し、心の中で気を引き締め直していると、あの娘が投げてよこした紙をテーブルの上に広げたカーラが、両目を細めながら首を傾げる。
どの様な物なのかと気になった俺は、クルス姉に掲げてもらい上から覗き込んでみると、薄汚れた紙の上には子供が落書きでもしたかのような粗雑な地図が描かれていた。
「わたしより、酷い」
隣でつぶやくアイリの画力がどの程度かはともかく、確かにこんないたずら書きでは辿り着くのも難しいと言うもの。夢の中で出会った時、クルス姉以上の幼さを感じたが、彼女はいったいいくつなのだろう? と言うより、姉より幼く感じるって凄い字面だよな……生きてきた年齢換算では年下なクルス姉のおかげで、頭の中がオーバーヒートしてゲシュタルト崩壊するかも。
「ふむ……ここが城、現在地、北の山、墓……うむ、おそらくあそこじゃな」
「あそこじゃなって、わかんのこれ?」
シャーリーの中に居るファントムと名乗った少女の幼さと、クルス姉の年齢について頭を悩ませていると、テーブルの上の地図らしきものを見たフィルが、あっという間に謎を解き明かしてしまう。
「おそらくではあるが、王家ゆかりの地じゃろうて」
地図の上の方に汚い三角が並んでいて、それとは違う四角いアイコンに赤い丸がぐるぐるとなっているのだが、山に墓に目的地、って事なのだろうか……
(まぁ、俺にはさっぱりわからないし、フィルの推理に従うよ。それで、ここはどういう場所なんだ? 王家ゆかりの地って言ってたけど)
「うむ、この場にはの、歴代のリィンバースの王族たちが眠っておる。名は始祖の霊脈と呼ばれ、高密度の霊気が漂っておるのじゃ」
なるほど。フィルの説明通りなら、いわゆる王族の墓、古墳みたいなものになるのか。って、事は、なんだ……幽霊とか、出てこないだろうな? ……いやいや、別に怖いとか思ってないぞ! 霊気とか言ってたし、備えるものが必要ならそれが無いと不利になるだろ? 幽霊屋敷に物理パーティーで突っ込んでいったら返り討ち! とか、RPGのお約束ですし!!
「始祖の霊脈、で御座いますか?」
「む、クルスは知らんかったかの?」
「はい。誠にお恥ずかしい限りなのですが、この辺りは魔力が濃く、雲の上からでは何も見えませんでしたので」
しかも、女神ですら見渡せない程の魔力の濃さを誇る場所とは、何か相当大切なものが安置されているのかも。もしくは、あの娘の名前通り、超凶悪なファントムが……
「霊気とは言え、悪霊の類は存在せぬゆえ安心して良いぞ、トオル」
(へ? ……べ、別に、怖くなんて――)
「強がっても無駄無駄。さっきからあんた顔真っ青だし、声にも出てるわよ、とーおーる!」
知らず識らずの内に、そんな恐怖が顔に出ていたらしく、良いものを見たとカーラが俺を嘲り笑う。フィルに刀身を撫でられているだけでも恥ずかしいのに、もうお婿に行けない!
「始祖の霊脈か。確か、王家の血と、魂の拍動が感知できないと入れないんじゃなかったか? いや、お嬢の体があれば、魂も半分偽造できるか」
「バルカイトよ、その可能性は限りなくゼロじゃ。霊脈の奥へと辿り着くためには、王家に連なる血ももちろんじゃが、鍵となるのはセイクリッドとしての魂の資質。先程来たシャーロットからは、それを全く感じ取れてはおらぬ。今の彼女では、どの様な力を使おうと奥には入れぬじゃろうて」
新たな弱点を知られた俺が体を真っ赤にしていると、大人二人がまともな会話を展開し、始祖の霊脈について話し合いを始める。このまま顔を俯かせているだけでは情けない男になってしまう故、なんとかして話に混ざらないと。
(えっと、奥には、ってことは?)
「うむ、戦うのにちょうどよい場所が、入り口の一つにあっての。おそらくあれは、そこで待っているのじゃろうて」
(なるほど。とにかくそこに行って、あの娘と戦えばいいってわけか)
「じゃな」
フィルの説明を聞く限り、始祖の霊脈という場所はかなり複雑な作りをしているようだが、何はともあれ辿り着かなくては始まらない。
「けどよ、こっからだとそろそろ出発しないと不味くないか? トオルの話通りなら対決は二日後、急がないと不戦敗になっちまうぞ」
「我とクルスであれば明日にも辿り着けなくもないが、余力は残しておきたいしの。負ければそれこそ、骨折り損のくたびれ儲けじゃて」
「では、リョウタさんとサクラさんにお伝えしてまいりますので、皆さんは準備をお願いします。行きましょう、トオル様」
偽シャーリーの登場から矢継ぎ早に話が進み、俺たちはまた戦場へと旅立とうとしている。大切なものを失わぬため、大切なものを取り戻すため、リィンバースゆかりの地の一つへと再び歩み始めるのであった。
クルスの笑顔を眺めながら内心頭をうなだれさせた瞬間、無邪気な少女の笑い声が上階から響き渡る。
(……シャーリー)
どこから入ってきたのか、吹き抜け状になっている二階の手すりに腰を下ろした少女が、銀髪を揺らしながら俺達を見下ろしていた。
「ほう、そなたがトオルの言っておった偽物か」
昨日と同じく露出の多い衣装を纏うシャーリーの姿を見て、二本の黒槍をフィルは即座に顕現させる。
「もー、お兄ちゃんの周りって、本当に血の気が多いなぁ。今日は半分、お兄ちゃんと遊びに来ただけなのに。これ、約束の場所の地図だから、明後日ちゃんと来るように。じゃね~」
このまま二人小さな小競り合いへ発展するかと思いきや、一枚の紙を上から投げ捨てると、一目散に二階の窓から彼女は外へと飛び出す。それを見たフィルが玄関から追いかけようと踵を返すが、ドアを開けた所で立ち止まり、ため息を吐き出しながら引き返して来る。
「既に気配がないとは、逃げ足の速いやつじゃて」
セイクリッドの体に悪魔の力を備えたあの娘は、本気になれば女神からも逃げられる。クルス姉と一緒とは言え、かなりの強敵であることは間違いなく油断はできない。いくら見た目がシャーリーでも、気は抜けないな。
「それにしてもこれ……何?」
父親の面影に為す術なく敗北したシャーリーの姿を思い出し、心の中で気を引き締め直していると、あの娘が投げてよこした紙をテーブルの上に広げたカーラが、両目を細めながら首を傾げる。
どの様な物なのかと気になった俺は、クルス姉に掲げてもらい上から覗き込んでみると、薄汚れた紙の上には子供が落書きでもしたかのような粗雑な地図が描かれていた。
「わたしより、酷い」
隣でつぶやくアイリの画力がどの程度かはともかく、確かにこんないたずら書きでは辿り着くのも難しいと言うもの。夢の中で出会った時、クルス姉以上の幼さを感じたが、彼女はいったいいくつなのだろう? と言うより、姉より幼く感じるって凄い字面だよな……生きてきた年齢換算では年下なクルス姉のおかげで、頭の中がオーバーヒートしてゲシュタルト崩壊するかも。
「ふむ……ここが城、現在地、北の山、墓……うむ、おそらくあそこじゃな」
「あそこじゃなって、わかんのこれ?」
シャーリーの中に居るファントムと名乗った少女の幼さと、クルス姉の年齢について頭を悩ませていると、テーブルの上の地図らしきものを見たフィルが、あっという間に謎を解き明かしてしまう。
「おそらくではあるが、王家ゆかりの地じゃろうて」
地図の上の方に汚い三角が並んでいて、それとは違う四角いアイコンに赤い丸がぐるぐるとなっているのだが、山に墓に目的地、って事なのだろうか……
(まぁ、俺にはさっぱりわからないし、フィルの推理に従うよ。それで、ここはどういう場所なんだ? 王家ゆかりの地って言ってたけど)
「うむ、この場にはの、歴代のリィンバースの王族たちが眠っておる。名は始祖の霊脈と呼ばれ、高密度の霊気が漂っておるのじゃ」
なるほど。フィルの説明通りなら、いわゆる王族の墓、古墳みたいなものになるのか。って、事は、なんだ……幽霊とか、出てこないだろうな? ……いやいや、別に怖いとか思ってないぞ! 霊気とか言ってたし、備えるものが必要ならそれが無いと不利になるだろ? 幽霊屋敷に物理パーティーで突っ込んでいったら返り討ち! とか、RPGのお約束ですし!!
「始祖の霊脈、で御座いますか?」
「む、クルスは知らんかったかの?」
「はい。誠にお恥ずかしい限りなのですが、この辺りは魔力が濃く、雲の上からでは何も見えませんでしたので」
しかも、女神ですら見渡せない程の魔力の濃さを誇る場所とは、何か相当大切なものが安置されているのかも。もしくは、あの娘の名前通り、超凶悪なファントムが……
「霊気とは言え、悪霊の類は存在せぬゆえ安心して良いぞ、トオル」
(へ? ……べ、別に、怖くなんて――)
「強がっても無駄無駄。さっきからあんた顔真っ青だし、声にも出てるわよ、とーおーる!」
知らず識らずの内に、そんな恐怖が顔に出ていたらしく、良いものを見たとカーラが俺を嘲り笑う。フィルに刀身を撫でられているだけでも恥ずかしいのに、もうお婿に行けない!
「始祖の霊脈か。確か、王家の血と、魂の拍動が感知できないと入れないんじゃなかったか? いや、お嬢の体があれば、魂も半分偽造できるか」
「バルカイトよ、その可能性は限りなくゼロじゃ。霊脈の奥へと辿り着くためには、王家に連なる血ももちろんじゃが、鍵となるのはセイクリッドとしての魂の資質。先程来たシャーロットからは、それを全く感じ取れてはおらぬ。今の彼女では、どの様な力を使おうと奥には入れぬじゃろうて」
新たな弱点を知られた俺が体を真っ赤にしていると、大人二人がまともな会話を展開し、始祖の霊脈について話し合いを始める。このまま顔を俯かせているだけでは情けない男になってしまう故、なんとかして話に混ざらないと。
(えっと、奥には、ってことは?)
「うむ、戦うのにちょうどよい場所が、入り口の一つにあっての。おそらくあれは、そこで待っているのじゃろうて」
(なるほど。とにかくそこに行って、あの娘と戦えばいいってわけか)
「じゃな」
フィルの説明を聞く限り、始祖の霊脈という場所はかなり複雑な作りをしているようだが、何はともあれ辿り着かなくては始まらない。
「けどよ、こっからだとそろそろ出発しないと不味くないか? トオルの話通りなら対決は二日後、急がないと不戦敗になっちまうぞ」
「我とクルスであれば明日にも辿り着けなくもないが、余力は残しておきたいしの。負ければそれこそ、骨折り損のくたびれ儲けじゃて」
「では、リョウタさんとサクラさんにお伝えしてまいりますので、皆さんは準備をお願いします。行きましょう、トオル様」
偽シャーリーの登場から矢継ぎ早に話が進み、俺たちはまた戦場へと旅立とうとしている。大切なものを失わぬため、大切なものを取り戻すため、リィンバースゆかりの地の一つへと再び歩み始めるのであった。
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