俺と幼女とエクスカリバー

鏡紫郎

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第八章 真実を知る者

第396話 弟の不安

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(わかったならいい。クルス姉、とりあえず今日はもう寝ろ)

「はわわー、なんかもう足蹴にされてるお姉ちゃん感が出てて、心臓が破裂しそうです!」

 とは言ったものの、自分で思っている以上に俺は不器用らしく、真上には言葉足らずな説明のおかげで呼吸を荒げる変態な姉がいる。

 今日は遅いし一度寝て、落ち着いてから明日また話をしようと言いたかったのだけど、今のは確かにちょびっとだけ、そっけなかったのかも知れない。だからといって、一から説明するのも会話の流れ的にどうかと思うわけで……だめだ、ドMを喜ばせない加減が全然わからねえ。

「それに、お姉ちゃんという言葉がついただけで、とても甘美なものが……はう! いけない想像だけで、お姉ちゃん飛んでしまいそうです」

 しかもその、弟くんに責められる姉というシチュエーションに異常なまでの興奮を覚えるのは、俺がおかずにされているような気がしてなんかやだ。それに、彼女の知識の大半は俺の部屋の中にある書物や円盤な訳だけど、その手の本とか資料ってあったっけ? 

 もしかしてこいつ、独学で色々と探したんじゃ……大丈夫かな、俺のパソコン。ウイルスとかに感染してないと良いけど……まぁ、今更戻れるものでも無いし、考えても仕方ないか。

 しかし、妄想だけでこんなにも喜んで、クルス姉は本当に大丈夫なのだろうか? 

 あまりに激しく興奮し続ける義理の姉の姿を見ていたら、負けた時の事を考えて興奮する。みたいな発言を、彼女が昔していた事を俺は突然思い出す。

 ベリトの塔で二人きりになった時の、他愛のない話だったけど、戦闘の真っ最中、敵にねじ伏せられる妄想でドMのままに敗北を選ぶような事があれば、俺は……

(何想像してるかわかんないけど、クルス姉。俺の姉を名乗るんだったら、変なこと考えるのだけはやめてくれよな)

「? 変なこと、ですか?」

 おかしい……契約の影響で、俺の頭の中は見られたい放題のはずなのに、何でこいつはもわからないと言わんがごとく、不思議そうな表情で俺のことを見下ろしてくる? 

 もしかして、あれか? そういうところだけあえて無視して、俺に怒られて気持ちよくなりたいとか思ってるのか、このドMは!

(えっと、敵に負けて気持ちよくなろうとか、それを見られてもっと気持ちよくなろうとか……そ、そういう事だよ)

 創作の中とは言え、楽しんでいた身で何を言っているんだという話ではあるが、面と向かって女の子に説明すると凄い罪悪感が……それと、弟にいたぶられる姉の妄想もできればやめて欲しい。

「あのー、トオル様が何を言いたいのか、お姉ちゃん良くわからないんですけど」

(と、塔の地下で、それっぽいこと言ってただろ! 頼むから、お前だけは居なくならないでくれよ。俺のせいで、居なくならないで……)

 どんなに力が強くとも、人間なんて存在はいとも簡単に死んでしまう。俺はそれを嫌というほどに痛感させられ、既に二人もこの手から失った。

 目の前の彼女は女神様で人間じゃないかも知れないけれど、いつどうなるかなんてわからないし、それこそ普通の人間並に刺されたぐらいで死んでしまうかも。

 だってさ、彼女は最も人間に近い形で作られていて――

(って、なんで笑うんだよ?)

 クルス姉の事があまりにも心配すぎて、頭の中で色々と考えていたというのに、真上で笑いをこらえだす駄目な姉の姿に俺は悪態をついてしまう。

「す、すみません。そんな事を考えていたとは、思ってもみませんでしたので。確かにあの時、負けた時のことを考えて、楽しむのは許されますよね? とは言いましたが、勝ち筋はしっかりと用意してありますし、あくまでそれは想像の中だけです。それに、実際そんな状況で、喜んでる余裕なんてありませんよ」

 しかも、彼女のために思い悩んでいたはずなのに、一転してドMに正論を説かれている状況に無性に腹が立つ。

(そうは言うけど、ブネに負けた時のお前の目、めっちゃキラキラ輝いてたぞ)

「え? ほ、本当ですか?」

(あぁ、本当だよ)

 朝美が倒れ、シャーリーが怯える中、倒されたこいつが無意識で喜んでいるのを見て内心本気で焦っていたのに、自覚なかったのかよこいつ。

(だから、本音を言えば、朝美以上に心配だったんだよ。いつかお前が、快楽落ちするんじゃないかって。堕天使って立場上、余計にな)

 無垢で清らかな女神の心に魔を差させてしまったのは俺であり、責任を感じているからこそ最悪の末路を辿って欲しくはない。それに、口約束とは言え姉になってくれた女性を失ったら、次こそは本当に自分の事を許せそうにないのだ。

(これ以上は本当に、耐えられる自信がねぇんだよ。だから、頼む。俺の姉なら、俺の側から居なくならないでくれよ)

 枯れるほど泣いたはずなのに、豆粒大の魔力の涙が刀身を伝って流れ落ち始める。死ぬまでの十八年と、こちらの世界に来てからの少しのぶん、みんなまとめてこの数分で泣ききったように思えてきた。

「……これ程までにトオル様を苦しめていたとは、アサミヤクルス一生の不覚。ですが、ご安心ください、トオル様をお一人にはなさいません。クルスお姉ちゃんは、トオル様をお守りし、一生お側でお慕い申し上げます」

 俺の体を壁に立て掛け、両手を組みながら笑顔を向けるクルス姉。弾けるほどに美しく優しい女神の微笑みが、俺の心を浄化していく。

「お慕い……し続けますので、たまにはその、なじっていただけたら嬉しいなって」

(この、駄女神がぁ!!)

 しかし、最後に欲が出てしまうのが彼女が駄女神である所以であり、恥ずかしそうにドMをこじらせきった姉を一括してやると、はひぃ! お姉ちゃん、弟に責められて、責められて、とか、凄く幸せそうな笑みを浮かべて、一目散に部屋を後にする。

(はぁ。すっげぇ幸せだったけど、なんかすっげぇ疲れた)

 とまぁ、結局最後まで変わらない姉のおかげで心配の種は尽きないけど、少しなじってやるだけで安心を得られるのなら、意味もなく叱るのもたまにはありか。それで彼女が満足して、戦いに支障が出ないなら……あぁ、どんどん俺がド変態になっていく。

 仕方がない、これもハーレムを形成するものの業、こんなダメ男の人間性一つ捧げるだけで皆が幸せになれるのなら、いくらでも差し出してやる! 

(さてと、クルス姉も帰ったことだし)

「そうだね、邪魔者も帰ったことだし」

 何にせよ、彼女のおかげで久々に一息つけると安堵した瞬間、聞こえるはずのない少女の声に慌てて俺は視線を移す。

 すると、そこには……

「久しぶりだねお兄ちゃん。今度は、ぼくとお話してくれるかな?」

(シャー……リー……)

 そこに居たのは、黒い破廉恥な衣装を纏った俺の最愛の女性。シャ―ロット・リィンバースが、窓の縁に腰掛けていた。
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