俺と幼女とエクスカリバー

鏡紫郎

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第八章 真実を知る者

第389話 落涙の契り

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「我が主のため。アマミヤクルス、参ります!」

 気勢を轟かせ、両手に気合を込めたクルスは二本の炎の剣を顕現させると、目の前の壁めがけ同時に斬りかかる。だが、彼女の勢いとは裏腹に、障壁の破れる気配はない。

「む、次の追手が来たようじゃの」

「あいつらいったい、どこから湧いてんのよ」

 それに、新たな魔物の一軍が城の方からは近づいていて、このまま時間がかかるようでは間違いなく消耗戦になる。カーラとリースの合体までに、皆の魔力がどれほど残っているのか不安だけど……そうだ、こんな所で落ち込んでいる場合じゃない。皆が頑張ってくれているのに、俺だけのうのうと見てるだけとか、今までと何も変わらないじゃないか。今俺にできること、俺にしか出来ないことは……

「トオル様、もう少しだけお待ち下さい。私が必ず、この扉を破ってみせますから」

(なぁ、クルス。俺と……契約してくれないか?)

「契約……け、契約ですか!?」

 突然の俺からの申し出に、フルフェイスの兜の下が汗と高揚で真っ赤になっているのがわかるぐらいの彼女の戸惑いように、俺は首をかしげてしまう。シャーリーとの繋がりはまだ残っているし、朝美のいなくなった分を埋めると言う訳ではないけど、クルスと俺が正式に繋がればもっと強い力を発揮できるのではないか、と考えたのだが、女神相手だと何か問題があるのだろうか? 

「あ、あの、トオル様の申し出は、大変嬉しく思うのですが……め、女神にとっての契約とは、いわば結婚と同義! そのような恐れ多いこと、私なんかが、はわ、はわわわわ」

 神具を宿した聖剣とは言え本物の女神とは格が違い、本契約は無理なのかと思いきやそういう事では無いらしい。俺的には今更というか、逆にそこで頷いてくれないと素直に傷つく。まるでこう、始めから結婚する気が無いみたいで……そう言えばこいつ、俺の隣に居られればそれでいいって、いつも言ってたっけ。後宮に入るなんて選択肢、最初から考えて無かったのかもな。

 それはそれで、やっぱり寂しいというか、一生隣に居たいって言うなら重婚するぐらいの気持ちでいてくれないと。だって、この世界では許されてる権利で、俺も受け入れようとしてるんだ。こっちの世界の女神様がこれじゃ、俺の決意が無駄になっちまう。だから、今は気持ちを正直に、全身全霊をもって彼女に伝えないと。

(クルスはさ、何があっても俺と一緒にいてくれるんだろ? なら、結婚してるのと同じじゃないか)

「お、同じ。同じ、なのでしょうか?」

(それともなんだ? 俺なんかとじゃ、結婚まではしたくないと)

「ち、違います! 一度堕天した女神は、二度の堕天を許されません。もしここで、シャーロットさん達のような契約を交わせば、何があろうと本当に、トオル様の側を離れられなくなるんですよ? それでも、よろしいのですか?」

(良いも何も、俺から離れるつもりなんて端からないんだろ? だったら、それで良いじゃないか)

「それは、そうなのですけど……」

 クルスにしては、まどろっこしいというか、何をそんなに躊躇しているのか俺にはさっぱり理解できん。いつものこいつなら、私なんかと契りを交わしてくださるなんて、クルスは嬉しゅうございます! なんて言いながら飛びついてくると思ってたのに、彼女を困らせてるみたいで複雑な気持ちになってくる。

「あぁ、もう! クルスが何迷ってるか知らないけど、その間私達は、あれと戦わなくちゃいけないの! 契約ってのは良くわからないけど、障壁を破れるってなら、さっさとしちゃいなさいよ! さっさと!」

 それに、俺達二人がもどかしくしている間に、空を埋め尽くすほどの魔物の群れがこちらへと迫ってきている。一度や二度は、フィルだけでも何とかしてしまいそうだが、長引けば長引くほど皆が危険にさらされるのだ。

(クルス、頼む! 今頼れるのは、お前だけしかいないんだ)

「……良いんですか、私なんかで。きっと、トオル様の事をたくさん困らせます」

(何を今更。それが嫌だったら、今頃とっくに縁を切ってるよこの堕女神)

「……わかりました。トオル様がなんと言おうと、金輪際、私は側を離れませんから。覚悟していてくださいね」

(ああ、もちろん)

「明日になって後悔しても、知りませんから」

 兜だけをきれいに消すと、リースから俺を受け取ったクルスは優しく刀身におでこを当てる。強い感情に突き動かされた純粋無垢な女神様の、泣き腫らしたように赤く染まった瞳は、彼女の迷いを如実に表していた。

 俺だけのスクルド、俺だけの女神様……そう誓った時点で、二人の未来は決まっている。一人の男として、彼女のマスターとして、クルスを幸せにする義務が俺にはあって、今更後悔なんてしない。俺は彼女も幸せにするって、俺のワガママで決めたんだ! 

「堕ちた女神、アマミヤ・クルスは、その一生をかけてトオル様をお慕い申し上げると誓います」

 彼女の瞳から溢れ出る一滴の涙が俺の鍔にある宝玉に触れると、赤き輝きと共に莫大な魔力が俺の体を暴れまわる。神具やシャーリー、朝美とも違う女神の力に、これがクルスなのだと俺は彼女を受け入れる。すると、螺旋を描く炎の力が俺の刀身に宿り、彼女の背に生える炎の翼と混ざり合うと、一本の巨大な剣を作り上げる。

 大量の羽を撒き散らすかの如く、火の粉をはためかせる豪炎の剣。二人の初めての共同作業は大気を震わせ、兜を装着し直したクルスは、その爆発的な質量を無言で障壁へと叩きつけた。

 眼前で弾ける雷は、俺の体を拒むように炎へとまとわりつくものの、熱量に飲み込まれあっけなく離散する。静電気ほどの痛みも感じない状況に、これが女神の力なのかと感嘆の息を吐くこと数秒後、爆発的な魔力反応を起こした二人の力は、フィルでさえ破れなかった障壁を安々と砕いてしまう。鉄の扉ごと蒸発し、遮るもののなくなった都の門前で、女神の体は突然崩れ落ちるように膝をついた。

(はぁ! はぁ……くるす、だいじょうぶ、か?)

 今まで感じたことのない想像以上の魔力量に息をつまらせ、全身筋肉痛のように痺れる体の中、俺はクルスに声をかける。

「はい、とおるさま。わたしは、だいじょう……」

 やはり彼女も同じ状況のようで制御を失った女神の鎧は離散し、下着一枚の姿でクルスは地面へと倒れ込む。その瞬間、走り込んできたフィルによって彼女の体は助け起こされたのだが、息も絶え絶えでまともに喋る事すら出来ない。

「ふぃる、さま。もうしわけ、ありま、せん」

「いいや、よく頑張ったの。後は、我らに任せい」

 ふんだんに汗を吸い込み、所々透けた白と緑のレオタードを着たクルスを抱え、フィルは駆け出す。

「行くぞ! トオルとクルスが開けた穴、無駄にするわけにはいかぬ!」

 彼女の激に叱咤され、フィルを追いかけるように走り出した四人は、都を埋め尽くす魔物から辛くも逃げ出す事に成功するのであった。
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