俺と幼女とエクスカリバー

鏡紫郎

文字の大きさ
上 下
387 / 526
第八章 真実を知る者

第386話 失いたく無いから

しおりを挟む
「さて、これ以上のイレギュラーは感化できぬ故、そろそろ頃合いか」

 魔力を吸われたシャーリーは光とともに小さくなり、俺も意識が混濁して頭が回らない。先程の衝撃で完全に意識を失った彼女の体を拾い上げると、玉座へとジョナサンは歩き出す。

(……やめろ、やめてくれ……シャーリーを、殺さないで……)

「聞いていなかったのか? 娘を殺しては意味がないと。いや、聞いているほどの余裕もないのか」

 言葉も理解できないほどに憔悴しきった俺にとって、目の前で起きている状況こそが全てであり、俺はただ懇願するだけの壊れた人形へと成り下がる。

 シャーリーを殺さないで欲しいと声を上げることが、今の俺にできる精一杯であり、願うことしか許されない。

 彼女を軽く持ち上げて、奴は何をしようというのだ。

「しかし、あの男は良い働きをしてくれた。娘の体に、綺麗な形の呪印を埋め込んでくれたのだから」

(それ、は、ボーゲンハルト、の)

 彼女を玉座に座らせると椅子に反応するかのように、シャーリーのお腹に呪印が浮かび上がる。ボーゲンハルトに付けられたピンク色の紋様、その真の効果がこれより明らかにされるとでも言うのだろうか。

「私はな、神という存在が大の嫌いでね。特に、天使というものを見ると虫唾が走る。主より賜りし命を、疑問もなく遂行するだけのただの犬。神聖使者セイクリッドと呼ばれた家畜を、私はどうにかしたくてね。長い年月をかけて、研究を重ねた成果がこれだ」

 ジョナサンが何を言っているのか俺には全く理解できないけど、腰の辺りから黒ずんだ球体を取り出した事だけは見てわかる。

「彼女達の体内にある、聖なる守りを薄める力。それがこの、天破の邪淫という訳だが!」

 その禍々しい球体を手のひらの上で転がすと、ジョナサンは勢いよく娘の腹部へとえぐりこんだ。

「グフ! ……あ、ああ、あ、あァァァァァァァッ!!」

(しゃー、りー)

 異物を体内に埋め込まれたシャーリーは発狂し、拒絶反応から暴れる姿が確認できる。苦しそうなシャーリー、可愛そうなシャーリー。けど、俺には名前を呼ぶことしか出来ない。

 また、俺は……その言葉だけは言ってはいけないと、心の奥深くに飲み込む。

「ふむ、下ごしらえはこれで終わりだ。後は、こいつをはめ込むのみ」

 弱気になってはいけないと気持ちを奮い立たせる中、反対側の腰から再び奴は何かを取り出す。

(そいつ……は?)

 小さすぎるせいでこの距離からではよく見えないけど、楕円で穴が空いていて……もしかして、指輪?

「シャーロットが私の娘であることは、先程説明したな。当然、彼女の中にも魔族の因子が埋め込まれている。言うなれば娘は、アスモデウスと言った所か。生憎、神話通りになってしまったが、それもまた一興。そして、娘を魔神として目覚めさせるきっかけとなるのが、彼女だ」

(やめろ、やめてくれ……)

 理解できない事への不安とヤバいという直感が、否定の声を俺に上げさせる。何をしようとしているのかが本当にわからなくて、シャーリーが、シャーリーが、シャーリーが、シャーリーが!! 

(どうだ徹? 自分の女が目の前で、他の男に指輪を付けられる様はよぉ!)

「ふっ、それが父というのもまた、悪魔らしい」

(やめろって……やめろって言ってんだろうがこのクソ! 死ねよ死ねよ死ねよ死ねよクソ親父! 俺の、俺のシャーリーに、触るんじゃ――)

「黙れ、品性の欠片もないクズが」

 大切な人が消えてしまいそうな絶望感から、口汚い言葉をひたすら奴に連呼するが、俺の体は一瞬で空中へと跳ね上げられる。赤黒い色をした気弾、小さな魔力の塊にさえ俺は抗う事が出来ない。

「目覚めろ、メイベル」

 ひたすらに円を描き続けるだけの俺は、空を舞いながら自分の無力を噛み締める。目の前で行われている悪魔の儀式を止めるどころか、父親が娘に指輪をはめる光景を黙って見守るしかなかった。

 魔力の水が溢れ視界がにごり始める中、誰かの名前をジョナサンが呼びながらシャーリーの左薬指に指輪をはめる。すると、彼女の体が玉座から浮かび上がり、背中には黒い翼が生え揃う。

 ゆっくりと開くまぶたの下に青い輝きは無く、黄色く彩られていることが彼女が彼女でなくなってしまった証。髪の色も色素が抜け落ち、銀色へと変わっていく。姿も大人に戻り、生まれたままの格好でゆっくりと彼女が降りてくるのだが、男としても何も感じられなかった。大切な人も守りきれずに……もう、終わりだな。

「はあぁぁぁぁぁぁぁっあぁ!!」

 戦う者はここにおらず、絶望を嘆き死を覚悟した瞬間、天井の崩れる音とともに遥か頭上から二人の女神が舞い降りる。

「トオル様! 大丈夫ですか! トオル様!」

(……くる……す)

「あぁ、良かったです。無事で、本当に、良かった」

 果ての空から降り来たるは、大切な俺の二人の女神。土壇場の土壇場で俺を助け起こしたクルスは、刀身が砕け散るほど強く俺の体を抱きしめる。この二人なら奴を倒し、シャーリーを助け出すことができるかも。

 しかし、俺の頭の片隅には、ボロ雑巾のようになぶり殺される二人の姿が浮かんでいた。

 クルスにフィル、ここで二人まで失ったら……そう考えるだけで、二人の笑顔が砕け散り、俺の心は恐怖に包まれる。何せ、相手はシャーロットの父親で、七十二の魔神を束ねる総統、言う慣ればソロモン王なのだ。二対一でも、確実に勝てる保証なんて……無い。

「玉座の間に穴を開けるとは、なんとも豪快な女神の方々だ」

 しかも、奴は気の流れだけで二人を女神と認識している。対セイクリッドを想定して研究を重ねてきたであろうこいつが、女神に対する対策を講じていないとは思えない。

「貴様何者だ?」

「これは失礼した。お初にお目にかかる、我が名はジョナサン、ジョナサン・リィンバース。リィンバース王家、第十三代王女、アルバス・リィンバースの夫であり、現国王を釈明させて頂いている。何卒、よしなに頼もう、古の女神よ」

「ジョナサン……違うな。貴様が真のジョナ坊であるのなら、少なくとも我とは初対面ではないはず。リィンバースの関係者では無いようじゃが?」

 だが、ここで新たな事実が発覚する。リィンバースと親交のあるフィルが、目の前にいるジョナサンの事を知らないと言うのだ。一体全体どういう事か俺にはさっぱりわからないけど、隠されている真実がまだあるような気がしてならない。

 とは言え、目の前の男がシャーリーの父親であることは間違いなく、それだけの情報でこの状況が覆ることはなかった。

「ふむ、歳を取りすぎてもうろくしたか。女神と言えど、歳月には勝てぬと言うことかな?」

「安い挑発には乗らぬ。それよりもじゃ、貴様、シャーロットに何をした?」

「安心しろ、害はない。ただ、悪魔としての躾けを、少しだけな」

「貴様!」

 それに、この余裕は罠だ。今ジョナサンと戦ったら、二人は確実に敗北する。考えたくは無いけど、躾という名の儀式の結果シャーロットが敵に回っていたとしたら……不利なのは、明らかにこちら側なのだ。

(ふぃる……ここは……ひく……ぞ)

「!? 何を言っておるのだトオル! シャーロットを、お前の最愛の娘を見す見す見捨てて逃げ出すというのか!」

 俺とシャーリーを心配してくれるフィルの気持ちはとても嬉しい。けれど、それ以上に二人のことが、今の俺には大切なのだ。

(おまえら……まで……はぁ……うしなう……わけに……はっ、うっ、がはぁ)

「トオル様! もう、喋らないでください」

「トオル……しかし、我は」

(たのむ……フィル)

 苦しみえづく弱々しい俺の声を聞き、泣きそうになるクルスを見つめ、フィルは一人自問する。俺はもう失いたくない、失いたくないんだ。

「フィル様。トオル様の言う通り、ここは一旦」

「……わかった。守れ、大地の壁よ!」

 最愛の人を諦めてでも守りたいものがある。そんな苦渋の決断を理解してくれたのか、壁と同じ大きさの巨大な防御壁をフィルは展開する。

 地面から立ち昇る石壁を背に、玉座から立ち退く二人の女神。その姿を確認したところで、俺の意識はプツリと途切れた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

性転換マッサージ2

廣瀬純一
ファンタジー
性転換マッサージに通う夫婦の話

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

あの、神様、普通の家庭に転生させてって言いましたよね?なんか、森にいるんですけど.......。

▽空
ファンタジー
テンプレのトラックバーンで転生したよ...... どうしようΣ( ̄□ ̄;) とりあえず、今世を楽しんでやる~!!!!!!!!! R指定は念のためです。 マイペースに更新していきます。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

魔境に捨てられたけどめげずに生きていきます

ツバキ
ファンタジー
貴族の子供として産まれた主人公、五歳の時の魔力属性検査で魔力属性が無属性だと判明したそれを知った父親は主人公を魔境へ捨ててしまう どんどん更新していきます。 ちょっと、恨み描写などがあるので、R15にしました。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

オタクおばさん転生する

ゆるりこ
ファンタジー
マンガとゲームと小説を、ゆるーく愛するおばさんがいぬの散歩中に異世界召喚に巻き込まれて転生した。 天使(見習い)さんにいろいろいただいて犬と共に森の中でのんびり暮そうと思っていたけど、いただいたものが思ったより強大な力だったためいろいろ予定が狂ってしまい、勇者さん達を回収しつつ奔走するお話になりそうです。 投稿ものんびりです。(なろうでも投稿しています)

処理中です...