俺と幼女とエクスカリバー

鏡紫郎

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第八章 真実を知る者

第380話 最悪の展開?

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「さて、覚悟は決まったのかの?」

「えぇ、もちろん。無茶は承知の上だけど、ここで逃げ出したら、美味しそうな食事に一生ありつけないような気がして……」

「うむ、冗談を言える余裕があるなら大丈夫じゃろ」

 まったりとする空気の中、フィルの最終質問に鋭い眼差しでシャーリーが答える。美味しい食事の件も含めて、彼女は全て本気だと思うのだけど、女神様にとっては冗談に聞こえたようである。

「そうね。クルスが帰ってきたら、早速攻め込みましょうか」

 そこでふと気がついたのだが、アイリもバルカイトも食堂の椅子に座っているというのに、クルスの姿がどこにも見えない。カーラの発言から察するに外に出かけているようだけど、一人でどこに行ったんだ? 

(ちょっと待て、クルスはどこに行ってるんだ?)

「城の辺りを偵察してくるとか言って、少し前に出てったけど」

 目の前に運ばれてきた朝食のおかわりを頬張りながらカーラは呑気に返事をするけど、その内容に俺の血の気が一瞬で引いていく。

(まさか、このタイミングで捕まってたりしないだろうな?)

 最終決戦直前にままある、一人で偵察に行った仲間の最悪のパターンが脳内を駆け巡り、あまりの気持ち悪さに呼吸困難に陥りそうになる。

「クルスとて、志を持った立派な女神じゃ。主に迷惑をかけるような、重大なヘマはしないじゃろうて」

(だと、良いんだけど)

 そうだよな、いくら間の抜けたあいつでも、城の外で捕まるような無様な真似だけはしないよな。けれど、もしも本当に捕まったとしたら、自害とかし始めないかそっちのほうが心配だ。

 シャーリーのためなら死ねるとか、俺も普通に言ってはいるけど、あいつの場合最後まで足掻こうとしないで、俺のためにいきなり死にそうな気がして仕方がない。頼むから、変な気だけは起こさないでくれよ……

「ただいま戻りました! あ、トオル様! おはようございます! シャーロットさんも、いいお天気で……あのー、何かありましたでしょうか?」

 最悪の事態だけは避けたいと天に祈りを捧げた瞬間、外から戻ってきたクルスが笑顔で俺の名前を呼ぶ。

「あんたが一人で出ていくから、トオルに心配かけてるのよ」

(いや、無事に帰ってきてくれたなら、それで良いんだ)

 彼女のあまりのノーテンキさに、場の空気が悪い方向に傾きかけたが、喧嘩をして欲しいわけじゃないと安堵のため息を俺は吐く。朝美だけでなく、こいつの笑顔まで見れなくなったら、その瞬間に修羅に落ちる自信がある。

「あぁ、これほどまでの心配り。トオル様の愛情を感じられて、クルスは幸せ者です」

 それに、涙ぐむぐらい喜ばれるのは嬉しいけど、心配をされないように最初からして欲しいんだがな。

「それで、収穫はあったわけ?」

「はい、シャーロットさんの仰るとおり、別ルートでの侵入はほぼ不可能かと。それとですね、普通の人には見えていないようなのですが、城の周りには結界が張られておりまして、空を飛んでの侵入も難しいかと」

 しかしながら、彼女の持ってきた情報は有用であり、その中でも特に空から攻めづらいという一報は、戦略上重要な便りとなる。クルスの意見も含め、相手の警戒網を考えると、計画通り正面突破しかなさそうだ。

「空からどうのはともかく、シャーロットの言った通りにするしか無いわけだ」

「残念ながら、そうなりますね」

 新たな道を模索しては見たものの、すべての可能性が潰えたことに落胆する二人。安全策を練るに越した事はないけど、魔神の応酬を考えれば侵入経路なんて些細なもの。下手に真ん中から突っ込んで、挟み撃ちにでもされたらそれこそ終わりだ。

 それでも、攻城戦において正面突破なんて考えは二人にとって選択肢にも入れたくないらしく、視線を下げたまま黙り込んでしまう。

「おかえり。早朝から観光とは、元気なお嬢さんだね」

 行き詰まりを感じさせる暗い雰囲気を吹き飛ばしたのは、厨房の裏から出てきたこの宿の女将さん。倉庫から食べ物を持ってきたようで、りんごのような赤い実を腕の中に沢山抱えていた。

「おはようございます。もう、お城とか大きくてびっくりしましたよ!」

「そりゃそうだろうね。あの城は確か……そう! 難攻不落の城塞ってなもんで、有名なぐらいだからね」

「……難攻、不落」

 シンクの上に果物を置き、一つ一つ切り分けながらクルスと雑談をする女将さん。難攻不落の城塞を一度落とされてしまったことに、シャーリーは引け目を感じているようで、自然と右手に力がこもる。

 しかし、王都の民に向けてその情報が発信されていないのは、非情におかしい。シャーリーが逃げ延びた後、この地で何かがあったのか。それとも、秘密にしておくことで、魔神側に何かしらの利益が発生しているのか。

 どちらにせよ、城に侵入しなければ何も始まらない。奴らが何故、リィンバースを攻め落としたのかは未だもってわからないけど、狙いを探って右往左往している時間も俺達には無いのだ。

「そんなあんたのために、たーっぷり作ったから、遠慮なく食べていきな!」

「ありがとうございます!」

 俺の知るりんごより、熟した実を持つ三日月型の果実を、女将さんがテーブルの上へとどっさり置くと、クルスは遠慮なく食べやすい大きさに切り分けられたその実を頬張っていく。

「そっちのお嬢ちゃんは、大丈夫かい?」

「はい。ただ、朝食は遠慮しておきます」

 皆が食事を楽しむ中、一人佇むシャーリーの事を女将さんは心配してくれるが、なんとも言えない表情で苦笑いを彼女は浮かべる。食事のできない本当の理由など無関係な彼女に伝えられるはずもなく、内心シャーリーも困り果てているのだろう。好きなことも出来ずにただ見つめるだけのこの瞬間は、彼女にとってもとてもつらいはず。

「そうかい。元気のない時は、栄養をつけるのが一番なんだけど……まっ、仕方がないね!」

 けれど、目の前で笑うガタイの良い女性は、亮太さんと同じぐらい豪快な人で、気前も良くて助かった。こんな風に気持ちよく笑われたら、皆もつられて笑ってしまう。

 落ち込みそうになった時、笑顔がくれる力の凄さを俺は朝美から沢山学んだ。俺があいつの希望だったように、あいつが俺の……って、朝美のことを思い出すたびに感傷に浸ってたら、いらぬ心配をシャーリーにかけてしまう。とにかく今は笑顔で、周りの皆に合わせないと。

 それから少し時間が経ち、外が騒がしくなり始めた頃、俺達は宿を発つ。

「お世話になりました」

「次に来た時は、たらふく食べていっておくれよ」

「はい、必ず」

 短い言葉の中に最大級の感謝を乗せて、決戦の地へと俺達は歩み始めるのであった。
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