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第八章 真実を知る者
第374話 偽りの平和
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「……何よ、これ。どこからどう見ても、平和そのものじゃない」
「そんなはず、なんで、こんな……」
亮太さんの家を出てからまる二日、魔物との小競り合いこそあったものの、俺達は無事王都へと辿り着く。
王都の門を潜った俺達の前に広がっていたのは、カーラの言う通り、戦いとは無縁の平和そのものなリィンバースの都の姿。征服されたとは思えない、活気に溢れた国民達に、シャーリーは酷く動揺している。
今までの戦いが嘘で、魔族なんていなかったと思い込みたい所だけど、朝美がここにいないことが、全ての激闘が真実であったことを物語っている。そして、歪な状況の全てが悪いわけではないと俺は思った。
(とりあえず、落ち着こう。ここが廃墟みたいじゃなくて、良かったじゃないか)
襲われた王都全域が瓦礫の廃墟と化し、絶え間なく死臭のするような状況であったのなら、彼女はきっと自分を責め、許せなかったであろう。そうならなかっただけでも、俺としては良かったと思っている。
だって、愛人一人殺されただけで、あれだけ俺が狂ったんだ。王族にとって国民は、子供のようなもの。国の宝である彼等を何万人も殺されて、彼女が冷静でいられるとは到底思えない。決戦で我を忘れたら、それこそ待っているのは死だ。だから、ここに住む皆が生きていてくれて、俺は本当に良かったと思ってる。
「そう、ね。これが幻覚でもない限り、喜ぶべきところよね。こんな事までトオルに教えてもらうなんて、私も焼きが回ったかしら」
それに、これだけ軽口を叩ければ十分だろう。彼女の洒落を受け流すのも、彼氏としての男の役目だしな。
「しかし、この都の雰囲気は異質じゃ。外では魔神に怯え、死に行く人々が仰山おるというに、何故ここの人間だけが、のうのうと生きておれる」
「それは……」
(はいはい、俺達が喧嘩しても仕方がないだろ。この問題は、あそこで腰を据えてるであろう、誰かさんに聞かないと)
あまりに平和な状況にフィルもまた苛立ちを覚えるが、シャーリーを責めても何も始まらない。この状況が罠なのか、全てを知っているのは王都を征服した魔神。今もそいつが居るであろう、都の奥にそびえ立つ王城を俺は睨みつけた。
「むぅ、喧嘩をしているつもりは無いのじゃが」
(いつもに比べて、今日のフィルは取り乱してるよ。まっ、本気で腹を立てるフィルってのも、新鮮で面白いけどな)
「は、母をからかうでない!」
これからの戦いで全てが決まる。そんな予感があるからか、俺は逆に冷静でいられてフィルをからかう余裕すら生まれている。むしろ、こんな状況でなければ、歯の浮いた台詞なんて言えるはずもない。それだけ俺もギリギリで、普段の自分を保っていられないのだ。
「気配を調べた限り、この辺りに居る人たちは、みな普通の人間のようです。中には魔族も混じっていますが、何かを企んでいるような雰囲気はありません」
「私も匂いで確認しましたが、何かが化けているような嫌な臭いはしませんよ。しいて言うのであれば、全員からごく少量の同じ匂いを感じたのですが、今のところは問題無いと思います」
それに比べてクルスとリースは、動揺のドの字もなく、羨ましいとすら思えてしまう。娘と女神が支えてくれているのだ、俺ももっとしっかりしないと。
「わからないことだらけってわけか。とりあえず、まずは情報収集って感じ?」
「いえ、正面から突っ込むわ」
ドラゴンの匂い診断はともかく、クルスの力で安全を確認したシャーリーは、カーラの問いに強行突破を提案する。
「はぁ? さすがの私も、正気を疑うんだけど」
彼女と同じくらい猪突猛進癖のあるカーラだけれど、今回の提案にはため息とともに呆れた表情を浮かべている。俺だって、彼女の事を否定したくはないけど、正面突破はどうかと思うぞ。
「この城に、小手先の定石なんか通用しない。それは一番、私がよくわかってる。隠し通路のたぐいは、どうせ全部見つけられてるだろうし、下手な小細工で捕まるぐらいなら、正面からぶつかってやるわよ」
ただ、それなりに彼女も考えているようで、自分の居城だからこそ、そういう結論にいたったらしい。と言うことは、天然の城壁に囲まれたこの城を、奴らも正面から打ち崩したってことだよな。
あの城の中に、何体の魔神が潜んでいるのかはわからないけれど、どう転んでも激戦は必至。ここに居る何人が生き残れるか……くそ、そんな弱気でどうする、俺! 全員生きて、亮太さんの所に戻るんだろ! そんでもって、皆を幸せにしなきゃ、朝美に顔向けできないじゃないか。
「やれやれ、トオルも苦労するわね。まっ、王女様のご命令なら、従わないわけにもいかないか」
それに、カーラもこうして納得してるし、俺達の出来る範囲で今はやるしかないんだ。
(とにかく、今日はどこかで宿をとって……シャーリー? どうした!? シャーリー! シャーリー!!)
液状化で侵入するとか、城を持ち上げて吹っ飛ばすとか、外から直接ホーミングレーザーなんてデタラメなこと俺達には出来ないし……なんて考えていると、シャーリーが膝から崩れ落ち、苦しそうに悶え始める。
「……なんだか、お腹の辺りが突然……こんなの、知らない。つわり? ……あいつら、いったい何の研究をぉ!」
彼女の抑えるお腹の辺りが紫色に輝き始め、鞘に収められている俺からは見えないけど、おそらく呪印が浮かび上がっているのだろう。
このタイミングで反応したのは、幸福と言うべきか、不幸と言うべきか。
「シャーロットさん!? もしかして、淫紋でしょうか?」
「いや、淫紋にしては情欲が弱すぎる。何かを増幅させるための仕掛け、であることは確かなようじゃが、こうも情報が少なくてはな」
二人の女神にすら解読できない呪いの不可思議さに歯噛みするも、この状況、もしかして不味いんじゃないか? 王都の街道のど真ん中、それも入り口から程遠くないこの場所で、お腹を光らせてる幼女なんかがいたら、かなり目立つ。
徐々にではあるが、人の視線も集まってきているし、番兵なんか呼ばれた日にゃ、突っ込む前に捕まるなんて最悪の展開になりかねん。どうしよう……早くどこかに隠れないと……
「あの、だいじょうぶ、ですか?」
野次馬の数が少しずつ増える中、一人の少女がうずくまるシャーリーに声をかける。
「えぇ、だいじょ……!? ゲホ、ゲェー!!」
見ず知らずの女の子に心配され、笑顔で取り繕うとするシャーリーであったが、喋ったことをきっかけに、体内にある全てのものを吐き出しそうになる。
しかし、苦しそうな嗚咽とは裏腹に、彼女の口からは唾液しか流れ出てこなかった。
「お、お母さん! お店の前でおんなのこが! とにかく、たいへんなの!」
どうやら少女は、目の前に店を構える小さな宿の娘であり、あまりに辛そうなシャーリーの状況を見かねて出てきたらしい。
「なんだいなんだい、夕飯の仕込みで忙しいっていうのに……ありゃまぁ、こいつは確かに大変そうだね。大丈夫かい?」
「すこし、きもちがわるい、だけ、ですので」
「そうかい、なら!」
少女に連れられ、困り顔で出てきたふくよかな女将さんは状況を察すると、シャーリーの顎を片手で掴み強引に口を開かせ、反対側の二本の指を彼女の口内めがけて勢いよく突っ込む。
「んんー! んー! んんんー!!!!」
俺の生きてた時代には、ほとんどもう見かけたことはなかったけど、体内から異物を吐き出させる伝説のフィンガーテク。要するに、母親が子供の気持ち悪いを治すための必殺技なのだが、正直言って体にいいとは思えない。
涙目になったシャーリーも、凄い勢いで抵抗しようとしてるし、このままだと女将さんの方が危ないのではないだろうか。
「ほら! 我慢しない!」
しかし、そこはおかんの力。引き剥がそうとするシャーリーの両手でも彼女の右手はびくともせず、遂にシャーリーは体の中にあるものを全て地面に吐き出してしまう。
「どうだい! 少しは楽になっただろ?」
「……少し、は」
王都の繁華街で吐瀉物を撒き散らすという王女らしからぬ屈辱を味合わされ、流石の彼女も心が折れそうな目をしているが、女将さんの判断は結果的に最善だったようで、彼女のお腹からは光が消えている。
と言うより、シャーリーが丸まっているおかげで、背中に居る俺の天地がひっくり返って、今度は俺が気持ち悪い。
「ふむ、呪印の反応が消えたのう。もしや、食べ物の一部から、魔素を食らっておるのか?」
何はともあれ、シャーリーの異常は収まったが、フィルの言うように食べ物が影響しているとなるとかなり厄介だ。彼女の楽しみを奪うだけに留まらず、空腹で決戦なんて愚の骨頂。一瞬でも力が抜ければ、それが致命傷になりかねないわけで……
「あんた達、今日の宿は決まってるのかい?」
呪印による作用が少しずつ現れ始め、これからどうするべきかと悩んでいると、シャーリーの背中を擦る女将さんがそんな言葉を口にする。
「いえ、その辺りも含めまして、これからどうしようかと考えていた所です」
「そうかい。なら、うちに泊まりなよ。人数割も含めて、サービスさせてもらうよ!」
「パパ、どうしましょう?」
(……フィルは、どう思う?)
「敵意はない。我が言えるのはそれだけじゃ」
女将さんの豪快な雰囲気は嫌いじゃないし、いつもの俺なら二つ返事で頷くところだけど、この都の状況では俺の一存で決めることは難しい。そう考え、一番の年長者であるフィルに助言を求めると、彼女は簡潔にアドバイスをくれる。
(わかった。お世話になろう)
「はい。では、えーと……八、ではなく、七名ぶんでお願いいたします」
「あいよ。サリア、三部屋分、用意してきな」
病人を含めての配慮だとは思うが、何も聞かずに三部屋を用意するのは商魂たくましい。ただ、それだけに信頼も出来ると考えた俺は、少しだけ安心しながら女将さんに背負われるシャーリーの背中でため息をつくのだった。
「そんなはず、なんで、こんな……」
亮太さんの家を出てからまる二日、魔物との小競り合いこそあったものの、俺達は無事王都へと辿り着く。
王都の門を潜った俺達の前に広がっていたのは、カーラの言う通り、戦いとは無縁の平和そのものなリィンバースの都の姿。征服されたとは思えない、活気に溢れた国民達に、シャーリーは酷く動揺している。
今までの戦いが嘘で、魔族なんていなかったと思い込みたい所だけど、朝美がここにいないことが、全ての激闘が真実であったことを物語っている。そして、歪な状況の全てが悪いわけではないと俺は思った。
(とりあえず、落ち着こう。ここが廃墟みたいじゃなくて、良かったじゃないか)
襲われた王都全域が瓦礫の廃墟と化し、絶え間なく死臭のするような状況であったのなら、彼女はきっと自分を責め、許せなかったであろう。そうならなかっただけでも、俺としては良かったと思っている。
だって、愛人一人殺されただけで、あれだけ俺が狂ったんだ。王族にとって国民は、子供のようなもの。国の宝である彼等を何万人も殺されて、彼女が冷静でいられるとは到底思えない。決戦で我を忘れたら、それこそ待っているのは死だ。だから、ここに住む皆が生きていてくれて、俺は本当に良かったと思ってる。
「そう、ね。これが幻覚でもない限り、喜ぶべきところよね。こんな事までトオルに教えてもらうなんて、私も焼きが回ったかしら」
それに、これだけ軽口を叩ければ十分だろう。彼女の洒落を受け流すのも、彼氏としての男の役目だしな。
「しかし、この都の雰囲気は異質じゃ。外では魔神に怯え、死に行く人々が仰山おるというに、何故ここの人間だけが、のうのうと生きておれる」
「それは……」
(はいはい、俺達が喧嘩しても仕方がないだろ。この問題は、あそこで腰を据えてるであろう、誰かさんに聞かないと)
あまりに平和な状況にフィルもまた苛立ちを覚えるが、シャーリーを責めても何も始まらない。この状況が罠なのか、全てを知っているのは王都を征服した魔神。今もそいつが居るであろう、都の奥にそびえ立つ王城を俺は睨みつけた。
「むぅ、喧嘩をしているつもりは無いのじゃが」
(いつもに比べて、今日のフィルは取り乱してるよ。まっ、本気で腹を立てるフィルってのも、新鮮で面白いけどな)
「は、母をからかうでない!」
これからの戦いで全てが決まる。そんな予感があるからか、俺は逆に冷静でいられてフィルをからかう余裕すら生まれている。むしろ、こんな状況でなければ、歯の浮いた台詞なんて言えるはずもない。それだけ俺もギリギリで、普段の自分を保っていられないのだ。
「気配を調べた限り、この辺りに居る人たちは、みな普通の人間のようです。中には魔族も混じっていますが、何かを企んでいるような雰囲気はありません」
「私も匂いで確認しましたが、何かが化けているような嫌な臭いはしませんよ。しいて言うのであれば、全員からごく少量の同じ匂いを感じたのですが、今のところは問題無いと思います」
それに比べてクルスとリースは、動揺のドの字もなく、羨ましいとすら思えてしまう。娘と女神が支えてくれているのだ、俺ももっとしっかりしないと。
「わからないことだらけってわけか。とりあえず、まずは情報収集って感じ?」
「いえ、正面から突っ込むわ」
ドラゴンの匂い診断はともかく、クルスの力で安全を確認したシャーリーは、カーラの問いに強行突破を提案する。
「はぁ? さすがの私も、正気を疑うんだけど」
彼女と同じくらい猪突猛進癖のあるカーラだけれど、今回の提案にはため息とともに呆れた表情を浮かべている。俺だって、彼女の事を否定したくはないけど、正面突破はどうかと思うぞ。
「この城に、小手先の定石なんか通用しない。それは一番、私がよくわかってる。隠し通路のたぐいは、どうせ全部見つけられてるだろうし、下手な小細工で捕まるぐらいなら、正面からぶつかってやるわよ」
ただ、それなりに彼女も考えているようで、自分の居城だからこそ、そういう結論にいたったらしい。と言うことは、天然の城壁に囲まれたこの城を、奴らも正面から打ち崩したってことだよな。
あの城の中に、何体の魔神が潜んでいるのかはわからないけれど、どう転んでも激戦は必至。ここに居る何人が生き残れるか……くそ、そんな弱気でどうする、俺! 全員生きて、亮太さんの所に戻るんだろ! そんでもって、皆を幸せにしなきゃ、朝美に顔向けできないじゃないか。
「やれやれ、トオルも苦労するわね。まっ、王女様のご命令なら、従わないわけにもいかないか」
それに、カーラもこうして納得してるし、俺達の出来る範囲で今はやるしかないんだ。
(とにかく、今日はどこかで宿をとって……シャーリー? どうした!? シャーリー! シャーリー!!)
液状化で侵入するとか、城を持ち上げて吹っ飛ばすとか、外から直接ホーミングレーザーなんてデタラメなこと俺達には出来ないし……なんて考えていると、シャーリーが膝から崩れ落ち、苦しそうに悶え始める。
「……なんだか、お腹の辺りが突然……こんなの、知らない。つわり? ……あいつら、いったい何の研究をぉ!」
彼女の抑えるお腹の辺りが紫色に輝き始め、鞘に収められている俺からは見えないけど、おそらく呪印が浮かび上がっているのだろう。
このタイミングで反応したのは、幸福と言うべきか、不幸と言うべきか。
「シャーロットさん!? もしかして、淫紋でしょうか?」
「いや、淫紋にしては情欲が弱すぎる。何かを増幅させるための仕掛け、であることは確かなようじゃが、こうも情報が少なくてはな」
二人の女神にすら解読できない呪いの不可思議さに歯噛みするも、この状況、もしかして不味いんじゃないか? 王都の街道のど真ん中、それも入り口から程遠くないこの場所で、お腹を光らせてる幼女なんかがいたら、かなり目立つ。
徐々にではあるが、人の視線も集まってきているし、番兵なんか呼ばれた日にゃ、突っ込む前に捕まるなんて最悪の展開になりかねん。どうしよう……早くどこかに隠れないと……
「あの、だいじょうぶ、ですか?」
野次馬の数が少しずつ増える中、一人の少女がうずくまるシャーリーに声をかける。
「えぇ、だいじょ……!? ゲホ、ゲェー!!」
見ず知らずの女の子に心配され、笑顔で取り繕うとするシャーリーであったが、喋ったことをきっかけに、体内にある全てのものを吐き出しそうになる。
しかし、苦しそうな嗚咽とは裏腹に、彼女の口からは唾液しか流れ出てこなかった。
「お、お母さん! お店の前でおんなのこが! とにかく、たいへんなの!」
どうやら少女は、目の前に店を構える小さな宿の娘であり、あまりに辛そうなシャーリーの状況を見かねて出てきたらしい。
「なんだいなんだい、夕飯の仕込みで忙しいっていうのに……ありゃまぁ、こいつは確かに大変そうだね。大丈夫かい?」
「すこし、きもちがわるい、だけ、ですので」
「そうかい、なら!」
少女に連れられ、困り顔で出てきたふくよかな女将さんは状況を察すると、シャーリーの顎を片手で掴み強引に口を開かせ、反対側の二本の指を彼女の口内めがけて勢いよく突っ込む。
「んんー! んー! んんんー!!!!」
俺の生きてた時代には、ほとんどもう見かけたことはなかったけど、体内から異物を吐き出させる伝説のフィンガーテク。要するに、母親が子供の気持ち悪いを治すための必殺技なのだが、正直言って体にいいとは思えない。
涙目になったシャーリーも、凄い勢いで抵抗しようとしてるし、このままだと女将さんの方が危ないのではないだろうか。
「ほら! 我慢しない!」
しかし、そこはおかんの力。引き剥がそうとするシャーリーの両手でも彼女の右手はびくともせず、遂にシャーリーは体の中にあるものを全て地面に吐き出してしまう。
「どうだい! 少しは楽になっただろ?」
「……少し、は」
王都の繁華街で吐瀉物を撒き散らすという王女らしからぬ屈辱を味合わされ、流石の彼女も心が折れそうな目をしているが、女将さんの判断は結果的に最善だったようで、彼女のお腹からは光が消えている。
と言うより、シャーリーが丸まっているおかげで、背中に居る俺の天地がひっくり返って、今度は俺が気持ち悪い。
「ふむ、呪印の反応が消えたのう。もしや、食べ物の一部から、魔素を食らっておるのか?」
何はともあれ、シャーリーの異常は収まったが、フィルの言うように食べ物が影響しているとなるとかなり厄介だ。彼女の楽しみを奪うだけに留まらず、空腹で決戦なんて愚の骨頂。一瞬でも力が抜ければ、それが致命傷になりかねないわけで……
「あんた達、今日の宿は決まってるのかい?」
呪印による作用が少しずつ現れ始め、これからどうするべきかと悩んでいると、シャーリーの背中を擦る女将さんがそんな言葉を口にする。
「いえ、その辺りも含めまして、これからどうしようかと考えていた所です」
「そうかい。なら、うちに泊まりなよ。人数割も含めて、サービスさせてもらうよ!」
「パパ、どうしましょう?」
(……フィルは、どう思う?)
「敵意はない。我が言えるのはそれだけじゃ」
女将さんの豪快な雰囲気は嫌いじゃないし、いつもの俺なら二つ返事で頷くところだけど、この都の状況では俺の一存で決めることは難しい。そう考え、一番の年長者であるフィルに助言を求めると、彼女は簡潔にアドバイスをくれる。
(わかった。お世話になろう)
「はい。では、えーと……八、ではなく、七名ぶんでお願いいたします」
「あいよ。サリア、三部屋分、用意してきな」
病人を含めての配慮だとは思うが、何も聞かずに三部屋を用意するのは商魂たくましい。ただ、それだけに信頼も出来ると考えた俺は、少しだけ安心しながら女将さんに背負われるシャーリーの背中でため息をつくのだった。
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