俺と幼女とエクスカリバー

鏡紫郎

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第八章 真実を知る者

第370話 王女の決意

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「大変失礼いたしました。このように、少々短気なお嬢様ではありますが、末永くよろしくお願いいたします」

(あ、はい。……って、え?)

 そんな事を考えていると、平謝りするメイドさんが俺に声をかけてくる。この人が天井から降りてきてから、一言も喋った記憶がないのだけど……あ、忍者かよ。ってつぶやいてたっけ。

 けど、まさかこの人にまで、俺の声が聞こえてるなんて事は……

「トオルの声、サラにも聞こえてるのよ」

 あー、やっぱり、聞こえてるんですねー。

 こんな俺にも、話しかけてくれる人が沢山いるのは嬉しいことだけど、ここまでみんなに聞こえちゃうと、この世界が変人の集まりだと思っちゃ~うゾ! 

 ……いかん、変なぶりっ子が混ざるぐらい動揺している。こんな調子だと、自分が人間やめてる事すら忘れそうだ。

「お初にお目にかかりますトオル様。お嬢様付きのメイド係、その長を務めさせて頂いております、メイドのサラにございます。以後、お見知りおきを」

(はぁ、これはこれはご丁寧に。えーと、シャーロットとお付き合いさせて頂いております、明石徹です。頼りがいのないただの剣ですが、よろしくおねがいします)

「……どういう会話なのよ、これ」

 しかし、話しかけられた以上は答えぬ訳にもいかず、俺は心底丁寧にメイドさんと挨拶を交わす。シャーリーの言いたいことも最もだけど、一日の計は挨拶にありって言うぐらいだし、初対面の印象は大切なのだ。……あれ? 一日の計は朝にあり、だっけ? まっ、いいか。

「それで、本当に様子を見に来ただけ、って事はないんでしょ?」

 メイドのサラさんのはっちゃけぶりに、ペースを乱されまくっていたシャーリーだったが、力強い胆力で持ち直すと、サラさんへと疑問をぶつける。

 王女の威厳とも言える彼女の鋭い眼差しに呼応し、サラさんの瞳が真剣な色を浮かべると、彼女は一つ深呼吸をし、こんな言葉を口にした。

「今ならまだ間に合います。お嬢様、どこか遠くへお逃げください」

「逃げろって、どういう意味よ?」

 王都を奪還するために旅を続けて来たシャーリーにとって、彼女の発言は全てを否定するようなもの。突然逃げろと言われても、どう対応して良いのかわからず、シャーリーも動揺を隠せない。

「目的こそ定かではありませんが、敵の首領は、お嬢様を探しております。今度こそ捕まれば、何をされるかわかりません」

 ただ、彼女も意味無くここを去れと言っている訳ではなく、敵の目的をある程度は知っての発言らしい。今まで出会った魔神からは、彼女を捕まえようとする素振りなんて全く見え無かったけど……いや、霧崎が微妙にほのめかしていたような。

「嫌よ。私はそいつと戦って、リィンバースを取り戻すんだから」

「お嬢様!」

 けれど、魔神達との死闘を幾度となくくぐり抜けてきたシャーリーにとって、死ぬも生きるも些細なこと。大切な国民を見殺しにする方が、彼女にとっては辛いはず。

「でないと、死んだお父様に顔向けできないじゃない。それに、トオルと約束したの。この国を取り戻して、皆で幸せに暮らそうって」

 それに、彼女が守りたい物の中には、俺達との幸せも入っているわけで。もちろん、俺からすれば彼女の命の方が大切だけど、シャーリーの気持ちも無碍には出来ない。

「……お嬢様の覚悟、大変承知いたしました。ですが、この数ヶ月をかけて、顔の一つも拝めぬ相手。配下には、七十ニの魔神が控えているようですし、何卒、慎重な判断をお願いいたします。お嬢様こそが、リィンバース最後の希望なのですから」

 そして、シャーリーを思う気持ちは、サラさんも一緒なのだろう。大切だからこそ縛り付けたくない、そんな想いを、彼女の言葉から俺は感じた。

「それはそうと、こんなにも激しいお嬢様の喜怒哀楽が見れて、サラは嬉しゅうございます。これもひとえにトオル様のおかげ。何卒、お嬢様のことをよろしくお願いいたします」

 しかし、そんなしんみりとした雰囲気も、突然泣き出したサラさんによって終わりを告げる。この人も朝美と一緒で、暗い雰囲気が大嫌いなんだろうな。凄く気さくで、根は優しそうな人だけど、丸投げして去っていくのだけは勘弁して欲しい。

「全く、何で私の知り合いって、変な人ばかりなのかしら。サラは神出鬼没だし、サクラはあんなだし」

(それだけ皆、シャーリーの事が好きなんじゃないかな?)

「そうかもね。トオルも大概変態だし」

(あー、それはごめん)

「冗談よ冗談。……トオルがいてくれて、本当に良かった」

 メイドのサラさんが姿を消し、俺とシャーリーの二人きりになると、彼女は俺の刀身を力一杯抱きしめる。サラさんの前では強気な王女様を演じていても、本当の彼女は逃げ出したいぐらい、これからの戦いを恐れているのかも。

(なぁ、シャーリー。逃げても、良いんだぞ?)

 そんな風に思ったら、居ても立っても居られなくなって、そんな言葉を俺は口にしていた。

「トオルまで、そういうこと言う?」

(えっと、違うんだ! その……シャーリーがほんとに無理してるなら、せめて俺が、逃げ道を作ってあげたいなと思って)

 けれど、寂しそうなシャーリーの瞳を見ていたら、悪いことを言ってしまったような気がして、慌てて俺は言い訳を並べてしまう。

「……トオルは、変わったね。逃げ出したら軽蔑する、なんて言ってたのが嘘みたい」

(あ、あの時はその、俺のことで、シャーリーが辛そうだったから)

 正直に言えば、その時の事もあっての発言なのだけど、二転三転してしまうのはやっぱり気まずい。

 シャーリーの魔力が負担になって、俺の体が折れそうになっていた時、逃げるのも良いかもねって彼女は言った。もちろん、どこまで本気だったのかなんてわからないし、お互いその場の勢いもあっただろうけど、何よりあの時は彼女に立ち直ってほしかったんだ。

「そうやって、トオルはいつも、私のことを考えてくれているのよね。なら、大丈夫。貴方となら、どんな苦難も乗り越えていけるから」

 悩みの種は一向に尽きないけれど、俺は彼女の剣であり、彼女の未来を切り開くもの。前進しても後退しても、それだけは変わらない。だから、彼女の味方であり続けようと、抱きしめられるこの温もりに俺は誓う。

(? ……シャーリー?)

「ごめん、トオル。眠気が……」

(いきなり体、動かしたもんな。ゆっくり、おやすみ)

「ん。ごはん……」

 今の彼女の小さな体には、二日ぶりの全力は堪えたらしく、俺を壁に立て掛けると、まるで本物の子供のように眠ってしまう。

 晩御飯になったら起こしてくれと、それすらも言えずに床につく彼女の姿に俺は、小さなほほ笑みを浮かべるのだった。
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