俺と幼女とエクスカリバー

鏡紫郎

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第八章 真実を知る者

第358話 第八章 プロローグ 深き闇の男

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 そびえ立つ山々の中、守られるように建つ居城。山脈という名の城壁の外側には、海という名の堀が待つ城塞で、一人の男が静かな笑みを浮かべている。

 暗闇の中、月明かりに浮かぶ男の唇は、どれほど勇敢な騎士であろうと声を揃えて不気味だとつぶやくであろう。

(楽しそうだね、お父様)

 そしてもう一つ、彼の部屋で起こる不気味な現象。居るはずのない幼女の声が、部屋の中にこだました。

「約束の時が近づいているからな。そういうメイベルも、楽しそうではないか」

 反響を繰り返す薄気味悪い声。しかし、男はまるで住人とでも話すかのように、声だけの存在へと言葉を返す。気の弱い人間がこの部屋を覗き込んでいたとしたら、恐怖のあまり逃げ出していたことだろう。

(だって、お兄ちゃんが近くに来てるんだもん! 嬉しくないわけないじゃん!)

「フッ、あのような小僧のどこが良いのか、私にはわからんがな」

 楽しく笑う幽霊と、瞳を伏せる気味の悪い男。考えている事はお互い違えど、これから起こる出来事に思いを馳せているのは間違いなく、二人の薄ら笑いによって大気までもが歪み始める。

 感情の起伏のみで世界の理を乱すもの、それすなわち魔の神を名乗るものの証。今この瞬間、彼の周りで虫が息絶え、近くを飛ぶ鳥たちが漆黒の空から墜落した。

「楽しそうだねぇ、旦那。良いことでもあったのかい?」

 そのいびつな空間に突如として現れたのは、忍者のような風体をした銀髪イケメンの男。見た目通りに気配を消し部屋の中へと忍び込まれたはずなのに、驚く素振りすら見せず部屋の主は感嘆のため息を吐く。

(あー! いつも仕事しないお兄ちゃんだ! 穀潰しの、ウスラトンカチ!)

「おいおい、そこまで言うことないだろ? それに、ウスラトンカチってぇのは、間違ってないか」

「それで、普段反抗的なお前が、いったい何の用だ? 返答次第によっては、束縛することも視野に入れねばならんのだがな」

「束縛されるのは、勘弁して欲しい所ですがね。っと! こいつを、届けに来たんすよ。そろそろ、必要になると思いましてね」

 声だけの幼女に蔑まれる彼が、本当に負けず嫌いなのかはともかく、今日の彼はしっかりと仕事をしに来たらしい。

(ったく、おせぇぞ爺! 完治してから、どれだけ待たせりゃ気が済むんだ!)

 彼が背中から取り出したのは、言葉を喋る刀のような形の剣。トオルと死闘を繰り返し、相打ちとなった転生者、霧崎雅人。彼もまた、地獄の淵から舞い戻り、新たな所有者へとその身を委ねようとしている。

「相変わらずの粗暴な喋りだな、霧崎」

(しょうがねぇだろ、こっちはストレスの溜まりすぎでピリピリしてんだ。なぁ、早くあいつらを斬らせてくれよ。なぁ、なぁ!)

「機は熟しつつある。あまり急くと、ろくな事がないぞ」

 だが、二人の関係は水と油で、とても良好とは言えず、身勝手な霧崎の言い分を男は黙って受け流す。

(お父様の言う通り! 急いだって、なーんにもならないんだから、もっと気楽に――)

(うっせぇぞガキ! 調子こいてんと、あいつみたいに刻むぞコラ?)

 それにより、傍若無人な魔剣の矛先は声だけの無邪気な少女へと向けられ、霧崎の罵声は彼女を恐怖の底へと落とす。怒鳴られるという経験は、少女にとって初めてであり、それが恫喝ともなれば震えで魔力も離散してしまう。

「貴様こそ、自身の立場をわきまえろ。断りもなく、我が娘に手を出すような事があれば、その刀身からだ、心苦しいながらも折らねばならぬのでな」

(おぉ、怖い怖い。わーった、わーった、従うよ。今の所は、な)

「食えない男だ」

 そしてこの男、娘を心配する素振りを見せながらも小気味よく笑い、食えないのはどちらの方だと言わせたいかの如く彼の刀身を振り回した。

「そんじゃまぁ、俺はこの辺で」

「待て」

 用事は終わったと、一物抱える二人の空間から急ぎ立ち去ろうとする忍者の男を、部屋の主は呼び止める。霧崎の刀身に魔力を通す主の姿に観念したのか、再び壁に寄りかかると、忍者の男は聞き耳を立てた。同じ魔神とは言え、立場は対等でない事を彼は理解しているのだ。

「シャックス、お前にはもう一つ頼み事があってな。彼女あれが見えたら城内へと、丁重ていちょうにもてなして欲しい」

「……もちろん、連れてくるだけで良いんですよね?」

「手出しは無用だ」

「了解です。密偵とは言え、それぐらいならやりましょう。では!」

 それでも、底の知れないこの御仁と彼は長時間一緒に居たく無いようで、話が終わると同時に、シャックスと呼ばれた魔神はこの部屋から姿を消す。

「ふふっ、楽しみだねお父様」

「あぁ、本当に楽しみだ」

 闇夜のふける中、深い闇が浅い闇を喰らう。閉ざされた城の中、真なる魔神とその娘が愉快な笑いを浮かべていた。
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