俺と幼女とエクスカリバー

鏡紫郎

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第七章 復讐と裏切りの円舞曲(ワルツ)

第356話 竜装闘士

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 彼女に生きていて欲しくて、死地へと飛び込むカーラを止めようとした瞬間、俺達の横を小さな影が駆け抜けていく。

「な!? あんた何! 危ないから、そこどきなさい!」

「ほう、幼竜とはまた珍しい。この国の竜種は、ワイバーンなどの下等種以外、絶滅したと聞き及んでいましたが、こんな所でドラゴンと呼べるものに出会えるとは」

 カーラの前に立ち塞がる幼竜のリースをボーゲンハルトは珍しいと言い、カーラは彼女の身を案じ、退くように訴えかける。このタイミングでリースが飛び出したということは、彼女の奇跡を俺は信じて良いのだろうか?

「キューキュー! キュキュキュー! キュゥーイッ!!」

「何? 私も、パパのために戦いたい? パパって、もしかして……」

「キュイ! キューキューキュキューイ、キュー!!」

「なるほど、細かいことはよくわかんないけど、あんたもあいつと一緒で、バカなのね」

「キュ!」

「いいわ、それじゃあ、後方から援護でも……って、なに? あんたの体、光って……って!?」

 それに、彼女の言葉はカーラにも届いているようで……そう考えた瞬間、リースの体が彼女の愛くるしい笑顔のような輝きを放つと、カーラの姿をまるごと飲み込み、天高く登っていく。

「ちょっと、何が起こって……この姿? 鎧?」

 天駆ける竜の閃きが離散し二人の姿が顕になると、そこには、緑色の輝きを放つ絢爛豪華な鎧をまとったカーラの姿があった。

「ドラグナー……竜装闘士ドラグナーだと!? バカな! ありえるはずがない! アルカイックドラゴンなんて存在は、数千年も昔に滅んだはずだ!」

 二人の突然の変容に仕掛け人であった俺も流石に驚いていると、俺達以上に動揺するボーゲンハルトが色々と重要な事を語ってくれる。

「でん……せつ……」

 そんな奴の話を聞き、今まで自暴自棄になっていたカーラも落ち着きを取り戻したようで、両の拳に力を込めた。

「そっか。トール、私にもまだ、ツキが残ってたみたい」

 自信に満ち溢れた彼女の姿は正しく竜の闘士であり、魔力の循環と動きやすさを兼ね揃えた鎧は、ところどころ竜の様相を取り入れている。その事から、あれがリースの力であることは確かなのだが、肝心のリースはどこに行ってしまったのだろう……

「ふざけるなー! 年端も行かぬ、たかがドラゴン一匹の力で、この私が負けるなどあり得るはずがない!」

 あまりに唐突な伝説の闘士の出現に、焦りに焦ったボーゲンハルトは腰に刺さった細剣を引き抜き、その切っ先をカーラ目掛けて突き立てながら突っ込んでくる。

 地面を走る魔神のスピードはそれ程速くなく、避けられぬはずもないのだが、何故か彼女はその刀身を、手甲をまとった右腕で正面から掴み取る。

「バカめ! 貴様の体には既に、この魔剣の毒素が……な、何故だ、何故平然としていられる!」

「ふーん、特に何も感じないけど」

 シャーリーに呪印を刻んだ細剣。セイクリッドを行動不能に出来るほどの、強力な呪詛が編み込まれたその刃を数秒間握りしめていたが、カーラはケロッとした表情でその刃をへし折る。

「な、ならば!」

 粉々に砕け散る細剣の姿に焦りの色を浮かべる魔神であったが、すぐに気持ちを切り替えると、今度は自分の右手を使いカーラの額にアイアンクローを打ち込む。

「あの女から奪い取った淫魔の力で、貴様の精神力の全てを!」

 彼女の頭を掴んだボーゲンハルトの腕が紫色に輝くと、カーラの側から魔力の波が魔神の腕へと送られていく。掴まれてからというものの、何の動きも彼女は見せないし、まさかこのままやられちまうんじゃ……

「だからさ、効かないって言ってんのよ!」

 棒立ちのまま動かないカーラの姿に不安を覚えていると、突然彼女は動き出しボーゲンハルトの右腕を掴む。そして、剣を砕いた時のように、奴の右腕も粉々に砕いてしまった。

「があぁぁぁぁ、私の、私の右手がぁ!」

「そんなに力入れてないんだけど……あんたさ、骨弱いんじゃない? ちゃんと栄養とってる?」

 鎧の力に慣れていないせいか、誤って腕を砕いてしまったことに後ろめたい感情を覚えたカーラは、気恥ずかしさからか相手の心配をしてしまう。そんな世話焼きな彼女の性格に小さな笑いを覚えるも、利き腕を潰されたボーゲンハルトは彼女に対し怒りの咆哮を上げる。

「ふざけやがって、クソがぁぁぁぁッ!」

「うーん、いまいち調整が難しいわね」

(……ラさん、カーラさん。やっと、繋がりました)

「ん? 今の声、トール? じゃなくて、さっきのチビ?」

 我を忘れる男の事など気にもせず、鎧の加減に注力し続けるカーラの余裕に安心感を覚えていると、彼女の動きが再び止まり、辺りをぐるぐる見回し始める。俺の頭にも聞こえてきたけど、もしかしてこの声……リースか!

(チビじゃありません! リースです! っと、今はそんな場合じゃないですね。出力の調整は私がやります、カーラさんは全力でアレをぶん殴ってください)

「なるほど、ぶん殴るだけでいいのね……了解!」

 細かいことは考えるなと言われ、不敵な笑みを浮かべたカーラは、拳を二度鳴らすと走り出し、ボーゲンハルトに対しラッシュをかける。シャーリーと同等か、それ以上の速さで動く彼女の動きにボーゲンハルトはついてこれず、サンドバッグのように全身をボコボコに殴りとばされる。

「これはアイリの分、これはお姫様の分、これは私の分、これはアサミって子の分、そしてこれは、トールの分だぁ!」

 皆の思いを乗せた拳がボーゲンハルトの顔を貫き、変態魔神は木の幹へと吹き飛ばされ、よろめきながらうつ伏せに倒れ込む。イケメンだった彼の容姿は見る影もなく、マッシュポテトのようにぐちゃぐちゃに潰され、全身の関節もあらぬ方向にひん曲がっている。いくら魔神と言えど、ここまでの損傷を負えば回復は不可能。この勝負、完璧にもらった。

「ふじゃけ、ふじゃけりゅなぁ。まけりゅ、まけりゅわけが……これじゃぁ、こりぇ。ちかりゃ、ちかりゃぁ!」

 まともに立つことすら出来ないボーゲンハルトの姿に勝利を確信した瞬間、奴は背中から黒い塊を取り出すと、自ら口の中へと放り込みバリバリと食べ始める。この姿、どこかで見たような……そうだ! バロック洞穴の最奥で、窮地に陥ったナベリウスが取った行動そのものなんだ! 

 となると、この後待っている結果は…… 

「ちかりゃぁ、ちから、みなぎるぅ!!」

 おそらく、盗賊のアジトに置いてあった大量のガンザナイトの内の一つを使ったのであろうが、ボーゲンハルトの体は更に異質に変形し、筋肉もりもりマッチョマンの変態へと変貌する。

「私を侮辱したことを、後悔させてやるぞ、愚民がぁ!」

 喋り方に変な癖があるように聞こえるが、ナベリウスの時に比べて意識がはっきりしているように思える。まさか、石の力を制御出来ている? だとすると、あの場はガンザナイトのための実験場? でも、何で……

「見た目含めて、これで本物の魔神になったってわけ。どこまで試せるか、面白くなってきたわ」

 しかし、事情を知らないカーラにとって、目の前で変体した男は新たな強敵としか映らず、八メートル級になった魔神へといつも通りの構えを取る。

(すみませんカーラさん、お楽しみのところ大変恐縮なのですが、目覚めたばかりの私では、長時間の着装は難しいようです)

「そっ。なら、次の一撃で決めればいいのね」

(はい。負担は大きくなりますが、封印してある鎧の力を少しだけ開放します)

「オッケー。いつでも来なさい!」

 そして、リースの力も限界を迎えつつあるようで、カーラは広めに足を開き必殺の構えを取った。

(ヒューマノイドドラゴニックウェポン、出力三十パーセント限定開放!)

 リースの言葉とともに、背中にある羽の形をした複数のフィンが展開すると、鎧の中にある余剰な魔力が凄い勢いで放出されていく。

「くっ! 確かに重い……けど!」

 爆発的な魔力の高まりに、体の動きが鈍くなるカーラであったが、気合の力を一点に集中させ、変貌した魔神へと彼女は飛びかかる。

「こんなのに負けてたら、トールに顔向け出来ないのよぉぉ!!」

 溢れ出す背中の魔力をブースターの様に利用した彼女は、まるで人型ロボットの様に空中を回転し、渦巻く魔力を込めた拳をボーゲンハルトの土手っ腹に叩き込む。

「ふふふ、そんなものが……ぐおぉぉぉぉぉッ!! ば、ばかな! 強化された私のからだが、こんなちゃちな魔力に、まりょくニィィィィ!!」

 渦を巻く二人の魔力は拳の先端で収束し、ドリルのような回転力で奴の分厚い装甲を次々と削り取っていく。悲鳴を上げる魔神の体は恐ろしい勢いで分解され、彼女の身体は魔神の体を突き破る。

「ヒョォォォォォォォ!!」

 絶叫と共に弾け飛ぶボーゲンハルトだったものは、赤い血潮の魔力となりて辺り一帯へと降り注ぐ。それを見つめる闘士の背中は、緑の魔力に彩られ、空に佇むカーラの姿がまるで本物のドラゴンのように俺には見えた。
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