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第七章 復讐と裏切りの円舞曲(ワルツ)
第349話 見えない不安
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「私も、手伝う。手伝わせて、欲しい」
アイリも率先してサクラさんを手伝ってるし、これで安心できるはずなのだが、さっきからなんだか気分が悪い。
シャーリーの患部に手を当てる、光り輝くサクラさんの指の間から漏れ出る、黒い靄が原因だろうか? 確か、呪詛って言ってたし、思っている以上に不安になっているのかも。
「はぁ……はぁ……とおる、とおる! あぁ!!」
そのせいか、苦しみあえぐ彼女の声を聞くだけで吐き気がするし、このままだと俺まで倒れてしまいそうだ。
「トオル様、顔色が優れぬようお見受け致しますが、大丈夫でしょうか?」
(……悪い、下の階に、連れて行ってもらえるか?)
そんな俺の変化に対し、真っ先に気づくクルスの優しさに、俺はそのまま甘えてしまう。いつも体を支えている二人の腕がどちらもなくて、俺自身、弱りきってしまっているのだろう。
「かしこまり――」
「あぁ、それなら私がやる。あんたはそのまま、王女様についててあげなさい」
浅く腰掛けている椅子から立ち上がり、俺の刀身を抱きかかえようとする彼女を止めたのは、治療を受けるシャーリーを、睨みつけるような形相で見ていたカーラ。俺の存在に気づいてから、彼女の真意があまりにも見えなさすぎて、正直言ってちょっと怖い。
「ですが……」
「そんな心配しなくても、煮て食ったりなんかしないわよ。それに、王女様に何かあったら、こいつが悲しむでしょ?」
ただ、何となくだけど、今の言葉は俺を心配しているように聞こえて、クルスも黙って俺の体を彼女に差し出す。
「……わかりました。トオル様のこと、よろしくお願いいたします」
初めて感じるカーラの感触は……デカイ。この大きさってもしかして、フィルと同レベルなのではないだろうか……あー、その、一つだけ断っておきますけど、この感触を僕がわざと楽しんでいるという訳ではなくてですね、何故かみんな、胸に当たるように僕の体を抱きかかえるんですよ。ですからね、あくまでも不可抗力であり、これは事故、事故なのです。
ほら、女性の皆様だって、男の人に抱き寄せられたら、胸板の感触とか腕の太さとか、少しは気にするでしょ? え? しない? しない……いかん、動揺し過ぎで一人称が変わってるし、頭の中がめちゃくちゃすぎる。
「ねぇ、あんなに強いくせに、なんであの時、助けてくれなかったのよ?」
(あ、えっと……それって、シンジの事か?)
見た目以上に強力すぎる、二つのカーラの胸部装甲に戸惑っていると、突然彼女に声をかけられ、俺は一瞬硬直してしまう。
このままだと自分の立場を利用し、欲を貪るだけの変態小動物扱いされてしまうと焦った俺は、頭の中を高速で回転させ一つの結論へとたどり着かせる。その答えに対し、彼女が無言であるということは、どうやら肯定と捉えていいらしい。
そりゃそうだよな、彼女なりに全力を出し切って傷一つ負わせられなかった相手が、大切な人を見殺しにしたんだ。不信が大きく募る気持ちも、わかる気がする。
そんな彼女に誠実に向き合うためには、包み隠さず真実を伝えるしか無い。例え信じてもらえなくとも、贖罪の意味も兼ねて、俺は全てを彼女に告白した。
(カーラが思ってるほど、俺達は強くないよ。特にあの時の俺には、何の力も無くて、カーラの知ってる、勇者に捨てられる程度のただの駄剣さ。それでも、彼女の役に立ちたくて、死にものぐるいで戦おうとしたんだ。その中で、さっき話してたスクルド……今はクルスって名前なんだけど、彼女に力を貸してもらってさ、俺には不釣り合いなぐらいの巨大な力を手に入れて、それがなかったら、たぶん俺達もあの時に死んでたと思う)
「……って事はなに? 私達を逃したのは、純粋に助けたかったからとか、そう言いたいわけ?」
(まぁ、一応な。あの時できた償いなんて、二人を全力で逃がす事ぐらいだったからさ)
あの時の全てを彼女に伝え終えると、待っていたのはまた無言。正直これが一番怖い。とは言え、疑ってるならそれで良いし、シンジを見殺しにしちまったのも事実だからな。割り切れない部分が大いにあるのも、俺なりに理解しないといけない。
「テーブル? 椅子の上? それとも、壁が良い?」
それでも、階段を下りきったカーラは、落ち着いた表情で俺の座る場所を尋ねてくれる。
(壁に立て掛けてくれると助かる。そこが一番落ち着くからさ)
「そっ……こんな感じで良い?」
(あぁ、ありがと)
シャーリーが置くいつもの癖で、自然と答えてしまったが、鞘のない俺の体は立て掛けが悪い。だと言うのに、カーラは特に苦労する素振りも見せず、俺の体を壁に置いた。
料理とか裁縫なんかは下手な割に、こういうところは器用なんだよなぁ。それだけ彼女も、戦いに身を投じて来たって事なのかもしれない。
「アイリの事が心配だから、私は上に戻るわね。ああ見えてあの子、結構むちゃするから。王女様の体調は、ちゃんと知らせに来てあげる。だから、安心しなさい」
(悪い)
「なんであんたが謝るのよ。それじゃ、また後でね」
女の子の気持ち、少しはわかるように頑張ってるつもりだけど、カーラが何を考えているのか俺にはさっぱりわからない。こんな調子だと、またシャーリーにどやされるかな。なんて思いながら、階段を上がるカーラの背中を俺は見つめていた。
アイリも率先してサクラさんを手伝ってるし、これで安心できるはずなのだが、さっきからなんだか気分が悪い。
シャーリーの患部に手を当てる、光り輝くサクラさんの指の間から漏れ出る、黒い靄が原因だろうか? 確か、呪詛って言ってたし、思っている以上に不安になっているのかも。
「はぁ……はぁ……とおる、とおる! あぁ!!」
そのせいか、苦しみあえぐ彼女の声を聞くだけで吐き気がするし、このままだと俺まで倒れてしまいそうだ。
「トオル様、顔色が優れぬようお見受け致しますが、大丈夫でしょうか?」
(……悪い、下の階に、連れて行ってもらえるか?)
そんな俺の変化に対し、真っ先に気づくクルスの優しさに、俺はそのまま甘えてしまう。いつも体を支えている二人の腕がどちらもなくて、俺自身、弱りきってしまっているのだろう。
「かしこまり――」
「あぁ、それなら私がやる。あんたはそのまま、王女様についててあげなさい」
浅く腰掛けている椅子から立ち上がり、俺の刀身を抱きかかえようとする彼女を止めたのは、治療を受けるシャーリーを、睨みつけるような形相で見ていたカーラ。俺の存在に気づいてから、彼女の真意があまりにも見えなさすぎて、正直言ってちょっと怖い。
「ですが……」
「そんな心配しなくても、煮て食ったりなんかしないわよ。それに、王女様に何かあったら、こいつが悲しむでしょ?」
ただ、何となくだけど、今の言葉は俺を心配しているように聞こえて、クルスも黙って俺の体を彼女に差し出す。
「……わかりました。トオル様のこと、よろしくお願いいたします」
初めて感じるカーラの感触は……デカイ。この大きさってもしかして、フィルと同レベルなのではないだろうか……あー、その、一つだけ断っておきますけど、この感触を僕がわざと楽しんでいるという訳ではなくてですね、何故かみんな、胸に当たるように僕の体を抱きかかえるんですよ。ですからね、あくまでも不可抗力であり、これは事故、事故なのです。
ほら、女性の皆様だって、男の人に抱き寄せられたら、胸板の感触とか腕の太さとか、少しは気にするでしょ? え? しない? しない……いかん、動揺し過ぎで一人称が変わってるし、頭の中がめちゃくちゃすぎる。
「ねぇ、あんなに強いくせに、なんであの時、助けてくれなかったのよ?」
(あ、えっと……それって、シンジの事か?)
見た目以上に強力すぎる、二つのカーラの胸部装甲に戸惑っていると、突然彼女に声をかけられ、俺は一瞬硬直してしまう。
このままだと自分の立場を利用し、欲を貪るだけの変態小動物扱いされてしまうと焦った俺は、頭の中を高速で回転させ一つの結論へとたどり着かせる。その答えに対し、彼女が無言であるということは、どうやら肯定と捉えていいらしい。
そりゃそうだよな、彼女なりに全力を出し切って傷一つ負わせられなかった相手が、大切な人を見殺しにしたんだ。不信が大きく募る気持ちも、わかる気がする。
そんな彼女に誠実に向き合うためには、包み隠さず真実を伝えるしか無い。例え信じてもらえなくとも、贖罪の意味も兼ねて、俺は全てを彼女に告白した。
(カーラが思ってるほど、俺達は強くないよ。特にあの時の俺には、何の力も無くて、カーラの知ってる、勇者に捨てられる程度のただの駄剣さ。それでも、彼女の役に立ちたくて、死にものぐるいで戦おうとしたんだ。その中で、さっき話してたスクルド……今はクルスって名前なんだけど、彼女に力を貸してもらってさ、俺には不釣り合いなぐらいの巨大な力を手に入れて、それがなかったら、たぶん俺達もあの時に死んでたと思う)
「……って事はなに? 私達を逃したのは、純粋に助けたかったからとか、そう言いたいわけ?」
(まぁ、一応な。あの時できた償いなんて、二人を全力で逃がす事ぐらいだったからさ)
あの時の全てを彼女に伝え終えると、待っていたのはまた無言。正直これが一番怖い。とは言え、疑ってるならそれで良いし、シンジを見殺しにしちまったのも事実だからな。割り切れない部分が大いにあるのも、俺なりに理解しないといけない。
「テーブル? 椅子の上? それとも、壁が良い?」
それでも、階段を下りきったカーラは、落ち着いた表情で俺の座る場所を尋ねてくれる。
(壁に立て掛けてくれると助かる。そこが一番落ち着くからさ)
「そっ……こんな感じで良い?」
(あぁ、ありがと)
シャーリーが置くいつもの癖で、自然と答えてしまったが、鞘のない俺の体は立て掛けが悪い。だと言うのに、カーラは特に苦労する素振りも見せず、俺の体を壁に置いた。
料理とか裁縫なんかは下手な割に、こういうところは器用なんだよなぁ。それだけ彼女も、戦いに身を投じて来たって事なのかもしれない。
「アイリの事が心配だから、私は上に戻るわね。ああ見えてあの子、結構むちゃするから。王女様の体調は、ちゃんと知らせに来てあげる。だから、安心しなさい」
(悪い)
「なんであんたが謝るのよ。それじゃ、また後でね」
女の子の気持ち、少しはわかるように頑張ってるつもりだけど、カーラが何を考えているのか俺にはさっぱりわからない。こんな調子だと、またシャーリーにどやされるかな。なんて思いながら、階段を上がるカーラの背中を俺は見つめていた。
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