俺と幼女とエクスカリバー

鏡紫郎

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第七章 復讐と裏切りの円舞曲(ワルツ)

第347話 心の叫び

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 朝美を置き去りにしてから、どれくらいの距離を俺達は走ったのだろう。周囲を流れて行くのはただひたすらに木々の山で、前に進んでいるという実感を一向に感じられない。

 時折迫る追手の群れはクルスが何とかしているものの、迷子になっているのではないかという不安にかられていく。体力の少ないアイリも、カーラに支えられ何とか走ってはいるが、シャーリーの状態も含めて一刻を争う事に代わりはない。

 俺の下した判断は、間違っていなかったのだろうか……

(……バルカイト、ここから一番近い村は?)

「この地形にこの構造、間違いなくアルムスの樹海だな」

 そんな不安に苛まれ、各地を旅していたであろうバルカイトに声をかけると、この地が樹海であることを俺は教えられる。

(樹海って、まさか、迷ってたりしないよな?)

「ここはな、首都であるリィンバースに最も近い場所なんだ。いわば、俺達の庭みたいなもんよ。と言っても、このまま突っ込むわけにもいかねぇし、安全なのは師匠の家だな」

 一度迷えば二度と出ることは叶わない。そんな樹海のイメージに、生きた心地のしない俺だったが、どうやらこの辺りは彼にとって馴染み深い場所のようである。

 しかし、ここが首都への目と鼻の先と言うなら、敵の本拠地の眼前も同じ。不用意に近づく事は、地獄の釜に足を突っ込むようなものなのだが、バルカイトの師匠って、デオルドさんなのでは……

(師匠って、デオルドさんは……)

「俺のじゃねぇ。お嬢のだよ、お嬢の」

 火山の街、ヘキサリィムでお世話になったドワブンの老人を思い出し哀愁に浸っていると、バルカイトはそれを否定し、言葉の意味を訂正する。シャーリーの師匠ってことは、自幻流と呼ばれる流派を編み出した人になるのかな? 

 どんな人かは興味があるけど、今はとにかく彼女の安全が最優先。安心して治療のできる場所、その条件を満たせるのであればどこでもいい。

(それにしても、参ったなこれ)

 その時、突然脳裏に響いてきた雑音交じる少女の声に、俺は辺りを見回してしまう。周囲を確認したとして、俺達以外に誰も居るはずがないのだが……もしかして、この声って、朝美? 

 なんであいつの心の声が……そうだ、この現象、前にもあった。あれは確か、体力も魔力も弱ってるときで、優位性が逆転して俺の方に意識が流れてきたんだけど……ってことは、やっぱりあいつ!?

(「先輩との約束、守れないじゃんか!」なんて、かっこよく啖呵切っちゃったけど、ちょっとやばいかも。七割ぐらい魔力ももってかれてるし、出血も思ったより酷くて痛い。勝てる……のかな? ううん、気持ちで負けたらダメだ。こういう時こそ、踏ん張れ私! あの人が、明石君が、私のこと名前で呼んでくれたんだもん。大丈夫、やれる、やれるよ朝美。明石君のためなら……ううん、徹君のためなら私は――)

 彼女の悲痛な心の叫びは、聞こえ始めと同じように、突然そこで途絶えてしまう。どうやら、精神干渉できる距離を、お互い超えてしまったらしい。

 今すぐにでも、朝美の下に戻りたい。けどそれを、あいつが望んでいない事もわかってしまっている。だからこそ、何もできない自分が情けなくて、血が出るほどに心の中で下唇を噛んでしまう。

 しかも、今の俺は状況だけでなく、力の方も無力なんだ。シャーリーはこの状態だし、朝美だってあれじゃ……いや、俺が信じてやらないでどうする。朝美は大丈夫、大丈夫なんだ。

 けど、彼女が無事戻ってこれたとしても、ディアインハイトに耐えられるような状態じゃないはず。契約者二人がこれじゃ、所詮触媒である俺に出来ることなんて殆ど無い。くそっ! 俺は何のために戻ってきた! この世界に戻ってきたんだよ! 

 ここがもし、ギャルゲー時空だったら、俺は何回バッドエンドルートへの選択肢を選んでるんだろうな。そこを皆に助けられて、俺はまた失いそうになっている。だからせめて、カーラにアイリ、この二人だけでも助けないと……

 だと言うのに、ボーゲンハルトの放った追手は、すぐそこまで迫ってきていた。

「ちっ、まずいな。俺たちの足だと、後ろの奴らに追いつかれんぞ」

「ご安心ください、何体来ようとわたし……が」

 しかも、今まで頑張ってきたクルスの魔力がここに来て底をつき、彼女の姿も幼女のものに戻ってしまう。このままだと、瀕死の重傷を負ったシャーリーに被害が及び、彼女の生命に関わってくる。

 俺たちのために残ってくれた朝美のためにも、なんとかここを抑えたいのに、俺には何もできない。せめて、無駄に満タンな俺の魔力を、クルスに送ることさえできれば……

 その時、倒れ込みそうになった幼女のクルスを抱え起こすと、カーラが突然足を止め俺達にこう宣言する。

殿しんがりは、私が務める。その子のこと、助けてあげて」

「おいおい、なに言って――」

「お姉ちゃん、私も」

 クルスが倒れたことで、最悪の状況に王手がかかったと思い込んだのか、カーラは全ての責任を背負い殿を買って出る。大好きな姉が動くとなれば、当然妹も残ろうとするわけで、自らの命をアイリもかけようとした。

 美しい二人の姉妹愛に、一瞬心動かされそうになるが、ここで二人を見捨てたら、今までやってきたことが全て無駄になる。無駄になってしまうと言うのに……何でコイツラは、それをわかろうとしないんだ! 

(ふざけんな……)

 届く届かないとかもう関係ねぇ、勝手に悲劇のヒロインぶりやがって、こっちの気持ちも考えろってんだ!

(ふざけんじゃねぇぞお前ら! いい加減にしやがれ!!)

「え……なに、今脳に」

「うん、直接、声が」

(勝手にこんな状況作って、ごめんなさい、私達の命で償いますってか? 冗談じゃねえよ! 朝美が守りたかったのは俺達だけじゃねえ、お前ら二人もなんだよ! それに、それに、ここでお前ら見殺しにしたら、シンジに申し訳が立たないだろうが!!)

 シャーリーを傷つけてしまった後悔、朝美に全てを託すしかなかった懺悔の気持ち。そして、二人への怒りが俺の感情を一方的に逆立たせ、思ったことの全てを二人に向かって吐き出させてしまう。俺がどんな気持ちでいるかなんてわからないくせに、畜生畜生ちく……って、あれ? 伝わ、ってる? 

「とまぁ、悪いんだが、うちの大将はあんたら二人の生存もお望みなんだわ。悪いと思ってんなら、最後まで付き合ってやってくんねえかな」

 予想外にも伝わってしまった俺の声に、動揺と焦りで固まる二人をバルカイトは説得する。

「それとな、殿と言うものは、我のような年長者が務めるもの。若人わこうどが、年寄りの仕事を取るものではないぞ」

 そして、皆の背中を守るよう、二人の横をすり抜けたフィルが、余裕の構えで魔物の群れに立ちふさがった。

「そんじゃ頼むぜ、鉄壁姉さん」

「その呼び方はやめい。全く、女神である我に、こうも簡単にあだ名を付ける者が二人もおろうとは、人間の堕落ぶりには喜ぶべきか悲しむべきか。無論、トオルには感謝しておるぞ。さて、もう一人の者には、文句も色々言いたいところじゃが、数万年神具を守り通したこの鉄壁の真髄、久々に全力で行かせてもらうとしようかの!」

 軽口を叩くバルカイトに苛立つ素振りを見せながらも、彼女は自身の魔力を練り上げ、その全身に雷を纏う。

「展開、装着!」

 彼女の体を覆ったのは、禍々しく光る黒と赤の混ざった鎧。女神というイメージとは少しかけ離れるが、彼女の中にある大人の余裕と、全ての男を手玉に取るサディスティックな妖艶美を感じさせる。

 全体的な作りとしては、クルスのものよりシャーリーに近いが、水着から受ける印象ほどエロスな部分は強調していなかった。戦闘の時まで朝美のような服を着ていたら、それこそただの痴女……もとい、淫魔みたいになっちまうもんな。

 それから、いつも以上に大型のニ対の槍を両手で構え、背中には竜のような形状の四枚の翼を生やしている。俺の知る限り、神話上でヨルズと竜に関係性は無いはずなのだが、鉄鎚を守っていた場所を考えると、こちらの世界の彼女は竜の女神でもあるのかも知れない。

「何があろうと通せぬ故、最初から全力でいかせてもらうが、卑劣などとのたまうなよ? さぁ、死にたいやつからかかってくるがよい!」

 穏やかな口調の中に、荒々しさの混ざった女神の放つ全力の闘気は、魔物の気力を萎縮させ、彼等の動きを鈍らせる。主には絶対服従であり、目の前に居るのは絶対的強者と、弱肉強食な本能の中で魔物達は悩み恐怖した。

「さてと、行くぜお二人さん。女神の嬢ちゃんも、もう少しだけ頑張ってくれよ?」

「言われなくともわかっています。このクルス、トオル様の足を引っ張るような真似はいたしません」

 その隙を逃すまいと、バルカイトが声をかけると、俺達は再び樹海の中を、全速力で駆け出した。
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