俺と幼女とエクスカリバー

鏡紫郎

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第七章 復讐と裏切りの円舞曲(ワルツ)

第344話 復讐の姉妹

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「……わかったわ、行きましょう」

 そしてシャーリーも、ひどく苦々しい表情を浮かべながら天道に肩を貸す。全速力で逃げる相手に対し、到底追いつけるとは思えないほどゆっくりな足並みで進むと、細く長い通路が俺達を待ちかまえていた。

 作りの雰囲気からして、緊急用の脱出通路と思われるが、とにかく距離が長く、薄暗さも相まって時間の感覚を狂わされる。かなり歩いているはずなのに、シャーリーに寄り掛かる天道の体調も良くならず、それが余計に俺の心を焦らせていた。

 数メートル間隔で続く青白い照明の中、突然目の前が開けたかと思うと、見覚えのある二人の女性に俺は息を呑む。あまりにも不自然な場所での再会に、俺の魂は剣から抜け落ちるように跳ね回った。

「本当に会えるなんて思ってなかったけど、命令通り、待っていたのは正解だったみたいね」

 赤色のチャイナドレスを着た女性の後ろに、薄汚れたローブを纏う幼女の姿。間違いない、この二人は、初めて俺が旅をした仲間の……

(……カーラ、アイリ)

 体術を得意とする姉のカーラと、魔法で彼女を援護する妹のアイリ。俺の最初の持ち主、シンジに思いを寄せていた二人にとって、彼の死を共有した俺とシャーリーは憎むべき相手。どこかで必ず再会すると、そんな予感はあったけど、このタイミングで出会うとは思ってもいなかったし、むしろ、何故二人がここにいる? 

 万が一にも無いとは思うけど、さっきのローブがアイリだとしたら、俺達は二人を……

「まさか、あなたが王女だなんて思いもしなかったけど、一杯食わされたって訳ね。あんたさ、覚えてる? 私達のこと」

「……バロック洞穴の最深部。これで、あってるかしら?」

「へぇ、すっかり忘れ去られてると思ってたけど、覚えてもらえてるなら好都合」

 しかも、二人の会話は自然と進み、考える暇すら俺には与えてもらえない。むしろ、考えたところでどうなる? 俺の言葉はカーラには届かないし、また俺は、無機物という名の運命に流されるしかないのか……

「あの時の礼を言いに、って感じじゃなさそうね」

 カーラの殺気を感じ取ってか、クルスに天道を預けたシャーリーは、俺の柄を握る右手に力を込める。やらなければやられるとわかっていても、俺にカーラを斬ることが出来るだろうか。

「えぇ、礼は礼でも……!」

 そんな迷いの中、何のためらいもなく空中へと飛び上がったカーラは、シャーリーへと狙いをつける。そして、思いっきり右の拳を突き出すと、俺達めがけて彼女は急降下を始めた。

「お礼参りってやつよ!」

 俺の知ってる彼女に比べ、動きもキレも格段に鋭さを増してはいるが、後方に飛び退くことで、シャーリーは軽々と彼女の一撃を回避する。目で追えないほど速くはないが、地面にクレーターをつくる程度の威力には、注意を払ったほうが良いだろう。

「トオル、本気でいってもいいわよね?」

 俺の見立てでは、今のシャーリーでも十分勝機はあると考えているのだが、どうやら彼女は時間を優先したらしい。

(……あぁ、任せる)

 命の重さに優劣をつけたくはないけれど、俺が守りたいのはシャーリーと……朝美だ。カーラには悪いけど、彼女の提案通り一瞬で決めさせてもらう! 

「何、ごちゃごちゃ言ってるのよ。私の動きを見て、怖気づいたわけ?」

「えぇ、あなたの実力、少しだけ認めてあげる。だからね……私も全力で、いかせてもらうわ!」

 シャーリーが俺を地面に突き刺し、いつものように詠唱を始めると、ディアインハイトの力によって彼女の姿が変わっていく。大胆さの中にも気高さのある、優美で扇情的な衣装をまとうと、大人の姿になったシャーリーが、俺の切っ先をカーラに向けた。

「へぇ、それがあなたの本当の姿ってわけ」

 背中の羽を隠したままの五割程度の魔力だが、並の人間なら気絶する程の魔素を受け止めながらも、平然とした表情でカーラはこちらを睨みつけている。

「こっちにも色々とあってね。今の私じゃ、相手として不服かしら?」

「いいえ、やるなら強い相手の方が、私も燃えるもの」

 戦いにおける姿勢がどことなく似ているのか、二人は笑顔のまま互いに顔を見つめ合う。

「お姉、わたしも」

 その異様な光景に、カーラを心配したアイリが姉の横に並び立つが、小さな彼女の両手は小刻みに震えていた。

 二人の様子の違いからカーラの資質の高さを感じとれるけど、いかんせん相手が悪い。リィンバース最強と謳われた姫が相手では、二人がかりでも話にならないだろう。

「二体一でも構わないわ。その程度のハンデなら、あってないようなものですもの」

「言ってくれる。アイリ! あの女の鼻っ柱、骨の一つも残さずに、へし折るわよ!」

「うん!」

 正直にそれを言葉にするシャーリーに煽られ、俄然やる気になったカーラとアイリは、息の合った連携で俺達に襲いかかる。

「ここに願う。炎の精霊サラマンダーよ、我らが道を阻むものを、その焔にて焼き尽くしたまえ。フレイムドライブ!!」

 アイリお気に入りの初級魔法、フレイムドライブが大地を駆けると、炎の間を縫うようにカーラが拳でシャーリーを狙う。交互に襲い来る衝撃を、感覚だけで避け続けたシャーリーは、アイリの魔法の切れ目を狙ってカーラの頬を裏拳で殴りつけた。

「立ちなさい。これで、終わりじゃないでしょ?」

「くっ、言わせておけば!」

 なんだかシャーリーが、スポコン漫画のコーチみたいになってきてるけど、彼女に触発されたカーラはすぐさま立ち上がり、必殺の構えを取る。

 気合を込めた彼女の拳は、真っ直ぐな正拳突きとなって俺達に襲いかかるも、シャーリーはその手を絡め取り、地面へと投げ飛ばす。そして、彼女は息をするように、俺の切っ先をカーラの喉元に突きつけた。

「チェックメイト」

「お姉ちゃん!」

「……私の負けね」

 起き上がらせようと支えた体を、自ら地面に倒れ込ませ敗北を宣言するカーラ。彼女がさっぱりとした性格の持ち主で、今回ばかりは本当に良かったと思う。

 このまま戦闘を続けたら、彼女の首を俺が掻っ切る羽目になっていたかも知れないし、無抵抗な女の子にとどめを刺すほどシャーリーも残虐じゃ無いだろう。

「あなたの境遇はわかっているつもり。それも踏まえて、最大限の譲歩はするわ」

「姫様! 先程逃げ出した、ローブの男を捕らえました!」

 小さな彼女のプライドなのか、無言で寝転がり続けるカーラの姿を眺めていると、ローブの男を連れたボーゲンハルトがどこからともなく現れる。

 アイリと同じねずみ色のローブを着ているが、近くで見ると身長も違うし、二人の無実が証明されて何よりである。

「クルス、二人の見張りをお願い。よくやってくれましたボーゲンハルト、流石は私の騎士の一人です」

「滅相もございません。シャーロット様あっての、勝利にございます」

「私をおだてても、何も出ませんよ。とにかく、お疲れ様でした。さて、そこのあなたには、聞きたいことが山ほどあるけど……」

「お疲れ様などと、もったいないお言葉。我々は、当然のことをしているまでです。そう……」

(!? シャ――)

「邪魔者を排除するという、当然の行為をね!」

 ローブの男が捕まり、ひとまず事件も解決したと俺が安堵した瞬間、一筋の閃光がシャーリーの体を紙切れのように貫いた。
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