俺と幼女とエクスカリバー

鏡紫郎

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第七章 復讐と裏切りの円舞曲(ワルツ)

第339話 幼女のふりをする王女

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「それにしても、不用心な見張りの少なさね。やる気、あるのかしら?」

 他の見張りを警戒し、遠回りをしながら入り口へと近づく二人だったが、周囲には番犬の一匹も配置されておらず、肩透かしを食らわされる。

 戦う相手の数なんて、少ないに越したことはないのだけれど、ここまで少なすぎると、逆に罠の可能性を疑いたくなる。とは言え、ここで引き下がる選択肢も無いんだけど。

(多いよりは、断然良いと思うけどな。それで、これからどうする?)

「私にいい考えがある」

 入口正面の木の陰から、見張りを見つめるシャーリーが静かに笑う。自信満々なところ悪いけど、彼女の作戦ってだけで不安になる俺がいた。

 戦いに関してなら、彼女以上に信頼できる人間などいないのだけど、脳筋イメージのある人間の作戦って、失敗する確率が高くてなぁ。しかも、台詞が某司令官と同じで、胸騒ぎしかしない。

「その顔は、信用できないって顔よね……まぁ、見てなさいって」

 そんな俺の心境を軽々と読み解いたシャーリーは、何の準備もなく敵の前へと飛び出していく。すると、彼女は突然嗚咽を上げ、見張りから見える位置に陣取り、大声で泣き始めた。

「うぇぇぇぇん! お母様ぁ! お父様ぁ!」

「なるほど。うぇぇぇぇん! ママー! パパー!」

 予想外の行動に頭の中が錯乱していると、理解を示したスクルドが彼女に続いて泣き声を上げる。女は役者って言うけれど、見た目だけでなく中身まで完全に子供を演じきるその姿に、俺はある種の戦慄を覚えた。

 昨日の夜の天道との会話の時も思ったけど、オンナノコ、コワイ。

「ん~? どうしたのかな~、お嬢ちゃんたち。まいごかな~?」

「うっうっ、お父様、お母様、いないの」

「パパー! ママー!」

 そんな二人に対し、何の疑問も抱かぬまま、見張りの男達はゆっくりと無防備に近づいてくる。かかったと、自信を持って喜びたい所だったが、二人の素性を知っている身としては複雑な気分。

 こんな感じでシャーリーと出会っていたら、俺もきっと騙されていたんだろうな。

「そっか~。それなら、パパとママが見つかるまで、お兄さんたちと一緒に果物でも食べようか。美味しいりんごがこの中にあるんだ~」

「……ほんとう?」

「あぁ、本当さ!」

「うぅ、シャミ、泣かない。クルスも、泣き止んで、行こ?」

「おねえさま……うん!」

 りんご一つで付いて行く幼女が今時いるのかはともかくとして、幼子を演じきったシャーリー達は、敵のアジトへと無事侵入を果たす。雰囲気こそ、ナベリウスと戦ったバロック洞穴に似ていたが、あちらに比べると格段に人の手が加わっている。壁にかけられたランタンの数も圧倒的に向こうより多いし、何より足場が綺麗に整地されていた。

 どう見ても、少数の人間で行える手間とは思えないが、通路には人っ子一人現れない。さらわれた人間の監視に、相当数が割かれているとしたら、これは結構厄介だぞ……

「そう言えば、青髪のお嬢ちゃん。その背中に背負ってるのは、いったい何かな?」

 しかし、事がうまく運んだのはここまでで、見張りの一人が俺の存在を指摘する。こうなる事は予測済みだったけど、仕方がない、ここはおとなしく捕まって……

「この剣は、お父様にもらった大切なもの。だから……渡せない」

 けれども、そう考えていたのは俺だけらしく、剣は意地でも渡すまいと強情な姿勢をシャーリーは見せる。俺の事を手放したくないという彼女の気持ちは嬉しいけど、滞りなく作戦を遂行させるためには、黙って渡してしまったほうが良いに決まっている。

「そう言わずにさ、お兄さん達に、ちょっと貸してくれるだけでいいから」

「……ダメ」

 それでも、頑なに彼女は俺を渡そうとはせず、二人のじれったいやり取りにもう一人の見張りが苛立ち始める。

「いいから渡しな! 後でちゃんと返してやるからよ!」

「お、おい。あんまり手荒な真似は――」

 二人を幼子と思い込んでいる見張りは、当然のように実力行使に出たが、双方にとって結果的にそれがまずかった。

「……触らないで」

「あ?」

「その汚い手で、トオルにさわるなって言ってるのよ!!」

 見張りが俺に触れようとした瞬間、怒り心頭なシャ―リーは遂に俺を背中から抜くと、神速の太刀筋で二人を同時に切り伏せる。やっちまったなーと、男二人のドアップを見せられながら黙祷していると、彼女は鞘に俺を収め直した。

「みねうちよ、感謝しなさい」

 うつ伏せに倒れ込む男たちの耳には届いていないだろうけど、これで完璧に振り出しか。ここから自力でさらわれた皆を探し出すのは、骨が折れるぞ……

「シャーロットさんは優しいですね。私でしたら、塵も残さず灰に変えていたところです」

 しかし、クルスもまたシャーリー以上に物騒なことを考えていたようで、ドスの利いた彼女の声に女としての本気を見る。気持ちは嬉しいけど……今がどういう状況か、本当にわかってるのかねこの二人。

(全く、これからどうするんだよ?)

「……だ、だって、仕方ないじゃない。トオルとまた離れるなんて、私には耐えられないもの」

「私も同じ気持ちです。トオル様がもう一度、私の前から消えてしまったら、ほんとうの意味でこの心は、堕天してしまうと思います」

 呆れる俺の背中から伝る二人の寂しい本気の想いに、見えていないはずの表情までが頭の中に浮かんでくる。

 一時でも離れたくない。そんな愛しい感情が伝わってきて、俺は心の中で静かに頬をかいた。

(わかった、わかったよ。それじゃあ気を取り直して、次の作戦を考えよう)

 女の子二人にここまで言われたら流石に俺も怒れないし、離れたくない気持ちは俺も一緒だ。だから気持ちを切り替えて、ここは次の行動につなげよう。
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