俺と幼女とエクスカリバー

鏡紫郎

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第六章 それぞれの想い

第306話 呼ばれ無き来訪者

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「ほう、歪な気配を感じて来れば、面白いことになっているではないか」

 ここまで来て諦めたくはないと、涙を浮かべながら必死に頭を捻る私の耳に、尊大な男の笑い声が頭上から響き渡る。

 皆が一斉に声の方へと首を傾けると、そこには、趣味の悪い服を着た長身の男が腕組みをしながら空に浮かんでいた。

「我が名はアスタロト。ソロモン七十二柱が序列二十九位の名を持つ神である。皆の者、我が力に恐れ跪くが良い」

 ソロモンの魔神……トオルがいないから、この男についての概要は良くわからないけれど、紫とか赤の派手な服を着た目に悪い御老体の姿をしている。

 見た目だけならとても弱そうに見えるけど、外見に騙されてはいけない。顔のシワは多いけど、見ただけでわかる二メートル以上の巨体が、それを物語っている。けれど、今の私に戦う術はない。ここに剣は在れど、抜け殻のトオルの体を無責任に傷つけるなんてこと、私には出来ないから。

「好き勝手言ってくれてるが、一応俺も神なんでね。邪神に跪く言われはない」

「ふん、我が恐ろしさ知らぬとみた。そのように愚鈍な君には、今ここで我が素晴らしさ味わって頂こう」

 互いに挑発を繰り返し始める神と神。お互いに不敵な笑みを浮かべ合うと、アスタロトの足元に赤色の魔法陣が浮かび上がる。

 その陣を取り囲むように光の柱が伸び、魔神の真下にいた四足歩行の雷竜を飲み込むと、徐々にアスタロトは高度を下げ、雷竜の背中に座り込む。その瞬間、魔神の下半身がゲル状の触手に変化すると、雷竜を取り込むかのように背中に取り付く。

 魔神の侵食を拒むよう、震え続ける雷竜であったが、アスタロトの強大な魔力に根負けし、体の制御を奪われてしまう。その証拠に、青く澄んだ雷竜の瞳は、狂気に満ちた赤色へと変貌している。

「ふふふ、これが我が力、有機融合の能力である! 悔しかろう、こわかろう」

 接触した有機物を取り込む力……これは、確かに厄介かもしれない。

「ふーん、ヴァジュラを取り込むとは、それなりに出来るようだな。だが、所詮それだけだ。眷属一匹操った所で、それで貴様に何が出来る。俺を殺せるなどと、驕り高ぶっているわけではないだろうな?」

 しかし、この程度の損害はトール様にとって何の障害にもならないらしく、彼は壇上に座ったまま余裕の表情を崩さない。神と魔神、人智を超えた二柱の戦いが、これから始まってしまうのだろうか……

「だが、今の俺には武器がない。だから、ウォーミングアップとでも洒落込んだらどうだ? そこにいる人間もどき三人、全て殺せたなら、俺が相手をしてやる。倒せたら、の話だがな」

 激闘を予感したのも束の間、トール様は戦いの主導権を私達に委ねられる。むしろ、丸投げされたと言ったほうが正しいのかもしれない。

「ふむ、良かろう。いたいけな少女をいたぶる趣味は無いのだが、君たちもなかなかに面白そうな魔力をしているからね。さぁ、若人たちよ! 我を存分に楽しませてくれたまえ!」

 結局こうなってしまうのかと、やる気に満ちたアスタロトの姿に私の額から冷や汗が流れ落ちる。今の私達の力で、魔神の相手が出来るとは思えないけど、やるしかないか。

 そんな中、女神の力を開放したスクルドが、頭部以外の鎧を纏い私達の先陣を切る。

「ここは私が引き受けます。シャーロットさんは、トオル様への呼びかけを続けてください」

「スクルド……」

「シャーロットさんの声が届けば、トオル様は帰っていらっしゃる。そう、私は信じていますから」

 彼の全てを私に託し、全身武装を完成させたスクルドは、ゆっくりとアスタロトへと近づいていく。

「ちょっと待った。どこまでやれるかわかんないけど、私も後方から援護するかんね」

「はい! お願いします、アサミさん」

 そしてアサミも、サキュバス特有の扇情的な黒のスーツを身に纏い、戦場へと舞い降りる。

「それじゃシャーロット、先輩のこと、頼んだからね」

 二人してほんとうに、私のことを信用しすぎだ。恐怖に駆られた私が、トオルと一緒に逃げ出すとか考えないのだろうか? 

 でも、ここで私が本当に逃げたら、彼にもきっと嫌われてしまう。そんなのは嫌だし、これだけ皆に信頼されているのなら、それを裏切るなんてこと私には出来ない。

 二人のため、そして何より自分のために、私は彼を呼び戻す。

「トオル、トオル。聞こえる? 私よ、シャーロットよ。貴方の大好きなシャーロット、シャーロット・リィンバース。聞こえるのなら返事をしなさい、私の声に応えなさい。私は貴方を待ってる、いつまでだって待ってるから! だから、だから戻ってきなさいよ! ねぇ、ねぇってば!」

 炎と氷をかけ合わせたスクルドとアサミの連携攻撃がアスタロトを襲い、表面上善戦しているように見えるが、少しずつ確実に二人の方が押されている。

 スクルドもアサミも優秀だけど、二柱の神が混ざり合わさったような今のアスタロトに比べれば、赤子にも等しい。だから、トオルの力が必要なのに、柄にはめ込まれたクリスタルは一向に輝きを取り戻さない。

 どうしたら彼は戻ってくるの? 私の何がいけないっていうのよ……

「皆も頑張ってるのよ? 貴方に会いたい一心で、皆頑張ってるの。貴方が本当に、私達の事を好きだっていうなら応えなさいよ、私達の想いに応えて見せなさいよ! ねぇ、聞いてるの? トオル、トオル!」

 このままだと、私がトオルを嫌いになりそうで恐い。それに、皆のためじゃなく、私のためって素直に言えたらどんなに楽なことだろう。

「なんで、だめなのよ。帰ってきてよ、とおる、とおるぅ!!」

 激しさを増す戦闘に、混ざり合う二人の少女の悲鳴。焦る心の中で、灰色のトオルの結晶いのちを眺め続けた私は、彼の体に顔を埋め、美しい刀身を涙で深く濡らすのだった。


「てな感じだけど、どうする? 戻っても、お兄ちゃんが適応できる可能性は百パーセントじゃない。それに、あの大きいのといきなり戦うはめになるけど、その覚悟が今のお兄ちゃんに――」

「愚問だな、悩むまでもねぇ」

 光の裂け目に映っていた映像が終わると、ファントムはそんな事を口にする。一時間前の俺ならいざ知らず、大好きな女の子にあれだけ呼ばれて、土下座までさせたんだ。これでビビって逃げるようなら、いくら俺でも男がすたる。

「……いつもヘタレなのに、変なとこだけ無駄にかっこいいよね、お兄ちゃんって」

「うるせー」

 最後まで俺を引き留めようとするファントムと、不満をぶつけ合った俺達の表情には、自然と笑みが浮かび上がる。なんだかんだで俺は、こいつのことを嫌いになれないらしい。やっぱり顔が、シャーロットだからなのかな。

「じゃあ、これで本当にお別れ。がんばって生き残ってね、ぼくのためにも」

「あぁ、仲間になりたかったら、いつでもこい」

 そんな事を考えながら、俺はファントムに背を向ける。そして俺の魂は、光の中へとゆっくり吸い込まれて行くのだった。
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