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第六章 それぞれの想い
第303話 幻影 ーファントムー
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「トオル? ……なに……言って……」
「お前は誰だ? いったい、誰なんだよ!」
戸惑いの表情を見せるシャーリーの偽物を、精一杯の怒りを込めて俺は怒鳴りつける。見た目はこんなに小さくとも、年上のシャーリーが俺をお兄ちゃんだなんて呼ぶわけがない。
そもそも年齢で言えば、年上の彼女が同じ学年に転校してくる事自体おかしかったんだ。なんでそこに、俺はすぐ気づかなかったのだろう。それもこれも全部、たぶんこいつのせいだ。シャーリーの見た目をした何者かが、俺をずっと惑わしていたんだ。
どこの誰ともわからない、シャーリーの偽物なんかに恥を晒してしまったことが、今はとてつもなく悔しくてたまらない。
「あーあ、上手くやれてると思ったんだけどな―。けど、さっきから偽物なんかとか、その言い方はひどいんじゃないかな。それに、ぼくは偽物じゃないよ、れっきとしたぼくなんだから! その証拠に、ほら!」
次の瞬間、シャーリーの姿をした何者かの瞳が赤く輝くと、辺り一帯が黒一色に塗りたくられ、上下左右の感覚が無くなっていく。宇宙で一人漂流したら、こんな感じなのだろうか? どこにいるのか、本当にわからない。それに、天道と同じくらい、心の中は筒抜けってわけか……
「ね、おもしろいでしょ? こんなこと、他の誰にもできやしないさ!」
「……なら、誰なんだよ。偽物じゃないなら、名前ぐらい名乗れるだろ?」
そんな不安を悟られないよう必死に虚勢を張って見せるが、彼女はまるで気にしていないのか笑って俺に話しかけてくる。
「んー、残念だったねお兄ちゃん。ぼくには、名前なんてものは無いんだよ。だから……そうだ! 今は幻影とでも呼んでよ。こういうの、お兄ちゃん大好きだよね」
ファントム……幻影、幻ってところか。解釈の仕方によっては、偽物とも捕らえられるが、彼女の言葉が本当なら、シャーリーとは似て非なるものと言える。それに、天道やスクルドとも違うもっと幼くて無邪気な、まるで本物の子供を相手にしているかのような彼女の態度に、自然と調子が狂わされていく。
「で? 目的は何だ? 俺をどうするつもりなんだよ?」
「むー、そんな怖い顔しないでよ。ぼくはただ、お兄ちゃんとエッチな事がしたいだけなんだから」
そしてこの、まるで読めない彼女の行動に、恐怖すら湧き上がってくる。こんな世界に閉じ込めて、ファントムと名乗った幼女は、俺をどうしたいというのだ。
「でも、これだとただの痴女ってやつになっちゃうのかな? うーん……じゃあちょっと訂正。ぼくは、お兄ちゃんと仲良くなりたいんだよ」
仲良く、なりたい? ……そうか、わかったぞ! こいつもきっと魔神の一派で、俺をシャーリーから遠ざけようとしているんだ。だからこんな汚い真似を……
「あー! その顔は、信じてない顔ってやつだよね。失礼しちゃうな。ぼくは、お兄ちゃんを助けてあげたんだよ。それなのにこの仕打ち、世の中ってやつは世知辛いんだね」
彼女の言葉を吟味して、俺なりに推測を立てては見たが、やはり違和感がぬぐえない。それに、冷静に考えてみれば、あの時点で俺は死にかけていたわけで、彼女が敵だと仮定すると、俺に干渉した理由が余計にわからなくなる。
更に言えば、無理やり難しめの言葉を使おうとしている気もするし、ファントムと名乗る幼女の中身は本当に子供で、ただ俺と仲良くなりたいだけなのか?
「なぁ、ファントム? お前は本当に、俺を助けてくれただけなのか? なら、なんで正体を隠して、こんな回りくどい事を?」
「もー、さっきからお兄ちゃん質問ばっかり! でも、それを許してあげるのが、女のかいしょーってやつだもんね。よーし、それじゃあぼくが説明するから、よーく聞いててよね!」
俺の質問に対し、自信満々にふんぞり返るファントムを見ていると、まるで幼竜のリースを見ているようで、頭の中が困惑する。実年齢九歳と聞いたスクルドですら、こんな違和感感じなかったのに。この娘は、いったい……
「ぼくはね、隔離してあげたんだ。精神だけになって、どっかに行っちゃいそうだったお兄ちゃんの、魂ってやつをさ。あのままぼくが放置したら、お兄ちゃん、今頃世界から消えてたかもね」
唯一、わかることがあるとすれば、彼女が並大抵の存在ではないということ。魂の隔離なんて超技術、普通の人間にできるわけがない。だが、彼女の説明が本当だとしたら、俺が助けられたのは、紛れもない事実ということになる。その点を考慮して、彼女を信用して良いのだろうか?
「だからね、この世界は夢の世界。ぼくが見せてる、お兄ちゃんの夢なのさ! でも、今はそんなことどうでもいいよね。ねーねー、さっきの続きしよ? ぼく、もう待てないよ」
この世界が幻想である事と、彼女が好意から俺を助けてくれた事は、無邪気に甘えるファントムの表情から良くわかる。それでも、この娘と遊んでいる暇はない。
ファントムの本心が純粋な悪ではなかったとしても、俺には行かねばならぬ場所と、待ってくれている人達がいる。それに、いくら見た目が彼女でも、シャーリー以外の女性と初夜を過ごすなんて、俺はごめんだ!
「もしかしてお兄ちゃん、他の女の子たちに引け目感じてる? だったら!」
その時、ファントムの瞳が再び赤く輝くと、シースルー姿の天道とスクルドが俺の両脇に表れ、躊躇なく左右から俺の両腕を絡め取る。
「せんぱい、ごめん。わたし、もうがまんできない」
「とおるさま、どうか、ごじひを」
両頬を赤く染め、蕩けた視線で俺の注意を引こうとする二人。偽物だとわかっていても、二人を乱暴に扱うなんてこと俺には出来ない。
「お前は誰だ? いったい、誰なんだよ!」
戸惑いの表情を見せるシャーリーの偽物を、精一杯の怒りを込めて俺は怒鳴りつける。見た目はこんなに小さくとも、年上のシャーリーが俺をお兄ちゃんだなんて呼ぶわけがない。
そもそも年齢で言えば、年上の彼女が同じ学年に転校してくる事自体おかしかったんだ。なんでそこに、俺はすぐ気づかなかったのだろう。それもこれも全部、たぶんこいつのせいだ。シャーリーの見た目をした何者かが、俺をずっと惑わしていたんだ。
どこの誰ともわからない、シャーリーの偽物なんかに恥を晒してしまったことが、今はとてつもなく悔しくてたまらない。
「あーあ、上手くやれてると思ったんだけどな―。けど、さっきから偽物なんかとか、その言い方はひどいんじゃないかな。それに、ぼくは偽物じゃないよ、れっきとしたぼくなんだから! その証拠に、ほら!」
次の瞬間、シャーリーの姿をした何者かの瞳が赤く輝くと、辺り一帯が黒一色に塗りたくられ、上下左右の感覚が無くなっていく。宇宙で一人漂流したら、こんな感じなのだろうか? どこにいるのか、本当にわからない。それに、天道と同じくらい、心の中は筒抜けってわけか……
「ね、おもしろいでしょ? こんなこと、他の誰にもできやしないさ!」
「……なら、誰なんだよ。偽物じゃないなら、名前ぐらい名乗れるだろ?」
そんな不安を悟られないよう必死に虚勢を張って見せるが、彼女はまるで気にしていないのか笑って俺に話しかけてくる。
「んー、残念だったねお兄ちゃん。ぼくには、名前なんてものは無いんだよ。だから……そうだ! 今は幻影とでも呼んでよ。こういうの、お兄ちゃん大好きだよね」
ファントム……幻影、幻ってところか。解釈の仕方によっては、偽物とも捕らえられるが、彼女の言葉が本当なら、シャーリーとは似て非なるものと言える。それに、天道やスクルドとも違うもっと幼くて無邪気な、まるで本物の子供を相手にしているかのような彼女の態度に、自然と調子が狂わされていく。
「で? 目的は何だ? 俺をどうするつもりなんだよ?」
「むー、そんな怖い顔しないでよ。ぼくはただ、お兄ちゃんとエッチな事がしたいだけなんだから」
そしてこの、まるで読めない彼女の行動に、恐怖すら湧き上がってくる。こんな世界に閉じ込めて、ファントムと名乗った幼女は、俺をどうしたいというのだ。
「でも、これだとただの痴女ってやつになっちゃうのかな? うーん……じゃあちょっと訂正。ぼくは、お兄ちゃんと仲良くなりたいんだよ」
仲良く、なりたい? ……そうか、わかったぞ! こいつもきっと魔神の一派で、俺をシャーリーから遠ざけようとしているんだ。だからこんな汚い真似を……
「あー! その顔は、信じてない顔ってやつだよね。失礼しちゃうな。ぼくは、お兄ちゃんを助けてあげたんだよ。それなのにこの仕打ち、世の中ってやつは世知辛いんだね」
彼女の言葉を吟味して、俺なりに推測を立てては見たが、やはり違和感がぬぐえない。それに、冷静に考えてみれば、あの時点で俺は死にかけていたわけで、彼女が敵だと仮定すると、俺に干渉した理由が余計にわからなくなる。
更に言えば、無理やり難しめの言葉を使おうとしている気もするし、ファントムと名乗る幼女の中身は本当に子供で、ただ俺と仲良くなりたいだけなのか?
「なぁ、ファントム? お前は本当に、俺を助けてくれただけなのか? なら、なんで正体を隠して、こんな回りくどい事を?」
「もー、さっきからお兄ちゃん質問ばっかり! でも、それを許してあげるのが、女のかいしょーってやつだもんね。よーし、それじゃあぼくが説明するから、よーく聞いててよね!」
俺の質問に対し、自信満々にふんぞり返るファントムを見ていると、まるで幼竜のリースを見ているようで、頭の中が困惑する。実年齢九歳と聞いたスクルドですら、こんな違和感感じなかったのに。この娘は、いったい……
「ぼくはね、隔離してあげたんだ。精神だけになって、どっかに行っちゃいそうだったお兄ちゃんの、魂ってやつをさ。あのままぼくが放置したら、お兄ちゃん、今頃世界から消えてたかもね」
唯一、わかることがあるとすれば、彼女が並大抵の存在ではないということ。魂の隔離なんて超技術、普通の人間にできるわけがない。だが、彼女の説明が本当だとしたら、俺が助けられたのは、紛れもない事実ということになる。その点を考慮して、彼女を信用して良いのだろうか?
「だからね、この世界は夢の世界。ぼくが見せてる、お兄ちゃんの夢なのさ! でも、今はそんなことどうでもいいよね。ねーねー、さっきの続きしよ? ぼく、もう待てないよ」
この世界が幻想である事と、彼女が好意から俺を助けてくれた事は、無邪気に甘えるファントムの表情から良くわかる。それでも、この娘と遊んでいる暇はない。
ファントムの本心が純粋な悪ではなかったとしても、俺には行かねばならぬ場所と、待ってくれている人達がいる。それに、いくら見た目が彼女でも、シャーリー以外の女性と初夜を過ごすなんて、俺はごめんだ!
「もしかしてお兄ちゃん、他の女の子たちに引け目感じてる? だったら!」
その時、ファントムの瞳が再び赤く輝くと、シースルー姿の天道とスクルドが俺の両脇に表れ、躊躇なく左右から俺の両腕を絡め取る。
「せんぱい、ごめん。わたし、もうがまんできない」
「とおるさま、どうか、ごじひを」
両頬を赤く染め、蕩けた視線で俺の注意を引こうとする二人。偽物だとわかっていても、二人を乱暴に扱うなんてこと俺には出来ない。
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