俺と幼女とエクスカリバー

鏡紫郎

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第六章 それぞれの想い

第300話 彼女の覚悟

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 気がつくと俺は、再び夢の中に居た。

 先ほどの夢から状況は変わっていないものの、シャーリーの体には明らかに傷が増えている。しかも、青い毛並みをした竜の体毛は先端で帯電し、四枚の翼を媒介にして魔力を収束させ、周囲一帯へと乱雑に解き放っている。

 大気中を走る閃光を、ギリギリで避け続けるシャーリーだったが、着ている服は少しずつ焼かれ、布面積が徐々に削られていく。所構わず打ち込まれる電撃は、後方の天道やスクルドにも襲いかかり、見ている側も気の抜けない状況に置かれているのだが、神と名乗った男にだけかすりもしないのが、俺にはどうにも気に入らない。

 彼女達にとって、ここがアウェイなのは重々承知しているが、試すという言葉の割には、あまりに周囲を巻き込みすぎではないだろうか。しかも、シャーリーの攻撃は、竜に対して全く通用していないように見える。

 一撃一撃、竜の関節部分に合わせ、彼女は丁寧に切っ先を突いているように見えたが、相手の皮膚が硬すぎて、まともに傷を与えられていない。

 天道の持っている剣が俺で、アレが完全な状態だったとしたら、彼女はこの竜と互角以上に戦えているのだろうか? 

 恐い。けど、助けたい。シャーリーへの想いが強くなった瞬間、俺の意識はいつもどおり彼女と同化する。


「くっ!」

 四枚の翼から放たれる雷撃と、前足による連撃を紙一重で回避した私は、右足に力を込め、竜の首めがけて右手のリンデを突き出しながら飛びかかる。

「はぁぁぁぁぁっ!!」

 体内の魔力を使い、最高速まで全身を加速させたが、相手の反応速度のほうが早く、あっさりと防御の体勢を取られる。せめて損傷をと、左前足の付け根に狙いを変えるが、軸先をずらされた私は、切っ先ごと体を弾き飛ばされてしまう。

「ツッ! リィンバース式剣術、睦ノ型ろくのかた風纏エアロ聖鳴一撃バッシュ!」

 無防備になりかけた私は、無理やり空中で制御をかけ、竜の翼の一撃をなんとか回避する。

 そのまま着地していれば、今頃私の体は上下に別れ、真っ二つにされていたことだろう。もう何度目になるかはわからないが、一撃ごとにこれでは、精神も体ももたない。

 しかし、今の一突きで術式は完成した。リンデと最も相性のいい、私が得意とする奥義。なんとしても、この一撃で決めるしかない! 

「自幻流奥義、七の太刀ニ節、天翔るグローサー七剣星ヴァーゲン!」

 詠唱をはぶいた略式ではあるが、外に比べて神気が高いぶん、十分な威力が発揮できる……はずだったが、七星の輝きは集うことなく、私の体は竜の左前足に払いのけられ、地面に叩きつけられた。

「ぐふっ! ゲホ……ガハッ! ……はぁ……はぁ」

 冷たい聖堂の地面の上に、私は盛大に血を吐き出す。今の一撃で三半規管をやられたのか、足に力が入らない。息は乱れ、満足に呼吸も出来ないだけでなく、右手は柄を握りしめることすら出来ずにいた。

 それに、傷ついた体は、私に休めと情けない内股の姿勢を取らせ、頼みのリンデのレプリカも、私の魔力に耐えきれず、刀身は既にぼろぼろだった。

 目の前のドラゴンは、無数の傷こそ受けてはいるものの、致命傷らしい致命傷には全く届いていない。必殺の一撃が数滴の血を流させる程度じゃ、勝敗は既に決まっている。

 いつから私は、こんなにも弱くなってしまったのだろう……いや、違う。最初から私は、弱かったんだ。

 リィンバースの一人娘として生まれ、この国唯一の神聖使者セイクリッドとしての期待を一心に背負わされた私は、皆の思いに応えようと、必死になって死に物狂いで頑張った。

 それでも、父様と母様、優秀な二人の先人と比べられ、認めてすらもらえない日々に嫌気が差し、逃げ出した事もある。しかし、その先に待っていたのは悲劇、私の出来心と満身のせいで、大切な人を失った。

 その悲劇を繰り返したくなくて、私は冷徹に徹した。冷徹に徹して……強くなったつもりだったのだ。次々増えていく狂気的な称号の数々が、まるで褒められているようで、私は凄く嬉しかった。今思えばあの頃から、私の心は壊れていたのかも知れない。

 認められ続けたいと、絶対強者としての満身と甘えが、再び私に敗北をもたらす。王都の陥落という、最悪の結末。今度こそ私は、本当に全てを無くしてしまった。残されたのは、王女という名の鎖と意地だけ。

 シャーロットという名の個としては、逃げ出したくて仕方がなかったのに、その鎖が、私を戦いへと縛り付ける。だって、一緒にいた皆も、お父様も死んでしまって、残されたのは、恐怖の瞳で私を見る民衆だけ。

 でも、それ以上に私という存在には何も無くて、何も無かったからこそ、王女という地位にしがみつくしかなかったのである。

 そんな私に、生きる意味をくれたのが彼だった。トオル、私の大切なトオル、私の大好きなトオル。トオル、トオル、トオル。

 彼はいつでも自分を卑下して、私を凄いって褒めてくれたけど、それは私の力なんかじゃない。全部トオルのおかげで、トオルがいてくれたからこそ、私は強くなれた。彼がいなかったら、私はただの非力な少女でしかなく、こんな風に痛みを堪えることしか出来無い、ただの弱い女の子。

 そんな私にできること、無力な私にもできること、それは……

「……お願い……トオルを……助けて」

 私は右手を柄から離し、勢いよく地面へと膝をつく。そして、その勢いのまま地べたへと、頭を擦り付けた。

「へぇ、一国の姫君が、土下座とはね」

「……お願い、します。トオルを、助けてください。なんでも、しますから」

 トオル達のいた世界の、どこかの国で使われているという、最も許しを請うための敗北を認めた姿勢。この常識は、どうやら神にも通用するらしい。

 それは良かったが、神が人間に何を求めるのか、私にはわからない。性欲のはけにされるのか、ただの操り人形として神の僕にされるのか、それとも暇つぶしの道具として、このまま惨めに殺されるのか。

 ただ、どうなろうとも、私は構わない。奴隷だろうと、娼婦だろうと……例え悪魔の苗床にされたって、私に後悔は無い。それが、トオルのためならば、私はなんだってする。そのために、彼の世界の様式で、私は許しを請うたのだ。

 なんて、大見得を切る心の内とは裏腹に、私の体は正直なまでに小刻みに震えている。情けない、本当に情けない。

 彼は私を守るために、震えたことなんて一度もなかったのに、私は彼のためなのに、こんなにも全身を震わせてしまっている。いつもいつも守られているのに、こんな時ですら自分の命も懸けられないなんて、なんて私は浅ましいのだろう。

 でも、今なら彼の気持ちが、少しだけわかる気がする。目の前に大切な人が居るのに、手を伸ばせれば救えるかも知れないのに、それすらできずに歯噛みするしかない。彼はいつも、私が無茶をする度に、こんな気持でいたのだろうか。そう思うと、悔しくて情けなくて、自然と目頭が熱くなっていく。

 ごめんなさい、ごめんなさいと、心の中で懺悔を告げることしかできない今の私は、皆の目には、とてもみすぼらしく映っていることだろう。それでも構わない、大切な人を救えるのであれば、血でも泥でも汚辱を舐め、すする覚悟はできている。

 使命という名の仮初に突き動かされていた、あの時の私とは違う。この覚悟は私自身の、彼のためのものなのだから。
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