俺と幼女とエクスカリバー

鏡紫郎

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第六章 それぞれの想い

第298話 神と眷属

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 斎藤と別れてから真っ直ぐ家に帰り、シャーリーの作った夕食を食べた俺は、自室のベッドに倒れ込む。毎晩のように見せつけられていたあの夢が現実なのだとしたら、俺が意識することで意図的にあの世界に行けるのではないかと考えたのである。

 こっちの世界の皆には本当に申し訳ないと思うけど、どうしても、向こうの世界が気になって仕方がない。俺なりに覚悟は決めたつもりだし、これで本当にあっちの世界が見れれば、この仮定は確信に変わる。そんな夢見心地な気持ちを抱えながら、俺はゆっくりと両目を閉じた。

 寝付きの悪い自分とは思えないぐらい視界はすぐに暗転し、まるで奈落に落ちていくかの如く背中から意識が離れていく。そのまま白い空間を潜るように進んで行くと、俺の目の前に見覚えのある三人の美少女が現れ、意識は空中で静止した。

 やはりそうだ。この世界は、俺を呼んでいる。ならば少しでも情報がほしいと、四の五の考える暇もなく俺はシャーリーの体に向かい、そのまま彼女の中に入り込んだ。


「おー、リースの住んでた近くに、こんな場所があったとは」

 リースを発見した火山の洞窟、その奥にある小さな横穴をぬけると、地下の建造物へとたどり着く。作りの雰囲気としては、マグマエーテルのあった祭壇に近しいのだが、同じ技術が使われているのかまでは私にはわからない。わかることがあるとすれば、この先に巨大な力を持つ何かが、待ち構えているということだけ。私の感ではあるが、何が待っていようとも、一筋縄ではいかないだろう。

「ごめんね、リース。本当は、シャーロットのところが良いんだろうけど、今日は私で我慢してね」

「キュー!」

「うーん、リースは偉い子だ。よしよし」

 精神的余裕が無いとはいえ、リースの世話まで任せてしまっているアサミには、あとでお礼を言わなくてはならない。もちろん、あの人を渡せと言われたら断るつもりではあるが、そんなことを考えている余裕は今の私にはない。その証拠に、私の右手は今、荒ぶるほどに震えている。ここまでの恐怖を感じたのは、生まれてはじめてだ。

 彼を失った時はもっと酷かったと思うけど、あの時の感情は言葉に表せるものではないため無効とする。あれはもう、恐怖なんて言えない。例える言葉があるとすれば、私の死そのものだったと言えよう。

「スクルド、知覚阻害の魔術とか、そういう類のものはかけられてない?」

「はい、問題はありません。これだけ濃い神気であれば、邪悪なものは近寄ることすらできないでしょう」

「そう……これが、神気……」

 静電気のようにピリピリと肌にこびりついて離れない、全てを飲み込むような感覚が、私の全身を包み込んでいる。火口の更に奥だと言うのに、寒気がするほどの異様な感じの正体はこれであろう。悪魔とは違うけど、これに耐えれる存在は、もう人間じゃない。

 それに、神気と言う割にはスクルドからはこんな覇気、一度も感じたことが無いのだけれど……まっ、それはお互い様か。

「シャーロットさんは、神族に合うのは初めてですか?」

「えぇ、自分で言うのもなんだけど、生まれてこの方ずっと箱入りだったから。国の外に出たこともないし、歩くところと言えば、戦場ばかりだもの」

「リィンバースには神、少ないですものね」

 リィンバースが建国されてからおよそ三百年、元来、魔王ベルガモットの領地だったこの土地に神は存在しない。この場所も、隣国シュトロームガルフのすぐ横に点在することから、神族が住まっているのだろう。

 私の祖先も元を辿れば神族だが、どちらかと言えば天族と呼ばれるのが正しい。一部の人間からは神格化されている神聖使者セイクリッドも、天に住まう神から言わせればあくまで消耗品、戦って死ぬだけの尖兵なのだ。

 その中で生き残った一部の存在が、人として生きることを許されるだけで、天で生まれただけの存在が真の神を名乗るのは、あまりに滑稽すぎる。

「そうね。そういう意味では貴方と出会えたことも、奇跡ってことになるのかしら? それなら、トオルに感謝しないとね」

「そうですね。私もこうして、リィンバースの姫君と知り合えて、心から嬉しく思います」

 そんな彼女の言葉が、どこまで本気なのかはわからないけれど、トオルが紡いでくれた奇跡とも呼べるこの絆、大切にしたいものね。

「あのさー、スクルド。一応私、サキュバスなんだけど、このまま進んで大丈夫なの?」

「そうですね、本来なら既に消滅しているところですが、今の状態を見る限り問題なさそうですね」

「消滅って……」

「気にはしていましたよ。アサミさんが苦しみだすような事があれば、そこで一度引き返すつもりでしたから。おそらく、数日前に分け与えた私の魔力のおかげでしょう。もしくは、先天的な何かがアサミさんの中で働いているのかもしれませんね」

「そんな適当な……まっ、いいけど。みんなひどいよねー、リース」

「キュ!」

 リースと意気投合し始めている彼女も、私から見れば悪魔には見えない。彼女の力が後天的なものに起因しているのか、邪悪な波動を彼女から全く感じないのである。

 最近では、トオルとの確執さえ無ければ、もっと仲良くなれたのかもと思ってしまう辺り、やはり私は友として、彼女のことを好いているのだろう。

 こんな形で出会わなければと思わずにはいられなかったが、彼だけは、譲るわけにはいかない。トオルが帰ってきたら、私が彼をアサミから守らないと。

「……!? 来ます! 皆さん警戒を!」

「くっ、光が、強く……!?」

 そんな事を考えながらリースと戯れるアサミを見ていると、逆方向に居るスクルドから警告が飛ぶのと同時に、薄暗かった辺りが白に染め上げられていく。真っ白な空間の中で、肌にこびりつくような不快感がより一層強くなると、巨大な礼拝堂が目の前に広がっていた。

「ようこそ人間ども、歓迎するぜ」

 部屋の最奥、その中央に鎮座する女神像の前にある壇上に、一人の男が座っている。尊大な態度で胡座をかく金髪の男は、見た目だけなら少年とも言えなくはないが、油断することはできないだろう。私といい、スクルドといい、見た目など当てにならないことは、自分が一番良くわかっている。だから油断はしない。何があろうと、私がトオルを蘇らせるのだから。

「そう睨むなよ、ここらで暴れてる魔神どもとは、俺は違うぜ? こん中で、純粋な人間は一人だけみたいだが、んなみみっちいことは気にしねーよ。それに、忘れちゃいねーぜ、リィンバースのお姫様。ちゃんと盟約は果たさせてもらうぜ」

 逆立てた金髪に胸元を露出した上着など、見た目からは不誠実な印象を受けるが、中身の方は、ある程度まともらしい。

「だがな、タダでってのはあまりに芸がない。少しぐらい、俺を楽しませてくれよ」

 しかし、一筋縄ではいかないところは魔神と同じらしく、黙って力を貸してくれる気は無いようだ。

 その神とおぼしき男が景気よく右手の指を鳴らすと、天井が二つに割れ、空から巨大な何かが、部屋の中央めがけて落ちてくる。

 大地を砕く爆音とともに降り立ったのは、青い毛並みが美しい四足歩行の魔獣。普通の人間なら、ライオンか何かの亜種と思うところだろうが、こいつは違う。

「見る目はあるみたいだな。そうだ、そいつはただの獣じゃない、お前らが呼ぶ所のドラゴンって奴さ」

 ドラゴン。それは、世界最強の生物と言っても過言ではない、強靭な皮膚と、全てを焼き尽くす息をもつ爬虫生物。一説によると、神の眷属だとか、神そのものなんて言われることもあるけど、どうやらそれは真実のようで、今回はその神の眷属と呼ばれる存在らしい。

 魔神に取り込まれたファフニールとは一度戦ったことがあるけれど、竜本来の力がどれほどのものなのか全く想像がつかない。今の私でやれるのか? いや、やらなければならないのだ。彼をこの手に取り戻すために。

「アサミ、トオルをお願い」

 蒼き毛並みの竜に背を向けた私は、私が一番信頼できる少女に彼を預けると、再び向き直り腰に刺した一本の剣を勢いよく引き抜く。その剣は、バルカイトに複製してもらったオルトリンデのレプリカ。出来は完璧すぎるほどに完璧だったが、その細剣はとても軽い。

 重量が、という話ではなく、重みが違うのだ。命を握っているという重みが。それに、安心感も……

 バルカイトの思いは充分に伝わってくる。それでも、トオルの時とは明らかに違う。リンデを握っていた頃には、こんなこと考えたことも無かったのに。

 彼がそばに居てくれる、それがどれほど私の支えになっていたのか、改めて痛感させられた。

 恐い。グラシャラボラスの時のように、無様に敗北を喫したらどうしようと、そう考えただけで腰が引けて、両足が動かなくなりそうになる。けれど、ここで逃げるわけにはいかない。この戦いは、彼を救うためのもの。私が背を向けたら、彼は一生この世界には帰ってこれない。だから私は剣を振るう、どんな恐怖に見舞われようと、トオルと一緒に歩くために! 

 気持ちで押されることは、戦いにおいて不利にしか働かない。まずは相手より先に動き、アドバンテージを取る。先手必勝、これが私の戦いにおける基本的な立ち回り。己が非力なことは、自分が一番良くわかっている。故に、スピードでかき回すのだ。

 前進してまず一撃、標的は相手の目玉。反応の遅い魔物相手なら、この初撃が敵にとって致命傷となる。しかし、神の眷属がこの程度の攻撃を受けるはずもなく、簡単に頬の鱗で切っ先を受け流される。

 だが、ここまでは想定内。すぐさま私は地面を蹴り、空中に飛び上がると同時に敵の首筋に狙いを定め、勢いよく、右手の剣を振り払っていた。

 誰が見ようと、それは明らかな致命的ミス。刀身の細い細剣を、誰が好んで斬るために使うと言うのか。昔の私なら、頸動脈の辺りに狙いを定め、突きを繰り出していたはずなのに……それほどまでに私の体は、トオルに依存しつくしていたのである。

 当然刃が通ることはなく、鱗に弾かれた私は、体勢を崩しながら地面に落下する。ゆっくりと振り返る巨大な獣、その余裕に少しだけ恐怖を覚えた私は、慌てて飛び出し刺突を繰り返した。

 しかし、その攻撃はすべて躱され、最後の一撃が受け流されたと思った瞬間、獣の横っ腹から、鋭く長い何かが突き出され、私の胸元に迫ってくる。

 危険を感じた私は、反射的にその何かに切っ先を合わせ、強引に体を捻らせながら空中でそれを回避する。地面に足を着け、すぐさま後方へと振り返ると、蒼き毛並みの竜の脇腹には、二本の巨大な剣が生えていた。

「……でたらめね」

「でたらめじゃないさ。そいつはな、四枚羽ってやつだよ」

 悪態をつきながら竜の体を良く観察すると、背中にも二枚の羽が増えていることに私は気がつく。確かに、見た目だけなら羽が四枚と言えなくもないが、脇腹の剣を羽だと言い張るなら、それこそ余計にでたらめだ。だが、注意するべきだったと反省はしないと。

 これ程巨大な獣が空から普通に落ちてきたのだ、羽の一枚や二枚、どこかに隠し持っていると考えるのが当然だったはず。それでもあの巨体だ、高高度からの攻めはまず無いと見ていいだろう。警戒すべきは、自らの重量を乗せた脇腹による、加速からの斬撃。あの一撃をくらえば、私の体は間違いなく切断される。たとえ命があろうと、四肢の一部を欠損した体なんてトオルに見せられないし、見せたくない。

 呼吸を整え一度思考をクリアにすると、再び蒼の竜へと私は切っ先を向ける。トオルのため、その言葉だけを胸に刻み、私は獣へと飛びかかった。
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