俺と幼女とエクスカリバー

鏡紫郎

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第六章 それぞれの想い

第288話 リィンバースの宝剣

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 遊園地の、それもベンチの上だと言うのに、俺はまたいつもの夢を見せられている。結局のところ昨日の夜見なかったのは、たまたまってだけらしい。けれど、今回はいつもと違っていて、大人のお兄さんにスポットが当たっているようだ。

 女の子の膝の上で見る夢だというのに、男の話かよとげんなりしてしまうが、こればかりは仕方がない。夢の内容なんて、自分で何とかできるものでは無いのだから。

「いかん、完全にどん詰まりだ」

 酒場のカウンター席でうなだれ込むカウボーイ衣装を着た男が、盛大にため息を吐きながら頭を抱える。

「お客様? 何かお困りごとでしょうか?」

 そんな彼の前にハスキーボイスの美しい店主が、銀色のシェイカーを構えながら近づいて来た。

「……ブラド、俺の前でそのしゃべり方はやめろ。気持ち悪い」

「……そうだな、とりあえずバーボンで良いか?」

「強すぎんぞ、バーカ」

 どうやら二人は知り合いのようで、冗談を言い合いながら自然に笑みをこぼしあうと、店主は何も聞かずに手に持った器から赤色の液体をカクテルグラスに注ぎ込み、カウボーイの男の前に差し出す。

 差し出された男の方も何も言わずにグラスを持ち、半分ほど中身を呑むとカウンターテーブルの上にそのグラスを置きなおした。

 未成年の俺に酒の種類まではわからないが、それが彼の好物であり、聞くまでもないほど二人の仲が良いことはよくわかる。俺もこのぐらい、シャーリーと仲良くなれたらなと思うわけで、そうなれるよう、これからも頑張らないと。

「あの剣、お前でも苦労するような逸材なのか?」

「まぁな。あいつ自身は否定してたが、間違いなくあれは聖剣だよ。それも、とびっきりにやばい奴だ」

「なるほどな。長年俺もいろんな所を旅してきたが、人間が聖剣になったなんて話は聞いたことがない」

「だろ。精霊を宿した武具ならともかく、トオルの体は完全にブラックボックスだよ。まいったねー、どうにも」

 そしてまた、俺と同じ名前の人間が登場するが、この夢に出てくるシャーリーが俺の知ってるシャーロットだとすると、このトオルも俺、明石徹という事になる。

 ただ、聖剣ってどういうことだ? 体の中がブラックボックスって言われるのは、中二病的にかっこよくて嬉しいけど、そんなみょうちくりんな姿をしていた覚えは……いや、まてよ、なんか不便な体してた記憶が……いまいち思い出せん。

「姫様のお守りも楽じゃないな」

「お嬢のためってのもあるけどよ、俺が何とかしたいんだよ」

「……珍しいな、お前が男のために動くなんて」

「しょうがないだろ。出来ちまったんだよ、愛着が」

「そこまで入れ込むとは、お互い歳を取ったな」

「そうだな。ブラドが娘を連れてきたときは、俺もびっくりしたよ」

 それから二人、過去の思い出話に花を咲かせる店主とカウボーイ。経験を積み重ねてきた男同士の会話ってのは、それだけで渋みを感じさせる。ただ、剣が俺の事だとすると、カウボーイの男にやけに好かれてるって事になるんだよな。なんか良くわからないけど、少しこそばゆい。

 あっ、そこ! BLじゃないですよ! 決してBLじゃないですからね!

「なぁ、バルカイト」

「ん?」

「我が愛しき妻の剣ここに眠る。かの剣、聖剣なれど、さりとて折れぬこと叶わぬ。絶望の時来たりしは、古の契約の元、神の鎚、その身に宿さん」

「それってあれか、殿下愛剣のオリジナルって言われてる」

「ああ、初代リィンバース王が作り出し、二代目女王が使ったとされる青き炎を纏いし聖剣、ブレイズブルー」

 どこにいるともわからない誰かに、俺が予防線を張っていると、何やら意味深な伝承がうたわれ、かっこいい剣の名が持ち上げられる。どうやら、リィンバースに眠る宝剣についての話らしいが、それと俺らしき聖剣と何か関係があるのだろうか? 

「だが、そいつは実在しないって話じゃ?」

「表向きはそう言われてるが、意思を持つ剣の生成法や、神々との契約についての資料が城の宝物庫には幾つか残っててな。実在する可能性は高い」

「宝物庫って……侵入したことあるのかよ」

「ふっ、あの頃の俺は、世界の神秘を解き明かすためなら命も惜しくないと思っていたからな。若気の至りってやつだ。今はジェミニのために、そんなことも言ってられねぇが」

 この店の看板娘であるジェミニさん、その父君でもあるマスターにも、他人には言えないような、やんちゃな過去があるようだ。

 こんな立派な人でも、悪いことしてたりするんだな……むしろ、人との出会い、この人の場合奥さんになるのかな? 違う誰かと知り合うことで、人は変われるって言う一つの証明なのかも。

「意思持ち、聖剣、折れる……今まで考えたこともなかったが、符号としては十分一致してるってわけか」

「ああ。ただ、確証はない。あくまで俺の推測だ」

「わかってるって。今は藁にもすがりたい、そういう局面なんだ。それで、今の伝承に出てきた鎚ってのはどこにあるんだ?」

「おいおい、それも聞くのか?」

「頼りにしてるぜ、伝説の元トレジャーハンターさん」

「ぬすっとぬすっと、追い掛け回してきたやつがよく言う」

 そして、話は核心へと近づいていく。マスターが話す伝説の鎚、それがいったいどこにあるのか、気になり始めている自分がいる。俺には関係のない話かもしれないけれど、中二病として興奮を抑えきれないのだ。

「そうだな。俺の知る限り、リィンバース国内でうたわれている、鎚の伝説はただ一つ。バウアロール山脈、火口付近にあると言われる、女神ヨルズが守る雷光の力で全てを清めし鎚」

「……雷鎚ミョルニル、か」

「知ってるのに言わせたのか? 金とるぞ?」

「お前が俺にタダでおごったこと、今までに一度でもあったかよ?」

「無いな。身内でも金はとる、それがうちのやり方だ」

「ジェミニには甘いくせに、よく言う」

 雷鎚ミョルニル。トールハンマーとも呼ばれる、雷神トールが愛用する武器の名前。古ノルド語では、「打ち砕くもの」を意味する最強と言っても過言ではない超巨大なハンマーなのだが、そんなものがリィンバースにも存在するなんて。

 ただ、剣を鎚で直す方法なんて、俺には全く検討がつかない。まさか、叩いて打ち直したりしないだろうな? 俺がもし、その聖剣なのだとしたら、ミョルニルなんかで叩かれたら砕け散る自信があるぞ。それぐらい巨大で強いイメージが、俺の中にはあるのである。

「それでしたら、私にお任せ下さい」

 ミョルニルの圧倒的パワーに恐れおののいていると、店の奥の階段から緑髪の幼女が現れ、バルカイトと呼ばれた男の隣に立ち並ぶ。すると、目の前が白い光に包まれていき……

「……おる様、トオル様」

「ん……ここは?」

「おはようございます、トオル様」

「おはよう。って、あれ?」

 誰かに名前を呼ばれ薄っすらと目を開けると、そこには先程の幼女と同じとても綺麗なエメラルドグリーンが広がっている。

「もー、先輩寝すぎ! 最後までとっておいた観覧車、けっきょく乗れなかったじゃんかー」

 現実では見られない、とても美しい色に見惚れていると、前方を歩く後輩から不満を叩きつけられた。状況の把握に少々手間取ったが、どうやら俺はスクルドの背中におぶられ、運ばれている最中のようだ。

「あぁ、悪い」

 記憶を遡ってみると、天道の膝枕で寝落ちした俺は、夕暮れ時まで目を覚まさなかったようである。半分死にかけていたとはいえ、女の子の体に安心感を覚えてしまうとは、変態的というか、男として情けない。

「まっ、いいけどね。先輩の寝顔も公認で拝めたし、私的には役得役得」

「ん……トオルの寝顔……かわいかった」

「トオル様の温もりを背中に感じられて、私も満足しております」

 ただ、こちらの御三方は非常に満足していらっしゃる様子で、三人とも幸せそうな表情を浮かべている。俺個人としては恥ずかしい事この上ないのだが、迷惑をかけたという事なので、ここは我慢しておこう。寝ているだけで許してもらえるなら、安いものである。

「それに、遊園地ぐらいまた行けばいいしさ。先輩のためなら、いくらだって調達するよ!」

「もちろん……私も」

「わかってるって。スクルドさんも含めて、皆で行こうね!」

「ん……楽しみ」

 けれど、その失敗のおかげで三人の結束は強まり、新たな可能性が生み出される……なんて、大袈裟なものじゃないけど、怪我の功名ってやつかな。

 皆で遊びに行きたいと、三人仲良くなってくれることが、俺にとっての幸せだからさ。

「で、そろそろ下ろしてくれないかな?」

「そのつもりでいたのですが、もう少しこのままでもよろしいかと」

 とは言え、流石にこのままでは恥ずかしいと思い、下ろしてくれるようスクルドに直訴したが、何故か即座に却下されてしまう。

「えっと、それはなぜに?」

「半分は私のエネルギー補給のため、半分はトオル様への罰です」

「そうだねー、美影市に入ったから起こしてあげようと思ったけど、ここは誰かに見られて追及されればいいんじゃないかなー」

 言われてみればこの風景、シャーリーと下校デートの最後に来た、土手道を歩いているのか。って事は、一時間以上もこの体勢で運んでもらったってわけか。

 さっきまで遊んでいた遊園地は美影市から電車で三駅の位置にあるのだが、歩きとなると結構遠いからな。ここまで頑張ってもらったんだ、これも甘んじて受け入れよう。

 それに、スクルドの髪の匂い、果物みたいで美味しそうで落ち着くし。

「トオルが……嬉しそうな顔してる」

「す、スクルドさん! その場所、かわってくれないかな!」

「駄目です! トオル様をお運びするのは、メイドとしての私の役目ですから」

 スクルドがいつ俺のメイドになったのかはともかく、三人が楽しそうで何よりだと、彼女の背中の上で俺は現実逃避に浸るのであった。
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