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第六章 それぞれの想い
第282話 二人の時間
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彼女の涙に突き放されるように俺は目を覚まし、ゆっくりと布団を捲くりあげる。時刻は四時を過ぎたところだが、今日はもう眠れそうにない。そのせいか一日中頭が回らず、夢の中のシャーロットの涙が忘れられなくて、俺はずっと上の空だ。あの夢は、俺に何を伝えようとしているのだろうか……
「トオル……?」
声の聞こえて来た方角に視線を向けると、委員会で遅れたシャーリーがきっかいな表情で俺のことを見つめている。
二学期の途中に転校してきた彼女だが、国の発展のために様々な役職に関わりたいと、自ら委員の手伝いを申し出たのである。だからこうして定期的に、俺は下駄箱付近で待たされる義務にあるのだ。
本来なら、彼氏である俺も参加するべきなのだろうが、俺なんかいても邪魔になるだけだろうからな。トオルの時間を奪いたくないとシャーリーからも止められてるし、今思うと少し寂しいかも。
「天道とスクルドは?」
「アサミは……仕事……スクルドも……仕事」
「そっか、あいつ今日収録日だっけ」
まだまだ新人とは言え売れっ子声優と毎日一緒に帰宅できて、夕飯まで一緒に食べられる現状がおかしいんだよな。スクルドの方はよくわからないけど、恐らくリィンバース本国と何か連絡を取っているのだろう。俺みたいな一般人と比べると、本来二人共桁違いに忙しいんだよな。
いつも一緒にいるせいか、あまり考えたこと無かったけど、二人がいないと少しだけ寂しい気持ちにさせられる。一人ぼっちでいた頃の自分を思い出してしまい、なんとなく落ち着かないのだ。あんなうるさい小悪魔でも、俺にとってはもう日常の一つなんだなって。
「トオル……」
「あっと、ごめんごめん。また俺、辛気臭い顔してたよな」
「別に……」
「えっと、何か怒っていらっしゃいます?」
「別に……」
そんな俺を見つめながらも、唇をへの字に曲げるシャーリー。俺が二人を気にしすぎたせいで、彼女に不安を与えてしまったようだ。
四人でいることが俺にとっての当たり前になりつつあるけど、今が二人のあるべき姿なんだよな。俺とシャーリーは恋人同士、二人きりの楽しい時間を作ることが、俺に与えられた男としての使命。彼女の優しさに甘えて、俺はまた大切なものを見失っていたようである。
「ごめんって。何か、買い食いでもしてくか? それともショッピング……は、あんまり高いもん買ってやれないぞ?」
「かいぐい……」
「ん?」
「何か……食べる」
制服デートと言えば、ウィンドウショッピングに買い食い。そんな浅い知識をひけらかすと、シャーリーは買い食いの方を所望してくる。
「よし、それじゃ駅前の方に行ってみるか」
「ん……」
彼女にとってはまだ、色気より食い気なのかな、なんて思いながら俺は彼女の手を取り、帰り道とは逆方向へと歩き出す。
想像以上に小さなシャーリーの左手。力を入れると壊れてしまいそうなほど柔らかな温もりに、俺は緊張を隠せない。むしろ、何故に俺はこんな自然に彼女の手を握っているのかと、首をひねらせたくなるほどだ。普段からヘタレのくせに、こういう時だけ大胆すぎんだろ!
けど、何も言わないってことは、彼女もそれを望んでくれてるってことなんだよな……いかん、考えれば考えるほど頭の中が真っ白になって、彼女の存在に心臓が張り裂けそうになる。シャーリーと出会わなければきっと、こんな感覚を覚えることは一生無かったんだろうな。そう考えると、彼女にはもっと感謝しないといけない。
そんなこんなで無言を貫く俺達二人だったが、駅前にたどり着いた瞬間彼女は辺りを見回し、周囲の活気に胸を高鳴らせる。都心ほどではないにせよ、ここに来れば一通りのものが揃うとあって、毎日のように沢山の人が利用する駅前通りに大型デパート。確かに人は多いのだが、この程度で驚くようでは都心の大渋滞を見たら失神ものだな。
「それで、何食べようか。和物なら、たい焼きとか大判焼きとか、腹減ってるならたこ焼きでも良いけど。店の中なら、あんみつとかもあるな。洋物ならアイスクリーム、タピオカミルクティー、菓子パンにシュークリーム、後は……」
「クレープ……」
「ん?」
「クレープ……食べたい」
「クレープか。そうだな、クレープにしよう!」
俺の中にある拙い知識を総動員し、この辺りで食べられそうなものを必死になって絞り出していると、彼女は通りの一番手前にあるピンク色の店に矛先を向ける。
そこは、女子なら一度は食べるべきと評判の、全国的に有名なクレープ店。実のところ、俺もちょっとは興味あったし二つ返事で頷くと、列の最後尾まで歩き行儀よく静かに並ぶ。
十数人の先客が思い思いの味のクレープを頼んだ後、幸せそうに頬張る姿を眺めていると、遂に俺達の番がやってくる。すると、二人は何故か自然といちごのクレープを頼んでいた。同じものを選んだ理由はわからないけど、なんとなく食べなきゃいけない気がしたんだ。
そのお店のクレープは、評判通り凄く美味しくて、今度は別々の種類を買って食べ比べしようって話にまでなって……食べ比べって事は間接キスか、なんて邪なことを考えながら、本番をする勇気がないのがこの私、駄目男です。
それから美味しそうな野菜のサンドイッチを一袋買い、二人で分けて仲良く食べると、彼女は満足したのか帰ろうと言い始める。他は見なくても良いのかと尋ねると、次の楽しみと言われてしまい、ぐうの音も出なかった。ただ、彼女は遠回りをしようとも言い出し、二人の時間をもっと楽しみたいという意思が伝わってくる。俺はそれに頷き、普段なら絶対に通ることのない、川沿いの土手まで足を運んだ。
夕暮れの中、芝生の上に寝転ぶシャーリー。気持ちよさそうな彼女につられて、俺も芝の上に腰を下ろす。彼女と二人真っ赤な夕日を眺めるなんて、まるで漫画の一シーンみたいだ。そんな事を考えていると、何かがそっと俺の体に寄りかかってくる。右肩に触れる柔らかな感触に目を向けると、柔和な表情のシャーリーが俺の体に寄りそっていた。
「私……幸せだよ……トオルと……一緒にいられて……」
「……そっか」
心音が少しずつ大きくなり、周りの音が聞こえなくなっていく。大切な人の温もりに焦りと不安だけが増して行き、なんて答えて良いのかわからず、俺は上の空で彼女に相槌を打つ。
「トオルは……違う……?」
「そんなこと、あるわけ無いだろ。ただ、その、なんて答えて良いのかわからなくて」
こんな可愛い子が二人きりで俺なんかと会ってくれる。それだけでも夢のようなのに、彼女は俺の恋人で粗相をやらかして嫌われてしまうかもと考えるだけで、胸が張り裂けそうなほど苦しくなる。
だから言葉が出なくて、それが一番いけないことなのかもしれないけれど、ギャルゲーの知識でさえ思い出せないほどに、俺の頭の中は真っ白に塗りつぶされていたのだ。
「十年……長かった……ずっと会いたくて……トオルのこと……忘れた日はない」
十年……そうか、俺は十年も彼女と会っていなかったのか。なのに、その記憶すら曖昧で、当時の彼女の姿すら思い出せない。
「……ごめん。俺さ、十年前の事、覚えてないんだ。正直なところ、思い出せないんだよ」
触れ合っているだけなのに、幸せを感じてしまうこの瞬間を俺は手放したくない。愛に満ち溢れた柔らかな彼女の声を、俺だけのものにしておきたい。けれど、これが勘違いの恋だとしたら、俺はその愛を受け取れないし、受け取る資格なんて無いんだ。
「トオルは……好き? ……今の私のこと……好きで……いてくれる……?」
「あ、あたりまえだろ! 大好きだよ。だって、俺に出来た初めての彼女なんだから」
「それならいい……過去は……過去……起点……だから」
「シャーリー……」
そんな俺の不安を払拭するかのように、彼女はギュッと俺の右腕を抱きしめる。打算とか偽りとか、そんな事は考えなくていい。弱気になんて、ならなくて良いんだ。全部受け入れて、彼女を抱きしめ守ることが俺の生まれてきた理由なんだって。
「俺は絶対に、君の事を離さない。何があろうと、君が俺を嫌いだと言わない限り、君の隣に居るつもりだ」
「かっこつけ……?」
思い込みに流されて、自然と口をつく恥ずかしい言葉の数々。それを聞いたシャーリーの瞳は、俺をあざ笑うかのように、しっかりと得意げに細められている。
「ああ……そうですよ、かっこつけですよ! 悪かったな、くさいセリフしか言えなくて」
「じょうだん……嬉しい……」
赤味差し込む彼女の唇が、俺の頬にそっと触れる。彼女からの愛の証。それを初めて体で感じた俺は、彼女のいたずらに翻弄されるしかなかった。
「ずっと……一緒にいようね……」
「ああ、ずっと一緒に居ような」
それでも、俺が彼女を嫌いになることはない。俺は彼女を、心の底から愛しているから。
小さな彼女の存在を右腕全てで感じながら、俺達は二人落ち行く夕日を、黙って眺め続けるのだった。
「トオル……?」
声の聞こえて来た方角に視線を向けると、委員会で遅れたシャーリーがきっかいな表情で俺のことを見つめている。
二学期の途中に転校してきた彼女だが、国の発展のために様々な役職に関わりたいと、自ら委員の手伝いを申し出たのである。だからこうして定期的に、俺は下駄箱付近で待たされる義務にあるのだ。
本来なら、彼氏である俺も参加するべきなのだろうが、俺なんかいても邪魔になるだけだろうからな。トオルの時間を奪いたくないとシャーリーからも止められてるし、今思うと少し寂しいかも。
「天道とスクルドは?」
「アサミは……仕事……スクルドも……仕事」
「そっか、あいつ今日収録日だっけ」
まだまだ新人とは言え売れっ子声優と毎日一緒に帰宅できて、夕飯まで一緒に食べられる現状がおかしいんだよな。スクルドの方はよくわからないけど、恐らくリィンバース本国と何か連絡を取っているのだろう。俺みたいな一般人と比べると、本来二人共桁違いに忙しいんだよな。
いつも一緒にいるせいか、あまり考えたこと無かったけど、二人がいないと少しだけ寂しい気持ちにさせられる。一人ぼっちでいた頃の自分を思い出してしまい、なんとなく落ち着かないのだ。あんなうるさい小悪魔でも、俺にとってはもう日常の一つなんだなって。
「トオル……」
「あっと、ごめんごめん。また俺、辛気臭い顔してたよな」
「別に……」
「えっと、何か怒っていらっしゃいます?」
「別に……」
そんな俺を見つめながらも、唇をへの字に曲げるシャーリー。俺が二人を気にしすぎたせいで、彼女に不安を与えてしまったようだ。
四人でいることが俺にとっての当たり前になりつつあるけど、今が二人のあるべき姿なんだよな。俺とシャーリーは恋人同士、二人きりの楽しい時間を作ることが、俺に与えられた男としての使命。彼女の優しさに甘えて、俺はまた大切なものを見失っていたようである。
「ごめんって。何か、買い食いでもしてくか? それともショッピング……は、あんまり高いもん買ってやれないぞ?」
「かいぐい……」
「ん?」
「何か……食べる」
制服デートと言えば、ウィンドウショッピングに買い食い。そんな浅い知識をひけらかすと、シャーリーは買い食いの方を所望してくる。
「よし、それじゃ駅前の方に行ってみるか」
「ん……」
彼女にとってはまだ、色気より食い気なのかな、なんて思いながら俺は彼女の手を取り、帰り道とは逆方向へと歩き出す。
想像以上に小さなシャーリーの左手。力を入れると壊れてしまいそうなほど柔らかな温もりに、俺は緊張を隠せない。むしろ、何故に俺はこんな自然に彼女の手を握っているのかと、首をひねらせたくなるほどだ。普段からヘタレのくせに、こういう時だけ大胆すぎんだろ!
けど、何も言わないってことは、彼女もそれを望んでくれてるってことなんだよな……いかん、考えれば考えるほど頭の中が真っ白になって、彼女の存在に心臓が張り裂けそうになる。シャーリーと出会わなければきっと、こんな感覚を覚えることは一生無かったんだろうな。そう考えると、彼女にはもっと感謝しないといけない。
そんなこんなで無言を貫く俺達二人だったが、駅前にたどり着いた瞬間彼女は辺りを見回し、周囲の活気に胸を高鳴らせる。都心ほどではないにせよ、ここに来れば一通りのものが揃うとあって、毎日のように沢山の人が利用する駅前通りに大型デパート。確かに人は多いのだが、この程度で驚くようでは都心の大渋滞を見たら失神ものだな。
「それで、何食べようか。和物なら、たい焼きとか大判焼きとか、腹減ってるならたこ焼きでも良いけど。店の中なら、あんみつとかもあるな。洋物ならアイスクリーム、タピオカミルクティー、菓子パンにシュークリーム、後は……」
「クレープ……」
「ん?」
「クレープ……食べたい」
「クレープか。そうだな、クレープにしよう!」
俺の中にある拙い知識を総動員し、この辺りで食べられそうなものを必死になって絞り出していると、彼女は通りの一番手前にあるピンク色の店に矛先を向ける。
そこは、女子なら一度は食べるべきと評判の、全国的に有名なクレープ店。実のところ、俺もちょっとは興味あったし二つ返事で頷くと、列の最後尾まで歩き行儀よく静かに並ぶ。
十数人の先客が思い思いの味のクレープを頼んだ後、幸せそうに頬張る姿を眺めていると、遂に俺達の番がやってくる。すると、二人は何故か自然といちごのクレープを頼んでいた。同じものを選んだ理由はわからないけど、なんとなく食べなきゃいけない気がしたんだ。
そのお店のクレープは、評判通り凄く美味しくて、今度は別々の種類を買って食べ比べしようって話にまでなって……食べ比べって事は間接キスか、なんて邪なことを考えながら、本番をする勇気がないのがこの私、駄目男です。
それから美味しそうな野菜のサンドイッチを一袋買い、二人で分けて仲良く食べると、彼女は満足したのか帰ろうと言い始める。他は見なくても良いのかと尋ねると、次の楽しみと言われてしまい、ぐうの音も出なかった。ただ、彼女は遠回りをしようとも言い出し、二人の時間をもっと楽しみたいという意思が伝わってくる。俺はそれに頷き、普段なら絶対に通ることのない、川沿いの土手まで足を運んだ。
夕暮れの中、芝生の上に寝転ぶシャーリー。気持ちよさそうな彼女につられて、俺も芝の上に腰を下ろす。彼女と二人真っ赤な夕日を眺めるなんて、まるで漫画の一シーンみたいだ。そんな事を考えていると、何かがそっと俺の体に寄りかかってくる。右肩に触れる柔らかな感触に目を向けると、柔和な表情のシャーリーが俺の体に寄りそっていた。
「私……幸せだよ……トオルと……一緒にいられて……」
「……そっか」
心音が少しずつ大きくなり、周りの音が聞こえなくなっていく。大切な人の温もりに焦りと不安だけが増して行き、なんて答えて良いのかわからず、俺は上の空で彼女に相槌を打つ。
「トオルは……違う……?」
「そんなこと、あるわけ無いだろ。ただ、その、なんて答えて良いのかわからなくて」
こんな可愛い子が二人きりで俺なんかと会ってくれる。それだけでも夢のようなのに、彼女は俺の恋人で粗相をやらかして嫌われてしまうかもと考えるだけで、胸が張り裂けそうなほど苦しくなる。
だから言葉が出なくて、それが一番いけないことなのかもしれないけれど、ギャルゲーの知識でさえ思い出せないほどに、俺の頭の中は真っ白に塗りつぶされていたのだ。
「十年……長かった……ずっと会いたくて……トオルのこと……忘れた日はない」
十年……そうか、俺は十年も彼女と会っていなかったのか。なのに、その記憶すら曖昧で、当時の彼女の姿すら思い出せない。
「……ごめん。俺さ、十年前の事、覚えてないんだ。正直なところ、思い出せないんだよ」
触れ合っているだけなのに、幸せを感じてしまうこの瞬間を俺は手放したくない。愛に満ち溢れた柔らかな彼女の声を、俺だけのものにしておきたい。けれど、これが勘違いの恋だとしたら、俺はその愛を受け取れないし、受け取る資格なんて無いんだ。
「トオルは……好き? ……今の私のこと……好きで……いてくれる……?」
「あ、あたりまえだろ! 大好きだよ。だって、俺に出来た初めての彼女なんだから」
「それならいい……過去は……過去……起点……だから」
「シャーリー……」
そんな俺の不安を払拭するかのように、彼女はギュッと俺の右腕を抱きしめる。打算とか偽りとか、そんな事は考えなくていい。弱気になんて、ならなくて良いんだ。全部受け入れて、彼女を抱きしめ守ることが俺の生まれてきた理由なんだって。
「俺は絶対に、君の事を離さない。何があろうと、君が俺を嫌いだと言わない限り、君の隣に居るつもりだ」
「かっこつけ……?」
思い込みに流されて、自然と口をつく恥ずかしい言葉の数々。それを聞いたシャーリーの瞳は、俺をあざ笑うかのように、しっかりと得意げに細められている。
「ああ……そうですよ、かっこつけですよ! 悪かったな、くさいセリフしか言えなくて」
「じょうだん……嬉しい……」
赤味差し込む彼女の唇が、俺の頬にそっと触れる。彼女からの愛の証。それを初めて体で感じた俺は、彼女のいたずらに翻弄されるしかなかった。
「ずっと……一緒にいようね……」
「ああ、ずっと一緒に居ような」
それでも、俺が彼女を嫌いになることはない。俺は彼女を、心の底から愛しているから。
小さな彼女の存在を右腕全てで感じながら、俺達は二人落ち行く夕日を、黙って眺め続けるのだった。
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