俺と幼女とエクスカリバー

鏡紫郎

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第六章 それぞれの想い

第281話 死にたがりの王女

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 昨日さぼった分の復習を終え、満足感に浸ったままベッドに飛び込んだ俺は、再び夢の世界へと舞い降りる。どうやらこの夢は、当分続くらしい。今も目の前では青髪の幼女が一人、沢山の魔物たちを所狭しとぶん殴り続けている。

 彼女の体はいつも通りボロボロのズタズタで、こんな無謀を続ける幼女の正体が本当にシャーロットだとするなら、俺はいったい彼女に何をさせたいのだろう。傷だらけの姿を見て、興奮でもしようと言うのか……

 そんな自分に嫌悪感を覚える間も、空飛ぶ魔物に彼女は苦戦を強いられている。体が上手く動かないのか彼女の拳は空を切り、二体の鷹型の魔物に良いように嬲られていた。

 頑張れと心のなかでエールを送るが、効果はさほど感じられず彼女は追い詰められていく。それでもなんとか敵を捉え、魔物を倒すことに成功した。

 しかし、彼女の体は満身創痍。まともに歩く体力も残っていないようで、その場で膝に手を当てながら、大きく息を吐き出し続ける。

 俺が手を差し伸べられればと強く思うが、夢の世界に干渉できるはずもなく、歯噛みを繰り返すしかない。そんな折、森の奥底から一人の幼女が現れる。

 身長は青髪の幼女と同じくらいで、見た目を表すならシスターという言葉がしっくり来る。戦闘向きには見えない彼女だが、こんな危険な場所までいったい何をしに来たのだろう? 

「私を、ころしにきたの?」

「……」

 彼女に気づいた青髪の幼女が発する言葉に俺は息を呑む。そんなにも二人の関係は殺伐としているのだろうか? シスター風の幼女の瞳は、決意の炎に満ち溢れているように見えるが、だからといってそれが復讐に身を焦がす者の目とは、俺には到底思えない。

「そうよね、大切な人のかたきだものね」

「……」

「いいわ、今のわたしに戦う力はのこってない、ぜっこうのきかいよ」

 しかし、青髪の幼女はどうしても自分を殺してほしいのか、動かないシスターに苛立っているように見える。

「さぁ、はやくころして、私を殺しなさいよ!!」

 そして、青髪の幼女はシスターの幼女に対し、心からの悲痛な叫びを上げた。

 それでも、シスターはその場から動こうとせず、決死の覚悟で青髪の幼女に言葉を投げかける。

「ソイルお兄様が死んだ時、わたしは確かに絶望しました。あなたが負けなければ、あの人は死ななくてすんだのではと、憎しみに似た感情をおぼえたこともあります。ですが、聞いたんです。ジェミニさんから、あなたも大切な人を失くしたって」

 大切なものを失った喪失感に耐えきれず、自暴自棄を続ける青髪の幼女。彼女とは少し違うかもしれないけれど、その気持は俺にもわかる。そして、シスターもまた、その悲しみを知っていたのだ。

「だからなに? それとあなたの感情に、かんけいなんてないでしょ?」

「そうかもしれません。でも、あなたも感じているのですよね? この胸を締め付ける、死にたくなるような痛みの感情を」

 二人が同じ立場にいる事を、シスターは理解している。故に、彼女にとって青髪の幼女が恨みの対象足り得たとしても、シスターには彼女を責めることができなかったのだ。

「最後まで、戦ってくれたんですよね? そのせいで、その方は亡くなられた。だから、ありがとうって」

 シスターの見せる真っ直ぐな瞳、それは彼女の正直な答え。目が潰れそうになるほどの眩しい笑顔に青髪の幼女はたじろぎ、言葉を詰まらせる。

「私、私は……」

「ですから、死んじゃだめです。その人が守った未来を、命を、ちらしたらだめですよ」

 シスターの中にも迷いの感情はきっとある。心の奥底では、彼女を殺したいという気持ちが渦を巻いているのかもしれない。それでも、彼女に生きていて欲しいと、彼女の大切な人に敬意を持って、シスターは接しているのだ。

「慰めになんかならないかもしれません。それでも、生きてください。シャーロット王女殿下」

 そして、彼女から出た王女殿下という言葉で俺は確信する。青髪の幼女は、俺の知っているシャーロット・リィンバースだ。

 けど、それなら何故、俺は彼女にこんな酷い仕打ちをさせている? 死ぬ一歩手前まで彼女を痛めつけて、心の中の俺は彼女を遠ざけようとでもしているのか? 

 幼女シスターの光の加護を受けながら、シャーロットは一言も言葉を発さない。徐々に消えていく彼女の体に刻まれた傷の数々。青ざめていたシャーロットの頬に赤味が差し始めた頃、シスターの手から光が消え、彼女に向けて満面の笑みを浮かべる。

「これでもわたし、ベルシュローブの中では一番のヒーラーですから。辛い時は、いつでも言ってくださいね」

 傷の手当を終えたシスターは、踵を返し元来た道を戻っていく。背中を見つめる青髪の幼女は、両手を握りしめながら黙って彼女を見送った。

「……なんでそうやって、みんなして私を甘やかすのよ。これじゃ私が、惨めになっていくだけじゃない!」

 シスターの姿が見えなくなると、溜まりに溜まっていたシャーロットの苛立ちが爆発し、彼女は全力で右の拳を地面へと叩きつける。周囲の木々から葉が舞う程の振動とともに、雄叫びを上げる彼女のその目には、沢山の涙が溢れかえっていた。
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