俺と幼女とエクスカリバー

鏡紫郎

文字の大きさ
上 下
275 / 526
第六章 それぞれの想い

第274話 変わらぬ想い

しおりを挟む
「なぁ、スクルド。変なこと聞くようだけど、お前の役割って何だっけ?」

「役割、でございますか?」

「あぁ。就いてる役職とか、何の目的があって俺の周りにいるのかとか、そういうことなんだけど」

「私は、リィンバース王家へ仕える騎士。シャーロット王女殿下をお守りする、ヴァルキリー隊の遊撃隊、隊長でございますが……トオル様、本当に大丈夫でございますか?」

 彼女からすれば、俺が何を言っているのかわからなかったであろう。だと言うのに、スクルドは誠実に俺の問に答え、心配までしてくれる。それが何だかとても嬉しくて、俺に対する好意の形も向こうの世界と変わらないのか、確かめたくなってしまう。

「スクルド……俺のこと、好きか?」

「はい、もちろ……んで……え、ええぇぇぇぇぇぇっ!?」

 個室の扉に背中を預け、軽い気持ちで尋ねると、今まで冷静沈着だった女神様が突然慌てふためき始める。

「にゃ、にゃ、にゃ、にゃにをとつぜんきいておらっしゃられるでござりまするですかー!」

 彼女にとっては、あまりに予想外な質問だったのであろう。女神の舌はもつれ絡まり、言語は崩壊を始める。そんなスクルドがとても可愛いらしく感じられて、意地悪と言う名の優越感に、俺はつい浸りたくなってしまう。

「で、俺のこと、好きなのか?」

「……はい。もちろん、おしたい申しております……と、トオル様。失礼を承知で申し上げますが、なんなのでしょうかこれは! 新手の羞恥プレイか何かなのですか!」

 扉の外でテンパリ続ける緑髪の美女を想像し、危うく笑みが零れそうになる。

 こんなんじゃ、天道達のことあまり強く怒れないなー、などと思いながらも、平然と男子トイレに入ってくる女子の時点で、羞恥プレイもクソも無いんだよなぁとも思ってしまう。俺の事となると、周りが見えなさすぎるんだよ皆。

「悪い、そういうつもりはなかったんだ。けど、どうも最近記憶が曖昧でな。スクルド達との関係というか、俺自身が一体何者なのか、わからなくなる時があるんだよ。それで……」

 真実の中にほんの少しの嘘を混ぜながら伝えると、扉の外にいる女神は小さな息を漏らす。

「あ……も、申し訳ございません! トオル様の様子がおかしいことには気づいていたはずなのに、私自身が取り乱した挙げ句、こんな無様な醜態まで……」

「いや、俺の方こそ遊びが過ぎたよ。ごめんな、スクルド」

「いえ、トオル様は何も悪くありません! 悪いのは全てこのスクルド。未来の王を守る騎士として、これでは半人前。まだまだ未熟過ぎます」

 思い悩む彼女の発言から察するに、こっちの世界でも俺がシャーリーの婚約者候補ってのは変わらないんだな。まっ、当然か。彼氏ってのはそういうことだし、むしろ違ったらシャーリーまで男で遊ぶ悪女になっちまう。

 ただ、今朝からの行動を見るに、その素質は十分あるように感じるけど……まっ、それはそれ、これはこれで。

「ですから……今晩も、いつものちょうきょ……訓練を、私にお願い致します」

 そして今、扉一つ隔てた場所にいる絶世の美女から、聞き慣れない言葉が聞こえたような気がするんだけど、気のせいだよな? 

 もし、俺の聞き間違いで無いとすれば、騎士属性が加わった事でくっころ感が増しているのか? ってかさ、毎晩俺は、こいつ相手にいったい何をしてるっていうんだ! まさか……いやいや、今は深く考えない事にしておこう。やばい地雷を踏み抜きそうな気がする。

 それよりもだ、そろそろ彼女にトイレから離れて貰わないと。スクルドにそこにいられると、精神衛生上、男として色々まずい。

 だってさ、男子トイレの個室から出た途端、目の前にきれいなお姉さんが居るとか目も当てられないだろ? しかも、知り合いに笑顔で迎えられるとか、トラウマもいいところだ。だから、何が何でも出ていってもらわなければ。

「まぁ、その話はおいておくとして。とりあえず、ここから出ていってもらえないかな?」

「? 出て行けとは、何故にございましょう?」

 ある程度の予想はしていたが、彼女の空気の読めなさは、相も変わらず筋金入りだ。適当にごまかす程度では、仁王像のようにこの場から一歩も動かないであろう。ここはきっちり説明して、納得してもらうほかないか。

「ほら、その……スクルドだって、個室トイレから出る時に、目の前に俺なんかがいたら嫌だろ?」

「いえ、そのような事は断じてございません。いかなる時であろうと、私がトオル様を拒絶するなどありえない事です!」

「……あっ、そう」

「はい。ですので、私と一緒に教室へ戻りましょう」

 何というか……例えが悪かったようである。今のこの堕女神様なら、間違って俺が風呂場に入って行ったとしても、笑顔で迎えてくれる事であろう。

 ってか、そんな状況に今朝なったな、別の人だったけど。あんな気まずい空気、一日の中で二度も経験したくない。だから、使える手段はとことん使う事にした。

「いいけど、その代わり、今後夜の訓練は一切無しな」

「なっ!? そ、そんなご無体な! トオル様の気に触るようなことを、何か致しましたでしょうか!」

「お前がそこに居てくれると、これからそうなるんだよ。良いから、ちょっとだけ下がっててくれ」

「……かしこまりました。外でお待ちしておりますので、なるべく早く出てきてくださいね」

 いったい俺は何を言っているのかと、言い知れない背徳感に包まれたが、そのおかげでスクルドをトイレから退けることができた。ただ、彼女達は何でこう、どんな事に対しても真っ直ぐなのかね。

 何はともあれ危機は去った。早くここから出て、彼女を安心させてやらないと。出ていく時の足音が、適当にあしらわれた子猫みたいに寂しそうだったからな。

 個室のロックを外し、トイレのドアを開けると目の前に彼女の姿はなく、俺は安心して男子トイレから外へ出る。もちろん、手を洗ってからだ。

 すると、廊下の壁にもたれ掛かる絶世の美女が、うつむき加減に大きなため息を吐いていた。

 家に居た時から服装は変わり、メイド服からバトラー服に着替えた彼女は、男装の麗人という言葉がよく似合う。しかし、沈み込んだ両目が儚さを演出し、彼女が一人の女性であることを思い出させてくれる。

 おそらく、犯罪からシャーロットを守るために、動きやすい服装に着替えて来たのだろうけど、それなら彼女の側に居ればいいのに。

 ただ、俺の知ってるシャーリーなら、一人でなんとか出来るのかも。そうなると、俺の方が狙われたら危ないって訳か……事実だから否定できん。

 とまぁ、なんか色々と考えてないで、とりあえず声をかけるとするか。

「あー、その……悪い」

「ふぇ? あ、あの、なんでも無いんです、なんでも! 寂しいとか辛いとか、近衛騎士である私が思うわけ無いじゃないですか!」

 水滴を頬で弾きながら彼女はゆっくりと振り向き、慌てた素振りで両手を振り回す。そんな彼女を見て、世界が変わっても、女神は正直者なんだなと思う。

「えっと……ほら、引っ張ってってくれよ。倒れたりでもしたら、大変だろ?」

 彼女の見せる涙に心動かされた俺は、スクルドにそっと右手を差し出す。

「あ……はい!」

 照れ隠しな俺の態度に、満面の笑みを浮かべたスクルドがその手を握ろうとした瞬間、言葉が真実になったかのように両足から力が抜け、身体が前へと倒れこむ。

「トオル様!?」

 スクルドの右腕に支えられ、くの字に体を曲げたまま意識が少しずつぼやけ始める。

「スクルド、ごめん……なんか、眠い……」

 そんな言葉を残しつつ、彼女の腕に抱かれた俺は、夢の中へと落ちるのだった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

Go to the Frontier(new)

鼓太朗
ファンタジー
「Go to the Frontier」改訂版 運命の渦に導かれて、さぁ行こう。 神秘の世界へ♪ 第一章~ アラベスク王国編 第三章~ ラプラドル島編

一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫

むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。

スキルが【アイテムボックス】だけってどうなのよ?

山ノ内虎之助
ファンタジー
高校生宮原幸也は転生者である。 2度目の人生を目立たぬよう生きてきた幸也だが、ある日クラスメイト15人と一緒に異世界に転移されてしまう。 異世界で与えられたスキルは【アイテムボックス】のみ。 唯一のスキルを創意工夫しながら異世界を生き抜いていく。

異世界の貴族に転生できたのに、2歳で父親が殺されました。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリー:ファンタジー世界の仮想戦記です、試し読みとお気に入り登録お願いします。

転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。

ファンタジー
〈あらすじ〉 信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。 目が覚めると、そこは異世界!? あぁ、よくあるやつか。 食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに…… 面倒ごとは御免なんだが。 魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。 誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。 やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

処理中です...