俺と幼女とエクスカリバー

鏡紫郎

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第六章 それぞれの想い

第271話 元気な後輩とメイドさん

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「なあ、なんで制服なんだ?」

「まだ……寝ぼけてる? ……それとも……裸がいい?」

「脱がんでいい!」

 シャーリーがこちら側の世界の服、それも同じ学園の制服を着ていることに驚いた俺は、思わず口を半開きにしながら固まってしまう。そして、思ったことをそのまま口にすると、彼女は制服のボタンに手をかけ、上から一つずつ外し始めた。

 その、あまりに素っ頓狂な彼女の行動に俺は声を荒げながら近づくと、シャーリーの左腕を握り行為をやめさせる。

「今日のトオル……だいたん……」

 頬を薄紅色に染めるシャーリーの感性に、ため息を吐きながら掴んでいた左腕を放した俺は、キッチン横の椅子に座り込み目の前のテーブルに項垂れる。全く、俺の彼女はどうしてこう、羞恥心のかけらもないんだか……嬉しいことは嬉しいけど、場の空気とか時間とかそういう所は考えて欲しい。

 それにしてもこの反応、まさしく彼女はシャーロットだ。最近こそ、二人でいる時間が減ったおかげで、この手の奇行は少なくなったものの、出会いたての頃を思い起こさせる言動に、苦笑いながらも笑みがこぼれてしまう。

 色々と思う所はあるが、彼女が俺の知っているシャーロットである事だけは間違いない。そんな彼女が俺に朝食を作ってくれているのだ、それを否定するのは流石に罰が当たる。

 というわけで、今は状況に身を任せることにした。その時、この時間、もう一人家に居るはずの人間が居ないことに俺は気が付く。

「シャーリー、父さんは?」

「仕事で……一ヶ月は帰ってこない……ってトオルが……それで面倒を」

 なるほど、それで彼女が家に居るって訳か。あまり納得できる内容では無いものの、一応の所は頷ける。

 俺達の住んでいるこの家は小さいながらも二階建ての一軒家で、部屋数もそこそこある。不況の進むこの国で、何不自由なく暮らせるのは、単身赴任で海外を転々とする父親のおかげなのだ。高給取りって程ではないけど、ぼんくらが決定している俺とは大違いで頭が上がらない。

 そもそも、親の金で生きてる学生が、親に偉そうにするのもどうかと思うけど……なんて、俺も偉そうに言える立場じゃないか。ただ、母さんが死んでから、大変そうな父さんをずっと見続けて来たからさ、感謝してるって、そういう事なんだけど。でも、このまま行けば俺も玉の輿で、少しぐらい楽させてあげられるかなって。

 とは言え、いつでも振られる覚悟をしておかないといけないのが、今の所の事実なんだよな。だってさ、何の取り柄もない男が王女様に好かれるとか、基本おかしいじゃん? 昔の俺がどんなかっこいい事を言ったかは知らないけど、今の俺と長くいれば幻滅されるのが関の山だろ。

 それでも、彼女が俺を好きでいてくれるのなら、結婚って事もあり得るんだろうけどな……なんて、先のことを考える前に、現実を直視しないと。だって、この家の中には、俺とシャーリーしかいないんだぜ。

 さっきの態度といい、真っ昼間からは無いと思うけど、彼女が本気になったら何が起きてもおかしく無い。女の子の方から求められるなんて、男として願ったり叶ったりではあるが、もしかすると俺の貞操の方が危ないのかもしれない。

 ピーンポーン! ピンポンピンポーン!

 そんな感じで、二人きりを意識した瞬間、玄関のチャイムが絶妙なタイミングで鳴らされる。しかも、連続でだ。

「先輩先輩先輩先輩先輩先輩せんぱあぁぁぁぁい!」

 そして、チャイムと同時に聞こえてくる、最近よく馴染んでしまった後輩女子の声。俺が大好きな憧れのアイドル、天童薙沙の本来の姿。

「連呼も連チャイムもやめろって、いつも言ってんだろうがー!」

「おはようございまーす、せーんぱい! だってー、こうしないと調子でないんだもーん」

 目玉焼きを焼いているシャーリーの代わりにゆっくりと立ち上がり、ため息を吐きながら玄関を開けると、そこには、笑顔で敬礼する天道朝美が俺を待っていた。

 全く、毎日毎日こんな登場の仕方しやがって、こいつは俺を困らせたい……ん、まい……にち? ちょっと待て、毎日ってなんだよ? だって、俺はこっちの世界じゃもう死んでて、シャーリーや天道と出会ったのは向こう側の世界の事で、それに俺は剣で、皆と一緒に戦ってて……本当に、戦ってたのか? むしろあれは、長い長い夢だったんじゃ……

「先輩、なんか顔色悪そうだけど、大丈夫?」

「ん、あ、ああ、だいじょう――」

「アサミ……またトオル……困らせてるの?」

 混ざり合う記憶の中、泣きそうな天道の声に我を取り戻すと、後方から怨念にまみれた断片的な声が聞こえてくる。恐怖に顔をひきつらせる天道と共に何事かと振り向くと、まるでホラー映画のように、シャーリーがリビングの柱から右目だけ見えるように顔を出し、こちらを見つめていた。背中から黒い波動がメキメキと放出されていて、確かにこれは怖い。

「お、おはようシャーロット。だいじょうぶ、あさのすきんしっぷだよ」

 そんな彼女に気圧されてロボットのように固まる天道であったが、棒読みになるほど怯えるなら最初からやらなきゃ良いのに。

「早朝ではございますが、ドアを開けながらの会話は感心いたしません。ご近所様の迷惑となりますので、家内に入られたほうが宜しいかと」

 シャーリーの威圧に屈っし、両目を点にする天道の姿に呆れていると、再び後ろから二人とは違う声が聞こえてくる。透明感のある大人びた声に振り向くと、メイド服を着た女性が、静かな佇まいで廊下に立っていた。

「おっと、そうでした。こんな朝から先輩とのラブラブ会話を聞かされたら、ご近所の皆さんも困っちゃうよね」

 何故、俺の家にメイドが? それだけでもう頭の中はパニック状態で、玄関のドアを閉めながら意味不明な言葉を吐き出す天道の事も気にならないほど、思考回路はショート寸前……なんて、ネタに走ってる場合じゃない。彼女が誰なのか、急いで確認しないと。

「ええっと……」

「おはようございますトオル様。昨晩はよく、お休みになられましたでしょうか? 何かご不便がございましたら、何なりと私にお申し付けくださいませ」

「あ、はい」

 彼女が見せる眩しい笑顔と、迷いのない言葉に圧倒されている部分もあったが、俺が気になっているのは、目の前にある二つのエベレストだ。

 俺の身長は百六十センチ前後と、男としてはかなり小さく、女性でも相手によっては身長が高くなる。彼女もその一人で、目測ではあるが百七十センチメートルといった所か。このぐらいの差があると、ちょうど視線は唇の辺りになるのだが、ちょっと下を向くと……うん、でかい。

 天道より少し控えめか同等程度の大きさではあるが、身長の問題もあって、目の前に迫ってくるのがうんやばい。このまま足をもつれさせて、顔をうずめたく……って、それじゃただの変態じゃないか!

「毎日見てるくせして、なーに見惚れてるのさ。朝美ちゃんの方が大きいんだぞ!」

「あの、私の胸元に、何かございましたでしょうか?」

「いや、えっとその……」

 上着をはだけさせた天道と、クラシカルなメイド服でも隠しきれない美人さんから繰り出される合計四発のミサイル攻撃に、俺はただたじろぐことしか出来ない。思春期の男子、それも女子に対する免疫の無いものにとって、この布陣は凶器だ。

 触りたい、でも触れない生き地獄。どちらに転んでも、あの世行きは免れないだろう。

「違いますって、先輩のはただのむっつり。シャーロットって彼女がいながら、他の女性の胸元に釘付けになるなんて、困ったもんですよねー、スクルドさん」

「スク……ルド?」

 そんな俺を正気に戻したのは、聞き覚えのある言葉の羅列。目の前に立つ美人メイドさんを再び凝視し、上から下まで舐め回す勢いで確認した。

「私のようなもので宜しければ構いませんが、シャーロット様へのご配慮は、しっかりとなさってくださいね」

「む、これは手強い。私の愛人ポジが危ぶまれる」

 天道の愛人発言は置いておくとして。透き通るような緑色の髪に、様付けで俺の名を呼ぶ呼び方。それに、ひしひしと溢れ出る女神のような母性と、間違いない、彼女は俺の知る女神スクルドだ。

 向こうの世界じゃ基本見た目幼女だし、大人の姿になっても全身鎧を着込んでいるのが普通だから、こんな軽装じゃ全く気づかなかった。声の雰囲気もちょっと凛々しいと言うか、俺と話す時の優しい感じがあまりなくて、違和感を禁じえない。

 それに、女神がメイド服着てるとか、普通思わんだろ。

 でも、彼女がスクルドであるなら、俺の知ってる三人が揃っている訳で、いつもと変わらずなんか落ち着く。まぁ、それはそれでまずいのかもしれないが……

 何せ、居るはずのない人間がここには二人も居るんだ。この状況が普通でないことは間違いない。

「トオル……ご飯」

「おっ! 待ってました!」

「また……」

「またって嫌そうな顔するわりに、私の分もつくってくれてるよねー」

「無いと……だだ……こねるから」

「美味しそうな匂いを漂わせるのが悪いんだぞ―! ほら、先輩も早く!」

 別世界の人間が二人もいて、記憶と合わない元気な後輩が訪ねてくる。この三人が俺の周りにいる意味はわからないが、とりあえずは様子見か。

「へいへい、わかりましたよ」

 笑顔で俺を待つ三人の美少女に誘われて、リビングに設置された四人がけのテーブルの椅子に座り、美味しい朝食を俺は楽しむのであった。
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